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第7話 砂エビの塩焼き

 擬態蟹は見事に真っ二つの状態で2人の籠の中に放り込まれている。背中側の甲羅は非常に硬く重いのだが、解体をしてそれを引っぺがし、カニの身の方を真っ二つにして持って帰るのだ。


 結論で言うならばシオンは無事に何事も無かった。




 「ニ、ニーアさん!蟹!蟹は新鮮な方が美味しいと思うんですが!」


 そのシオンの何気ないセリフにニーアは反応を示す「む!確かに一理も二理もある」と。そしてその瞬間、トドメとばかりににわか雨がパラリと2人の頬を打った。これがニーアの心変わりの決定打になった事は間違い無いだろう、瞬間的にニーアは思った「体が冷えればか弱そうなシオンが病気になるかも」と。しぶしぶ、本当にしぶしぶとシオンの拘束を解除し擬態蟹の解体に取り掛かったと言う流れであった。危機一髪、もしにわか雨が降らなければ白昼堂々ナニがアレでエレクチオンだったのは間違い無い。


 何となく2人共微妙に残念そうな表情ではあったが解体作業は滞りなく進んだ。そして今に至る。


 「シオンは思ったよりも体力があるし力持ちだよね、半分になってるけど擬態蟹は結構な重さなんだよ」


 「そう、なんですよ。僕も持って帰れないかなって思ってたんですけど調子が良い?というか体が凄く軽いんですよね」


 ニーアはシオンの体をマジマジと眺める。その視線を遮るかのように両手で体を隠そうとするが、その行動のせいでニーアの導火線に火が付くとはカケラも思ってはいない。そう、シオンはナチュラルにニーアを誘惑していたのだ。


 「シオン、手を繋ごう」


 おずおずとニーアの手を握り村への帰り道を歩く。




 擬態蟹のほぼ丸々一杯を村長宅に預ける、この後で蟹は村人全員に行き渡り、食卓に上る事になるのだ。2人は家に帰りつく、時間は昼間を少々過ぎた辺り、ニーアが砂浜で食べる予定だったパンのような物と砂エビを昼食にしようと提案した。


 台所にはニーアが立つ。砂エビをそっと籠から取り出し頭を落とす、これでもう動かない。そこで井戸から汲んで来た水で砂エビの胴体と頭を洗って砂を落とす。殻を剥いて背ワタを除去し、塩を振って木の串を打つ。それを竈で直火焼き。


 頭は包丁で真っ二つにしてこれも直火焼き、頭の鬼殻焼きにする。甲殻類の焼ける香ばしい匂いが家中に立ち込める。


 シオンはニーアの料理をしている後姿を放然と見つめている。料理をする女性の姿を直に見るのはシオンにとって初めての経験になる。昨日は時間的なもので作り置きだった物を食べ、今の今まではほぼその全てを病院食で賄っていた。


 「もうすぐ出来上がりだよ」


 ニカッとニーアは笑う。その顔を見たシオンは少しだけ胸が締め付けられる思いをした、だがそれが一体何なのかシオンには理解が出来ない。しかし嫌ではない感覚に少々戸惑いを見せる。


 シオンの目の前にぶつ切りにされた砂エビが置かれる、皿の脇に炙った頭とパンが一緒に乗っている。真っ赤に色づいた身の上にはクレソンのような葉野菜が乗せられていた。


 「いただきます」


 手を合わせてお馴染みの一言だがニーアにとっては「手を合わせる」姿が不思議な恰好に見える。シオンにとっても久々の行動だ、病院の部屋で1人で食べる時に手を合わせる事も「いただきます」の言葉もほぼ無かった。TVで見た時に気まぐれでやった行動だけ。


 木製の二股になったフォークのようなものでエビを刺して口に放り込む、シオンの口いっぱいに新鮮でジューシーなエビの身と汁が溢れた。


 「これ、物凄く美味しいです……!」


 「モノが良いからね、味付けは単純な方が美味しいよ。殻は取っといて夜に汁物にしようか」


 「殻を汁物に?」


 「そう、砂エビの焼いた殻が良い風味になるんだよ」


 シオンの頭の中では全く違う工程が流れていた、殻をミキサーのような物で細かくしてそれを汁にすると言う工程だ。素人の発想は突飛である意味凄まじいモノがある。


 シオンとニーアはぺろりと砂エビを残すことなく食べ終えた。正味、エビの身だけで1人前300g以上はあったが皿の上に残ったのは頭の殻部分だけ。これを水で軽く洗い、そして水を張った鍋の中に入れて竈に設置する。夕飯用の下ごしらえだ。


 「いっぱい食べたね、夜も食べれるかな?」


 「食べます!」


 「良い返事だね、これは作り甲斐があるよ。私も久しぶりに美味しい食事だったね」


 「毎日こんな風だったらいつも美味しいように思えますが?」


 「家族と一緒だからだよ、シオンと一緒に食べたからだよ」


 「……家族」


 シオンはおっかなびっくりと言った模様でニーアに近づき肋骨の辺りでニーアを軽く抱きしめた。シオンにとってはかなり思い切った行動だろう、ほぼ全てが手探りの状態でこうしたいと思い、そしてそれに素直に従った結果だった。


 ニーアもまんざらではない様子でシオンの頭をなでる。天井からは日光が射し込む掘っ立て小屋だが、そこにはこれから一緒に家族として歩んで行こうとする2人の姿がある。


 思った以上に簡単に手に入り、思った以上に簡単に手放す事が出来、思った以上に安らげて、思った以上に煩わしく感じる。不思議な事に別に要らないと感じている時にそれはあり、欲すればするほどに遠い場所にそれはある。シオンにとってはよく分からなくなったモノ、ニーアにとっては過去に失ってしまったモノ。


 家族。


 2人は家族に成るための一歩を今、確実に踏み出している。


 歪に歪を重ねた出会いと2人だが、そこには歪なりにこれから形になって行こうとする2人が居た。

 

ここら辺の調理法は基本的に焼く、煮る、蒸すの3種類です。油が足りて無いんだよ油がw

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