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第2話 孵化

 「このように水を張った樽の中に寄生体を詰め込むのです、すると呼吸が止まった事により王蟲ラグマルスは寄生体を仮死状態に移行させます。結局は自らを守るために寄生先を守るのですな」


 「では、その先は、樽の中から取り出した後はどうしたら良い」


 「こちらを、この薬品は寄生体を洗脳するための薬品でございます。毎日の餌付けの時に一滴、飲料水の中にでも混ぜればよろしいでしょう。どう洗脳するかはご随意に、ヒヒ……戦闘専門に調教するも……それこそ奉仕兼用にするも自由にございます」


 実験直後に裸体の少年は水の張った樽の中に詰め込まれる。水中の少年の長い黒髪がゆらりと揺れた、その様子はどこからどう見ても水死体そのものだが不思議な箇所がある。


 寝台の上で散々に暴れた痕、手首や足首に食い込んだ枷の痕が綺麗に消え失せているのだ。僅か数分の時間の内に王蟲ラグマルスの作用で少年の体に何らかの変化があったのだと見て取れる。


 医師風の男とのやり取りの後、樽には蓋がされ、釘を打ち込み、さらには封蝋で念入りに水漏れを塞ぐ。


 「荷馬車の護衛には我がエブオルからも1体の試験体を出しましょう。道中の魔物ごときではその樽、その御身には指1本触れさせない事を約束いたします」


 「……なるほど、今後の売り込みの目的もある、か。よかろう、領内に帰りついた後はその試験体とやらはどうしたら良い?」


 「残りの半金を試験体に渡して頂ければ自力にてここまで帰還しましょう」


 


 雷鳴。生暖かい風と共に稲光が瞬く、放電現象により瞬間的に爆ぜた空気がまるで花火のような音を辺り一面にブチ撒ける。少年を乗せた馬車、正確には少年が詰まった樽を乗せたホロ付きの荷馬車を追いかけて来るかのように雨が降り注ぐ。


 大仰な荷馬車の中には少年の詰まった樽1つが堂々とその中央に鎮座している。荷物は大体が食料品や飲料水で、その他は槍や弓、はたまた大型の盾が積み込まれている、この馬車は先頭を進む荷馬車だ。


 馬車列の2番目は黒塗りの立派な馬車だ、この中には例の「試験体」と呼ばれた者と少年を買った男、貴族風の男が同席していて談笑を交わしている。


 最後の3番目のホロ付きの荷馬車には革鎧を着こみ、帯剣した男女が10数名程乗り込んでいて強い雨を体を縮めて凌いでいる。彼らは貴族風の男の私兵で元々は奴隷だった者達、体中に傷を負い、個々人、所々に欠損部位も見受けられる。濁った眼、鬱々とした雰囲気を体に纏いながらも過酷な環境、業務に耐えるためか体つきは頑健そのもの。


 「急な雨だな、古傷が痛みやがる」


 「……とは言っても雨は有難いねぇ、魔物が出てこないから命を長らえる事が出来るってもんさ」


 「……」


 「ご主人様の買い物はあの樽1つか、ありゃ何を買ったんだろうな」


 「ヘッ、詮索をするなよ、死んじまうぞ」


 魔物。この世界には魔物と言う存在が居る、野生動物との区別は難しいがソレは確実に居る。人間の繁栄を妨げ、生存圏の奪い合いをする、明確なまでの人類の敵。しかし魔物側から見ればそれは人間にも言える事。


 徒党を組み、群れを成し、略奪をし、営みを構築し、繁栄する。……それが「魔物」


 人間と比べればあるいは知能が低いとも言えるだろう。が、雨を避け、夜襲をし、道具を使うなどの知性は見受けられる。


 馬車列は過去に作られた山道の下りを突き進む、その道のはるか崖下には濁流が波涛を打ち散らし、そこに飲まれれば命は無いだろう。雷鳴が轟き雨の勢いはより強く、昼間のはずの道は薄暗く土砂降りのせいもあり視界を阻む。


 雷光が暗雲の中に龍を形どった。まさに鼓膜が破れる程の音量でソレは馬車列の通る山道の真ん前に落雷する。雨を伝い、馬車3台は物の見事に感電し、コントロールを失った荷馬車3台は濁流へと落下する。


 しかし、真ん中の黒塗りの馬車からは1人だけが何とか脱出したようでピクピクと痙攣を起こしながら道に倒れ伏していた。


 かの「試験体」と呼ばれた人物である。


 崖下に落ちた少年の詰まった樽は濁流に飲まれ所々を強打し、ミシミシと悲鳴を上げては細かなヒビを入れてゆく。その流れは長い距離をかけて何本もの支流に枝分かれしている。しかし川の流れの行きつく先は決まって海になるのが当然で、少年の詰まった樽も無論それに該当する。


 運が良かった、と言えるかは分からないが樽は海辺に近い川岸に打ち上げられる。損傷の激しくなった樽はバゴリと悲鳴をあげてその一部分を崩壊させた、その中からは少年を仮死状態にさせるための水がサラサラと漏れ出してしまっている。


 


 止まぬ雨は無い、その日の晩には豪雨など無かったかのように2つの月が明るく岸辺を照らし出している。虫の音が辺りから聞こえ、同時に未だ落ち着きの見えない濁流の音。樽の中身には僅かな水と裸の少年が入っており、その目覚めは近いだろう。


 孵化をする。


 まるで産み落とされたその後に卵の中で無形だった生命体が形を作り、その殻を破るかのように孵化をする。そんなイメージで樽に打ち付けられていたフタがカランと地面に落ちていった。小さな虫の音がその様を祝福するかのように歌い上げ、2つの月はその生誕を待ち遠しそうに優しく見守っている。




 「おはよー生きてる?寝息が聞こえるから生きてるよね?」


 「……」


 少年が寝ぼけたような顔で声が聞こえた方をボンヤリと見返した。コシコシと手で瞼を擦り軽く伸びをすると樽の内側の高くはない天井にコツンと手がぶつかる。


 「おはよう、ございます……?」


 少年は樽の中でコテンと首を横に倒す、そこに朝日が射し込んで来て少年の全身をハッキリと映し出した。


 「変な所で寝泊まりしてるんだね、それと可愛らしいのがチラチラ見えてるよ」


 「?」


 樽の中の少年はその言葉を受けて自分の体をマジマジと眺める、そこでやっと自分が裸だった事を理解した。瞬間的にまさにボフンと音がしたかのように少年は赤面してしまい、両手で体を隠す。


 「中々初々しい反応するじゃないか。あ、私はニーアゲイラだよ、ニーアお姉さんかニーアさんとでも呼んで欲しいかな」


 「ニーア……さん。……あ、僕はシオン、エモトシオンって名前です」


 太陽を背後にしニーアと自己紹介をした女性はニィッ!と笑う。今も照り付けて来る太陽よりも力強く、まるで全てを見通しているかのように確信的で、且つ裏表なく屈託なく自信満々に笑う。


 「シオン、ここに私がいるのは運命だ。だから私のモノになれ!」


 「そんな事より先に服が欲しいです……」


 シオン、英雄の傍らに常に付き添っている魔族の女性との邂逅はこうして行われた。


この世界には英語が存在しません。


それと、「可愛らしい」のはシオンの鎖骨の事ですw

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