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5.ミレイナ、ドラゴンを保護する(3)


 魔獣の森で怪我をしたドラゴン──ラドンを保護してから一週間が経った。


[ラドンはすっかり元気になったわね。今日の午後、ラドンの住んでいた森に行ってみようかな]


 ミレイナは外の遊び場の岩の上に立ち、今日も羽ばたく練習をするラドンを眺めて目を細める。


 ジェラールが言うとおり、ラドンの傷の治りは驚くほどに早かった。

 ここに連れてこられたときは翼がざっくりと裂けていたのに、今や傷跡がほんのりと残っているだけだ。


 行方不明になっている子供のことを親ドラゴンは今もきっと探しているはずだと聞き、ミレイナはラドンが元気になったら一日も早く野生に戻してあげようと決めていた。


[ミレイナ、遊ぼうよ]


 おてんばなエミーナがメイド服の裾をくいっと引っ張る。


[じゃあ、午後からお散歩に行きましょうね。先にお掃除をしたいの]


 ミレイナはエミーナの頭を優しく撫でてやった。


[午後になったらいける?]

[もちろん。今日のお散歩は、エミーナ達にも協力してほしいの」

[協力?]

[ええ。ラドンをお家に返してあげたいから、おうち探しを手伝って?]

[つまり、いつもと同じゲームね?]

 

 エミーナは目を輝かせる。


[そうよ。そのために、早くお掃除を終わらせちゃうわね]

[やったぁ!]


 エミーナは前足をぴょんぴょんさせて喜びを表現する。


 残念ながら、ミレイナは最後までラドンとは言葉を交わすことができなかった。そのため、ラドンの家の正確な位置がわからないのだ。


 ジェラールによると、ラドンを拾った場所はわかるものの、その近くに親ドラゴンはいなかったという。恐らく、落下して傷ついた後、自力で巣に戻ろうとして彷徨ったのだろう。


 だから、今日はジェラールがラドンを拾ったという場所にとりあえずは向かい、そこからはフェンリル達に匂いを頼りに家を探してもらおうと思ったのだ。


(よし。早めにお掃除を終わらせなくっちゃ!)


 ミレイナは今日もやる気を漲らせると、早速ほうきを手に取ったのだった。


    ◇ ◇ ◇


 ジェラールは竜王であり、言わずと知れたラングール王国の若き国王だ。

 その職務は多岐に亘るが、最大の使命は自国民が安全に暮らせる国作りをすることである。

 そんな中、ジェラールは今日も悪い報告を聞き頭を悩ませていた。


「またやられたのか?」

「確証はないですが、恐らく。あちらの国では魔法石はほとんど採掘されないらしいですからね。十中八九、魔力の供給源を確保するためでしょう」


 側近のラルフの言葉に、ジェラールは深いため息をついた。


「最近は俺がわざわざ出向いてだいぶ脅しているのに、なかなか引き下がらないな」

「いっそ、国境沿いを巨大な魔法壁で閉ざしてしまえばいいのでは?」


 次いでラルフが提案した言葉に、ジェラールは首を横に振った。

 ジェラールの力を以てすれば、国を覆う魔法壁を作ることも容易だ。しかし、ジェラールはそれをしたくなかった。


「それをやってしまうと国交断絶が引き返せないところまでなってしまう。それに、渡り鳥やあの周辺に住む動物まで行き来できなくなるのも困るだろう」

「もう、引き返せないところまできていると思いますけどね」


 ラルフは不愉快げに眉間に皺を寄せる。




 ジェラールが竜王になって以来、ここ何年も悩まされているのが隣国アリスタ国のことだった。


 アリスタ国は竜人とは異なる人間が治める国だ。

 ラルフの報告によると、魔法を一切使えない代わりに様々な技術で道具を作り出し、生活を豊かにしているという。


 そのアリスタ国では、作った道具のエネルギー源に魔力を使っている。しかし、アリスタ国民は魔力を持たない。


 それでどうしているかというと、魔法石という魔力を豊富に含んだ天然石を採掘して原料にしたり、魔力を持つ生き物の一部──例えばドラゴンの鱗であったり、フェンリルの毛皮だったりから抽出したものを使っているようだ。


 魔力を持つ魔獣や天然魔法石の鉱山はラングール国とアリスタ国の間に広がる『魔獣の森』に多くが集中している。そのため、一部のアリスタ国民は国境を越えてその一帯にまでそれらを採りに現れる。

 そして、それこそがこの問題を根深くしている原因だった。


 数年前、竜化した竜人の子供が普通のドラゴンと誤認されて撃たれるという事件が発生した。

 ラングール国側はアリスタ国側に遺憾の意を伝えると共に最大限の警戒態勢を敷いていたのだが、それでも全ての国境地域を網羅できるわけではない。ジェラールの努力も空しく、またしても事件は起きた。

 ドラゴンは特に魔力を多く持つため、魔力の供給源としては絶好の対象なのだろう。


 その後、ジェラールは自国民を守るために、密猟者と疑わしい連中を捕らえようとした。

 ところが、密猟者達は逃げるどころか反撃してきたのでそのままやり合いとなり、結果として密猟者達は大怪我を負った。


 このことに対して、アリスタ国側はラングール国が国民を不当に傷つけたとして事情説明を要求し、ラングール国側もこれまでの謝罪と国境の不可侵を改めて要求した。

 ところが、交渉に立ったアリスタ国側の代表者はラングール国側の言い分は事実無根だとしてそれを拒否しただけでなく、ラングール国は正当な理由なくアリスタ国民を攻撃するような残虐で野蛮な国民であると宣言したのだ。


「取り返しが付かなくなる前に、もう一度話し合いをするべきだな」

「使者を送りましょうか?」

「ああ。段取りを頼む」


 ジェラールは疲れを感じて眉間を解すように指で押す。


「陛下はここ最近、ずっとお休みなく働かれております。少しお休みになられては?」

「大丈夫だ」


 国内にも医療体制の整備や教育の充実、景気の向上などやらねばならないことはたくさんある。できるだけ不穏な芽は摘んでおきたい。休む暇などないのだ。


「しかし、陛下の体調が崩れるとよくない状況が発生しますし」


 ラルフは眉を寄せる。

 竜王は、ただの王としての存在ではない。

 その気分により嵐などの天変地異が起るし、精神状態がよければ国全体が疫病などが抑え込まれるという恩恵が発生する。

 現に、ララがいなくなった日は動揺したジェラールの影響で季節外れの嵐が起きた。


ラルフに諭され、ジェラールははあっとため息をつく。


 無意識に膝に手を伸ばしかけて、その手は宙を切る。

 そして、そこに何もいないことに気付いてジェラールは手を軽く握った。ララがいたときはあの毛並みを撫でてその愛らしい仕草を見ているだけで、癒やされたのに。


 そのとき、ふと脳裏に「生き物と触れあうと心が癒える。いつでも魔獣の保護獣舎に遊びにきてほしい」と微笑むミレイナの姿が思い浮かんだ。

 もふもふ好きが周囲に知られて竜王としての威厳が落ちるのが嫌で必要以上に魔獣の保護獣舎には近付かないようにしているのだが、なぜか彼女であればそのことを知られても大丈夫な気がしてしまうから不思議だ。


(そういえば、先日保護したドラゴンはそろそろ完全に傷が治っている筈だな……)


 先日引き渡したドラゴンの子供のことを、あれ以来ジェラールは見にいっていない。あそこにいる魔獣達も元気にしているだろうかと気になった。


「やはり少し息抜きをしてきていいか?」

「もちろんです。ごゆっくりなさってください」


 問いかけられたラルフは、すぐに口角を上げて頷いた。



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