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7 侍女長ディアブローナー

 お茶会から逃げ帰ってきて2日。

 ステーキを食べていたらあることに気付いた。


 執事のイーサンが書類を手に『これは侍女長に渡すか』と呟く姿がダイニングの入り口からちらっと見えた。


 また少しして、通りすがりの侍女達が『そういえば侍女長の──』と、こそこそ話す姿があったり。


 ふむ。侍女長?


「侍女長って、いつもどこにいるの?」


 モニカが淹れてくれた紅茶を飲みながら聞いた。ああ美味しい。やっぱステーキランチには無糖よね。


「今の時間でしたら、侍女長はいつも管理制御室の2階にいますよ」


 ヴェロニカ10歳の記憶を探る。

 管理制御室……大袈裟な名前だけど確か日用品とか魔導具を管理する建物だ。


「……それ、屋敷の敷地にあるレンガの建物のことよね?」


「はい。このあと古くなった魔導具を取り替えにいきますので、ヴェロニカお嬢様も見にいかれますか?」


「……そうね。食後の運動がてら、ついていくわ」


 最後の赤身肉ひと切れを口に入れる。

 美味しいわ。やっぱステーキは赤身よね。

 ごくりと飲み込み、ぺろりと唇を舐めると、モニカがお口をふきふきしてくれる。


「付け合わせも残さず食べましたね。またシェフが泣いて喜びます」


 付け合わせの野菜もニンジンを剥いてかたどった薔薇とか、細かく切れ込みを入れてスパイラル階段になった茄子とか、味だけじゃなくセンスもいいのよね〜キエトロ家のシェフ。


 あー、でもやっぱり赤ワイン飲みてー。成人するまであと5年。我慢、我慢。



 軽く食休みをしたのち、魔導具が入った箱を抱えたモニカに連れられて庭の中心を歩く。管理制御室への早道だそう。


「あ、チャリオット!」


 通りすがりに茂みに隠れたキエトロ家の専属庭師、チャリオットを見つけた。帽子をとり、ぺこりと頭を下げられた。


 チャリオットはいつもギリースーツを着ている。兵隊がジャングルとかで目眩ましで着るアレだ。本当は虫よけ効果のあるハーブや蔦で編んだ庭師用の作業服だそうで、見た目はまんまギリースーツにしか見えない。


「これから管理制御室に? お嬢様、今の時期は蚊も多いので、気をつけて下さいね」


「ええ」


「……本当にどうでもよい質問で恐縮ですが、ヴェロニカお嬢様は、何故いつもチャリオットの位置が解るんですか?」


「んー、それはねぇ、うふふ……秘密」


 キエトロ家の庭は、大昔に王家から下賜したグリーンローズという蔦しか植えることを許されていない。1代目だったか2代目だったか、当主が遺言でそう決めたそうだ。蔦は透き通るようなグリーンで、夜になると淡く発光する、めっちゃ綺麗な蔦だ。もちろんグリーンローズという名の通り、緑色の小さな薔薇も咲く。これがキエトロ家の紋章ですね。私の外套に刺繍されてるやつ。


 そんな綺麗なグリーンローズの庭に、1箇所だけ藻が生えてたら誰だって気付くって。あ、マリモ……チャリオットだって。


「侯爵様にもいつもバレるんですよ。魔力の流れを読まれているみたいで」


「成る程、ヴェロニカお嬢様も魔力で気配を読んでいたのですか」


 違うけどな。

 曖昧に頷き、チャリオットから手頃な棒切れをもらう。

 枝の切れ端というか、蚊対策だ。

 それをブンブン振り回しながら庭を歩く。


「そういえば侍女長は今年40歳……あと3日で任期を終えてしまいますね」


「まぁ……そうなの?」


「はい。なんでも、旅に出るそうですよ」


 それでか。

 ゲームでは、モニカが侍女長だった。

 ヴェロニカはたまに学園の寮にモニカを呼びつけては、殿下がヒロインへ宛てた手紙の刻印を、持ってこさせた魔導具で解除させていた。ほんとヴェロニカは盗み読みの常習犯なのだ。あくまでゲームの中でね。


 モニカは成人して15歳で結婚して息子を生んで、そのあとすぐ侯爵家に奉公にきたと言っていた。確か今は27歳……なら勤続10年はあるのか。


「なら次はモニカが侍女長ね」


「どうでしょうか。執事も侍女も、長は指命制です。ディアブローナー様のお言葉次第ですね」


 こえーな、おい。

 侍女長ってディアブローナーって名前なの?

 名前にデビル感でてる。


 赤茶色のレンガの建物が見えてきた。

 ここが管理制御室。積み重ねられたレンガの重厚感が凄い。まるで小さな古城だ。壊れた魔導具などもここで保管するそうで、魔導具がいきなり起動して破裂したり、魔力漏れで高温になったりする可能性もあり、屋敷から離れた場所に建てられているそうだ。


 その横には違和感満載な石の井戸があり、モニカが運んできた魔導具をそこにペッと捨てた。


「さぁ、戻りましょうか。午後はハーブティーをお淹れしますね」


「……この2階、に侍女長がいるのよね? 取り替えにいかなくていいの?」


「はい。ここに捨てた魔導具は、明日には侍女長の手によって新品になって返ってきます」


「あと3日で旅に出るのに、ご苦労なことね。ちょっと挨拶してくるわ」


「わかりました。では先に戻ってお茶を用意しておきますね」


 止められるかと思いきや、モニカがぺこりと頭を下げて踵を返した。ふむ。危険な様子はないみたいなので、2階に続く階段をあがった。



 薄暗い。涼しい。

 階段をあがってレンガの畳を歩いていくと、奥に灯りが見えた。


 不思議。四方はレンガなのに、周りの壁に嵌め込むようにして、ドアのないガラスの壁が立ちはだかっていた。ガラスの壁の奥は、執務室みたいになっている。


 そこには1人の女性がいた。

 赤と金が交互に流れるボリューミーな纏め髪。異世界はド派手だなぁ。その女性の横顔はまるで自分の店で水割りを作るママさん。屋敷の侍女達はみな紺色の侍女服を着ているのだけれど、目の前の女性はクリーム色のロング侍女服、その生地は絹の光沢を纏っている。おまけに豊かな胸元を強調する黒ベルトと、くびれた腰に手を置いて立っている姿が、セレブ感を醸し出している。


 あれが侍女長ディアブローナー。

 ヴェロニカ10歳の記憶では、顔は見たことがあるが、僅かに見覚えがある程度。


 この屋敷の侍女達は勿論、他には庭師のチャリオットとか、シェフのアダムとか、下男のクルーヤとか、御者のマクーシノとか、普段は身の周りにいない者でも交流した記憶がある。でも侍女長とは殆ど会話した記憶がない。全くない。


 キン、と金属音がした

 侍女長が黒い玉に手を翳していた。確かあれは魔石。屋敷の中の、ドアの近くの壁に嵌め込まれている。モニカがよくあれを操作して、照明の調整をしてくれるやつだ。それに魔力を込めてる。電力の補充……バッテリーみたいなものかな?


「ヴェロニカお嬢様、こんな地味な作業を見続けても、つまらないでしょうに」


「……」


「ああ、その透明な壁は、結界魔導具ですの。触れると鑑定されますから、ね?」


 ……ふむ。

 声は、真後ろから聞こえるよ。

 ガラスの向こうにいる女性は、まだ魔石に手を翳して魔力を込めているよ。


 ちなみに私は今、金縛りに合っているよ。


「そんなに強張らないで下さいな。これは魔力を……結界の中から話し掛けても聞こえないので、結界の外側に声だけを飛ばしているのです」


 あ、そういうこと!

 金縛り=ビビって動けない、は解除された。


「侍女長、お久しぶり」


 作業が一段落したように見えたので、一応……声が聞こえる背後じゃなく、姿が見える前方にカーテシーをした。


 前方の侍女長は目を丸めキョトンとしたのち、右手を左頬にそえて、


「おーっほほほ!」


 見事な高笑いをみせた。

 店の売上げを更新してほくそ笑まずにはいられない銀座のママのようだ。妄想は痛みと恐怖を打ち消す、これは前世で手に入れた唯一の私の武器。でもタネは明かされても何気に怖いよ背後の高笑い。


「あと3日で発たれるとか。それでご挨拶にきましたの。長い間、お疲れ様でした」


 なにか物入りがあれば旅立つ前に仰ってね、と。そそくさと踵を返すと、何故か今度は目の前にもガラスの壁があった。


 ふむ。

 背後から何かを操作する音がするよ。

 モニカが魔石で照明の調整をするような、そう、魔導具を操作する音だ。


「……何者ですの? 貴女はヴェロニカお嬢様ではありませんわね?」


「…………」


 わーお。

 異世界転生して、10歳とか中途半端な年齢で前世を思い出すと、周りからこんなこと言われるよね。好き勝手やってきたヴェロニカ10歳なら尚更。


 そっとガラスの壁に手で触れる。


「……ヴェロニカお嬢様で間違いありませんね」


 無事鑑定されたようだ。

 そう、だってヴェロニカだもん。

 ヴェロニカ・キエトロ侯爵令嬢に転生しちゃったんだもん。


 おずおずと振り返ると目の前に立派なお胸があった。わーお。足音がしなかったよぉ。


「貴女がヴェロニカお嬢様本人なのは解りました。しかし屋敷の者はみな不審がってますの。理由は解りますね?」


「え」


 言いながらゆっくりと腰をおとし、目が合うまでの数秒感、生きた心地がしなかった。


「侯爵様に対する態度、王家からの婚約打診を断ったり、他にも思い当たることが多すぎませんこと?」


 侍女長という立場なら、なにかしらお父様から聞いている筈だけど、声色からして納得はいっていないようだ。このようなタイプは言い訳も泣き落としも通じないのだろう。


「……わたくし皆に愛されてると思っていたのだけれど、本当は不審がられてたのね。教えてくれてありがとう。現実を直視できたわ」


「当然です。あたくしはヴェロニカお嬢様からは、シネ、ブス、カス、デブ、最後にキエロと言われてお嬢様の前に姿を見せなくなってからは勿論、その後も、そのように感謝の言葉は屋敷の者も聞いたことがありませんわ」


「………………こ、これには深い訳が」


 シネ、ブス、カス、デブ、キエロ……またずいぶん片言な。ヴェロニカ10歳も覚えていない幼少期の出来事か。これにはやられた。


「鮮明には覚えていないのだけれど、わたくしはディアブローナーに嫉妬していたのだと思います」


「……でしょうねぇ。ヴェロニカお嬢様はまだ3歳でした。奥様が出ていった直後に雇われたあたくしのことを『このメカケ!』『アイジンが!』『おまえはママじゃない!』と勘違いをしていましたから」


 急に優しげな、それでいて諦めを含んだ声色になった。


 その達観したような溜め息は、まるで売上げが悪い出来損ないのホステスを叱る銀座のママのようだった。


「しかし、侯爵様との関係を修復された今、屋敷の者も徐々に懐柔されております。それについては、あたくしがどうこう言う立場ではありません。所詮は子供の我が儘、多感な年頃だからと、モニカも言っておりましたしね」


「……」


 …………………………うん、泣きそう。


「そう……それを感じさせない仕事ぶりは、流石は子持ち、ね」


 ショック……と同時にモニカの気持ちも解る。だってヴェロニカだもん。


「……やはり変ですね。貴女は本当にヴェロニカお嬢様ですか?」


 なにか気持ちの悪いものを見下ろす視線が突き刺さる。それやめて。なんかその目、前世を思い出すから。まじでやめて。


「うまく言えませんが、……わたくしは、物覚えついた時、わたくしのままでした。それからのことは、鮮明に覚えています。今まで何をしたか、何を言ったか」


 ヴェロニカ10歳の記憶は──ヴェロニカは我が儘で傲慢で恥知らずで、そこには計算も何もない、ただ単純な感情だけがあった。


「……反抗期、だったのでしょう」


「反抗期?」


「はい……わけも解らず苛ついたり、理由もなく人を傷つけたり、ただ漠然と、死にたくなったり……目に写るもの全てに反抗したかった。その理由も、わかりません」


「…………」


「恐らく……幼すぎて……感情が解らなかった。いえ、感情はあるのに、使い方がわからなかったのです。わたくしはこの胸の中にある感情、それをただの玩具か何かと勘違いして、他人にぶつけて遊んでいたのです。また、……使い方を教えてくれたのはお母様です。それ(感情)をあそこに投げろと言われれば、投げました。愚かだと思います……」


「…………」


「お父様や、屋敷の皆さまには感謝しています。今までわたくしの感情を受け取って……正確にはぶつけられた可哀想な人達ですが、……その方達のお陰で今の、涙を流せるようになったわたくしがいます。ありがとう……これからは、貴方がたのように、人に気持ちをぶつけられても、こんな……泣いて後悔せず、きちんと受け止めれるような大人に……頑張ってなります」



 ぺこりと頭を下げる。

 ……私、モニカに嫌われてるんだ。

 所詮は子供の我が儘、多感な年頃だから──。

 うそん。私この屋敷の人達にめっちゃ大事にされてるやん、って天狗になってたやん。いやん。明日あたり、モニカの好きな林檎が入ったケーキをシェフに作ってもらおう。話はそれからだ。いや待て。もしかしなくてもシェフにも嫌われてるよね、私? よし、ケーキはお父様に頼んで買ってもらおう。話はそれからだ。



「──カお嬢様、ヴェロニカお嬢様!!!」


「え」



 いきなり聞こえた声に振り返るとガラスの壁──を泣きながら両手で叩くモニカの姿。



「違います違います! 我が儘でも、多感な年頃でも、私はそんなヴェロニカお嬢様のことも、可愛いと、大事に育てていこうと本音では思っていましたッ! 屋敷の皆もそうです! 酷いです侍女長! 事実を半分だけ言って真実を隠すのは、悪役記者のやり方です!」



 ガラス──結界魔導具は作動したままだ。

 何故いきなり声が聞こえた……。

 鼻を啜って顔をあげて気付いた。すぐ側にいたはずの侍女長がいつの間にか魔導具の横に立っている。向こうの声も聞こえるように操作したのか。


「もしかして……今日、屋敷の皆が侍女長、侍女長って連呼してたのって……」


「ええ。お嬢様をそれとなく管理制御室に誘導してこいと、命じましたの。モニカは心配して、ずっとお嬢様のあとをつけてましたわ」


「モニカに……声は?」


 いつからガラスの壁を叩いていたんだろう。モニカの掌が真っ赤だ。


「結界の内側にいたあたくし達の声なら、最初からモニカに聞こえてますわ」


「モニカも背後から聞こえてるのかしら?」


「ええ、位置的に拡声魔導具がモニカの後ろにありますからね」


 侍女長の指差したところ。

 ほんとだ。地面に魔石が嵌め込んである。

 さっきは暗くて解らなかった。


「侍女長の嘘つき! シネと言われたのは侍女長がヴェロニカお嬢様のステーキを盗み食いしたからでしょう! それにカスと言われたのは侍女長がヴェロニカお嬢様の頭に虫のついた花をつけたからでしょう! デブと言われたのは本当に当時5倍の体でデブスだったじゃ────」


「おだまり」


 あ、また侍女長が魔導具を操作した。







 ──それから3日後、侍女長は普通に屋敷に居た。1週間経っても普通に屋敷で仕事してた。お昼時になるとたまにステーキを横取りしてくるようになったので、フォークにさした赤身肉をあーんと差し出せば、簡単に餌付いた。




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