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3 こいつ、いきなり秘術かけてきやがった

 あれから数日。

 今日は王家主催のお茶会に招待されている。

 殿下との顔合わせってやつだ。ドレスは白くて無難なやつ。アクセサリーは無し。髪色が派手だからね。


「素敵! なんて美しいビーズ仕上げなの!」


 侍女達からは今日のお茶会デビューの為に毎夜針仕事して仕立てたという、きらびやかなビーズを縫い付けた黒い外套を貰った。裏地は淡いピンク色の上質な絹の光沢。そして動くたびに星が散りばめられたようにキラキラと輝く青いビーズ。


 超〜私に似合ってるんですけど!


「裏地の紋章は、特殊な塗料を塗った糸で刺繍してあります」


「ほんと! 紋章が発光しているわ!」


 外套って、日本で放送されていた中国時代劇でしか見たことなかったけど、西洋の映画によくあるヒーローマントとはまた違ったかっこよさがあって気に入った。


 専属侍女のモニカがすっと前にきて外套のリボンを結んでくれた。


「ヴェロニカお嬢様の外出時は勿論、これからはお茶会や舞踏会、様々な招待状が届きます」


「お嬢様が着るものは外套ひとつとっても、特別なものをご用意致します」


「わたくし供におまかせ下さいね」


「ありがとう! これからのお出かけが楽しみだわっ」


 皆が私を祝福してくれる。

 嬉しくて涙ぐんだ時、部屋の入り口からひょこっと顔を出したお父様と目が合った。


「ヴェロニカ……準備は済んだかい?」


 わーお。

 銀髪を後ろに撫でつけ、濃いグレースーツに身を包み、同色のベストと銀色のタイをしている。なにもかもがキまっているお父様が現れた。


「さぁ、行こうか」


 お父様の外套は漆黒だ。よく手入れが施されており、包丁の霞仕上げみたいな渋い光沢が大人の男の色気を醸し出している。布の感じからして相当使い込まれているんだろうな。


「はい、お父様」


 手が差し出される際、ちらっと見えた反対側の中指の指輪。銀の土台に、四角い大粒のルビー。その手はお洒落なステッキを握っている。まーじかっこいいんですけどぉぉぉ。


 手をひかれて馬車に乗り込み、お父様の横に座った。あーいい匂い。風も心地よくて、お父様の腕に絡みつき頬を寄せた。


「眠たくなったら、いつでも寝なさい」


「はぁい」


 今日は王家から下されたお化粧禁止というルールの元、髪やドレスも素顔に合わせた。日焼けしてしまうから窓から顔を出して外を覗けないのが残念だ。


 殿下には寝起きの青白い顔で挨拶するか、そう思って目を閉じた。



 そして薄目を開けた今。

 王宮である。いや、玉座がある。謁見室である。王冠をかぶっているのが国王陛下で、その横にいる輝くティアラをつけているのが王妃様。だろう。多分。つまんないからチャンネルかえようかな、いま何時だろ、笑っていいかも! もう終わっちゃったかな? と思ったところで、あ、やばい、そうじゃない、と内心焦った。


 そうして覚醒した私は、お父様に抱っこされたままだということに気付いた。


「お父様……あのぅ……わたくし」


「目覚めたかい?」


 伏せ目がちに状況を探ると、玉座らへんから鈴が鳴るような高い笑い声が聞こえ、肩をびくつかせた。


「大丈夫、ヴェロニカちゃん? 侯爵からは、馬車の中で気絶したと聞いているわ」


 マジか──


「え!? そうなのですか? お、お父様……もしかしてまたわたくし、吐いたのですか?」


 気遣ってくれた王妃様に頭だけ下げ、意識がなかったのをまさかと思い、お父様を見ると首をふって否定してくれたのでちょっとホッとした。よかった。また何かの拍子に吐いたかと思ったわ。


「体調を崩すのも無理はない。つい先日は倒れ、朝まで目覚めなかった。療養も足りぬままに今日、3時間も馬車にゆられたのだ。無理をさせて、悪かったね」


 ちゅっと髪にキスが落とされた。しーあーわーせー。


「さぁ、ヴェロニカ。挨拶だけして、帰ろうか」


「はい、お父様」


 ふかふかの絨毯の床におろされ背筋を正す。

 いつの間にか外套は取り外されていた。


「ヴェロニカ・キエトロと申します。サイラス・ル・アクトレギオン国王陛下。サラコーナ・ル・アクトレギオン王妃殿下」


 寝起きだがカーテシーは360度、どこから見ても完璧だ。この辺のマナーは、息をするように身に付けていたヴェロニカ10歳に感謝。


「面を上げよ」


 さっと身を正すと、今度はまるで、ボーンと寺の鐘が鳴るような、重厚で品のある笑い声が玉座から上がった。いいねぇ。わびさび。王妃様も声からしてあと10年くらいしたら、鈴じゃなく風鈴が鳴るような哀愁漂う笑い声になるだろう。


「ヴェロニカ嬢……クク、流石はジュリアンの娘だ」


 陛下ってお若いのね。30前半くらいかしら?

 王妃様は、見た目年齢25歳くらい。


「陛下」


「まぁ待て、ジュリアン。顔を合わせたのは半年振りだ。もう少し、付き合ってくれてもよかろう」


「ヴェロニカちゃん、身体が辛かったら王宮で休んでいかない? 広間のお茶会に参加しても同世代の子達が多いから、煩わしいでしょう。そうね……マティオスに相手させましょう」


 待てやマティオスって殿下やんけ。

 美人のくせに歯を見せてころころ笑いおって、その笑い声は好きよ。白ワイン飲みたくなってきた。


「そうだな、マティオスはいるか?」


「はい陛下」


 待ってましたとばかりに玉座の背後の幕から登場した、子供。遠目から見ても子供。


「陛下……」


「うむ……既に婚約手続きは済ませてある」


「陛下! これでは話が違っ、」


 荒ぶるお父様の裾をとって、にっこりと笑いかけた。お父様から教えてもらった殿下の情報もあるし、あまり無下に見えない方がいい。


「せっかくの王妃殿下の御厚意よ。お父様も少し休んでいかれた方がいいわ。帰りもまた3時間も馬車に揺られるんですもの」


「しかし、」


「そうだな。ジュリアンには、儂の愛馬をお披露目しよう。東の国から遥々取り寄せた、双子の金馬だ」


 おっとぉ〜。お父様まで引き離しますか?

 それなら話は違ってくる。


「ヴェロニカちゃん、そんなに警戒しないで。マティオスとの顔合わせは形式的なもので、婚約を最終決定するのは、後でもいいのよ。だって、お見合いの席では話もできないなんて、時代遅れだもの。話してみなければ、人となりなんて解らないわ。今回は形式にのっとって、会話を成立させるために婚約させたの。だけど、無理強いするつもりはないわ。結果、断られたとしても、このような古い風習を削ぐ決定打にもなる。わたくしは王妃として、節度を守りつつも、若者の未来を開放的なものに──うんたらかんたらあーでもないこーでもないそーでもないまんざらでもない」


 うん。嘘だね。そして眼が必死。

 人間は嘘をつくとき、手を隠すんだ。そんなにぎゅっと握ったら爪が食い込むよ?


 そこでタッタタ、と軽やかな足音がした。

 殿下が玉座を降り、小走りでやってくる。転ぶなよ。



「ヴェロニカ・キエトロでございます。マティオス・ル・アクトレギオン第1王子殿下」


「君が、ヴェロニカ・キエトロ侯爵令嬢…………その紫色の髪は、まるで月の女神が民に安寧をもたらす、夜の帳のように美しい」


「勿体ないお言葉にございます」


「顔をあげて。私はマティオス……君には、ティオと呼ばれたい。私の美しい婚約者、ヴェロニカ……」


 ほう。ゲームで見た通り、黄金の髪、薄桃色の瞳。既に完成品。とどのつまり、テレビCMに即採用されそうな美少年である。病弱と神秘を混ぜ合わせたような、極上の草食動物。これ(王子)を競りにかけたら各国の有閑マダム達が戦争を起こしそうだ。


「ティオ殿下。お会いできて光栄です」


「ティオ、と」


「はい。ティオ様。わたくしのことは、ヴェロニカとお呼び下さい」


「ニカと、愛称で呼んでも?」


「構いませんわ。どうぞ、時短して下さい。殿下の時間は有限ですもの」


 顔には出ていないが、甘い雰囲気作りに必死だ。頬を染めさえしなければ、婚約は回避できる? それって楽勝じゃね? とお父様に視線を向けると、ふっと微笑み返された。おうふ。危ない危ない。頬を染めるところだった。


「ニカ……私は、時短したいんじゃないよ」


 すべすべの手の平が私の頬を撫でた。

 やわやわのぷにぷにやんけ。前世でもこんな感じのお菓子あったな。肌も爪も透き通るように血色よく、女優並みのお手入れが施されている。おまけに柑橘系の香油に美少年独特のミルク臭……。


「どうしました……顔色が」


 ミルク臭を誤魔化す為に香油を多めに使っているのがわかった。触れられた箇所から残り香が鼻につく。う……ちょっと肌に合わない。


「美しい姫……もっとよく顔を見せて?」


 殿下はどうしてもこのやり取りがしたいようだ。

 仕方ないので付き合ってあげようと思った。


「う、っぷ…………殿下の芳しい香りに酔いましたの。爽やかで甘い、夢見心地のような、その天使の香りに。ここが王宮だということも忘れ、わたくし陶酔してしまいましたわ。殿下はまるで初恋のような美酒をお持ちね。願わくば永遠に醒めてほしくないと、ここが──」


 トン、と自分の胸元に手を置く。はよ終われ。


「──言っていますわ」


「それは……その、光栄だ」


 品切れなら売ってくんな。

 ほらな、食い過ぎると飽きるだろ?


 玉座から押し殺したような鐘の音と鈴の音が響く。大人にはウケたみたいだ。


「殿下、そろそろ」


「あ、ああ」


 いま、僅かに眉間に皺よせたな?

 ここは私の判定勝ちである。


 数人の護衛を背後に、殿下に手をひかれて庭に移動すると、既にセッティングされているテーブルがあった。ここで護衛達は去り、かわりに殿下と同じ背丈の子供がこちらにきた。


「摂政が父、ソアン・ロマネスクと申します。本日の婚約の儀、誠に喜ばしく、願わくばお2人が成就されますよう、誠心誠意努めてまいります」


「ヴェロニカ・キエトロです。ロマネスク様」


「光栄にございます。キエトロ嬢、顔を上げてください。私に礼は不要です。これからも殿下の側近として、頻繁に顔を合わすことになるのですから」


 ふむ。攻略対象者その2、もとい殿下の側近。

 茶髪、茶瞳。無表情な眼鏡君。原石の塊である。美少女コンテストで即優勝しそうな、これは票が集まるだろうな、そう確信させるどえらい可愛い素人顔をしている。それ(眼鏡)を外せばヒロインに勝てるぞ。


「立ち話もなんですから、どうぞ、こちらに」


 眼鏡君……ロマネスク様に椅子を引かれ、腰をおろす。


 殿下も席につき、お茶会がはじまった。

 なんか疲れてきた。

 沢山褒めて、良い気分になってもらったら、店仕舞いしよう。


「キエトロ嬢」


「はい?」


「お砂糖は──」


 ロマネスク様に呼ばれて右を向くと、左からパチンと指を鳴らす音が鳴り、一瞬で身体が硬直した。


 なに……これ。


 声が出せない……まさか。


「…………殿下、早すぎます」


「はぁ〜……疲れた」


 左からコポポとお茶を注ぐ音がする。クッキーを摘まむ咀嚼音まで聞こえてきた。おおおいいいいい!!!!


「陛下には秘術の使用許可をもらっている」


「あ、いや……しかし」


 マジかこいつ! いきなりかよ!

 眼鏡君が気まずそうに私から目をそらし、お砂糖を掬ったスプーンを元あった場所に戻した。君は冤罪か。すまんな。責めてるわけじゃなく、私から目は反らせなんだ。


 あれ? でも……記憶も意識も、普通にある。

 ただ身体が動かせないというだけで。


「本当に、この場の記憶は……術を解くまでは、大丈夫なのですか?」


「我がフランジーゴ国……その国民は王族を含め大陸を繁栄させた真意の王、始祖の血が流れている。平民は薄まりつつあるが、貴族なら始祖に従うその血は濃い。こうして瞬きひとつできないのがその証拠だ。使うのは今日が初めてだけどね」


「ま、待って下さい。その説明によると、ほぼ全ての国民に……始祖の真意魔法が効くという意味でしょうか?」


 ──成る程。そういう事か。

 だから、その血が流れているこの体は動かせないのね。

 残念ながら私の中身は地球人。魂が国籍どころか星をまたいでいるからかどうかは解らないが、体は命令に従っても、その意識までは始祖の命令は届かないみたいね。勝ち確。


「だから、使用するのは婚約者だけと決められている。陛下なら自国民にも自由に使えるだろうが、まだ後継者でしかない私が闇雲に使っていい魔法ではない。この魔法の継承も、陛下から受け継いだのは私だけだ」


「そうですか……その辺の分別は、きちんとされているようで、安心致しました」


「……当然だ。私は……化物ではない」


「殿下……」



 美少年2人でしんみりしたいなら私いらなくね?

 もう解放してくれませんか?

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