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11 お父様ご帰宅

 あれから2週間。

 今日もステーキランチが美味しい。


「チャリオット、そこのお塩をとって」


「はい、お嬢様」


 あの過酷な日を乗り気ってから、連日ステーキが厚切りだわ。血の滴るレア焼き。程よく弾力があり、とろけるように柔らかい赤身肉。


 舌って健康のパラメーターよね〜!

 無糖紅茶もゴクゴク飲めるほど美味しいし、付け合わせのグリル野菜もシェフのアダム特製ハーブ塩でいつもより美味しく感じるわ〜! 私、絶好調なんじゃね?


「……ヴェロニカお嬢様……今夜は、誰の部屋でお休みになられるんですか?」


「そうねぇ。一昨日はリザの部屋で寝たし、昨日はマリーの部屋だったでしょ。今日はユーリの部屋にでもいこうかしら」


 私の部屋が改装中の間は、侍女長が魔力持ちの侍女としか寝ちゃダメだってきつく言われていて。そしてここ5日間ほど、侍女長は屋敷を留守にしている。ついに旅立ったかと思ったけど、王都に用があるらしく、今日あたり帰ってくるらしい。


「……そうですか」


 あ、やべ。

 モニカの眉がどんどん下がっていく。

 モニカには魔力がないのだ。問題はそこじゃなく、グリーンローズが再生されるまでは、護衛能力のある魔力持ちの侍女がその代わりをやるということだ。


 何故か私が他の侍女と寝るようになってから、モニカは刺繍に凝りだした。今もダイニングで食事をとる私の横で、ひたすら針仕事をしている。……あ、モニカが泣きそうな顔になったわ。どうしよ……。


「ほらモニカ、林檎のパウンドケーキよ」


 あの悲惨な目にあった日、仕入れ先の業者の店にいっていたアダムが、帰宅するなりオレだけお嬢様の力になれなかったと懺悔するように連日オヤツを作ってくれるのだ。それも屋敷の皆に合わせたものを。


「これはモニカの為にアダムが焼いてくれたのよ。美味しいわよ」


「…………そうですね」


 そろそろ元気を出してくれないかしら?

 食事の度に青白い顔で横で刺繍されても気が滅入るんだけど……。


「ほらチャリオットも、アダムの焼いた美味しい蜂蜜クッキーでも食べて元気を出しなさいよ」


「はい……あ、イタタタ……腰が……」


 同じく落ち込んだように青白い顔のチャリオットを見る。ギリースーツを脱いだチャリオットの本体は、日焼けした小麦色の肌に金髪碧眼。八重歯が尖って見た目はヤンキーぽいチャラ男感が出てる。ギリースーツさえ着てれば一番奇抜で強そうな見た目なのに、重症度の高かったマクーシノやクルーヤの方が先に全快しちゃうんだから。あのギリースーツは見せ掛けか。



「もう少し糸の染料を増やしたいのですが、庭のグリーンローズはあの様ですし……旦那様が帰宅されてからの方がいいですかね……」


「……いや、ヴェロニカお嬢様が身につけるものはハンカチもひとつ残らず【護】の紋章をつけるべきかと」


「そうですね。今はお嬢様の外套にしか【護】の紋章はつけておりませんから、そのうち部屋着も全て縫いましょう」


「では今すぐ取ってきます!」


 なにその【護】の紋章って?

 聞く前にチャリオットは腰を庇いながら出ていってしまった。


「何を取ってくるの?」


「グリーンローズですよ。花は特殊な染料にもなるんです」


 特殊な染料……。


「ああ、あの発光する紋章、わたくしの外套に使った染料ねっ」


 今日の付け合わせは野菜の他にも薄切りしたパンをカリカリに焼いて、その上に粉チーズと玉ねぎチップが乗ってるやつ、これめっちゃ美味しいわ。ステーキを平らげたらおかわりしようかな〜。


「はい。今はお嬢様があの外套を着ている時しか、旦那様がお嬢様の容態を知る術はありませんが、いずれ、いつ、如何なる時もお嬢様を把握できるよう、お嬢様の持ち物には全て【護】の紋章をつけますね」



 モニカの言葉に赤身肉ごとフォークを皿に落としてしまった。



「……わたくしの、容態?」


「はい。グリーンローズ同士は交信しますから。旦那様もいつも一輪のグリーンローズを持ち歩いているんですよ」


 つまり2週間前……私に何が起きたか、お父様は既に知っていると?


 いやあの日、手紙を送ろうとしていた侍女長には、お父様が帰ってきてから話すと納得してもらった。


 今は首を絞められた痕も消えて、体調も顔色もいい。この状態を見せればお父様に心配をかけることはないと────待て。グリーンローズは……交信、する?


「交信って……どうやって!?」


「? ヴェロニカお嬢様が屋敷にあるグリーンローズに触れるだけで、旦那様の持つグリーンローズに伝わりますよ。あ、まだ言ってなかったですね」


「そう、ね」


 よかった。これまで散歩がてら庭を歩いたけど、一度もグリーンローズに触れたことはない。花の近くの茎には刺があるし、薔薇って繊細な植物で育てるのが大変な花だから。不用意に触れようとは思わない。


 しかし交信、か……色々考えていると、背後からふわっと抱き締められた。



「侯爵様がお帰りですわ、ヴェロニカお嬢様。さぁ、門まで出迎えに行きましょうか」



 振り向くといつの間に帰宅したのか、侍女長が私の肩に外套をかけて……その際、裏地に縫われた紋章が目に入った。何度も目にした、グリーンローズの花の染料が使われた、発光する紋章──染料とはいえ、これもグリーンローズに違いないとしたら?


 ……そういえばあの日、管理制御室にいくまでに、侍女長にこの外套でぐるぐる巻きにされた。



 こ、れが……特性……か。



「さぁさぁ、侯爵様に早くお顔を見せてあげましょう。恐らくモーライト家を壊滅させた今も、とても心配なさっている筈ですわ」


「え」


 そう耳元で囁いてきた侍女長は、皿に残ったステーキ、私の最後のひと切れを横取りした。


 侍女長……貴様。





「お父様〜っっ………………えっ」


 玄関を出てぎょっとした。

 遠く、向こうの方から、どんどん再生してくるグリーンローズがこちらに迫ってきてる。


 外にいたチャリオットが歓喜の声を上げる。ピョンピョン跳び跳ねて……お前は気楽でいいよな。病は気からというが、これで腰のダメージもかき消したか。私は……お父様になに言われるんだろ。


 屋敷の皆は玄関で出迎えるようだ。

 私はとりあえず門まで小走りでいく。

 今日は風が強い。グリーンローズの香りが鼻を擽る。


 あ、いた!

 執事のイーサンと秘書のレイザーを背後に、お父様が手を振って微笑んでるぅ〜♪


 う〜ん……遠目からでもちょっとだけ目が据わってる気もするけど、いつもの穏やかな顔をしたお父様だわ。



「お父様ぁ〜、おかえりなさぁい!」


「ただいま、ヴェロニカ」



 元気にしてたことを証明するため、駆け寄って胸に飛び込んだ。

 つむじにちゅっとキスが落とされ、優しく背中を擦られた。


 顔を上げたいが久しぶりのスーーハーータイムだ。2週間強振り。ふさふさと繁るグリーンローズが私達を包みこんだ。ちょっと擽ったいわ。


「そうしていると、まるで緑溢れる大地に君臨する、一輪の花のようだ」


「まあ! グリーンローズはわたくしを引き立てて下さっているのねっ」


「ああ、そうだよ。お父様がそれを後押しする役だ──それっ」


「きゃっ!?」


 ぶわああっっと咲いた大輪のグリーンローズ、その薔薇に押し上げられ、私の体が地面から離れた。


「きゃー、すごい、スゴイッ!」


 蔦がよいしょしてくれる。

 まるで天然のトランポリンだわ!


「おっ、おぅ、おおおっっ……」


 もうこれ以上の感情はない、とチャリオットがアヘ顔してる。ヤンキー顔の見た目チャラい男が植物と戯れるアヘ顔はやばい。なんか盛ってんのかと通報したくなる。


「お嬢様……よかったです。怪我は完全に治ったみたいですね。蔦が巻きついて花が咲いていたら、旦那様はまた王宮に戻るところでしたよ」


 和んでいたお父様の目が据わりだした。


 イーサン、貴様……!

 余計なこと言わないでぇ!

 その後ろから黒髪黒瞳の青年──レイザーがひょこっと顔を見せ、更に余計なことを言った。



「では問題ないということで、門の外で待機している殿下をお通ししますか」



 お父様の目が完全に据わった。

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