6 こえーよ政治の闇!やっと逃げれた!
おうふ。おうふ。おうふ。胃痛。
背後から名前を呼ばれている。
知らない知らない知らない! ついてこないで!
冗談じゃない。無理ムリむーりー。
さっき私はなーんも聞いてない。
てか聞こえてない設定だし。
てか後ろ盾? 毒殺? いやいやいや私は関係ない私には関係ない。え。毒殺? は? 誰が? 王妃が? ……それってヒロインが登場したら解決する母子仲直りイベントとかじゃなかったけ? 解決させたら高感度うなぎ登りして、ミニ恋愛イベントが多発するアレ。知らんがな。ヒロインを待て。
はぁー……ビビらせるだけビビらせおって。王妃は冤罪だ。この乙女ゲームは、ヴェロニカ以外は冤罪なのだ。それは私が一番よく知ってる。
ああもう。子供の歩幅ってこんなだったっけ? 来た道をそのまま戻る。なのになんで扉が閉まってるの? 邪魔だ騎士! そこ塞いでんじゃねー! 頼むから私のタイミングに合わせて開ーけーてーーー。
「お待ち下さい」
「開けてくださる? わたくしはヴェロニカ・キエトロ。客人です」
足止めをくらった。いかにもな兜を被った2人の騎士。先程の護衛だ。私の背後の追手に視線をやり、了承したようにコクリと頷く。てめーらアイコンタクトしてんじゃねー! 侯爵家の後ろ盾目当てで殿下に付きまとわれてんだぞ! 近所の子供にスーパーで飴ちゃんせがまれるのとは訳が違うんだ! 騎士に解るかこの気持ち!
「しばしお待ちを」
2人の騎士が威圧的に見下ろしてきた。イラっとした。
「淑女に、まるで犬に対するように待てと、そう仰って? レディーフォーストがなっていませんのね」
「あ、いえ……」
「うふふ。失言でした。わたくしは貴方がたから見たら女性ではなくただの子供ですもの。レディー扱いを受ける資格もないということでしょう。その点は、まだ未熟なわたくしに非がある、だから待ちましょう」
「ヒっ」
待てるかぼけええええ!
こんだけ嫌味言われてまだ開けないのか!
てめーらの胃は鋼か!
「ニカ、待って! まだ、」
ミルク臭接近。おわた。
肩を掴まれ、ペタンと女の子座りした瞬間、目の前の騎士達を左右に追いやるようにして扉が開いた。
逆光、そのシルエットは、見紛うことなき人物。お父様だった。
「……ヴェロニカ?」
わーお。
上着を脱いで、胸元のボタンを外し、シャツの袖を肘まで捲っている、今ひと仕事終えた、という言葉がぴったりな、汗をかいたお父様だった。
「お父様ああ〜! うわあぁああん!」
ええもう、飛びつきましたとも。
お父様はすぐ私を抱きしめてくれて、頭をぽんぽんと、それだけで、私の心は安堵に満たされたのでしたスーハー。
「……ジュ、リアン」
お父様が扉をあけて出てきた部屋。
そこから蚊の鳴くようなか細い声が聞こえた。
「陛下、私の勝ちです」
「……うむ。致し方ない」
そこには机と二脚の椅子。一脚は陛下が座り、机に上半身を預けるようにしてへばっていた。陛下もかなり汗をかいている。
「陛下!?」
殿下とロマネスク様が何事かと駆け寄っていく。
「キエトロ侯爵! 父上になにをっ」
「すまないね、殿下。陛下は金馬を一頭、ヴェロニカに下賜ると宣言した。残るもう一頭は恐らく殿下に、と考えていたのだろう。だが私は二頭よこせと言った。せっかくの双子だ。引き離すのも、可哀想だろう?」
危っ。殿下とペア馬とか嫌すぎる。
それでなにか、腕相撲とか、力比べで陛下と賭けをしていたのかな?
だってお父様、余裕な笑みで殿下と陛下を見てるけど、体はムンムンだもの。私がくっつくほど、ちょっと気恥ずかしそうにしてるし。
「ヴェロニカ……お父様……少し汗くさいから」
「お父様ぁ、だぁいすきっ」
お父様は少し困ったような顔をして、私にだけふにゃりと顔を崩した。
いやーん!
デレさせてからが本番だよねー! なにを? わかんない! なんかもう、なんかもう、おお神よ、今日も糧をお与え──
「ではヴェロニカ嬢はマティオスの婚約者候補ということにして、世間的にはこのまま婚約者で通そう。なに、正式な婚約者となるまでは、妃教育も婚約者としての義務も免除されるのだ。王家はジュリアンとビビアンの結婚に尽力した。見返りにこれくらいの我が儘は、許されるはずだろう?」
──ん?
なんですかその不穏な言葉……。
陛下が宥めるように殿下の頭をぽんぽんとして、暗い顔をしていた殿下は、一瞬泣きそうな顔になっていた。
ちなみに冤罪眼鏡君は自己嫌悪にまみれた今にも死にそうな青白い顔をしている。その様子なら裏表の無い清廉潔白なヒロインと気が合うんじゃないかな? 知らんけど。
陛下の視線にお父様がハァーと溜め息をついた。私はそのまま、お父様に従うように何も言いません。
「…………では、そのように」
「うむ」
凄いな陛下。
表向きは殿下は侯爵家の後ろ盾があると思われるし、おまけに婚約者がいると思われる令嬢に余計な虫は寄ってこない。このままいけば世間的には殿下の婚約者として学園に上がって……ヒロインと出会って……破滅コースまっしぐらやんけ。
帰りの馬車でぐったりとしていたお父様に『まぁまぁまぁまぁ、ここはわたくしに、まぁまぁまぁ、ね?』と、どさくさに紛れてお父様の顔を引き寄せて膝枕した。
額の汗をハンカチでふきふきしていると、しばらくして肩の力を抜いたお父様が『少し、眠ってもいいか?』と掠れた声で言っ、た。……いいともぉぉおおおっっっ!!!!
「勿論よ。お父様お疲れですもの。さぁ、目を閉じて……」
「……ありがとう、ヴェロニカ」
お父様が完全に寝入ったら、実娘だし頬にチューくらいしてもバチはあ……いやいやいや、ここは娘としてお父様に寝心地よく過ごしてもらうのが親孝行というものだ。
少しだけ馬車の小窓を開けると、午後の涼しい風が花の香りを運んできた。まだ王宮の敷地内だ。近くに庭園でもあるのだろう。
庭園か……。
前世では縁のなかった、薔薇園とかいってみたいな。お父様と。
双子の馬も手に入ったことだし、今度お父様と一緒にお出かけしよう。
「ふふ。行きはお父様が、帰りはわたくしが寄り添いますわ。安心してお休みになってね?」
安らかな寝顔にそっと囁いた。