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第1話 始動

 人里を遠く離れ、とある国が廃棄した鉱山の坑道の奥深くにその施設はある。


 その昔、この鉱山は賑わいを見せ、麓にも中規模の村落があった、だがその姿はすでに無く、ゴーストタウンさながら、いや、それよりも酷い状態の無人の村落の跡が残るばかり。


 夜空には2つの月が煌々と冴え、寒々しく風は砂埃を巻き上げ、もぬけの殻になった家屋の中を縦横無尽に吹き抜けては腐りはてた扉をギィと鳴らす。


 坑道の中を進む。明りなど一切が無く、グネグネとねじ曲がった穴の中、その果てに不自然なその扉があった。


 看板などその名を示す物は無く、ただ坑道の果てにポツンと現れる不自然極まりない人工の扉。こちらも長い期間人の出入りなどが無かったのか、扉は簡単に開いてその施設の中に侵入が出来る。


 その施設内の饐えたニオイは侵入者を真っ先に歓迎するであろう。不思議なのは蛍光灯の明りさえついてはいないのだが、薄らと通路自体が淡い光を放っており、そこから真っ直ぐに伸びた通路が見渡せる事だ。


 真っ直ぐな通路の脇には無数の扉があり、その中からは小さく呻き声や獣の唸り声、または金属質な物を力強く擦り合わせるような音が漏れて来る。


 簡単な一本道の奥にはこの施設内で一番大きな扉がある。白い、石材で出来た簡単な引き戸。その扉には何か液体が飛び散ったような黒いシミが所々に見受けられ、中から人の歩く音が聞こえてくる。


 その部屋の中には体を布や皮で飛沫対策をした数人の男達がいた。黒いシミ、恐らくは返り血か何かが付着して長い時間が経過した前掛けを全員が装着している。お世辞にも清潔とは言えない格好だが、その男達はいわゆる、医師のようにも見えなくもない。


 「……これが王蟲ラグマルスの幼生体にございます。我々エブオルの研究により、この小さな蟲が人間の限界を超え、新たな立場を得る重要なカギとなる事が判明しております」


 薄汚れた半透明の瓶の中にはノタクタとうねっている細長い幼虫が1匹。自ら所属を「エブオル」と名乗る医師風の1人はその幼虫を愛おし気に、暗い喜びに満ちた目で見つめている。


 「人体実験は済ませてあるのだな?本当にそのような小虫1匹でごときで何かが変わるのか?」


 「ご覧になられましたでしょう、あの試験体を」


 「……」


 「エブオル」の所属ではない男がゴクリと喉を鳴らす。飛沫対策で顔に巻かれた布の奥は若干蒼褪めている。幼虫を納めた小瓶を手に持つ医師風の男は甲高い声で小さく笑い声を上げ、一般の人間には理解不能な専門用語を乱発し、説明にならない説明を吐き散らした。


 曰く「生存確率は多くはない」曰く「繁殖能力を除去した」曰く「被検体の生命の危機に反応し覚醒」曰く「ヒト種の希望」曰く……「神へと至る一歩」


 饒舌はとどまる事を知らず、その医師しか理解できない喜びは彼の頭の中を駆け巡り、そしてそれは終わりを迎えた。医師は暗がりに指をさす、その先には錆が浮いた鉄格子。更にその奥には大きな寝台の上に黒髪の少年が全裸で括り付けられていた。


 「クヒ、ヒ……少々珍しい検体が手に入りましてな、ご覧あれ、少女とも見分けのつかぬ外見、この国には珍しい黒髪、肌の色も透き通るほどの美しさに御座いましょう。今よりあの子供が……キヒ、ヒヒ、体中の体液を噴出させてのたうち回る様をご覧くださいませぇ……」


 ぺた、ぺたと医師は少年に近づいてゆく。少年は寝息すら聞こえない程の幽かな吐息で微動だにしない、一見死んでいるようにも見えるがその鼓動は強く、力強く脈打っている。


 医師は瓶のフタをこじ開ける。そしてその中身の幼虫を眠っている少年の顔、瞼辺りにポトリと落とす。


 体に布を巻き付けた男たちはその様を食い入るように見物し、生唾を飲んではその後に訪れるある種のショーに暗い期待を寄せる。


 「よく、ご覧あれ」


 幼虫はさながらシャクトリムシかのような動きをして少年の瞼を目指す。木の枝のような色合い、尻尾は棘状に尖り、口からは粘液を僅かに垂らし、ジャバラ状の体を縮めては伸ばしながらノタリ、ノタリとゆっくり移動する。


 やがて幼虫は少年の瞼に辿り着いた。幼虫は少年の右瞼辺りを一旦確認するかのようにペタペタと口先を使い触りだす。


 ずる、り……


 おもむろに少年の右瞼の目頭に幼虫は侵入を果たす。少年はその状況でもピクリともせず、しかし幼虫はその身全てを少年の右目奥へと滑り込ませた。


 「……何も、起こらぬでは


 「始まりましたぞ」


 最初の変化は少年がボンヤリと両瞼を開けて天井を凝視した事だろう。やがてピクピクと細かく痙攣するかのように体は震え、そしてその白い腹はうねうねと動き、ダンッとブリッジをするかのように跳ねた。手枷が、足枷が悲鳴を上げる、少年の動きに合わせ、離すまいとその身に食い込む。


 「い……ッぁ……ッ!」


 顔色は青白くなり、冷や汗、脂汗の類が少年の顔を覆う。プクプクと泡状になったヨダレが口の横から垂れ落ち、鼻血がツツ、と流れた。右目からは血液交じりの涙が溢れ、全身からは大量の汗がその白い体をヌラヌラと照り輝かせる。


 少年は括り付けられた寝台の上で暴れる、その白い手首と足首に枷を食い込ませ赤く腫れあがっては擦り剝けて血がにじむ。一しきり暴れた後は電池が切れたかのようにゆっくりと寝台に横たわった。


 半開きの目からは血液交じりの涙が流れ、玉の汗、息は荒く「ハッ……ハッ……」と胸が上下する。


 「おや、成功したようですぞ」


 「……失敗するとどうなる?」


 「融けまする」


 医師の男の断定にそれを訪ねた男は絶句して返す。当然の反応、僅か10cm足らずの幼虫がヒトの体内に侵入し、たかだか数分で溶解してしまうなどあろうことか。しかし、その医師は断定をしたのだからそうなのだろうと尋ねた男は無理矢理に納得をする。


 


 ……少年の名は「江本紫苑」真っ暗な廃坑の奥の奥、薄暗い施設「エブオル」の実験室、ここより始まる物語は少年「シオン」が如何にして英雄と成ったかの物語。


前作「アジト」の前日譚?になりますw

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