4.ミレイナ、魔獣舎の環境改善を図る(4)
「その遊び場があれば、彼らのストレスがなくなると?」
「完全になくすことはできないでしょうが、今よりはだいぶ軽減されるかと思います。あとは、一日一回から二回、お散歩に行きたいです」
「外に出した魔獣が王宮を訪れた人々を襲わない保証は?」
問われたミレイナは、ジェラールを真っ直ぐに見返す。
「そんなことをするはずはないと、陛下が一番ご存じなのではないですか?」
逆に聞き返されて、ジェラールは目を見開く。
そして、口元に手を当てるとくくっと笑い出した。
「俺が一番知っている、か。いいだろう。ただし、もし魔獣が害をなした場合は世話をしているお前の責任になる」
「わかりました」
ミレイナはこくりと頷く。
つまり、魔獣達を檻から連れ出して万が一誰かを襲ったりした場合は、ミレイナが罪に問われるということだ。けれど、今日数時間彼らと話し、ミレイナは彼らがそんなことをするわけがないと確信していた。
「よし、話は終わりだな。その柵を作る者は明日の朝にでも手配しよう」
「え? 陛下が直々に手配されるのですか?」
「そのほうが早いだろう?」
当たり前のようにジェラールが答える。そのとき、トントントンと部屋のドアをノックする音がした。
「入れ」
「お待たせいたしました」
ジェラールの許可と共に、トレーにティーセットを乗せた一人のメイドが入室してきた。
長め前髪を横に流した、可愛らしい女性だ。年齢はミレイナと同じ頃だろうか。
そのメイドは、部屋にメイド服を着たミレイナがいることに驚いたように目を見開いた。
「何を突っ立っている。さっさと用意しろ」
立ったまま動かないメイドにジェラールが声を掛けると、そのメイドはハッとしたように慌ててお茶の準備を始めた。ティーカップにハーブティーが注がれ、白い湯気が立つ。
(何かしら……?)
ミレイナは、そのメイドの不躾な視線に居心地の悪さを感じた。
なんとなく、妬みのような、敵意のようなものを感じる。肩へと流された艶やかな金髪のせいで、ジェラールから彼女の表情は見えないだろう。まさに、ミレイナだけに向けられたものだ。
「ご苦労、下がってよい」
「はい」
ジェラールが片手を上げると、メイドは少し頬を染めてぺこりと挨拶すると退室していった。
「ありがとうございます。お気を遣わせてしまいました」
正直、温かいお茶は冷えきった体にはありがたかった。
早速ティーカップを手に取ると、一口飲む。すると、芳醇な味わいが口に広がり、体の中で熱が伝わってゆくのを感じた。
「俺が飲みたかったからついでに頼んだだけだ」
ミレイナは視線を上げてしげしげとジェラールを見つめた。
いつもあまり感情を顔に出さないので一見すると冷たそうに見え、言葉使いもやや粗暴だ。高く筋の通った鼻梁と薄い唇、切れ長の目元。竜王の一族のみに現れるという、独特の色味のある銀色の髪の毛。
整いすぎた美貌は、ジェラールをより近寄りがたい雰囲気にしている。
その見た目だけなら、『白銀の悪魔』の呼び名も違和感がない。
けれど──。
ミレイナは静かにカップに口を付けるジェラールを見やる。
「なんだ?」
「いいえ、なんでもございません」
視線を感じて眉を寄せるジェラールに、ミレイナは小首を傾げて答える。
(ジェラール陛下は、もしかしたら私が思っているよりもずっとお優しい方なのではないかしら?)
ミレイナはふと、そんなことを思った。
ララとしてジェラールと一緒に過ごした二週間、ジェラールは酒を嗜んだり水を飲むことはあっても、ハーブティーなど一度たりとも頼んだことがなかったことをミレイナは知っている。
ジェラールが部屋に来いと言ったのは、恐らくミレイナが寒さで震えていたからだ。
そして、このお茶はジェラールのためではなく、ミレイナのために用意したに違いない。
昨日だって、ララのことを未だに心配して探してくれていた。
「陛下、ありがとうございます」
ミレイナはおずおずと、口を開く。
「ああ、構わない。明日もまたあそこに立たれたら、目障りだ」
ジェラールはこちらを見ることもなく、冷たく言い放つ。
「よろしければ、たまに魔獣舎に遊びにきてください。あの子達は、自分達を助けてくれた陛下をとても慕っていると思うのです」
ジェラールはミレイナから誘われたのが意外だったのか、顔を上げるとわずかに眉を寄せた。
「……。俺は忙しい」
「そうですか」
ミレイナはしゅんと肩を落とす。
けれど、すぐに『いかない』とは言わなかったことに気付き、今度は無性におかしくなる。
「では、お時間ができたときにいらっしゃってください。お待ちしておりますね」
ジェラールは今度は何も答えなかったけれど、ミレイナはちっともそれが不快に感じなかった。
さきほど出されたハーブティーを一口飲む。
体の中に、温かさが優しく広がった。