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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
9/23

壊れた心

 なんで、それしか浮かばなかった。

 確かに年が近いと思ったけど、まさか同じクラスの人間なんて思わなかった。

「神崎君久しぶり」

「本当に何日ぶりだよ」

「時々学校には来てたんだけどね」

 彼は昨日、喫茶店で会った時と同じ笑顔を浮かべていた。

「神崎はいいよな。親金持ちだし、学校来なくても勉強できるし」

 クラスの誰かが言った。やっかみじゃない、羨望の言い方だった。

 うちのクラスには一人、全然学校に来ない人がいた。

 神崎暁人。

 生まれつき体が弱いらしく、僕は会ったことがなかった。多分、休んでいる間に学校に来ていたんだろう。きれいな顔だからか女子が多く取り囲んでいるが男子にも人気があるらしい。昨日までふんぞり返っていた菅野はもう立派な子分だった。



 目が合うと、彼はニコリ、と音がしそうなほどきれいに微笑んだ。その瞬間咄嗟に顔を背け自分の席に座る。イヤホンをしているから周りの音は聞こえないはずなのに、陰口が聞こえた。

 あいつの親人殺しなんだよ、関わらない方がいい、辛気臭い、気持ち悪い。

 激しい鼓動が頭の中で鳴り響く。息が苦しかった。

 どうして、あいつが居るんだ。死にたいなんて思ってるってばれたらどうしよう。

「どうしたの、顔色悪いよ」

 突然入ってきた声と周りの雑音に心臓が固まる。目の前には立花さんが立っていた。その手には僕のイヤホンを持っている。

「昨日も休んでたし、やっぱり具合悪いんじゃない」

「・・・」

 口を開いても、声が出てこなかった。

「やっぱり保健室行こう。無理は良くないよ」

 やめてくれ。立花さんが来ると余計彼らの態度が悪くなる。ほっといてくれ。心配してくれてうれしい。辛い、保健室行きたい。死にたい。僕に嫉妬してないで告白すればいいだろ。巻き込むな。怖い。

 突き刺さる視線を背中に感じながら、ただうつむくことしかできなかった。後ろから舌打ちが聞こえる。ぐるぐると渦巻く環状に飲み込まれて息ができない。いっそ死ねたらいいのに、心は死んでも肉体がこんなに元気なのが憎らしい。

「一人で大丈夫だから」

「え、でも・・・」

「本当に、もういい」

 ちょっときつい言い方になってしまった。せっかく心配してくれたのに、立花さんは悪くないのに、当たってしまった。

 また一歩、自分が嫌いになった。

 でも、もう取り繕う元気も、立花さんを気遣う余裕もなかった。ふらつく足をゆっくり、保健室に向けた。

 どうやら顔色が本当に悪かったらしい。すぐにベッドを使う許可が下りた。

「ちょっと用事があって職員室に居るからね」

 そういう先生に会釈して布団に潜る。横向きになると太ももに異物感があり、ポケットに手を入れるとスマートフォンが入っていた。

 よかった。何もないと頭の中で響く嫌な声をかき消すように音楽を流した。

 気づけば寝てしまっていた。

 ここ数日、まともに寝ていなかったからだと思う。正直、ネットで知り合った人と会うのも初めてだったし、内容が内容だから、不安で眠れなかった。

 けたたましい予鈴で意識が浮上して起き上がれば、さわやかな声で起こされた。

「おはよう」

 心臓がバクン、と嫌な音を立てる。

 神崎君が座っていた。

「な、んで」

「保健委員だから。君、菅野達に目つけられたんだってね。かわいそうに」

 今日いい天気だね、と言うように軽く言う。

 こっちは真剣に悩んでいるのに、他人はこうも無責任でいられるのか。神経を疑った。

 でも、自分も同じ立場なら、似たようなものかもしれない。絶対に割って入るタイプじゃない。僕に偉そうなこと言う権利なんてないんだ。

「頼む、昨日のことは言わないで」

「昨日のこと?」

 とぼけたように言う神崎君に頭を下げた。強くシーツを握る手が白くなっていた。

「あぁ、殺してってやつ」

「ちょっと!」

 そんな大きな声で言って、誰かに聞かれたらどうするんだ。多分、この保健室には僕らしかいないが隣に誰か寝ていて、話を聞かれていたらと思うと寒気がした。

「そんなに怒らないでよ。別に言いふらすつもりもないから」

 へらへらと、本当か嘘かわからないことを言う。

 この人が何を考えているのかわからない。菅野君たちと仲がいいなら僕のことを裏で笑って、昨日のことも言いふらすかもしれない。

 そのことを考えたら胃が痛くなってきた。

「その代わりに教えてほしいんだけど」

 一瞬心臓が止まった。

 交換条件、か?

 どんな無理難題を押し付けられるかと思ったら、不思議なことを聞いてきた。

「ねぇ、死にたいってどんな感じ」

 目の前の悪魔はお面のような笑顔で聞いた。

 全身に鳥肌が立つ。

 この人には僕に対する嫌悪感などのマイナスな感情は一切感じなかった。それなのに、怖くてたまらない。人の心がまるで分っていない、化け物に見えた。

 死にたいなんて、どんな感じかうまく口にできるわけない。気づいたら、それを考えるようになって、次第にそれしか考えられなくなるものだ。

「辛いの?悲しいの?あいつらに仕返ししてやろうと思わなかったの?」

 そんなの、できるわけないじゃないか。どうやって、仕返しすればいいのかもわからないし、そんな勇気もなくていつも思ったことを飲み込んでいくのだ。

 そういう根性ないところも、本当に嫌になる。

「できないから、悩んでるんだろ」

「へぇ、それもそうか。全然理解できないや」

 彼は、そう言うとなぜかそのまま教室に戻っていった。本当に何をしに来たのかわからない。ただ、背を向ける前、一瞬温度が消えたような真顔になった気がする。その顔がとてつもなく怖く、脳裏に焼き付いた。




 弁当を食べる気にもなれず、休み時間のぎりぎりまで保健室にいた。

「午後からくらいは授業出なさい」

 保健室の先生に言われ、追い出されるようにして出れば静かになり始めている廊下を歩く。授業が始まる直前ということでみんな準備に入っており、教室に入っていくぼくに見向きもしなかった。

 教科書とノートを出していく。次の授業が漢文だったのが救いだった。漢文は特に生徒への指名や挙手制もなく、淡々と解説だけしていく。定年間近の先生の穏やかな声が響き、半数近くが舟をこいでいた。

「伊藤君、大丈夫?顔色まだ悪いよ」

 授業終わりに早速立花さんが来た。

「うん、平気だから」

 隣からの視線に、どうして気がつかないんだろう。

「え、でもしんどそうだし」

「本当に大丈夫だから」

 急いで席を立って教室を出る。あまり人の来ないトイレの個室に逃げ込んだ。うるさい心臓を落ち着かせるようにズボンのまま座り込む。ここが唯一一人に慣れる場所だった。

「うわ、どこ行ったかと思ったら個室に入ってる」

「うんこかよ。きめぇ」

「家でして来いよ」

 ゲラゲラと笑う声がした。ただ、見に来ただけらしい。すぐに遠ざかっていく声と足音に、吐き気がした。食べてないから胃液しか出ない。

 餓鬼くさ。なんでこんな奴にいろいろ言われなきゃなんないんだ。立花さんに告白すらできない根性なしが。

 喉がひりひりと痛い。どんなに吐いても胸に広がる靄は這い出すことができずt待っていくばかりだった。




 最後の授業は修学旅行の予定決めだった。集まった自分の班の所に行くと、今まではいない顔があった。

 神崎君も同じ班だったらしい。ずっと学校に来てなかったから、知らなかった。

「暁人はどこか行きたいところあんの?」

「んー、京都ねぇ。あんまり興味ないや。菅野は?」

「やっぱ金閣とか?舞妓さん会いたいわー」

「舞妓さんて滅多に会えないらしいね」

 日アック的に穏やかな空気で進んでいった。主に話しているのは菅野君と神崎君だけだが、気まずい空気よりは何倍もいい。いろんな資料を眺めながら他の人も小さな声で話したりしている。

 僕は口を開くことはない。空気だから、ただ、輪の外に存在するだけ。

 ただ、特に菅野君も変わった様子がないから、多分言わないでくれたんだろう。神崎くんは『いい人』何だろうか。

 みんなの話を聞き流しながら、昨日の夜に見た自殺方法のサイトを思い起こし、シュミレーションを繰り返した。



 

 帰ると珍しく母さんがいた。

「今日コンビニのバイト休みなのよ。何か食べたい物ない?」

「特にない」

 冷蔵庫を見る母さんに背を向けながら言う。弁当は結局食べれなかった。でも、残すと不審がられるから。コンビニで買った袋に全部入れて捨ててきた。罪悪感はもちろんあった。でも、どうしても、食べる気にはなれなかったし、ばれたくなかったから仕方なかった。

「この間痣だらけのこと会ったって言ったじゃない」

 夕食の時、母さんが口を開いた。そんな話をしていたかもしれない。

「その子っぽい子と昨日会ってさ、あなたと同じ制服着てたのよ。友達と仲良さそうに歩いてて。いじめられてるんじゃないって思ったら安心しちゃって」

 いじめられてるのは僕だ、なんて言えるはずもなく、ただご飯をかんだ。

 夜、勉強が終わって次の日の準備をしようと手帳を開いた。

 英語、化学、数学、体育、英語(OC)、総合

 総合は修学旅行の話し合いだろう。嫌なものばかりだった。

 行きたくない。

 死のうかな。一番いいのはヘリウムガス中毒による自殺じゃないかと思うけど、準備が大変だし、お金もかかりすぎる。実行可能そうなのは投身自殺だろうか。でも、近くにある高い建物はマンションのようなものばかりで、よくわからないがああいうところは誰でも入れないだろう。全然いい場所が見当たらない。

 そして、やる気をなくした。学校も生きるのも自殺も全部、やる気が起こらない。ただ座って空を見つめていたら、気づけば一時間も経っていた。

「病院行かなくて本当に大丈夫?」

「平気」

 心配そうな母親を見送る。

 結局、学校を休んでしまった。

 罪悪感で押しつぶされそうになる。母さんはこんなに僕らのために働いてくれているのに、いったい何してるんだろう。いい大学に行って、いい所に就職して、早く楽にさせてあげたかった。でも、それももう無理だ。生きていける自信がない。だから、せめて、迷惑をかけないように死ななきゃ。

 ふと、自分の部屋に上がろうとして、台所が目についた。

 ちょっとだけ、試してみるのもありかもしれない。勿論、死ぬのは難しいだろう。

 洗い終わった食器の中から包丁を取り出す。

 心臓がうるさく鳴った。

 刃を皮膚に当てる。変に包丁を持つ手に力が入る。ゆっくり引いてみるが力が弱いのか全く切れていない。

 もっと強くしなきゃ。

 少し力を入れて包丁を引くがやっぱり切れない。

 表面の皮だけが少し切れたのか跡はついたが血が出る気配は全くない。こんなに手首を切るのは難しいのか。思い切って手に力を込めてみるとピリッとした衝撃が走って反射的に包丁を放した。

 カラン、と音を立てて流しに落ちる包丁の音だけが響く。

 熱が走るような痛みが一瞬で引き、手首を見るとぷっくりと小さな赤い丸が広がっていく。それでもちょっとすれば止まり、流れることすらなかった。

 頭に心臓があるんじゃないかと思うほどうるさく鳴り、汗が噴き出す。

 全然、切れなかった。画像で手首をたくさん切っている人を見たから、もっと簡単に行くと思ってたのに。こんな程度しかできないなんて、本当に嫌気がさす。死にたい、覚悟だってしてる、あとは方法とタイミングだけ。それなのにちょっとの痛みも我慢できない弱い自分に吐き気がした。




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