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10 グリーンローズの秘密

「ひぅ!?……っがぁ、ぅお、ぉんっっ、……ヒュー……ハァ……ハァ……ぐはぁ、っ」


「侍女長……!?」


 目の前でいきなりのたうちまわりだした侍女長に何事かと駆け寄れば、コールドバッハ先生が私の横で片膝をついた。


「ディアブローナーさん……その耳のピアスは……ダメージを他者に移動させる魔導具だね? 確かアデライト国でオークションに出されたものと、同じデザインだ」


 ダメージを他者にって……。


「その魔導具の特性を利用して、自らがお嬢様のダメージを受け取ったのか……」


「侍女長!? わたくしの身代わりになったの!?」


 ちょっと待て今は話し掛けるなとばかりに掌を見せた侍女長が四つん這いで苦しげに息を整えている。しばらくすると尻餅をつき、ハンカチを取り出してそこにぺっと血を吐いた。


 そして侍女長が私の顔やら首をベタベタ触ってくる。


「なんてことっ……ダメージ以外の、首を絞められた痕が残っていますわ」


 痰がからんだしがれ声。

 今さっき血も吐いていたのになに言ってるの……。


「わたくしは今はなんともないですわ……それより、侍女長が身代わりになってくれたのでしょう?」


 ……あの首絞めだよ? 解放されてなお死ぬかと思ったんだから。いくら大人とはいえ、あのダメージを肩代わりするなんて。


「…………これしきのこと、あたくしとお嬢様とでは体力も耐久度も桁違いですもの」


 よろけつつも立ち上がった侍女長はこめかみを押さえ、片目をしかめた。さっき私が死にかけた頭痛や目眩を代わりに受けているんだろう。申し訳ない気持ちになる。くびれた腰に手をついて悩ましげなその様に眉が下がる。まるで二日酔いでエロい隙が出てる銀座のママのようだ──その考えは頭から追い払う。


「このピアスは……およそ30年前のもの。かなり使い込まれていたようですわ」


 侍女長が確認するように耳を触ると、ピアスがボロッと崩れた。


 魔導具が壊れて効果を失った途端、体内の乳酸値が上昇したように、私の膝がガクっと折れた。


「グリーンローズが花を咲かせ、滴を出しましたわ……間一髪、モニカもその他も生きているようですわね」


「……え?」


 今度はケロッとした侍女長に抱き上げられて、目眩を感じながらも辺りを見渡す。


 ……わーお。

 いつの間にか部屋の中がグリーンローズにまみれて、植物園みたいになってるよぉ。


 たてつけの家具は蔦が貫通し、ベットもひっくり返って、部屋の中にもドアの外にも蔦が絡み団子状の蠢く人みたいなのもいて、何が起きたんだ状態だった。


 それにコールドバッハ先生が、まだ片膝をついている。さっきは気付かなかったけど、額に汗もかいていた。


「流石と言うべきか、キエトロ家のグリーンローズ……魔力食いと呼ばれるだけある……しばらく動けそうにないよ……」


「えっ……」


 コールドバッハ先生の視線の先、そのグリーンローズの蔦は窓から侵入していた。


「ではこれは、先生が、……?」


 この蔦を、操った?


 これでも私は植物学者だからね、とコールドバッハ先生は力尽きたように床で大の字になった。


「まぁ、なんとも粗末な扱いですこと。これが侯爵様でしたら、窓すら蔦自身が開けて家具を傷つけることなく奥様を捕縛したはずですわ! そしたらヴェロニカお嬢様だってもっと早く、」


「侍女長……!」


 助けてくれたコールドバッハ先生になんてこと言うんだと見上げれば、鼻を赤くしていた。


 あ、そっか。

 私、この屋敷の皆、侍女長にも愛されているんだった。揉めるとややこしくなりそうだったので、ここは2人に感謝の言葉を言っておくだけにした。



「う"ー! んう"ー!」



 団子状になったものの一つ。

 声からしてお母様……かな?


 脚に絡まる蔦をブチ、ブチッ! と蹴り解いて、両腕で蔦をフン、フン! と……凄い力。本当に女か?

 それ以上に次々と蔦が絡まる量の方が多い。


「まぁ、グリーンローズを傷つけるとは……悪意に満ちた愚かな行動だこと。おまけに奥様に絡まる蔦は、花が一輪も咲いていませんわね!」


 しばらくうめき声が続いて、さっきより念入りにお団子状になって、そこでようやくお母様が黙った。


 はやく封印しないと……。悪霊退散。


「侍女長……このまま管理制御室の横にある井戸に捨ててもいいかしら?」


 誰を、とは言わない。はやくコンクリ開発しないと。


「あたくしは構いませんけど、……このドアを破壊するほどの身体能力……あの井戸は枯れているのでそのうち這い上がってきますわよ?」


 それ、どこの念写姉ちゃんよ。

 もうホラー映画はお腹いっぱいよ!


「それに幾度となく魔導具を修理してきたあたくしでさえ"コレ(奥様)"は直せませんわ」


 ……ですよねぇ。

 唯一無傷な天井を仰ぐ。

 ラッパを持った天使が戯れる、豪華な天井壁画。シュールだわ……。



 はぁ……まるで前世で観た狂った小説家と、監禁された小説家──S王系の映画みたいな展開だった。




 このまま管理制御室へ向かうと言われ、その前に何故か侍女長が私のクローゼットから外套をとり、それで巻かれて抱っこされながら庭の中を通った。

 も、……心はボロボロな気分……。

 早くお父様に会いたいわ。



「……えっ」


 あれだけ庭を埋め尽くしていたグリーンローズが半分以上減っている。


「ああっ……これをチャリオットがみたらショックで気絶するわ」


 あれだけ毎日手入れして、どの角度から見ても景観よく整えられていた薔薇が、ところどころ土が見えて不毛地帯だ。


「問題はありません。侯爵様がお戻りになられたら、一瞬で再生させますわ。何故か侯爵様はグリーンローズをふさふさにさせるのがお好きだもの。領地のグリーンローズも、それはもう広範囲にフサフサで見応えがありますわよ」


「……刺があるわね」


「? 薔薇ですもの」


 庭師のチャリオットはお母様から体当たりを食らい重症だ。しかも身体強化を発動させると、見えない衝撃波みたいなものが発されるようで、それに当たると身体機能が一時的に低下するらしい。その差は一流の騎士なら農民に落ちるほど落差がでる。御者のマクーシノや下男のクルーヤも同じ。侍女長の話によるとグリーンローズの花には傷を癒す効果があり、命に別状はないそうだけど、……でも日頃から鍛えてる彼等がお母様1人にやられるなんて……。


 モニカはテーブルの下敷きになった時の後頭部のダメージで気絶したらしく、外傷はおでこだけだった。お母様と直で対面させてたら本当に危なかった。


「お母様は……本家のドリティス公爵家の血が濃いのよね? モニカいわく、身体強化ができるとか……」


「ええ……分家が持つ一般的な身体強化とはまた違います。あれは本家が持つ、対面した者の身体能力を著しく低下させ、恐怖心を植え付けて正常な判断を妨害することに特化した魔力なのです。まぁ、代々それだけで這い上がってきた一族ですもの。コールドバッハさんも奥様の従者に捕まって足止めさせられて……あたくしが見付けた時には門の外で、魔導具で縛られ麻袋に入れられてましたのよ? お可哀想に。あのままだったら近くの沼に棄てられていたかもしれませんわ……はぁ。高貴なキエトロ家とは比べるのも烏滸がましい、暴力的な連中ですこと」


「…………」



 ……わ、わーお。ドリティス公爵家って何系の家系かと思ったら、五九道系でした。



 ちなみにドリティス公爵家の分家であるモーライト家出身お母様はヴェロニカが3歳くらいの頃、実家に帰っちゃったわけだけど、まだお父様と離縁はしていないらしい。


「ドリティス公爵家の分家なら、毎月本家に奉納金を献上している筈ですわ。だから奥様も離縁なさらないのでしょう」


 まさかの生活費目当て?

 将来私がこの家を継ぐなら、無駄な経費は認められない。私だって受験費とか節約してるんだからね。ヘヘ。あのお小遣いでお父様に誕生日プレゼント買うんだ〜……なんとかしてお母様と縁を切ってもらわないと……。



 カンカン、とヒールの足音を鳴らして侍女長が管理制御室の2階へあがっていく。


 ソファーに寝かされ、執務室みたいな部屋を見渡すと、棚に色々と魔導具らしきものが置いてあった。


 その棚から赤い指輪を取った侍女長は、フム、と何かを解除をすると、それを私の親指にはめた。


 これ……お父様がしてた。

 銀の土台に大粒の四角いルビーがはめられた指輪だわ。前より石が赤黒くなってる。


 あ……。


「落ち着きますでしょう?」


 ほんとだ……お父様の匂い……いや、それもあるけどお父様の魔力が流れ込んでくる。


「これ……魔導具でしたのね」


「その石は魔紅玉の欠片です。侯爵様の魔力が溜まりに溜まり、赤黒くなっているのです」


 落ち着くし、肩を動かせないほど怠かった腕が、自分で歩けないほどガクガクだった脚が治った。


 わーお。

 まるでたっぷり寝た朝のように爽快だわ!


「マクーシノやクルーヤにも使わせてあげたいわ」


 ギリースーツ着用のチャリオットより、あの2人の方が重症度は高いらしいし。


「チャリオットはともかく、彼等にはグリーンローズの特性……その全てを知らされているわけではないのです。しばらくは意識混濁させておくのが身の為ですわ」


 特性……はて?

 触手のように攻防するとか、花に傷を治す作用があるとか、その他にも?


 考えていると侍女長が引き出しから裁縫セットみたいなものを取り出した。

 そして徐に指先で魔力を操り、白地の滑らかな布に黒い糸ですらすらと文字を刺繍していく。

『お嬢様、危篤──原因、奥様』

 次の瞬間、その布を黒い小鳥に変化させたのはまさにディアブローナ、その名が似合う顔でククク、と悪い笑みを携えている。


「わたくしが危篤って……嘘はいけないわ! お父様が心配するじゃない!」


「以前から秘書のレイザーが調べていた件で、……どうやらモーライト家が絡んでいるようなのです。この際ですから、潰しておきますわ。これはその後押しをするようなものです」


「……え? ちょ、」



 それでも危篤はやり過ぎ! 今はピンピンしてるのに! ……私、あまりお父様の涙を見たくないのよね。初めて見たとき、訳ありだけど結構ショックだったから。飛びたとうとする小鳥を捕まえて、どうにかして侍女長には留まってもらい、お母様封印の材料としてあることを頼みこんだ。



 けれど私は、グリーンローズ、その特性を知らなかった。



 2週間後、お父様が帰宅する頃にはモーライト家が潰れていた。


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