6.ミレイナ、露天市にいく(1)
「ねえ、ミレイナ。城下に一緒に遊びに行かない?」
仕事終わりの夕方、ミレイナが住み込みの部屋に戻ろうと歩いていると背後からリンダに声を掛けられた。
「城下? なにがあるの?」
「月に一回の露天市だよ。すっごいたくさんお店が出るの。大通りが人でごった返す大盛況になるのよ」
露天市? アリスタ国にいたときも定期的に青空市場が開催されたが、それと似たようなものだろうか。青空市場の日は大通りに即席テントの屋台がたくさん軒を連ね、辺りは大賑わいだったのを覚えている。
リンダはどんなお店が出ているのか、身振り手振りを交えながら説明してくれた。
「へえ……。行ってみたいな」
「じゃあ、行こうよ。約束ね。明後日は朝から二人で作業して、午後に一緒に行こう」
リンダはぱっと表情を綻ばせる。そして、ミレイナの顔色を窺うように覗き込んできた。
「ミレイナ、もう一ヶ月近く魔獣係やってるけど大丈夫? 今まで全員一週間もたなかったんだから、ミレイナが嫌だったらそろそろ言っても許されると思うよ?」
「大丈夫だよ。とても楽しんでるわ」
「本当?」
「本当よ。リンダだって時々手伝ってくれているんだから知っているでしょう?」
ミレイナが明るく笑い飛ばすと、リンダはホッとしたような表情を浮かべた。
ミレイナが魔獣係となる原因となったあの日にリンダも居合わせていたので、もしかすると未だに罪悪感のようなものを覚えていたのかもしれない。けれど、事実としてミレイナはとてもこの役目を楽しんでいたので問題はないのだ。
「清掃係のほうはね、最近舞踏会の話題で持ちきり」
「舞踏会があるの?」
「うん。二週間後かな。国内貴族の若いご令嬢は軒並み招待されているみたい。私はあんまり詳しくないけど」
「ふうん」
ラングールの王宮では、平民のメイドと同じくらい貴族令嬢のメイドも多い。
平民のメイドは清掃係や洗濯係、それにミレイナがやっている魔獣係などの汚れ物作業をする場所に配置され、貴族令嬢のメイドは政務エリアでのお茶出しなど侍女のような役割を担当する。
リンダによると、ラングール国では舞踏会が開催されることは滅多にないので、竜人の貴族令嬢にとってそういう場所でメイドになることは若い貴族の独身男性との貴重な出会いの場であるらしい。特に、竜王がいる皇宮区の侍女役は特別なステイタスのようだ。
(舞踏会、か。遠くから、ちょっと見てみたい気もするなぁ)
ミレイナはその様子を想像してうっとりする。
舞踏会など、前世でも今世でも物語の中でしか見たことがない。
前世のロマンス映画で見たような豪華絢爛なダンスホールで男女が踊るのだろうか。
「でも、なんで滅多にやらない舞踏会を開くの? なにかのお祝い?」
「それはね──」
リンダが喋りかけたところで立ち止まって「あっ!」と声を上げる。
「どうしたの?」
「これ、間違えて持って来ちゃった。私、返しに行ってくるわ。明後日のことはまたあとで決めよう」
リンダがポケットから抜いた手には、少し黒ずんだ金属製の鍵があった。ミレイナも見覚えがある、掃除用倉庫の鍵だ。
「じゃあね、ミレイナ!」
リンダは大きく片手を振ると、足早に元来た廊下を立ち去って行ったのだった。
◇ ◇ ◇
約束の日、ミレイナとリンダは朝早くに獣舎に行き簡単な清掃と魔獣達の食事の用意をした。
[今日は午後ちょっと出かけちゃうから、お散歩はまた今度ね]
ミレイナはリンダに見えないように半獣へと姿を変え、こっそりと魔獣達に告げる。
[ミレイナはどこにいくの?]
すかさず好奇心旺盛なエミーナが聞き返してくる。
[ちょっとリンダと遊びにいくの]
[えー、いいなあ。私達も行きたかったわ]
エミーナがふてくされたようにひげを揺らす。ミレイナは苦笑してエミーナの頭を撫でた。
[代わりに、明日は長めにお散歩にいきましょ?]
[本当? 楽しみにしてるわね]
途端に上機嫌に尻尾を振り始めるのだから、本当に可愛らしい。ミレイナはもう一度エミーナをぎゅっと抱きしめると、頭を撫でてから立ち上がった。
王宮の正面玄関から城外へ出て少し歩くと、ラングール国の城下町が広がっている。
文字通り、大通りは人であふれかえっていた。その大通り沿いで行われていた露天市はミレイナの想像するよりもずっと規模の大きなものだった。
「本当に色んなものを売っているのね」
「うん。大抵のものはあるよ」
初めての露天市に圧倒されて、ミレイナはきょろきょろと辺りを見渡す。
ここから見える範囲だけでも串焼きバーベキューのお店、お花屋さん、壁掛けのインテリアのお店、食器屋さん……とにかく、どちらを見てもたくさんのお店が軒を連ねているのだ。
ミレイナとリンダはいくつかの店舗で買い食いをしたり、ダーツに似た射的に挑戦したりしながらぶらぶらと歩く。
「ミレイナ、あっちにも見にいってみようよ」
笑顔のリンダがミレイナの手を引く。人の流れに逆行するように、前へ前へと進んだ。こんなに混んでいては、手を離したらすぐに迷子になってしまいそうだ。
「あ、あれ美味しそう」
リンダがふいに立ち止まり、一件の露天を見つめる。その視線の先には、お菓子を量り売りしている店があった。




