4.ミレイナ、魔獣舎の環境改善を図る(2)
事前にどんな肉が好きなのかをフェンリル達に確認し、ミレイナは調理場でその肉を分けてもらうことにした。
犬の飼育経験ならあるが、犬とフェンリルの食べ物が一緒なのか確信がもてなかったので、本人達に聞くのが一番確実だと思ったのだ。
それを包丁で一口サイズに切り分け、綺麗に洗った三枚のお皿に盛った。
もう一つ、小さなボールにはひまわりの種と栗の実をそのまま盛り付けた。これもミレイナが食材をもらいにいったときに、塩味付きローストナッツを渡されたので驚いてしまった。
これまでは、いつもそれを渡していたらしい。
[ご飯だよー]
ミレイナは外に向かって声を掛ける。
すると、タタタッと足音がして四匹の魔獣達が遠巻きにこちらを見ていた。そして、ミレイナが差し出したお皿の上に置かれた食事の匂いをクンクンと嗅ぐ。
[いい匂い……]
まずは耳が黒いフェンリルがパクリとそれに齧り付いた。
[美味しい!]
すると他の三匹も続々と皿の中身を食べ始めた。
四枚の皿が一気に空になる。リス型の魔獣に至ってはほっぺたがパンパンに膨らんでいるから、全部食べずに隠し持っていそうな気もするが。
[今までここで食べたご飯で一番美味しい]
フェンリルの一匹がそう言ったのを聞いて、ミレイナは相好を崩す。
やっぱり思った通りだ。この子達は気を利かせて味付けされていた食事が、口に合っていなかったのだ。
[これからも美味しいご飯を用意するね]
[うん!]
今日初めて、フェンリル達の尻尾が揺れる。
おずおずと頭を撫でてやると、すりすりと擦り寄ってきた。
(か、可愛い! 本当に、まるで犬だわ)
その愛らしさにミレイナは悶絶し、思わずもふもふをぎゅうっと抱きしめた。
◇ ◇ ◇
夕方、ミレイナが歩いていると背後から「ミレイナ!」と呼び掛ける声が聞こえてきた。振り返ると、リンダが手を振りながらこちらに走り寄ってくる。
「ミレイナ、大丈夫だった?」
「大丈夫って?」
「だって、あの魔獣の保護獣舎にいったんでしょう?」
心配そうに手を握ってくるリンダが何を心配しているのかを悟り、ミレイナは相好を崩す。
「ええ、大丈夫だったわ。思ったよりもずっといい子達だったわ」
「え? ……本当に?」
リンダは信じられないようで、訝しげに眉を寄せる。
これまで、何人ものメイドが魔獣係になっては逃げ出していったのを知っているだけに、信じられないのも無理はない。
今日、ミレイナは四匹の魔獣達と色々な話をした。
彼らは保護された時期や場所は異なるものの、全員に共通していたのは『魔獣の森で瀕死になっているところを、ジェラールとゴーランに発見されて助けられた』ということだ。
思えば、ミレイナも場所こそ魔獣の森ではなかったものの、瀕死のところをジェラールとゴーランに救われた。
そして、耳が黒いやんちゃなフェンリルは『シェット』、色白の好奇心旺盛な女の子のフェンリルは『エミーナ』、尻尾が黒く最後までミレイナに警戒心を持っていたフェンリルは『イレーコ』という名前らしい。
リスのように見えたのはラタトスクと言う種類の魔獣で、名前は特に決まっていなかったようなのでミレイナは『ラト』と名付けた。
彼らによると、魔獣の保護獣舎には定期的にジェラールが保護した様々な種類の魔獣達がやってくるが、その殆どは傷が癒えると元の森へと帰ってゆくという。
想像するに、あの四匹は赤ん坊のころに保護されている上に、親兄弟がもういないなどのなんらかの事情で、森へ返すことができないのだろう。
「うん、本当に大丈夫」
ミレイナは笑顔で答える。
「ならいいんだけど。困ったことがあったら私で力になれることだったらなんでも言ってね。今日、メイド長のところにいって、週に二回は私も魔獣係をすることにしたの」
「え、本当?」
「うん。だって、ミレイナひとりじゃ大変だし、お休みもとれないじゃない」
頬を膨らませるリンダを見て、ミレイナは口元を綻ばせた。
「ありがとう」
確かに、一人で魔獣係をしていると休める日はない。本当は魔獣係なんて絶対にやりたくないはずなのに、リンダの気遣いが心に染みる。
お礼を告げてから、ミレイナはふと思いついた。
「そういえば、ラルフ様って会いたいと思えば普通にお会いできるものなの?」
「ラルフ様? 無理よ。だって、ジェラール陛下の側近よ? メイドでも皇宮区の侍女役だったらお会いすることができると思うけど、私達は無理だわ」
「そっか」
ミレイナはがっかりしてシュンとした。
実は、今日一日魔獣の保護獣舎で過ごして、彼らには圧倒的に遊び場が足りないと感じた。
四匹ともまだ子供。遊びたい盛りだ。
それをあんなに狭い空間、薄暗い室内に閉じ込めておけば、イライラして魔獣係にいたずらしてしまうのも理解できる。
だから、ミレイナは獣舎の周囲の空き地に柵を作って遊び場を作りたいと思った。
メイド長には「何かをしたいときはラルフ様に伝えるように」と最初に説明されているので、どうにかして会えないかと思ったのだ。
「うーん。私達はメイドの中でも最下位だから、ラルフ様に約束を取り付けるのは無理よ」
事情を話しても、リンダはやっぱり無理だと首を振る。
「皇宮区の侍女役のメイドにお願いすれば約束が取り付けられる?」
「可能だとは思うけど、多分引き受けてくれないわ。皇宮区の侍女役のメイドの人達って、私達のことをすっごいバカにしているから」
リンダはむうっと口を尖らせて前を向く。
まだ働き始めて数日だが、メイドに階級があることはミレイナもなんとなく気付いていた。
断片的に聞いた話では、竜王陛下や高位の文官の侍女役を務めるメイドは貴族出身の令嬢が多く、ミレイナがやっているような魔獣係や清掃係は平民出身者だ。
「どうしてもお会いしたいなら、通り道で待つしかないわね」
リンダは両手を天井に向け、肩を竦める。
「なるほど。通り道で待つ……」
ミレイナは考え込むように顎に手を当てる。
このときリンダは、まさかミレイナが本気で廊下でラルフを待ちぶせするとは思ってもいなかった。