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19 本邸でキャッハー!

 出発から3日弱かけて、やっとこさ着いた領地の本邸。王都郊外の屋敷よりでかい。てか高さがある。


 先代が女侯爵だったその本邸は、門まわり、正面アプローチのガーデン、石畳のカット、玄関のドアノブに至る細部まで凝った造りだった。


 モニカ達に馬車の積み荷おろしを任せ、お父様に手を引かれて玄関に入った。


 まるではじめて足を踏み入れたように天井を見上げた。ヴェロニカは3歳頃にこの本邸に泊まったことがあるそうだけど、……10歳の目線の高さに新鮮さを感じる。



「……繊細ですわ」


 本邸の広間は、王都郊外にある私の部屋の天井壁画なんて見劣りするほど。天井が白い彫刻で埋め尽くされていた。


 これは天使か女神がモデルか、美しい裸体の女性がグリーンローズと戯れる彫刻……あ、グリーンローズは植物だし、もしかしてこの異世界には、ドリアードとかいるのかな?


 お父様が天井の女神に挨拶するように胸に手を置いて見上げた。私もそれに倣う。


 これは、今は夕方だから既にカテーンが閉められているけど、天気のよい日は壁一面の窓から差し込む明かりで物凄い光景になるだろう。


 その広間の真ん中には、ぶっとい柱時計。

 本当に柱なのだ。ドンと一本柱が天井の彫刻と繋がっている。


 その太い柱に、一際色の濃いグリーンローズの太い一本蔦がぐるりと天井まで巻き付いて発光している。ここが本邸の中枢だと言わんばかりに。



「色合いや装飾は本邸の方が女性向きだね。ここはあらゆる角度を計算し造り上げられている」



 膨らましたドレスが引っ掛からない広い奥行き。絵画や装飾品は壁にはめ込み式のフラット仕様。床を引き摺るドレスも傷つかない材質。女性は手袋一つとっても高額なので家具も角が丸い。


 この本邸には所々に椅子と鏡があって、初見なら思わず立ち止まりたくなるくらいセンスの良い空間がいくつもある。


 2階に上がると、お父様が調度通りかかったでかい鏡の前で足を止めた。



「いずれヴェロニカが家を継ぐからね。好きに変えるといい。キエトロ家の当主は代々そうしている」



 異国の宮殿に招かれたような、言葉は悪いが尻の穴がそわそわする。決してもよおしているわけじゃない。乙女心を擽る芸術性が目の前に広がっているのだ。


 ああもう。言葉にできない。


 絶対ここに住む。

 王都郊外の屋敷にはもう帰りたくありません。


 ここにいたら誰だって貴族令嬢に育つよ。

 この環境が人を育てるのだ。充分だろう。



「……お父様が気にならないのでしたら、わたくしこのままがいいですわ。なに一つ変えたくありません」


「そうか」



 頷くお父様の声が優しい。


 そこで軽やかな足音がした。

 鏡に写る、私たちの背後で止まった執事と侍女が5人。シェフらしき者も2人いる。急いだのか少し息が上がっている。みんな清潔感に溢れ、洗練された佇まいだった。



「まさか金馬を御目にかかれるとは、一筆書いて下さればよかったのに。予定より10日程早いお帰りでした」


「クーパー・グルーニー」


「はい。旦那様」


「驚いただろう?」



 名を呼ばれて腰を低く一歩前に出た老執事に、お父様が鏡越しに悪戯っ子のように笑った。そして鏡に写る私達の姿に誇らしげに微笑み私の肩を抱いた。



「はい。まさか今日……とは」


「ああ、ようやく取り戻せた」



 お父様と一緒に振り返ると、一同揃って「おかえりなさいませ」と深々と礼をしてくれた。


 そして顔を上げたみんなの目が僅かだが血走っている。



「すぐお食事できるようにして御座います」

「すぐに沐浴も出来ます。先ずはご休憩を」

「果汁水をご用意致しますね」

「御部屋も調って御座います」



 おうふ。一瞬で侍女達に囲まれた。

 なんだかえらい興奮気味だ。

 そこでゴホンと咳払いが聞こえ、それぞれ役場に戻るよう、老執事が指示を出す。そのあと私とお父様を見比べるように目を細めた。その目に蔑みはない。



「……クーパー? わたくし、ようやく今日……帰って来たの。6、7年振りかしら?」


 お父様からクーパー・グルーニーと呼ばれていた老執事。なんか、ただ者じゃない気配がする。


 深い皺の刻まれた目もとは堀が深く、得体のしれない洞窟を前にしたような気分になる。


「はい……ヴェロニカお嬢様。私はこの本邸の筆頭執事、クーパーでございます。おかえりなさいませ。本当に、本当に……ヴェロニカお嬢様がお帰りになられるのを心待ちにしておりました」


 うん、一流の執事の最敬礼に恐縮するわ。

 先程のは全員初めて見る顔触れだと気付いた。

 お父様が屋敷にいる殆んどが先代からの御勤めだと教えてくれた。


 成る程、皆のあの大袈裟さは後継の目で見られていたからか。




 その日の夜。

 本邸の侍女エイデルが就寝の支度をしてくれた。

 侍女の中では唯一先代を知らない一番若い17歳。それでも勤続5年。本邸の私の部屋を誂えてくれた子だ。


「お嬢様、今夜はゆっくり休まれて下さいね。朝食は7時ですが、何時でも御用意出来ますので」


「はぁい」


「おやすみなさいませ」


 あぁ。

 たっぷりの湯に浸かってほかほかだ。

 移動の間は身を清められなかった頭皮の痒みや他の不快感も消えた。

 ベットに寝てるだけで、あとはエイデルがやってくれた。テキパキとして動作一つとっても無駄がない。就寝まで手慣れたものだ。


 むくりと起き上がる。

 淡い間接照明に照らされた部屋は、モダンな雰囲気が漂う重厚な造り。先代の女侯爵リリアージュ様の寝室だったらしく、お父様のお部屋より豪華で恐縮しきりだ。


 寝、れ、る、か!


 それに体内にはお父様から分けてもらった魔力が残っていて、眼もギンギンよ。


 領地に戻ったお父様もこれから大量の仕事があるし、私は最初の2、3週間は来賓の対応をしながらここでのんびりする予定だ。

 約半年の滞在期間中、計画的に遊び倒そう。


 枕元を見ると王都郊外の屋敷からテキトーに選んで持ってきた1体のビスクドールがあった。


 それを抱き締め、せっせと魔力操作を学ぶ。


 ゲームの知識で知ってたけど、私の魔力は唇と唇を介さないと出てこない。

 私はお父様みたいに掌から格好よく魔力を出してグリーンローズを操ることはおろか、空中に漂う魔力すら認識できない。

 うぅ。

 おまけに何故かレイザーやモニカからは魔力感知がうまいと勘違いされてるのだ。やばいよね。この半年でせめて魔力を察知できるくらいはならねばいけない。お父様から出来ない子と思われたくないもの。


 ビスクドールの唇にちゅっと唇を重ねる。

 ……あ、少し魔力が出た。

 ウサギやクマのヌイグルミでも試したことあるけど、魔力は出てこなかったのだ。やはりより人間に近い形のものが練習しやすい。


 ちゅ。ちゅっ。ちゅー。ぶちゅー。


 うむ。口付ける時間が長いほど、魔力が出続ける。


 今出てるこれ、魔性の魔力なんだよな……?


 お部屋が色めき立ったように、空気そのものが変わった。


 自分の魔力の流れははっきりと解る。目に見えるのだ。

 これが空中に漂う私の魔力。

 淡い紫色のベール……なんか部屋がラブホっぽくなったぞ。

 少し窓を開けて換気する。ぐすん。

 なんで悪役令嬢のヴェロニカ・キエトロに転生しちゃったんだろ……。




「………………キャッハ?」




 キャッハ?


 聞き覚えのある声に振り向くと窓にはりつく伐採人……おおおおいいいっっっ!!!



「キャッハ?」



 あかん。

 叫んだらあかん。

 ビビってると思わせたら負けだ。


 大豆どこいった?

 あ、やべ使い切ったんだった……。



「キャッハ?」



 あかん。

 少し開いた窓から半身を入れてきた。


 あれ?

 ……手の鎌、閉じてる。

 前世でみたオジギソウが葉を畳むようにして、ギザギザの部分が中に折り込まれている。今はただの手だ。指はない。



「あっ……お前……片腕ちぎれてる、あの時の個体じゃない」


「キャッハー!」


「あ、コラ、しぃー……」



 窓からぴょんと飛んで、四つん這いで部屋の中に着地。でも片腕がちぎれてるせいかバランスが悪くて度々こてんとひっくり返る。


 ベットから出て枕を伐採人の横に添えてやる。これで転ばないだろう。


「なにしにきたの?」


「キャッハー」


 まさか鶴の恩返し的な展開?

 いや、裂けた口を大きく開けてくる様子からそれはないか。


「大豆はもうないわよ」


「キ、キャッハー」


 大豆目当てかよ!?


 敵意は全く感じられないので頭を撫で撫でしてやると足元に身を擦り寄せるように懐いてきた。


 ベットの端に腰かけて天井を仰ぐ。

 何故か伐採人がベットによじのぼろうとしてきたのでペシっと頭を叩いて阻止する。


「キャッハ?」


「お行儀が悪くてよ。令嬢の部屋に入る前に、キエトロ家の躾を学んできなさい」


「……キャッハ」


 そう落ち込むなって。

 ほら、これやるからもう帰れよ。

 私の魔力が入ったとびきり可愛いビスクドールを渡すと、伐採人は感激したようにピョンピョンとび跳ねて────そのビスクドールを腕にぶっ刺した。おうふ。


 おまけにビスクドールの頭の部分がちぎれた腕に突き刺さってる。痛くないのかな?


 ドクンと伐採人の頭、葉脈の部分から血液が流れるようにビスクドールを包み込んだ。ファッ!?


 血管、いや葉脈が伸びて人形……の足2本を自由自在に動かしている。



「キャッハー! キャッハキャッハー!」



 うるせーぞ、こら。

 新たな腕に満足したのか、伐採人は入ってきた窓から出て、きちんと窓を閉めて出ていった。



 この恩は忘れるなよ。


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