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4.ミレイナ、魔獣舎の環境改善を図る(5)

 ジェラールは約束通りすぐに獣舎の改築をする者の手配をしてくれたようで、改築作業は翌日の昼過ぎには始まった。


 手配されてやってきた大工は四人だ。

 ミレイナのイメージを聞くと手慣れた様子で材料を集めて作業を始め、続々と組み上がってゆく。


[ねえ、あの人達は何をしてるの?]


 ちょっぴり臆病なフェンリル、イレーコが獣舎の中から恐る恐る外の様子をのぞく。見慣れない男達に怯えているのか、黒い尻尾が下に下がっていた。


[イレーコ達の遊び場を作っているのよ。ここだと狭いでしょう? お外でいっぱい遊ぶの]

[お外で遊ぶ?]


 イレーコは不思議そうにミレイナを見上げる。


[そうよ。あなた達はまだ子供なんだから、もっとたくさん遊ぶべきよ]


 ミレイナはにんまりと口の端を上げる。


 ジェラールから直々の命令ということで、改築は全てミレイナの希望通りに勧められた。

 前世で訪れた動物園で『行動展示』という、その生き物の生態に会わせた環境を作って自然な行動を観客に見せる手法を見たことがある。魔獣舎の魔獣は展示するわけではないが、ミレイナはこの考え方を少し真似た。


 フェンリルは岩山を登る習性があると聞き遊び場の一部に石を積んでもらったり、ラタトスクは木登りが好きだと聞いて元々生えていた立木はそのまま残してもらったのだ。さらに、一部には丸太を組み合わせて作った障害物なども設えられた。


 順調に作業が進み、二時間後、昨日まではなにもなかった空間には、見事な獣舎専用屋外施設が出来上がっていた。


[みんな、出てきていいわよ]


 ミレイナの掛け声で、最初に獣舎から飛び出してきたのはやんちゃなシェットだった。続いてお転婆娘のエミーナが続き、最後に怖がりなイレーコと小さな体のラトがおずおずと後に続く。


[ミレイナ、見て、見て!]


 屋外施設をくるくると走り回るシェットが得意げに叫ぶ。

 三匹で追いかけっこをしていて、とても楽しそうだ。ラトは、いつの間にか屋外施設の木の上で寛いでいた。やはり、木の上が一番落ち着くのだろう。


(寒い中、待っていた甲斐があったわ)


 ミレイナはその出来栄えに、満足げに頷く。

 しばらく庭園で遊ぶフェンリル達を見守っていると、「あらっ」と遠くから声がした。


(どこかで聞いた声?)


 ミレイナがそちらを見ると、遠くにメイド姿の若い女性数人が歩いているのが見えた。


「あの子よ、あの子。昨日見たのは」


 集団の中央にいる金色の髪の女性がミレイナのほうを見ながらそう言った。

 長い前髪を横に流した、可愛らしい女性だ。

 その女性の周りを歩くメイド服姿の女性も、一斉にミレイナのほうを向く。


(昨日、お茶を運んできてくれた方?)


 ラングール国では金髪を見ることがあまりないので、すぐに気が付いた。大きな瞳の整った顔立ちは、間違いなく昨晩ジェラールの執務室にお茶を運んできたメイドだ。


「見て。身のほど知らずにも陛下の元に押しかけたりするから、魔獣係にされちゃったのね。あんなケープを被って顔を隠しちゃって。本当にお気の毒」


 口元に手を当て、嘲笑ともとれる視線をこちらに向けるその女性に、ミレイナは不快感を覚えた。

 遠いからこちらには聞こえないと思っているのだろうが、ウサギ獣人であるミレイナの聴覚はとてもいいので、全て丸聞こえだ。


(なあに、あの人。感じが悪いわ)


 確かに、ミレイナはジェラールの執務室に意図せず押しかける形になってしまったが、魔獣係になったのはその前だ。

 この子達の世話をする係がそんな嘲笑の対象のように見られるのは不愉快だし、そもそもの時間軸が間違っている。


「本当だわ。昨日までは違う方だったわよね?」

「まさか、本当に陛下の元を訪れて魔獣係に左遷に?」


 そんなことは知らない周りの取り巻きメイド達もざわざわと色めき立つ。


[ミレイナ。さっきからどうしたの?]


 急に黙り込んで立ち尽くすミレイナの様子を心配したフェンリル達が近くに寄ってきて、こちらを見上げる。ミレイナはハッとして、目の前にいた白い毛並みのフェンリル──エミーナに微笑みかけた。


[ううん、なんでもないの。新しいお庭は気に入った?]

[うん、とっても!]


 エミーナは嬉しそうに尻尾をブンブンと振る。その仕草から本当に喜んでいることがわかり、ミレイナも嬉しくなった。


 フェンリル達にはあの竜人達の言葉が理解できない。

 だから、ミレイナが表情を消していたのを自分達のせいだと思って不安に思ったのかもしれない。


    ◇ ◇ ◇


(一緒に遊びすぎて、随分遅くなっちゃったな)


 その日の夕方、そろそろミレイナが帰ろうと思った頃、魔獣舎の外が俄に騒がしくなった。

 何かと思って外を覘くと、遊び場で遊んでいた魔獣達が外と隔てる柵の一角に集まってじっと外を見つめている。


[ゴーラン! ゴーラン!]

[ジェラールの匂いもする!]


 口々にそう言ってお尻を上げて尻尾を振り、前足を下げるという嬉しいときのポーズを取っている。


(ジェラール陛下とゴーラン?)


 ミレイナは魔獣達が見つめる先に視線を移す。そこには確かに、大きな魔獣を連れた人影があった。

 ミレイナは慌てて自分の耳と尻尾を消す。フードを被っているとはいえ、誰かに知られたら大変だ。


 ゴーランを伴ったジェラールはゆっくりと魔獣舎に近付き、物珍しそうに今日できたばかりの遊び場を柵越しに眺めていた。


(忙しいって言っていたのに、来てくれたのね)


 当日の内に魔獣舎に遊びに来てくれたことに、ミレイナは無性に嬉しくなった


「陛下! 遊びにいらしてくれたんですね!」


 獣舎の物陰から飛び出したミレイナは、思わずジェラールにそう声をかける。

 一方のジェラールは、ミレイナがまだいると思っていなかったようで驚いたように目を見開いた。


「いや……、工事がきちんと済んだのか確認しに来ただけだ」

「え、そうなんですか?」


 遊びにきてくれたわけではないと知り、少しがっかりした。けれど、ミレイナはすぐに気を取り直すと、背後の遊び場を片手で指し示す。


「では、よろしかったら中を見て行かれませんか? 陛下のお陰でできた遊び場です。魔獣達も喜んでいます」


 ミレイナが笑顔でそう言うと、ジェラールは尻尾を振り全身で喜びを露わにする魔獣達に目を向ける。


「少しくらいなら、いいだろう」


 魔獣舎の中まで入ってきたジェラールは、しげしげと遊び場を眺める。積み上げられた岩山の一番上には、シェットが登って得意げな様子でこちらを見ていた。


「これは、お前が全て指示して作ったのか?」

「はい。この子達がたくさん遊べるように、考えました。ほら、とっても喜んでいます」


 ミレイナはその秀麗な横顔をそっと窺い見る。


「ああ、そのようだな」


 嬉しそうな魔獣達を見つめるジェラールの眼差しが優しくなるのを、ミレイナは見逃さなかった。 

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