第6話 砂浜で捕まえて
海の匂いがダイレクトにシオンの鼻腔を刺激する。一般的には不快臭に近いそれをシオンは面白がる、今までは病院の中だけでの生活、ベッドの上だけでの生活だった。だが状況は一転した、シオンには理由が分からなかったがいわゆる異世界へとやってきて更には歩けるようにもなっている。
歩く事の感覚に満足し、海の匂いに感激し、ニーアの手の温かさに感謝し、疲れると言う感覚にも面白みを憶える。たったそれだけの事がシオンの心を満たしに満たす、逆に言うならばたったそれだけの事も経験出来なかった。
「楽しそうだねシオン」
「ニーアさん!凄い!凄いんです!よく分からないけど、凄い……!」
新しい玩具を手に入れた子供のように、人間の手に格闘を挑む子猫のように、初めて食べる外国の料理を目の前にした時のように、シオンの心と体はまさに跳ねた。ニーアはその様子をただ眩しそうに眺め満足する。
ニーアも結局は孤独の中に居た、長い、これからも恐らくはずっと続いて行くだろう孤独の生活。魔物にいつ襲われ死ぬかも分からない不安に苛まれた心はシオンとの出会いで救われた気がした。ニーアもシオンに感謝する、ただこれだけの事にすら喜びを憶える小さくか細い生命に。
「ニーアさん、これからどうしたら良いでしょうか?」
「そうだね、砂浜に小さな山が出来てるからそれを掘ろうか、小さい魔物がいるんだよ。砂エビって虫みたいなのがさ、それを捕まえようか」
「虫、みたいなのですか……?」
「そう、すっごく美味しいよ。あ、でも一応魔物だから噛みついて来るんだよ、気を付けてね」
手を繋いだまま2人は砂浜に歩いてゆく。
照り付けるまでにはいかない穏やかな太陽光、潮騒は不規則なリズムを刻み、海鳥は空中に静止しているかのように風に乗る、海面がキラキラと反射して手のひら大の魚が跳ねた。
草鞋のような履物がサクサクと砂に沈み、2人の足跡が残る。忙しなくシオンがキョロキョロと辺りを見回すとニーアの言葉通り小さな砂山を発見する。
「あれですか!?山になってる、あの下に魔物、砂エビが!?」
興奮を隠すことが出来ない子供のように砂山を指さしニーアの手を握ったままピョンピョンとジャンプした。
「掘ってみる?もし噛まれても毒とかは持ってないから安心して良いよ」
「掘ります!」
いてもたってもいられずシオンは一目散にこんもりとした砂山に駆けて行く、そして何を疑う事も無く砂山に両手を突き入れた。
「あ!これ!」
シオンはゆっくりと砂山から手を引き抜くと、その手には1kgほどの大きさの魔物、砂エビを掴んでいた。エビの色は湿った砂のような色をしており、とげ付きのゴツゴツした殻ではなくツルツルとした外見でヒゲが短い。代わりにスコップ状の爪を持っており、普通のエビのように丸まっている。
「凄い……これが砂エビ……あっ!」
バチンと音を立てて砂エビがシオンの手からジャンプし、砂浜に落ちる。
「物陰に隠れてると大人しくなるから籠の中で布か何かを被せるといいんだよ」
ニーアの言葉を聞き、再度砂エビを捕まえて素早く籠の中に放り込むと、藁で出来た縄をその上に被せてみた。するとエビは体を丸めて大人しくなる。
「ニーアさん、これ、凄く楽しいです」
「こんな大人しい魔物ばかりじゃないから気を付けてね、例えば……あそこ」
シオンはニーアの視線を追う、そこにはシオンの腰の辺りにまである大きさの岩がポツンと1つ。しかしよく見ると周りには砂が団子状になり、それが無数に転がっている。
「今日は運がいいね。擬態蟹が食べれるよ」
「ぎたいがに?アレ、カニなんですか」
「そうだよ、砂エビより味は少し落ちるけどあの大きさだからね。アレはちょっと危ないから私が仕留める」
言い放つや腰のナタを抜いて無防備にサクサクと砂浜を歩いて行く。ある程度近づくとニーアはそこから跳躍し、擬態蟹の上へ着地した、するとまるで岩から腕が生えたようにニュッと伸びてニーアに襲い掛かった。
しかし、その腕はニーアには届く事無く中空を掻くのみ。ニーアは冷静にナタを腕の関節部分に打ち込みその鋏を切り離すのに成功する。そしてそれを逆側でももう1度、これで擬態蟹には打つ手が文字通り無くなった。
「これに挟まれると手でも足でも切断されるんだよ。そしてトドメは……こうするッ!」
攻撃手段の無くなった擬態蟹の正面に降りて素早く蹴りを入れてひっくり返す、間髪入れずに右手に持ったナタをフンドシ部分に思いきり振り下ろした、ナタの刃先は腹の薄い殻を突き破る。だが蟹の足はまだシャカシャカと動いている、もう1度、今度は蟹の口の部分にナタの一撃をお見舞いすると今度こそ蟹の足は力なくダラリと伸び、擬態蟹は絶命する。
「今日は擬態蟹1杯で十分に大漁だからちょっと休憩して帰ろうか……どうしたのシオン」
「カッコイイです、ニーアさん……!」
シオンの目がキラキラと光る、外見は女の子同然だが中身は流石に男なので、巨大とも言える擬態蟹をいとも容易く狩ったニーアに対し憧れの視線をこれでもかと向けた。その視線をニーアは敏感にキャッチすると心の中で何かが弾ける。
「ククク、おねーさんに惚れたのかな?正直に言っていいんだよシオン。丁度誰も見ていないし頂いてしまっても良いよね」
スルリとニーアは毒蛇さながら絡め取るようにシオンを拘束する。
「あっ!ぼ、僕の方が年上ですからアッー!お天道様が見ていますぅーっ!」
「細かい事は気にしなくて良いからね。大丈夫、波の音でも聞いていればすぐに済むよ……多分」
再びシオンの貞操の危機が訪れた。ニーアは鼻息荒く、ガッチリとシオンをホールド。今度こそ逃がさないとの意気込みで舌なめずりをする。シオンの方は目が微妙にハートマークになりかけていてはいるが一応の抵抗はしている。
果たしてシオンはニーアの魔の手によりどうなってしまうのか!?
砂エビ、「マギア」の舞台の大陸全土の砂浜に生息する魔物。ンまい。
擬態蟹、挟まれると大怪我必至だが背中にまで爪は届かない。ンまい。