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18 領地でキャッハー!

 キエトロ家には専用の馬車道がある。

 王都の郊外にある屋敷から通常3日はかかるところ、金馬のお陰で数時間で領地の入り口につき、そこからはキエトロ家以外の者は踏みいることが許されていない一本道で無双旅だった。



「みずうみぃーは赤いぃな〜大きぃ〜なぁ♪」


「ご機嫌ですねっ、ヴェロニカお嬢様」


「うふふ」


 テラスでモニカが淹れてくれた紅茶を飲みながら広大な湖を見渡した。

 キエトロ家の領地の2割を占める湖。

 湖の地層には魔紅玉が採掘できる、通称ルビーマム湖と呼ばれる鉱湖がある。


 このルビーマム湖を沿うようにキエトロ家の馬車道があり、さらにその馬車道には魔紅玉の盗難防止にグリーンローズが繁っている。領地のグリーンローズはでかいなぁ。薔薇が私の顔程もある。


 侯爵家専用の道なので間違っても領民が近付くことはないそうだけど、馬車道の少し離れた隣は森林だ。その森からたまに野生の猿や鳥が繁殖期になると番の気を引こうとキラキラした魔紅玉を取りにくることもあり、そこで魔紅玉に元々含まれている魔力にあてられて野生動物が魔獣化する危険もあるため、結界も兼ねてグリーンローズが植えられている。何故か薔薇の中心に唇というか、牙のようなものが見えた気もするけど、細けーことはいいんだよ。


 気を取り直すように反対側をみる。

 今日はお天気もよく、太陽の光で湖の水面が赤く輝いている。淡いオーロラみたいなベールも浮かんでいて、とても綺麗だわ。



「絶景だろ? ルビーマム湖の底には、剣が突き出るように魔紅玉が生えているのだ」


 寝馬車のドアからテラスに出てきたお父様が瞼を擦った。


「はい、このような美しい光景は初めて見ましたわ。お父様、おはようございます」


 両手を広げてぎゅっと抱き付く。

 お父様は目尻を下げて、それから欠伸をした。

 寝起きのお父様、なんて無防備で可愛いの。


「おはよう。一夜明けた。体調はどうだい?」


「絶好調ですわっ」


 今回は3日程の移動なので、馬車で領地の屋敷に着くまでの間、水分は摂るけど食事はしない。なにより馬車に乗ってる皆、お父様から魔力を分けてもらっている。お腹が減らないどころか腹の底から力がみなぎってくる。


 そう、余力をもて余しているのだよ。

 だからたまにすれ違う木こり達に元気よく手を振る。


「ヴェロニカは伐採人にも物怖じしないな」


「だってこちらに気付くと、わざわざ作業をとめて向こうから手を振ってくれますのよ。わたくし彼等に歓迎されているようで嬉しくなりますわっ」


「そうか」


 よしよしと、えらいぞと頭を撫でられ、お父様に微笑み返す。



 ……木こりとは、伐採人のことだ。

 森林の再生も成長もはやいため、森が馬車道に侵食しないよう手入れをしてくれている。彼等は人型だけどあまり近寄りたくないと思わせるほど見た目が怖い。だから目を瞑って笑顔で手を振る。金馬の速度のお陰か、実像はピントがズレててまだ直視はしていない。細けーことはいいんだよ。斧かと思ったら手に鎌とかついてたけど、全身まっ白でくねくねしてるけど、口角が耳まで裂けてた気もするけど、おまけに服着てないけど細けーことはいいんだよ。だから出来るだけ早く屋敷につかないかなマクーシノ!



 そう思っていたのに、いきなり馬車が減速して、御者席のマクーシノが腰を上げた。



「旦那様……」


「どうした?」



 道のど真ん中、地面でくねくねする伐採人がいて、馬車が停止したと同時に直視してしまった。おうふ。伐採人の下半身が土に埋まっている。事故か?


「ああ、出産か」


 おうふ!?

 お父様の言葉に耳を疑う。


「彼等は土の中から生まれてくるんだ。母の時代では、馬車道にも種を蒔いたらしいからな。その時のか……」


 種……ってことは伐採人、植物なの?

 本当は極秘で罪人とかをウイルスで進化させた生物兵器とかじゃないの?


 あ、土からすっぽ抜けるようにジャンプした。

 着地と同時にしこふんだよ。

 股ぐらにナニもぶら下がってない。無い。

 性別は無いみたいね。


「キャッハー!」


 産声キャッハーなの。

 おうふ。お口の中が真っ赤でなんか破廉恥。おまけに牙だらけ!


「キャッハー!」


 マクーシノ早く出発して!

 もう轢いてもい……あ、うそごめん。こっちこないで。


「キャッハー!」


 お父様の背中に隠れて身を縮める。

 なんか馬車に這い上がってきましたけど!?


「どうした、ヴェロニカ?」


「……お父様……周りの伐採人も、集まってきましたけど」


 四方からうようよと、四つん這いで近寄ってくる。まさかどこかのサイレント丘に迷いこんだ?


 金馬がとくになんの反応もしてないので、危険はなさそうだけど……。


「生まれたばかりで、初めて見るヴェロニカが気になっているようだね。周りもそれに感化されたようだ」


 何故かお父様が誇らしげに私の頭を撫でるので、馬車の中に逃げ込みたい気持ちを抑えて、周りに笑顔で愛想を振りまいた。


 うぅ。言葉はわかるのかな?



「わたくしはヴェロニカ・キエトロよ。いつも貴方たち伐採人が道を整備してくれて、感謝しているわ」


「キャッハー!」



 うん。言葉はわかるみたいね。

 わかったから皆あまり寄らないでくれるかな。

 おうふ。透き通るように白い伐採人の頭に葉脈みたいな筋がある。手の鎌もよく見たら白い葉っぱみたいだわ。見た目ギザギザのチェンソーだけどね。



「ではお嬢様、せっかくですからこれを」



 ファッ!?

 モニカが皿に並べた豆菓子を持ってきた。

 おいそれ私のつまみだぞ!

 アダムが大豆を乾煎りして塩コショウした私のおつまみ! カリカリで超うまいやつだぞ!



「はは、彼等はヴェロニカのオヤツにも興味深々なようだね」



 お父様が楽しそうに言うから、私は豆を手にポーンとひとつ投げた。


 バクン! と生まれたての伐採人が口でキャッチする。うぅ。伐採人は植物だから同じ植物の大豆を食べてもお腹壊さないよね?


「キャッハー!」


 そうかうまいかこの恩は忘れるなよ。

 間違っても私に噛みつこうとはするなよ。


「キャッハー!」

「キャッハー!」

「キャッハー!」



 こっちにもくれと口を開けて集まってきた集まってきたハハハ……近くに森林があるせいかキャッハー!がこだまして頭が割れそうだ。



「キャッハー!」

「キャッハー!」

「キャッハー!」


「ははっ、ヴェロニカは人気者だなぁ」


「ヴェロニカお嬢様は可愛いですからね」


「流石はお嬢さんです」



 こうなったらもうヤケだ。

 ドンカツ目指してヘッドショットを狙うかの如く振り撒いていく。貴重なつまみだ。無駄玉は許されない。

 一粒食べたら伐採人は満足したのかすぐ作業に戻っていく。モニカに追加の豆を指示して投げ捌いていく。どんだけいんだよ? 森からも伐採人が出てきたぞ。おうふ。片手だけ鎌がちぎれた個体もいる。お前には2粒やろう。そら、養生しな。

 オヤツに持ってきた大豆2kgが全て無くなるまで、キャッハー! の声はこだました。



 今夜はキャッハー!の夢にうなされそうだ……。





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