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16 ナッザレーノからの懇願

 お父様に突然の登城要請がきた。

 理由は陛下から一度領地に戻る前に、久々に顔を見せよという、よく解らない王命。



 久々に? 顔を? 誰の?



「双子の金馬のことでございます。旦那様はヴェロニカお嬢様と一緒に領地に戻られる、それまでの足に……その、金馬を」



 にこやかなイーサンが言い淀む。



「馬車をひかせるのが陛下の気に障ったのね」


「そのようですね」


「貴重な金馬を、普段の乗馬や遠乗りするならともかく、わざわざ領地に行くまでの足として、馬車をひかせる……それで登城要請がきたのね?」


「……そのようですね」



 それで仕方なしにお父様は今朝早く金馬に跨がって王宮に向かってしまった、と。


 ついでにレイザーとマクーシノも馬車で付いていった、と。



「当家の馬より金馬の方が速いのよね?」


「圧倒的速度でございます。寝馬車と荷物の重量から計算すると、ここから領地の屋敷までおよそ15日のところ、金馬なら5日、それが2頭となれば3日で到着致します」


 ふむ。

 通常の馬なら2、3時間毎に休憩を挟み、3日毎に半休を入れる。その間にメンテナンスをする。マクーシノが。

 馬に問題がなければ再び出発し、領地につくまでそれを繰り返す。それが訓練された騎馬とて同じ……当然だろう。馬は生き物なのだから。


 それが金馬となれば、1日20時間ぶっ通しで走る。主なガソリンは魔力。20時間ぶっ通しというのは、お父様が金馬に魔力を与え続けるから可能な時間。残りの4時間は、途中で我々がもよおしたり、体調が悪化した場合にそなえて確保している見積り時間だ。


「休憩がなければわたくしたちは2日半で到着するということね」


「魔力は食いますが、谷をも越える馬ですからね。一度も止まることがなければ、常に最高速度を維持するでしょう」


 まるで前世のガソリン車だ。いやそれより凄い。

 領地に向かう、それまでの足に金馬をつかう、やはりお父様の判断は間違っていなかったようね。


「出発当日に王命とは、嫌がらせととらえてもいいかしら?」


 領地に戻る、その申請も済み、許可も下りた。

 わざわざ薔薇園蹴ってまで予定をはやめたのに。


「……まだなんとも」


 玄関の広間を見渡す。

 屋敷から領地に持っていく荷物は既に纏められ、オヤツがてらアダムが焼いてくれた日持ちするお菓子もつめた。とどのつまり、準備万端なのだよ。



 玄関を開ければ今すぐ出発できる寝馬車がとめてある。重厚なつくりの二階建て箱型寝馬車。御者席を兼ねたテラスにはグリーンローズの蔦が絡み、屋根にも底にもびっしりと蔦が生えている。


 ああ。早くお出かけしたいのに。そう思いながらそっと蔦の葉を撫でると、お父様の魔力が充満していた。あうー。落ち着くわ。そういや今朝は王命のせいでお父様とおはようの挨拶もかわせなかったから苛ついてたのよね。


「ふん。陛下がなにを企んでいるのかは知らないけど、出発を遅らそうとしても無駄よね」


 だって発光するグリーンローズを這わせたこの寝馬車よ? 夕方でも真夜中でも、灯りは確保しているのだからね。


「……レイザーの見解では、もしかしたら殿下を同行させる気かもしれないと、警戒しておりました」


 それは困る。つい先日、しばらくはキエトロ家との接触を絶つ言質……はとってないが破ればどうなるかわかっているだろう。


 イーサンが苦笑いしつつ、すぐに否定した。


「ご安心を。旦那様でしたら、そのようなこと、例え王命でも受け入れませんので」


「そうね……」


 そうしてくれると助かるわ。もし無理にでもついてきたら、お父様と遊び倒すどころか殿下との時間を確保しなければいけなくなる。もてなす側となるのだから。

 私は優しい人間ではない。10歳の男の子に対してトイレに閉じこめたり、足を引っ掛けたり、寝る前に怖い話を聞かせたり、虐め倒してしまいそうだ……あ、でもお父様に見られたらまずいのでそれはやめておこう。


 ため息と共に肩を落とした。モニカが玄関から顔を出し、そろそろお昼にしましょう、と扇子で扇ぎながら声をかけてきた。


 朝ご飯も喉が通らなかったのに、今もランチなんて食べる気はしな…………ふむ。濃厚な酢と新鮮な生肉のいい香りがするわ。




 今日のランチは牛肉と削りたてチーズのカルパッチョ。濃縮ブドウ酢の酸味が生肉の臭みをうま味に変化させ、更にかつお節のように削られたチーズが時間差で舌に馴染み、後味の酸味をまろやかにしている。くぅ。この鼻に抜ける新鮮な生肉の香りよ。付け合わせの素焼きしたアスパラも美味い。皮を剥いたトマトもすんげー美味い。ミックスソルト万歳。



「いい仕入れ先をもっているわね、アダム。今日のランチは格別だわ」


「ありがとうございます。以前お嬢様は旦那様のタルタルステーキを食べてそれはもう鼻孔をくすぐられておりました。あの様子ならカルパッチョもいける口かと」



 コック帽をとり、胸に手を置くアダム。

 厳つい顔立ちと癖の強いパンチパーマみたいな黒髪からは想像も出来ない繊細な料理を作る男だ。以前お父様に一口ねだってアーンしてもらったタルタルステーキも、前世で食べた焼肉屋のユッケとはまた違った味わいで飛び上がるくらい美味しかったし。


 普段は赤身肉崇拝の私でも、脂身のある生肉の美味さには唸った。飲み込んだ生肉がそのままエネルギーになったような気分だ。今なら屋敷一周できるぞ。


「あぁ、美味しかった。元気一杯よっ」


「本当ですかっ! カルパッチョをお出ししてよかった!」


 朝からふて腐れてブーブー言ってたもんな、私。アダムなりの気遣いなのだろう。ありがたや。

 それにしてもいいね、 一つレベルが上がったような、この腹の底から力がわいてくる感じ! ──その高揚感のせいだろうか、私はアポも無しに屋敷を訪れた来客に怯むこともなく迎え入れてしまった。




「いやぁ、キエトロ家のヴェロニカ様といえば、実の母親すら断罪する情け容赦ない悪役令嬢だとお聞きしていたのですがっ……これまた母君とそっくりな見た目で、もしかしたら内面もビビアンに似ているのでしょうか? それなら話は早いのですがはははは!」



 ふぅん。

 来客はドリティス公爵家の第4夫人の息子、ナッザレーノと自己紹介をうけた。


 妾腹とはいえ、公爵家当主の息子なのに、いま自分ちの従者をしてるんだって。


 あとバルワーニー・ドリティス公爵当主からの謝罪のお手紙とお土産を渡された。


 渡されたというか、挨拶が済んだら勝手にテーブルの上に置いてきた。


 いま私は1人でソファーに座り、立ったまま横から話し掛けてくるナッザレーノの話を聞いている。モニカが淹れてくれた食後のハーブティーを1人で飲みながら。


 普段客人はイーサンが案内し、そのままソファーに勧める。でも勧めなかった。従者だしね。そういうことなんだろう。


「いやぁ、それにしても、馬を走らせたから汗だくだぁ」


「それは大変でしたでしょう」


 見た感じガリヒョロだもんね。

 本当に、従者とはいえドリティス公爵家からここまで遠いのに馬車も出してくれないってどーなの? ほんまに第4夫人の息子か?


 そう思いイーサンを見ると苦笑いしていた。


 まるでゲーセンにいそうな普通の兄ちゃんに高級な服を着せただけの、うん、本当にその辺にいそうな兄ちゃんだ。


 手紙は読まずにそのままイーサンに渡すと、ナッザレーノが眉を寄せた。親展扱いの魔法刻印があったのだ。宛先は私なので刻印に数秒触れれば解除されるが、そもそも私はお父様か侍女長が目を通した手紙しか読まない。だって私の悪口とか書いてあったら嫌だし。


 実際多いみたいよ。差し出し人不明の私宛の嫌がらせの手紙。

 多分殿下のせいだな。


「ああ、そうそう」


 思い出したように横からナッザレーノが包みを開けていく。

 お土産はお菓子だった。


「まぁ可愛らしいこと」


「そうだろう?」


 お菓子は前世のクリスマスケーキの上によく乗っている、食用サンタみたいな、見た目ずっしりとした砂糖の塊。ふむ。アダムの新作と似ている。これ流行ってんのか?


「スイーツクロカンの新作だ。この一つに貴重な果糖がふんだんに使われている」


 すなわち、砂糖の塊である。


「そうですか」


 しかしわざわざ箱を持ち上げて「ん?」とつきだしてくるのはどうかと。


「はははっ。なんせ王家御用達の菓子だからな。キエトロ家とはいえ、子供はそうそうお目にかかれる品じゃない」


「そうですわねぇ。そんな糖度の高いものを、いきなり子供が食べたら、鼻血が出てしまうかもしれませんわね。そしたらナッザレーノ様にご迷惑がかかってしまうかもしれません」


 これはアダムにあげよう。

 砂糖として調味料にはなるだろうし。


 お?

 モニカが侍女長をつれて戻ってきた。

 ちょうどいい。手紙を読んでもらおう。


 2人の足音に振り返ったナッザレーノは、こちらに向かってくる侍女長が指でクルクルとまわすチェーンに繋がれた鍵のようなものを見て、息をのんだ。



「……ま、待ってくれ!」


「はい?」

 


 いきなりナッザレーノが膝をついた。



「……す、すまねぇ……違うんだ! お、俺は……キエトロ家が保護した奴隷のなかに……リプリーって女がいて……そいつに用があるんだ!」



 んげぇ……奴隷の話されたよ。

 今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。身を引くとにこやかなイーサンが即座に私とナッザレーノの間に入った。



「た、頼むヴェロニカ様! 奴隷は今どこに保護されているんだ? 居場所を教えてくれないか!?」


「そんなことわたくしが知るわけないでしょう!」


「ナッザレーノ様。……こちらはドリティス公爵からの謝罪の手紙だと仰いましたね?」


 手紙を掲げるイーサンにまずいと目を見開いたナッザレーノ。そのまま危機迫る様子で競歩してきた侍女長が手紙をぶんどると、イーサンが流れるような動きでお菓子の箱の中身をばらばらと床に落としていく────なんだ修羅場か!? 戦闘がはじまるのか!?




「──手紙に睡眠煙が仕掛けられていますわ」



 ぐしゃりと手紙を握り潰した侍女長が解除鍵のチェーンでナッザレーノの頬をぶった。わーお。

 とくにナッザレーノに動きがなかったのでそのまま膝をついたまま尋問がはじまった。



「ヴェロニカお嬢様を眠らせてどうするつもりだったのですか……?」


「そ、その、……ナイフを突き付けて、執事に奴隷の居場所を吐かせようと」


 バン! とモニカがナッザレーノの膝の横を叩いた。ナッザレーノの肩が飛び上がり、懐から鞘付きの小型ナイフが落ちた。


 すかさずイーサンがシャッ! とナイフを蹴り、少し離れたところにいる侍女達が拾っていた。


「……す、すまねぇ! お嬢様を傷つける気はなかった! 俺はただっ……」


「他に武器は?」


「剥きましょう」


 イーサンが目配せすると、ぞろぞろと侍女達が集まって、ナッザレーノはパンツ1枚になっていた。やはりガリヒョロだ。再び膝をつくナッザレーノの右にモニカ、何故かパンチパーマのアダムも和式便座すわりでナッザレーノの左にいて、なんかもう尋問というよりゲーセンでかつあげされてる子みたい。


「何故こんなことを?」

「このお菓子は?」

「どこから持ってきたんだ!」


 うん、万引きGメンのドキュメンタリーみたいだ。


「そ、その土産にはなんの細工もしてねぇ……本当だ! それはっ……つい先日、リプリーの為に買った菓子だが……渡す前にいなくなっちまったんだ……」



 へぇ。リプリーって恋人か?


 とん、と肩に手をおかれた。

 振り返ると心配そうな顔をしたマリーとユーリ。金髪金瞳の見目麗しいこの2人はまだ10代で、ここ最近の共寝コンビでもある。

 いま私は2階から1階で開かれた尋問を覗き見している。あのような者を目に入れてはいけません、と涙ぐまれたが、あまり危険はなさそうなのよね。



「ひィ!?」



 突然のナッザレーノの悲鳴。

 わさわさと、窓から侵入してきた蔦がナッザレーノを捕縛し、その周りにいた皆が一斉に玄関に目を向けた。まさか……。



「お嬢様、侯爵様がお帰りですわ」



 侍女長の言葉に待ってましたー! とばかりに階段をかけ降りて玄関に向かった。


 扉を開けるとあら不思議。

 背の高い見たことのない女性がいた。



「まぁ、息を荒げてはしたない御令嬢だこと」




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