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21 コールドバッハ先生からの提言

 領地にきて2週間。

 珍しい木の実や果物を食べたり、新たに開発されたという木製の紙の査定をしたりしつつも、のんびり過ごしていた私に面会を希望する手紙が届くようになった。


「新たに契約できないかと、豪族からも品が届いております」


「この領地に広めたいと、売り込みにくる商人は多いのよね?」


 困ったわ。数が多すぎる。

 実際にこの目で持ってきてもらった商品を見てみたい気持ちもあるし、なにより外商とか面白そうだから出来るだけ多くの人とやり取りしてみたいけど、日にちも被るし、全ては対応しきれない。


 クーパーと一緒に手紙を選別しながらもあーだこーだ言っていると、にこやかな笑みを返された。


「難しく考えなくてもよいかと。殆んどがお嬢様と一度顔を合わせたいという者達です。その為ならば、彼等は順番がくるまで待つでしょう」


「そう? ああ、ヴィーゴ氏とは出来るだけ早くお会いしたいわ」


「ではそちらを優先して、あとは先代からの取引先や──」




 はぁ……早急なものは選別し終えた。エイデルが肩をもみもみしてくれる。きくぅ。

 ……手紙を捌くのも大変ね。

 侍女長とか、毎日こんな感じなんだよね? お土産に金の実も加えておこう。侍女長なら絶対好んで飲むわ。


「お嬢様、少し休憩致しましょう。それとも先に朝食を召しあがりますか?」


「そうねぇ……あ、待って」


 あら、王宮からインクとか届いてる。

 クラゲインク? ふぅん。

 なんとなしに手に取ったらクーパーがまだ王侯貴族にしか出回っていない超高級インクだと教えてくれた。


 おまけに同封されていたマティオス殿下からの手紙には、使用した感想やお勧めしたい旨が添えられていた。あと物凄く貴重なことも。こうなると返信は必須だとクーパーが苦笑いした。


 めんどくせーなぁ、もう。

 だから意地悪したった。


 まず、動物の皮と木製の紙にバーカ、バーカと試し書きしてから駄目出ししたった。



「ビ、ミョーね」


「微妙、でございますか?」


「書き心地は悪くないから……このインクが悪いのではないわ。問題はいくら質の良いインクを使ったところで、羊皮紙はカビるし、木製の紙なんて水に濡れた時点で破けるわ」



 何が半永久的に手紙や書物を保存できるよ。王宮ならともかく、準爵位も引っくるめた全世帯が空調完備出来る環境があると思うなよ。


 あと黒い粉状のインクに油を足さなきゃいけないのも面倒臭い。滲まないのはいい。でも乾くのがすごく遅い。試してみたけど熱い息を吹き掛けるとまだマシ。乾きやすい。

 これはインクとして使うよりも、アイラインにした方が向いてるんじゃないかな。手の項で試してみたけど、水で滲みはしないけど油で拭き取れるし。


 クーパーが予想した値段を聞いても高いのか安いのか解らないけどそんなに貴重なインクなら量が要る手紙や書物じゃなく、夜会用の化粧品にしちまえ。侍女長の最高級口紅よりは安いしね。


 ぶつくさ文句を言いながらあーだこーだと他にも欠点はないかと粗を探していると、クーパーが冷や汗を流した。


 あ、流石に言い過ぎたかも……違うのよ。あくまで感想だから。貶めているわけではないのよ!


「お、お嬢様……それは凄──」


「ち、違うの! そ、その……剣だけ磨いても盾が紙屑ならいずれ襤褸が出るということよっ。わざわざ半永久的に滲まないと書いてまで自慢するほど、わたくしにこのインクを使わせたいなら、半永久的に破れない紙も同封しなさい!……って遠まわしに、あくまで遠まわしに推敲しておきなさい、モニカ」


 今朝も金の実を淹れてくれたモニカがにっこりと頷く。


「清書はどうなさいます?」


「……それは流石に……わたくしがするわ」


 子供とはいえ相手は王族だしね。

 届いたインクもあと少ししか残ってないし清書で使い切ったる。


 ああ。朝のコーヒーが美味しい。

 もう日課だわ。手離せない。


「成る程……これは王妃殿下にも報告する案件かもしれません」


「……そ、そこまではしなくていいわ。王家とは確執を持ちたくないから」


 なにやら真剣な顔のクーパーにこちらまで冷や汗が出てきた。それでも急にドキっとするような目を向けてきたクーパーを念入りに押し留めた。「お嬢様の意に添わないことは致しません」なんて、そんな完璧な笑顔を向けてきてもダメ。う〜ん。一流の執事の最敬礼にうっとりしちゃうわぁ。


「そろそろ朝食の時間ですね。本日はハムを仕込んでありますので」


 いいわねぇ〜。お腹も空いてきたわ。


「ではお嬢様、私は早急に片付けなければいけない仕事がありますので、これにて失礼致します。モニカ、お嬢様をお願いします。エイデルは執務室から当家の紋章が入った蝋引き紙を……」


「はい、クーパー様、すぐに」


「ではお嬢様」


 モニカの手をとる。

 さて、私のやる事といったらこれくらいしかない。今は朝の7時前。1日の殆んどが自由時間なのだ。


 それにしてもこの生活、体に合ってるわ〜。


 寝起きはなんだかんだで味覚も嗅覚もまっさらな状態というか、初めて口にする物に対して体が正直というか、届いた物を味見するのに適してるのよね。そして小一時間のお仕事で頭も体も目覚め、朝食も毎度美味しく頂けてる。おまけに早寝早起きで髪も肌もピカピカ。



「おはよう、ヴェロニカ」



 既に食卓についていたお父様が満面の笑みで両手を広げた。私も朝の挨拶と共に胸に飛び込む。あぁ。疲れも吹き飛ぶぅ。



「今朝ヴェロニカの成績表が届いた」


「まぁ、コールドバッハ先生から……?」


 お父様の腕の中で成績表を覗くと、読みやすいように膝の上に乗せてくれた。がっしりとした安定感にさりげないこの気遣いよ! これだから……! もうこれだから! もう朝から涎でるわぁ……。


「ああ……太鼓判だ。どの授業も問題ない。それどころか複数の学科を取るよう提言している」


「まぁ、わたくし選別学科は帝王学にしようと思っていたのですけれど」


 帝王学をとると、他の選別学科はとれない。家督を継ぐ者の一点集中科だ。


「そうだな……それは」


 なにやらお父様が思案している。

 ハムを厚切りしながらモニカまでお父様と同じように眉を寄せている。


「……クーパーからはなんの滞りもないと嬉しい報告をもらっている。そしてこの領地で過ごす半年で、帝王学は修了するだろう」


 ほえ?

 困ったような笑みを浮かべるお父様の真意が解らない。モニカを見ると、今していること事態が領地経営なんですよ、と囁かれた。


「……いや、学園の勉強もそれなりに身にはなるだろう。帝王学でもかまわないか」


「……旦那様」


「解っている」


「ヴェロニカお嬢様が家督を継ぐなら婿をとらねばなりません。必然的に複数の選別学科をとり、交流を増やすのは必須かと」


「言うな……解っている」


 なにやらお父様が悲しげに宙を見上げて遠い目をしだした。

 その隙にモニカに手を引かれた。

 いや〜ん、お父様の膝からおりたくな〜い……とは言えない話をモニカからされた。



「いいですか? こればかりはヴェロニカお嬢様が選ばねばなりません」


「は、はい」



 まず、帝王学科に入るとマティオス殿下と毎日顔を合わすことになる。侯爵令嬢という立場なら、間違いなく学友にされる。そうなるとあの側近も含めていつも3人で行動することになり、それはとても目立つことなのだと教えられた。場合によっては候補ではなく婚約者として印象付く危険も。


 モニカが言いたいことは解った。愛されてるわ〜。


「お嬢様は、殿下を避けてますよね?」


「まぁ、興味もないんだけどね。関わるのは仕方ないと諦めるわ」


「どうしてですか? お嬢様が我慢を強いられるなど、私の方が我慢なりません」


「ふふ……ありがとう。でもね、選別で帝王学を取らずに複数の学科を選べば、わたくしは後継者になる気がないと誤解を生むわ。それに周りに隙を与えたくないの」


「そんなことはありません。既にお嬢様は後継者として片鱗を示しています」


「……そうかしら? それでもわたくしは婿を選ぶ立場でありたいの。余所の家……貴族の嫡男のようにね。間違っても男から婚約打診していい相手ではないと、印象付けたいのよ。その為にも……学園では交流より勉強を選ぶわ」


 交流なんて、こちらから夜会を開いて誘きよせればいい。むしろ招待されたいと、婚約を打診されたいと思われるような人間になればいいのだ。大人の殿方にね!


 というか学園で令嬢と親睦を深めても婿目当てで令息と交流を深める気はない。数打ちゃ当たるというけど、獲物がいない狩り場に狩人はわざわざ足跡を残さない。


 なーんちゃって、なーんちゃって!


 格好つけてたらモニカが感動したように目を潤ませた。


「す、凄いですお嬢様! そこまで考えていたのですね……不躾な発言をどうかお許し下さい」


「いいのよ。殿下を避けているのは事実だもの。モニカはそんなわたくしの心を優先してくれたのでしょう?」


 気恥ずかしそうにコクンと頷く姿に、やっぱり私、愛されてるわぁ〜とニンマリした。


 モニカが再び美味そうなハムを切りだしたので、とことことお父様の膝に戻って帝王学にします! と言い切ったらようやくお父様が宙から帰ってきた。


「提言して下さったコールドバッハ先生には悪いですけれど、わたくしが立派な女侯爵になるには、やはり帝王学だと思いますの」


「そうか。お前は本当にお父様の心を労ってくれるね」


 よし、株が上がった。

 お父様、本当に嬉しそうだわ。


 そこで足音も立てずに戻ってきたクーパーがお父様の肩に手を置いた。



「いけませんよ、旦那様……コールドバッハ氏の手紙は私も目を通しております」


「……クーパー」


「あのジライヤをこちらによこすとは、コールドバッハ氏もお嬢様に純粋な期待を向けておられます。それを無下になさるのは、頂けませんな」


 地雷がなんだって?

 それよりもお父様から溜め息がすごい。

 どうしちゃったの?


「ヴェロニカ……お父様と遊ぶ時間が欲しくないかい?」


「勿論欲しいですわ」


 というかそれ目当て。


「旦那様」


 あ、お父様がまた溜め息をついた。

 クーパー、お願いだからお父様をそんな目で見ないであげて。

 2人とも一体なんの話をしてるの?


「クーパーが私とヴェロニカを引き離してでも魔術の授業を受けさせたいらしい」


「え」


 思わず眉を下げてしまった。


「お嬢様、それはコールドバッハ氏からの提言です。決して私ではありません。そして決めるのは旦那様です」


「……私に押し付けるのか?」


「当初は私がその役目を担う予定でした。しかしあの天才魔術士は……どういった経緯かは知りませんが、恐らく気まぐれでしょう。それでもこの機会を逃すのは悪手かと」


 いや〜ん。お父様が苦虫を噛み潰したような顔になった。うぅ……胸が痛い。


「……わ、わたくしその授業受けますわ。その、魔術士? 天才なんですの? それなのに……こんなわたくしのような素人が……申し訳ないですけれど……藁にもすがる気持ちで、真剣に学びます」


「ヴェロニカ? 何を言っ」


「大丈夫ですわ。残り5ヶ月と少し……お父様との時間を確保できるよう、努力は怠りません」


「お、お嬢様……違うのです。その才能を伸ばせるかもしれないと……」


 才能? ごめん。ないわぁー……。だってヴェロニカ・キエトロだもん。ゲームでも魔術の成績悪かったじゃん。

 というか魔術に関しては……本当にやばいんだよね。毎夜ビスクドール(2体目)で練習してるけど、魔力感知とか魔力操作とか訳わかんないんだよね。


 だって魔法なんて前世で存在しなかったじゃん。

 いきなり原始人にガソリン車乗せてみ? 訳もわからず運転できると思う? たまたまクラクション鳴らすまでがオチよ。


「お父様に失望されないよう、頑張りますので」


 うぅ。情けなくて泣けてきた。




「そんなつまらんことで泣くな。殺すぞ」




 いきなり背後から身の毛もよだつような無機質な声がかけられ、涙腺が締まった。



 やっべぇ……ゲームにも登場した地雷キャラの声だ。



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