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20 お父様のお手伝い

 翌日の早朝。

 モニカに身支度を手伝ってもらっていると、少し慌てたエイデルがお湯を運びながら部屋に戻ってきた。


「クーパー様がお呼びです。朝食の前に少しお時間を頂きたいそうです」


 モニカの肩がぴくっと揺れた。

 エイデルの言葉に微妙な違和感……執事が令嬢をお呼びすることはない。クーパーからというよりお父様からの言伝……だろう。


「ヴェロニカお嬢様。もしかしてクーパー様となにかお話されました?」


「? ええ、昨日……お父様もいた時にね」


 話というか、周りからも後継の目で見られていた。


「……そう、ですか。昨日の今日で、少し早すぎる気もしますが……。ヴェロニカお嬢様がクーパー様のお眼鏡にかなうのは時間の問題でしたしね」


 ん? どういうこと?




 キエトロ家本邸の朝は紅茶のテイスティングからはじまる。紅茶を数種、たまにお菓子も。そうしないと数が多くて間に合わないそうだ。


「コヴィントン産のモルディー紅茶でございます」


 今朝はクーパーが紅茶を淹れてくれた。お呼び出しの理由はなんのことはない、お父様のお仕事のお手伝い♪ もちろんお父様の負担を減らせるならと、喜んで引き受けた。


「……美味しいわ。無糖なのに香りが甘いのね」


 メイプルシロップみたいな甘い香りがする不思議な紅茶。フム……と思いつつも口をつけると──無糖ウマー。


 香りだけ甘いのは香料かなにか?

 これなら私でも飲める。


「長年の取り引き先であるクロウ氏が育てた通称小人紅茶と呼ばれる逸品です。先代が好んで飲んでおりました」


「本当に美味しい……今年も取り引きを継続したいわ」


 ホッとしたようにクーパーが頷く。

 さて、お次はなんだ?


 モニカが運んできたのは……ハッ……こ、この香りはまさか!?


「南方諸島の貴族間で市場占有率7割を占める"黄金ブレンド〜金の実〜"でございます」


 まさかのコーヒーですか!!!


 ゴクリ、喉を鳴らす。

 異世界転生して初めてのコーヒーだ。

 この世界にあったんだ。嬉しすぎる。


「まぁ、金の実? はじめて飲むわ……香りからいきましょうか」


 黒に近い茶色の液体。

 カップの中身に鼻をよせる。

 嗅いだことのないスパイスのような深い香りと頭が覚醒するような独特の刺激がある。けれど嫌いではない。


 一口飲んで目を見開いた。


 後味が深い。

 濃い目で大人向けの苦さ。

 鼻に残ったかぐわしい余韻に誘われてまた一口、続けてもう一口と、半分ほど飲んでカップを置いた。


 あぁ。

 吐息をもらして天井の女神を見上げる。

 今朝は広間の窓側にある丸いお洒落なカフェテーブルに座った。まだ朝の6時過ぎなので日は登っていない。むしろ窓の外は雲っていて薄暗い。だが頭上の女神がきらりと光を放った気がした。


「これは……とくに食後に適した飲み物だと思うの」


 んふぅー。ウマー。

 え、ちょ、コーヒーとか久々すぎてウマー。


「その通りでございます。ヴェロニカお嬢様は優秀な味覚をお持ちです」


 まぁ、前世でもコーヒーは1日4杯くらい飲んでたからね。


「刺激のある飲み物だわ。空腹時には薄めを、食後には濃いめがいいわね。……目が冴えるから、夜は控えた方がいいわ」


「ほう。理に適ってますな」


 もう全部飲んだろ。

 朝はやっぱりコーヒーよね。


 言葉は悪いけど尻がそわそわするこの感じ。カフェインも入っているのだろう。ウマー。


「では保留になさいますか?」


 モニカがトレーに乗った金の実を見せてきた。

 金色の実だ。形はまんまコーヒー豆。メッキかな? 一粒摘まんで爪で表面を削る。あ、メッキだ。中身は焦げ茶色。


 どれ、ちょっと食うたろ。

 表面は……美味い。苦味と酸味とコクが凝縮されている。そのまま一粒食べると……少し水分が多い。もう少し乾燥させたら、このままでも食えそうだ。


 前世でも食えるコーヒー豆売ってたな。確かあれはチョコがコーティングされたものだったか。


 しばし考えているとクーパーが捕捉してくれた。


「こちらは新参のヴィーゴ氏の商品でして、品質管理に定評が高い人物でございます」


「確かに質がいいわ。輸送手段に工夫があるのかしら……この領地に広めるにしても、まずはヴィーゴ氏から直接話を聞いてみてからでもいいわね」


 うんうんとモニカが頷いた。

 もしかしたらこのコーヒー豆を使ったレシピ(つまみ)とか持っているかもしれないからね。



「ヴェロニカは勤勉だな。朝くらいゆっくりしなさい」


「っ、お父様、おはようございます」



 既にシャツとスラックスを身に、書類を持ったお父様が現れた。いやいやお父様こそ朝から働いてたよね?



「お父上の負担を少しでも減らしたいと、ヴェロニカお嬢様は愛らしいですな」


「当然だ。私の自慢の可愛い娘だ」



 にんまり。

 私だってお父様は自慢の紳士で超イケてる親父様なのですよ。

 お父様から受け取った書類をクーパーがチェックする。おはよう、とお父様に頭を撫でられた。大きくて温かい手。幸せぇ〜。



「……母もよくその席で茶を飲んでいた」


「そうでしたな。食堂の大きなダイニングテーブルよりも、隅の方が落ち着くと……変わっておられました」



 2人の紳士からとても優しい眼差しが向けられて赤面した。好意的な目に胸が擽ったくなる。前世ではありえなかったことだ。


「さぁ朝食にしようか」


「はい、お父様」


 お父様と手を繋ぎながら食堂に移動した。

 朝食を共にするのは久々だ。やっぱりお仕事手伝ってよかったぁ。これからも早起きしてお父様の領地経営に関わっていこう。


 ルンルンしながら食堂に入ると、昨夜のビスクドールを与えた伐採人がいた。


「キャッハー!」


 しかも壁に。おおおおいいいっっっ!!!


「気付け薬は飲まれますか?」


「そうだな。私にはストレートを、ヴェロニカも飲むかい?」


「……はい、お父様」


 クーパー、伐採人がいても素通りやん。

 腕にビスクドールぶっ刺してるのに?

 お父様に関しては見向きもしてない。

 伐採人が壁からぴょんと跳ねてとことこ私のところに向かってくる。くんな。

 足元が見えないくらい大きなトレーを手にしたエイデルがぶつかりそうになった伐採人をあらよっとステップで避けた。


 なんか言ってえええっっっ!!!


 クーパーがふたつの小さなグラスに気付け薬を注ぎ、私には角砂糖を落としたものを渡してくれた。パンや前菜を並べていくいつも通りなモニカを横目にグラスを口につける。


「ヴェロニカ」


「はい、お父様」


 お父様がグラスを掲げて微笑んだ。


「お前が私の娘で幸せだよ」


 そう言ってくいっと飲み干す。

 やん♪外国のウイスキーのCMみたい。

 つられて私も一気飲み。度数が高い……気付け薬は麦のお酒か。喉が焼けるように熱い。これは慣例というか、未成年でも領地に戻ったら一杯だけ許される祝いのお酒だ。健康祈願を意味するものでもある。


「ふぅ……この角砂糖は、喉の通りをよくして、更に噎せるのを防いでくれるわ」


「ほう。嗜まれていますな」


 飲酒はこれが初めてだとお父様が告げると、クーパーが目を丸くした。


「大丈夫かい、ヴェロニカ?」


「ええ、お父様……何事も経験ですもの」


 それに飲酒のおかげでちょっと耐性が出てきたぞ。昨夜のように伐採人の頭を撫で撫でしてやる。朝からびびらせやがって。


「お前の頭はひんやりしていてすべすべね」


「キャッハー!」


 ようし、ようし、私はキエトロ家の跡取りだもの。見た目は怖くともこれくらい懐柔してみせよう、伐採人。


 のちにこの時の私の行動が仇となり、早々に取得しなければと思っていた魔力感知や魔力操作が遅れるとは思ってもみなかった。



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