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姫宮 2 山中大樹の憂鬱

作者: 東雲しの

日暮元の災難 の続編でございますが、お読み頂かなくとも、さっくりとお読み頂けるかと思います。

まだ小学校に上がる前、少し年の離れた仲の良かった兄が、小さな弟を抱きしめて


「ずっと一緒だよ……」


と言った。


それから数日後、大好きだった兄が亡くなった。

突如として高熱を出して、数日入院をしただけで、たったそれだけで凍りついたように眠りについて、小さかった大樹の目の前の布団に横たわり、そして二度と目を覚ます事なく、優しかった笑顔を見せる事も、少し高めで可愛い声を発する事もなかった。

大樹はどうして兄が、其処に横たわり目を閉じたままなのか理解もできなかった。

だが、あの日の光景は……。兄の横たわる姿は未だに脳裏に焼きついている。

焼きついているのに、兄は目覚めず冷たいままの姿を見せているのに


「…………」


なぜ、その冷たく横たわるその先で、ずっと何も言わずに座って此方を見ているのか?


何を言いたくて、此方を見て座り続けているのか……。




中山大樹(なかやまたいじゅ)はベッドに身を起こして、毎朝溜息を吐く。

兄が亡くなってから四十九日が経たない或る日から、ずっとその空間で兄と共に寝ている。

兄は何時も同じ表情で大樹を見つめるが、何も語ってはくれない。

ずっと同じ姿勢で同じ格好で、だが何故だろう大樹の脳裡には兄は兄として成長を遂げていて、此方へ向ける瞳は大人の者と化しているのに、大樹の瞳に映る兄の姿は、亡くなった時の小学生のままだ…….。


「彼方に行きたのですか?」


孤金が大樹の寺で暮らすようになって一ヶ月、毎晩同じ空間で夜を過ごす事となった孤金が言った。


「兄はそれを望んでいるんだろうか?」


「……それは、貴方が望まれているか否かでございましょう?」


「俺の?俺の問題なのか?」


兄が亡くなってからずっとだ…….。

何年?何年になるのか…….。

大樹はそれすらも、しっかりと知ろうとしないでいる。


大好きだった兄が急にいなくなった事は、小さかった大樹には余りにも酷な現実だった。

優しくて楽しくて、何時も遊んでくれた兄…….。

そして、兄以外のいろいろな物達を感じられるようになっても、大樹は兄の死を受け入れられずにいる。

ずっと兄の姿を見続けながら、その同じ空間で夜を過ごす事で……。






「孤金は元気か?」


青葉薫(あおばかおる)が、身体と容姿とは似つかわしくないドカベンに、食らい付いきながら聞いた。

正真正銘の男子であるにもかかわらず、超絶の美貌の持ち主で〝黒薔薇の貴公子〟と呼び名を全生徒から頂いている有名人の、青葉薫から誘いがあれば昼休みに弁当を校舎の一画で共にするようになったのは、例の文化祭の不思議事件の後からの事で、生徒達は文化祭実行委員から仲が良くなったものと納得しているようだが、実は落ち着いていて、物言いの優しい山中大樹も、なかなかの人気者だ。

この人気者同士が仲良くしている姿は、かなり女子達の妄想を炸裂させるらしく、その熱い視線を物ともせずに平然としていられる二人は、流石といえば流石だが、何故か此処に同じ体験を共有したという理由のみで、同席させられている日暮元(ひぐれもと)には、この居心地の悪さは慣れるものではない。


「ああ元気元気」


「狐白を遣わすとか言っていたのに、未だに来ないってのはどうよ?」


とても美味そうに、厚焼き玉子を頬張りながら薫は言った。


「確かに……あれから一ヶ月くらい経ってね?」


「……そうそう……そういえば、此処の所俺の所もなんか静かなんだよねー」


「静か?」


話を聞いていた元が薫を直視した。


「妖刀を振り翳す機会が無いって事……」


「それっていい事じゃねぇの?」


「それはどうだろう……」


物静かに食べていた大樹が言った。


「そうそう……なんか静かすぎんだよねぇ」


「…………」


まあ、意味不な会話は慣れたが、元は合点がいかないと表情に出てしまう。


「ほら……。意外と小物から大物まで、いろいろと騒がしいからさ」


「へえ……。青葉って苦労人なんだな」


「まあ、凡人にはわからん苦労はあるな」


「どうせ俺はなーんにも持ってません」


「は……」


青葉薫が明るく笑顔を浮かばせた瞬間、その笑顔が大きく崩れて眉間に皺を浮き彫りにさせた。

何処からともなく、妖刀村正が薫の右手に握られていた。


目の前の遥か先に閃光が光り、それが徐々に近づいて来るのがわかった。

その閃光が近づくにつれ、光だけでなく何かがその光を避けながら近づいているのがわかった。


「狐か?」


狐は薫の村正に絡み付く様にすると、追撃して来た閃光を、その白く美しい大きな尾で弾き返す様にした。


「ははあ!ホームラン」


薫は大喜びして言った。


狐白は薫を直視しながら、同じように追撃して来た閃光を弾き返し、そのずっと先で何かが燃える様に落下して行った。


「初めまして」


白く美しい毛並みを靡かせて、狐白は三人の前に立って首を垂れた。


「孤白と申します。頭首より仰せつかり、参上つかまつりました」


「……って、ずいぶん遅くね?」


とっくに村正を仕舞った薫が文句を言う。


「少しばかり寄り道を致して参りました。暫くは静かな日々をお過ごし頂けたかと?」


「えっマジ?なんかしてくれてたって事?」


「孤銀を助けて頂いた、ほんの礼でございます」


「マジ?気が効くね」


「孤金と孤銀は私の可愛い舎弟でございます。そのもの達をお助け頂いたのでございます。当然のことかと……」


孤白はそれはそれは美しい、赤い潤んだ目を薫に向けて言った。

それを大きくて潤んだ瞳の、薫が直視して笑んだ。


……美と美の競演ってやつか?……


元は目の前の〝綺麗〟な二人……一人と一匹に目を見張った。


「奴らは何もの?神か妖魔か?」


余り動じる事なく大樹が聞いた。


「……貴方様方の言うところの〝神〟の方でしょうか?本気で私を殺るつもりではなかったようですから」


「えっ?どうして神様だと、孤白を本気で殺んないわけ?」


「神様はこれから起こる災害を、少しでも彼方に肩代わりしてもらって、それを〝神の力〟として我々人間に誇示したいわけ……」


無知で愚鈍な元に、上から目線の薫が見下して言った。


「神様が起こした〝奇跡〟ってやつにできるだろう?」


「えっ?」


「数十年前からご神託を頂いたって者が出現してるからな……。準備に抜かりはない……」


大樹が割って入って言った。


「そうそう……。ご神託は世界各国にあるからな、取って付ければ新解釈となるわけ……って事は、その〝奇跡〟を起こす鍵となる、姫宮探しの命を受けた孤白を本気で始末するわけがない」


「じゃ……孤銀をやったのは?」


「そこが解らない所さ。マジで殺る気だったのか、ただの脅しだったのか?」


「脅し?そこがよくわかんねー。姫宮様とやらが現れて、俺らの事助けてくれるってのはわかったけど、それを利用して神様?が手柄を横取りしようってしてるのもわかるけど、なぜ脅しとか攻撃とかしてくんだ?孤白達の主人ってのと手を組んで探せばいいんじゃね?」


「そこだ!日暮、お前にしてはいい所を突いてる」


薫がおちゃらけたように膝を叩いて言った。


「俺らの神と孤金達の主人とは、相入れない所があるんだろう?」


「えっ?」


「彼方の世界でも決して一枚岩で、俺らを助けてくれるってもんじゃないって事だ」


「そうそう……」


薫は大樹の言葉に同調するように頷いた。


「……ふん。どうせ俺には持っているものが無いからね、お前達が理解できる事が出来なくてスンマセン」


元はふて腐れるように言い捨てた。


「日暮……。お前の反応が本当だよ」


大樹は真顔を作って元を見た。


「そうそう……。お前の反応が普通さ。つまり皆んながお前と同じように考えるって事さ……」


薫が初めて見せる表情で言った。


「俺や山中には、ちょっとした勘で不思議に思わない事がある。だけどそれが本当かどうかなんて解らない……。それが不思議なもの達の事であれば尚更だ」


「孤金達の頭首の言う通り、俺らの為に犠牲を払ってくれるだろうが、それが俺らの本当の為になるのかそれは解らない、ただ俺らの世界が全滅する事だけは避けさせてくれる……その事だけを頼りにするしかない……そうじゃなきゃ、俺らの世界は無くなるって事だから……」


「我が主人は嘘を申しません」


「知ってる」


孤白の言葉に大樹は即答した。


「だけど、その先の事は誰も知らない……だろ?」


今までに見た事もないような表情を作って、薫が孤白に詰め寄った。

孤白は深紅の瞳を、薫に睨め付けた。




「孤白さん!」


薫と元も孤白と共に午後の授業をバックれて来ると、おとなしく大樹の部屋で待っていた孤金が、飛び跳ねるように大喜びでやって来た。


「此度は難儀な事であったな……」


「孤銀は如何しております?傷は癒えましたでしょうか?」


「ああ、だいぶ元気を取り戻して参った。しかしながら、神気はそう容易く元には戻らぬ故、暫し休ませよとの命である」


「なんと!有り難きお言葉……」


「我が主人はお気に召されたものには慈悲深い、(まこと)に有り難い事よ……」


孤白は神妙に言った。


「しかしながら孤金よ、()()は何であるか?」


孤白は大樹の部屋の一画を見て言った。


()()は、大樹殿の大切なお方でございます。ただああしておられるのです」


孤金は大樹達には聞こえぬ様に、神気を使って孤白に伝えた。


「孤金よ。()()は、ただああしておられるのではない。時を数えておいでなのだ」


聡い孤白は当然の如く、同じ様に伝え返す。


「時?でございますか?」


「とても力のあるものだ。あれ程故に、我らが主人に見初められたのであろう……が、己の力をある者に残したが、全ては残せなんだ……」


「……見初められたと申されますと?我が主人にお仕え致しておるので?」


「たぶん……従者となりて、主人より命を受け時を待っておるのだ……」


「何ゆえにございます?」


「……其方が関わりおうたは、只の偶然では無いという事よ」


「孤白……」


「よいか孤金、あれ程迄の者が神に召され、そしてその力を残したという事は、その者はあの者よりも偉大であり尚且つ、我らに必要なはずであるのだ……」


「大樹殿は確かに優れたお方でありますが……さすがに……」


孤金が合点がいかぬ様に首を振る。


「しかし、私にも何を意味するか解らぬ……ただならぬ者であるしか……」


孤白が一点を見つめて言う。


「おいおい……神の遣いめ達だけで、ひそひそ話かよ?」


傍若無人の青葉薫が、孤金と孤白を見て言った。


「いえ、その様な……」


「ふん。絶対何かある……」


勘が鋭いのか嗅覚が利くのか、薫は不審げに言い捨てた。


「何かあるなら教えてくれないか?」


大樹は孤白がずっと見つめるその先に、誰が見えるのか想像して聞いた。


「……我らが解るのは、何かが〝ある〟という事のみにございます」


孤白は真っ赤な目を大樹に向けて言った。

孤白の見つめる先を知っている大樹だからこそ、孤白は嘘をつく事はしない。

……といえど、全てを話す事はない。



孤白は孤金と大樹の部屋で眠った。

大樹のベッドの下に布団を敷いてもらって、孤金と共に眠った。が、話し声が聞こえて耳をそばだてた。


「大樹、時が来る」


「兄さん……」


「いいか?お前がずっと、怪訝げにしていたのは知っていた。そして今夜こうして神使が、お前の側にいてくれるのは、きっと神の加護だ。この者達の力を借りて逃げきるんだ」


「何を言ってるのか解らない……」


「いいか?姫宮様を見つけ出せるのはお前だけだ、その為に僕はこの身を捧げた」


兄はいつもの所に座して、いつもとは違って優しげな表情を浮かべて、 大樹を見つめて言った。


「僕はかなりの能力を持って生まれた。それは我が一族には、それを持って生まれて来る者が、少なからずいるからだ。そしてお前が生まれた……。僕がいたから生まれたのか、お前が生まれるから僕がいたのか……それは神でも解らない。だがお前が生まれた……。お前は我が家の宝だ……否、我々人間にとっての宝だ。我々人間が絶滅するか、多少なりともの命を残せるか……それはお前に掛かっている。だがそんなお前の存在を知られてはならない方々が存在()る。だから僕はこうしてお前の側に座して、ずっとお前を護り続けて来た。方々に気取られぬ様に力を送り続けて来た……だが、お前の存在自体が、僕の力よりも大きくなった。そうなれば、もはや隠しきれない……つまり時が迫っている……そうなればもはや僕の力ではどうにもできない、時と共にお前の力は大きくなるからだ」


「気取られてはいけない相手って、一体誰なんだ?孤金達の主人の反対勢力か?」


「さすがだ。そうだ、主人の意思を否定する方々だ。ある偉大なる大神が、我が一族の若き当主に目をかけられた。そしていつか訪れる〝時〟には、必ずやお助け下さるとお約束下された。その証しとして、大神のただ一人の姫宮様を、その当主に下された。姫宮様はお約束の〝時〟が来るまで転生を繰り返し、必ずや約束を果たされる。が、その姫宮様を探し、目覚めさせる役目をお前が担う為に、お前も転生を繰り返して来た」


「目覚めさせる……って」


「お前にも前世の記憶がないだろう?当然の事ながら、姫宮様も転生を繰り返して来たから、記憶が無いんだ」


「でも、姫宮様って大神の娘だろ?神じゃないの?」


「神だ……だから、我々を救って下さる……だけど、それを担うが為に、全てを捨てられたのだ……」


「???」


「何かを叶えて頂く為には、それなりの代償が必要だ。姫宮様は全てを捨てて、我ら一族の若き当主に嫁がれた。故にご当主は誠心誠意姫宮様に、ご自分の全てを捧げて尽くされた。お二人は仲睦まじい夫婦で、幾人かの子孫を残された。その子孫の中から特殊な者が誕生する……が、姫宮様は我が一族にはご誕生になられない……それは、大神のご意思に反感を持つ方々の横槍だ。我が一族から生まれた、姫宮様を愛されたご当主の生まれ変わりが探し、姫宮様を目覚めさせねばならないんだ」


「……その反対勢力って……」


「それは偉大なる他の大神方だ。その方々は地球の均整を計っている。だから、均整を悉く保てなくする人間が邪魔なんだ」


「……って?人間を絶滅させるって事?」


「違う。あの方々にとって、地球上のもの達は全て同じだ。天地を変えて全てを古代に戻すのさ。それを我らが大神のお力で、彼方に半分肩代わりをして頂く、そうする事により地球上のもの達を、多少なりと残そうとして下さっている、だが果たして地球にとってどっちが良いか?それは先を見なくては解らない。だからただ一回だけなんだ。大神が我が一族の当主に情けをかけてくださった頃と、今では余りにも変わりすぎてる……さすがの大神も此処までになるとは想像だにされなかった、故に約束をしてくださった。神の約束は絶対だ。裏切る事は有り得ない……つまり今回だけだ、姫宮様は二度と我々を救っては下されない」


「今回だけは約束だから守ってくれるけど、その先は無いと……?」


「無い。我らの大神とてこれ以上は、他の方々に反して我々を救えない」


「そうしたら、人間は絶滅するの?」


「人間だけじゃない、地球上の物は全て一連托生だ……太古に生き残った物が、運が良いのか選ばれるのか……そうしたものだけが、生き延びるのか再び誕生するのか……そうしなくては地球が()たない。地球が無くなれば、もう一つの世界も失くなる。彼らの世界は再び永い時を掛けて、新しい星に創れるが人間の繁栄は無い……だが神々とて、再び時を掛けて創り上げるのは面倒だから、できる限り地球を守っていかれたい……」


「僕らは神々にとって害を成すものなのか?」


「そうだよ。僕らはそういう立場となってしまった……だが真の神々とは元来そういう〝もの〟だ。勝手に人間が作り上げ奉った神とは違う」


「僕らが作り上げた神?」


「人間に都合よく政治に都合のいい〝神〟だ。人間の為に存在する……今回彼らはお前達の味方となってくれる。ただ先に姫宮様を探したいだけだ……」


「つまり、僕と人間を始末したいのは、この地球で……否、宇宙で〝真の神〟と言われるもの達って事?」


「さすがだ大樹……お前はとにかく生き延びて、姫宮様を探し出してくれ」


「どうやって?」


「それは僕も解らなかった……だからずっとこうしていた。だけど、こうしてお前の周りに駒が集まって来ている……そしてお前の力が大きくなっている……つまりそれは、お前が姫宮様を呼んでいるのか、又は姫宮様がお前を呼び寄せてくれているのだと思う……」


「姫宮様を見つけたら、俺はどうすればいいの?」


「それは……」


兄が言いかけた時、それは近くに大きな〝何か〟が落下した。

孤白と孤金が飛び起きて、大樹の側で身構えた。

家が大きく揺れて、大樹は立っていられなくて素っ転んだ。


「大樹……時は刻まれ始めた。姫宮様を探せ……できうる限り早く……」


「兄さん?」


「いいか!絶対に逃げ切るんだ。大神はお守り下さる、だが意を唱える大神達は、我が大神よりも数が多い……姫宮様を目覚めさせぬか、始末したい方々の方が多いんだ」


「だけど、父さんや母さんや兄さんは?」


「必ずや守り抜くからお前は逃げろ!逃げ切るんだ。そして〝時〟が来るまでに、姫宮様を見つけ出してくれ」


家が揺れた。


「大樹!」


長兄が慌てて来て、大樹を起こした。


「逃げろ。閃光が放たれ火がついた、此処は崩れて落ちるぞ」


「だけど……兄さんが……」


()()が守ってくれる」


長兄は大樹の手を取って走り出した。

孤白と孤金が後に従って走る。


「俺たちの家系はこういう家系だ。長兄だけが口説く言い聞かされ、〝その時〟の覚悟を決めて生きて来た」


「兄貴は知ってたの?」


「ああ……。昔々……俺らの祖先は宮司だった」


「えっ?だってうちは坊主だって……」


「……代々の〝お前〟を守る為に、神ではなく仏に仕えたんだ……そうする事によって、我ら一族を目眩した。それに此処の仏様は大神と謂れを持つからね、人間に慈悲を与えて下さる。だからずっとお力をお借りして来た」


「宮司だったから、大神に情をかけられたのか?」


「それもあるが、一人大神の声を聞ける者が居た」


「神託?」


「それ以上だ……それは聡く才気に長けていたらしい。ゆえに大神はそれは目をかけられ、情をお掛けになられた。神々は気に入られると、それは慈悲をかけられる。逆鱗に触れる事さえしなければ、それは永遠(とわ)の物だ……余りの寵愛に大神は、ただおひとりの姫宮様を、その宮司に授けられた。そして〝時が来たら〟必ずやお助け下さるとお約束下された。だから時が経っても他の方々と反目されても、こうして今でも約束を果たされる……」


長兄は真顔を作ったまま、走りながら続ける。


「比叡山に一族の者が居る。この時の為だけに永きに渡り、代々修行を積んで来た者だ。まずは其処に行け。其処ならば時間を稼げる……」


「そんなに?そんなに一族の人達は、この日を信じてたって事?」


「ああ……。それ程の〝人〟だった。姫宮様を頂戴した人だ……一族の者は疑わなかった……そして近年になってそれは確信となっていった」


長兄は迫り来る業火の中大樹を見つめて、手にカードを握らせた。


「命を狙われているのはお前だ。俺らはお前が此処を去れば、何の関心も持たれないから安心して行け」


「父さんや母さんは?」


「お前を授かる大役を果たせただけで幸せだ……時が〝今〟で無ければ、お前はただ普通の人間として、生を終えられていたのに……早く行け……此処はもう直ぐ崩れ落ちる。母さんも親父ももう逃げてるから、だから安心して行け……」


長兄が歪む様に笑んだ瞬間、本堂が音を立てて崩れ落ちた。

大樹は長兄の手を取って門の外迄走り出た。


「大樹殿!」


孤白と孤金の絶叫を聞いて二人を見る。

一点を食い入る様に見つめる方に目をやると、崩れ落ちた本堂から寺の主人たる菩薩様が、それは神々しくお姿を現された。

そして、閃光を降り注ぐ天空に向けて、その福々しい御手をかざされた。

閃光がその尊い掌に吸い込まれたと思った瞬時、菩薩が大きくその掌を天に向けて思い切り振り上げると、掌に吸い込まれた閃光が天空向かって投げ放たれた。

天上で激しく閃光が激突し合う。

パチパチと火花の様に見えた。

菩薩はその微笑みを浮かべる無表情なお顔を、ただジッと天空に向けておられる。

そして、いつも静かに伏せる瞳をカッと大きく見開かれた。


「我が身に仇するものは誰ぞ?」


そのお声は物静かで、そして重々しく響いた。


「これ以上致さば、我が身がそちらに参り一戦交えますぞ……相手を選ばれよ」


消防車が音を立てて走って来た。

森林に在る山寺に村人が集まって来た。


「今の内に行け……比叡山だ……」


長兄は落ち着いた様子で、大樹を見て言った。


「せめて母さんに……」


「母さんだって覚悟をしてた、大丈夫……」


「だけど……」


「大丈夫。落ち着いたら連絡させる」


「大樹殿、ここは兄上のお言葉に従ってください」


孤白が神妙に言う。

大樹は涙を浮かべて、それでも零さぬ様に食い縛って歩き始めた。

菩薩は大きくそれは神々しいお姿を現されたまま、大樹が去る姿を見つめた。

大樹が振り返って見た時目が合った。


「兄さん?」


大樹は菩薩の中に、ずっと護り続けてくれた次男の姿を認めた。


大きな神々しくも尊い菩薩の姿に、野次馬で集まった人々は平伏して奇跡を見つめた。

ただ平伏し仰ぎ見て拝み、誰一人として写真を撮る不届き者の姿は無い。

これぞ偉大なる尊き〝力〟だ。

神々しくも尊き方の御前では、高々の人間は平伏す事と拝み見る事しかできない。

それが真の姿であるべきだ。

それができるならば、まだ我々は大神の慈悲に縋り付いても罰は当たらない。

大樹はそう自分に言い聞かせて、山を下りて行く……。


雷が鳴って雨が降って来た。 それもかなりの振りだ。


「雷神様が菩薩様の御為に雨を降らせくださいました」


「…………」


「家屋は焼失致せど、森林には及びますまい」


「……どういう事?」


「高々の力では炎は森林迄及びましょう?しかしながら、天からの雨はいち早く炎を消す事ができます」


「……だから?」


「此処の森林は菩薩様が加護をお与え故に、消火を手伝われておられるのです」


振り向けば、まだ炎が赤々と見え、黒煙が上がり天まで届いている。

それを天から降り注ぐ雨が、激しさを増して消火して行く。


……そうか、家屋が焼け落ちるだけじゃ無いんだ、森林迄焼き尽くす……

……地球上のものは全て一連托生だ。人間だけじゃない、全てが犠牲となる……

……神々の逆鱗に触れた人間の……


雨は激しさを増していく……。


「???」


だが、大樹は全く濡れていない事に気がついた。

見ると孤白も孤金も……。


「我らは神使にございます。多少の神気は使えます」


孤白が大樹を見る事も無く言った。


「雨に濡れぬ様致す事など、容易い事でございます」


孤金が言った。


「ありがとう……」


「ご希望の所に、移動も可能でございますが?」


孤白が赤い目を向けて聞いた。


「いや……今はただ歩いていたい……」


大樹は力無く言った。

何も考えずに歩きたい。

兄達の言葉は大樹を錯乱させた。

特にずっと側に居てこちらを見つめていた次男との、久しぶりの会話は大樹を混乱させた。

優しく楽しかった子供の兄は、大樹と共に成長してそして最期に会話を交わした。

それは、昔の様に楽しいものでは無かった。

そして確かなる最期の会話だ。

兄は菩薩と一体化して両親と兄と、そして森林と寺を護った。

だが、菩薩が消えると共に兄も消える。

どこに?何処だか解らない所に行ってしまう。

ずっとずっと同じ空間に共に居たのに……。それが自分を護る為だったとは……その時を待っていたとは……。


雨は降り続いているが、辺りは白けて来た。

どのくらい歩いたのだろう?大樹はスマホが、閑静な山中に鳴り響いたので、吃驚して我に返ってスマホを取り出した。


「山中?」


「誰?」


「……じゃねーだろ?俺俺、青葉」


「青葉薫?」


「……だ!お前今何処に居る?」


「ああ……山を下りてる」


「おっ!解った」


そう言うと薫は、相も変わらずの様子で慌ただしく切った。


「………何だ?あいつ……」


大樹が大きくため息を吐くと、ずっと先の方から車が走って来るのが目に入った。


「意外と早くから走ってんだな……」


大樹が呟くと、車は大樹の側迄やって来て止まった。


「や〜ま〜なか〜」


薫は車から降りて大樹を呼んだ。


「青葉?どうして……」


「山寺が燃えてるって……」


薫はスマホを見せて言った。


「テレビよか早い」


「……って言っても……」


「こんだけ華々しくやられるのは、此処以外ないと思ってさ。俺様の勘は冴えてる……だろ?」


同乗者を見て言った。


「俺のじいさん」


「妖刀村正の?」


「そう……俺の勘はじいさん譲りだから」


大樹は窓を覗いて会釈する。


「とにかく乗れや……」


「えっ?」


「心配して来たが、この様子だとお前一人だろ?」


「ああ……。よしておくよ。俺が行く所は、マジでヤバイ」


「えっ?お前狙われてんの?」


「……らしい、でこの有様らしいからさ……」


「まっ、気にすんな。どの道俺もだから……じいさんの所なら安全だ」


「…………」


「じいさんも持ってんから……」


「…………」


「とにかく乗れや。お前らも……」


薫は孤白と孤金を見て言った。

だが大樹はマジマジと、車中を見つめて動こうとしない。

すると孤白がピョンと車に乗り込んだので、孤金も真似をする。

大樹は力無く笑って乗車した。


「家族は?」


「寺だからな、菩薩様が護って下さる」


「へぇ……マジかぁ?」


「菩薩様がお護りになる山寺があるって聞いた事があるが、本当だったんだねー」


運転しているおじいさんが言った。


「えっ?じいちゃん、そんな話しマジあり?」


「こんな風だけど、この子も幼い時からずっと、何かに狙われててねぇ……」


「……で、妖刀を?」


「うちは君のうちみたく、代々尊いお方に仕えた家系じゃないんだが、どうした事か本家の蔵にこれがあってね。余り良い物じゃ無いから、売るに売れずに残った……っていうのは、解らん奴らの台詞だ。〝これ〟はこの子を護る為に〝彼処〟に有った……そう思ってさ、さっさと死ぬ前に貰って来た。直ぐに本家は蔵を壊して、家を建て替えて、今やその家のローンに四苦八苦してる」


「うわぁ、リアルだわ」


薫が戯ける様に言った。


「その妖刀は、手放しちゃいけなかったんですね?」


「……いや、この子に渡ったから、別に関係ないと思う。……けど、建て替えるべきじゃなかったのかもしれないね」


おじいさんはそう言い、大樹は神妙に聞いていたが、思い立った様に


「……比叡山に行こうと思ってる」


と言った。


「比叡山?」


薫が今度は考える様に聞いた。


「そこに行くように言われた……」


大樹は雨が降り続く車外を、見つめながら答える。


「姫宮様を探すのか?」


「うん。それが俺の定めだと知らされた……」


「お前の?」


薫はその端正な顔を少し歪めた。


「姫宮様に縁のある人間の、生まれ変わりだそうだ……」


大樹は誰に話しても信じて貰えない様な話しだが、なぜか薫だけには理解してもらえると信じて言った。


「凄え人間だったんだなぁ?」


「凄え……?どうだろう?姫宮様探し出して目覚めさす……って、一体どういう事だろうか?」


「これからこの地球規模で起こる災害の、半分を他に加担させる事だろ?」


「……そうして……どうなるんだ?たったの一回だそうだ」


「は?」


薫は助手席に座っていた為、大樹を振り向く様にして見た。


「たった一回きりの肩代わりだそうだ……次は無い」


「マジか……って事は、もし直ぐに同じ事になったら……」


「全滅だ……地球上のものが全滅だ」


「…………」


薫はそのつぶらな瞳を、ジッと向けて大樹を見つめた。


「そこ迄の規模なのか?」


「……だそうだ……第一俺たち経験が無いから、どんな事が起こるのか解らない……天と地がひっくり返る程だそうだ……」


「…………」


「奇想天外な話しだね?」


「じいちゃん!」


「いや、それ程の事が起きるとはねぇ……さっさと死んで正解だな……」


おじいさんは、カラカラと陽気に笑った。

そうだ、この人は亡くなっている。

だけど薫と共に大樹を心配して迎えに来てくれた……それとも?


「それを姫宮様が半減させてくれるんだ……」


「姫宮様……?」


薫のおじいさんは、真顔を作って考える素ぶりを作った。


「妖刀村正と一緒に、ある巻物があってねぇ……その巻物にそれは美しい、お姫様の絵が描かれてたんだが……」


「その絵は?」


「たぶん売ったと思う。蔵の物は全て売れたからね……村正以外……それに姫宮と書いてあった……うん。確かに姫宮だった……」


薫と大樹は顔を見合わせた。


「……それから、いつの時代のかなぁ?……公達みたいな若者と、青い大きな鳥が描かれてあって……そうそう二人がその鳥に乗って、昇って行くんじゃないんだ、降って行く……そんな絵だった……」


「姫宮様が青い鳥に乗って、降臨して来るのかな?」


薫が考える様に言う。


「とにかく比叡山に行く……」


「じゃ、俺も行くわ……」


「いや、それは……」


大樹がおじいさんの顔を見て慌てた。


「だって、お前金は?」


「あっ……兄貴からキャッシュカード渡された」


「……マジか?それって、ヤバい程〝本気〟って事じゃん?……俺にはじいさんが、遺してくれた金があるけど……」


薫はおじいさんを見て笑った。


「落ち着いた頃に 、一度家に連絡するといい……今は無理だろうが……」


おじいさんは優しく諭した。


「あー、そうします」


「薫はずっと何かに狙われて来た。もし君と一緒にいる事で、理由が解ればいいと思ってるんだ」


おじいさんは真顔で言う。


「私が生きている間に解決してやりたかったが、それは駄目だった……生きている間はいろいろ伝手を使って、除霊や何やらとして貰ったが効き目が無くてねぇ……こんな事は側から見たら異常に見えるからね、薫の事は私しか解らない。実の両親すら信じてやれないんだから……だが、いつかは薫に危害が加えられる、それが恐ろしくて死ぬに死ねないのさ」


おじいさんは神妙に語り、薫は黙って聞いている。


「でもこうして居られるって、かなりの力が動いてますよね?」


大樹がおじいさんを見て言った。


「…………」


「おじいさんがこうしている事……」


「うーん?確かに……だね……当たり前の様にして来たから、考えた事もなかったが……」


おじいさんは神妙に言った。


「……じゃ、一緒に行こう。危険なめに合わせるかもしれないけど……」


大樹が言う。


「どっちが合わせるか解らんじゃん?」


薫は可愛い顔を綻ばせて言った。

ずっと一人で戦って来た。

誰も信じてくれない〝何か〟と……。だから、信じてくれる仲間がいると嬉しい。

仮令何もしてくれなくても……。

そう薫の笑顔は語っている。

その苦悩と痛みは、ただずっと大樹の側に在ってひたすら護り、そして時が来るのを待っていた兄の痛みに似ていると思った。

誰にも語れずただ目で語りかける。

あの菩薩の中にあって、最期に見つめ合ったあの瞳……。


……逃げきろ大樹……


その瞳はそれを切に願っていた。


以前書いた〝日暮元の災難〟の続編でございます。

お読み頂きありがとうございます。

もっと早く書き進めるつもりでおりましたが、非常に時が経ってしまいました。

……ので、〝時〟が近づいて来てしまい、どうしようと困っております(*´-`)

近いうちに、再びお目もじ頂ければと思っております。

最後まで読み進めて頂き、ありがとうございました。

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