3.ミレイナ、魔獣係になる(2)
ごみを捨て終えて戻ろうとしたミレイナは、ふとどこかから動物の唸るような鳴き声が聞こえた気がして辺りを見回した。
(なにかしら? あっち?)
鳴き声がする方向に目を凝らすと、芝生の広場の真ん中に平屋建ての小屋が見えた。質素な石造りで、小さな窓がいくつか付いている。
「ねえ、リンダ。あれはなに?」
ミレイナが指さした方に目を向けたリンダは、「ああ」と答える。
「あれは魔獣の保護施設よ。森で傷ついたりした魔獣を、保護しているみたい」
そこまで言って、リンダは眉を寄せる。
「掃除係でも皿洗い係でも我慢できるけど、魔獣係にだけはなりたくないわ。誰もやりたがらないから、どんどん人が変わるの。今度の人も一週間もつかしら?」
「どういうこと?」
不思議に思ってミレイナが聞き返したそのとき、甲高い悲鳴が聞こえて小屋の入口から誰かが飛び出してきた。言葉にならないなにかを叫んでいる。
「どうしたのかしら?」
ただごとではなさそうな様子に驚いたミレイナは、慌ててそちらに駆け寄った。
小屋から飛び出してきたのはミレイナとそう年頃の変わらぬメイドだ。
「どうしたのですか?」
ミレイナが声を掛けると、その女性はあわあわと口元を震わせた。
「どうしたもこうしたもないわ! だから魔獣の世話なんて嫌なのよ! もう我慢できない。メイド長に言って他の職場に変えさせてもらうわ!」
憤慨したようにそう叫んだ女性は、すっくと立ち上がるとぷりぷりした様子でその場を立ち去る。メイド服の黒いスカートのお尻部分が破れており、ひらひらと端切れが風に靡いていた。
ミレイナとリンダは顔を見合わせた。
リンダはそれ見たことかと言いたげに、肩を竦めている。
(もしかして、ここがジェラール陛下が言っていた魔獣の保護施設?)
ミレイナはその建物をまじまじと見つめた。一階建ての石造りの建物は飾り気がなく、質素な見た目だ。まるで、倉庫のようにも見える。窓はあまりなく、入り口は鉄柵で閉ざされていた。
ミレイナは中を覗こうと首を伸ばす。
鉄柵製の扉の向こう側は薄暗く、よく見えない。けれど、入口と小さな窓から差し込む光で僅かに見える地面には、わらのようなものが散らばっているようだ。
そこに、うろうろと蠢くものがいるので、あれが魔獣だろう。
(それにしても、ひどい臭い……)
ミレイナは思わず、持っていたハンカチで鼻と口を覆った。きちんと清掃されていないのか、中から汚物のような悪臭がする。
「ミレイナ。ここの魔獣、すごい凶暴だって有名だからもう行こうよ。さっきの人も、たぶんお尻を噛まれそうになって逃げ出したのよ」
リンダが背後からさっさとここを立ち去ろうと促してくる。
「うん、もうちょっとだけ」
ミレイナは、中をじっと見つめた。
(こんなところに閉じ込めたら、魔獣だって気が立つわ)
ミレイナは前世でペットショップで働くほど、動物が好きだった。
ここにいるのは魔獣なので動物とはまた違うのかもしれないが、どうしても放っておく気になれない。
(どうにかできないかしら?)
「きゃあぁぁぁ!!」
考え込んでいると、不意に背後で悲鳴がした。この声はリンダだ。
驚いて振り返ると、その瞬間に大きなものに飛びかかられてミレイナはバランスを崩して尻餅をついた。
なにかが自分の上に覆い被さってくる。
「うわぁぁぁ。ミレイナが食べられちゃう!」
またリンダの悲鳴が聞こえる。
なにかの息づかいを感じてぎゅっと目をつぶると、頬をベロリと舐められる感触がしてミレイナは驚いて目を開いた。
目の前にあるのは、大きなもふもふだ。
金色の瞳でこちらを見つめている。そして、首には金の首飾りを付けている。
「え? ゴーラン? なんでこんなところに?」
それは紛れもなく、ジェラールの従獣であるゴーランだった。
仰向けになったまま呆気にとられていると、遠くから「ゴーラン!」と叫ぶ低い声。そちらに目を向けると、青味を帯びた銀色の髪を靡かせた男性が近付いてくるのが見えた。
着ている上下濃紺の服の襟元や袖口、合わせ部分には遠目に見ても豪華な刺繍が入っており、上質であることがわかる。
「ひえっ!」
リンダが小さな悲鳴を上げて腰を抜かしたようにへたり込む。
王宮に勤めていても、竜王に間近で会うなど、そうそうあることではないのだ。