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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
7/23

刻々と壊れていく心

 死ぬってどういう感覚だろう。

 ふとした時に考えるようになったのはいつからだろう。脳裏に彼らの声が染みつき、貧乏ゆすりの音が離れなくなった。

「秋に行く修学旅行の班をくじで決める」

 先生の言葉にくじを引く。

 神様は味方なんてしてくれなかった。目の前で菅野君が舌打ちする。

 菅野君の大袈裟なため息が響く。

「緑川、班長お前やって」

「え、でも」

 緑川君はクラスの中でもそこまで目立つ人ではなかった。帰宅部で仲のいい人とは結構しゃべるタイプらしいが正直あまり話した記憶がない。

「菅野君のほうがいいんじゃ」

「こういうのめんどくさいから。この班じゃテンションも上がんねぇし」

 あーあ、と大きい声を出してこっちを見る。

 先生が粗方の日程を説明し始めた。

 死にたい、死にたい死にたい死にたい。

 頭の中はそれだけでいっぱいだった。

 スケジュールの説明なんてどうでもいい。もう、話なんて聞いていなかった。 



 体が重かった。いつもなら起きれるところをなかなかベッドから出れない。 

『ごめん、今日休むって伝えてもらえる?』

 小田にメールすればすぐに返ってきた。

『大丈夫かー?了解』

 いつも気さくで明るい小田に感謝しながら布団にもぐりこむ。何もやる気が起きなかった。目を閉じてくれば襲ってくる眠気に、体が現実逃避をしているようだった。このまま、眠って目が覚めなければいいのに、なんて考えたところで意識を失った。

 そんな願いが叶うわけもなく、スマホの着信音で目が覚めた。

『ごめん、お昼の仕事からコンビニのバイトのほうにまっすぐ行こうと思ったんだけど制服忘れてしまって。届けてもらえない?』

 部活がないと嘘をついてしまった手前、断ることもできずに家を出た。

 母が働くスーパーに行けば休日にもかかわらずそんなに混んでなかった。時間帯も昼前だからかもしれない。

 店員さんもゆったりとしていて、穏やかな空気が流れている。

「それにしても、伊藤さん大変よね」

「あぁ、旦那さんあんなに大きな事故起こしちゃって」

 中年のおばさんのひそひそ声が聞こえてきた。

「まじめな人だからあれだけどさぁ、男運なさそうよね」

「わかる!苦労しそうな顔してると思ってたのよ」

 まるで他人事の会話だった。自分のことじゃないから好き勝手言える。それでも、母さんも好奇の目にさらされていることを改めて知った。そりゃあそうだ。全国放送で報道されるくらい大きな事件だったのに知られていないはずはない。居心地だって決していいものじゃないだろう。それでも、そんな素振り一切見せなかった。

 母さんも頑張ってるのに、僕はいったい何してるんだろう。すぐに学校休んで、嫌なことから逃げて。いつの日か、父さんに会いに行った日を思い出した。ただ、申し訳ないと泣く父に何とも言えない頼りなさを感じた。それに自分が重なった。

 ああなりたくない。

「優太、ありがとう。ごめんね」

「いいよ。仕事頑張って」

 ありがとうと笑う母は、去年より相当老け込んでいた。帰り道を急いだ。ここでくじけている場合じゃない。大学までの我慢だ。受験のために今は勉強しなきゃ。頭の中はそれだけだった。



 新体制の部活が始まった。

「部長は関。副部長は小田」

 ざわ、さざ波のような動揺が広がる。

 この学年で一番実力があるのも、人柄がすぐれているのも、小田だ。彼が新部長だと疑わなかった。

「関は先日の大会で二年生の中で好成績だったからな。期待してるぞ」

「はい!」

 関の誇らしげな顔に何とも言えなかった。

「絶対小田だと思う」

「いやぁ、どうなんだろ。まぁどっちでもいいけどさぁ」

 帰りに二人で歩いた。小田は笑っていたがやっぱり納得いかなかった。

 先輩後輩共に仲が良くてかわいがられていた小田のことは先輩も推していた。だが、こ学校の卓球部は代々顧問の先生が部長副部長を決めていた。「あの先生卓球経験ないからわかんないんだよ」そう、先輩も愚痴っていたくらいだ。要は、結果で決めたのだろう。確かにあの日関は、準決勝まで進んだ。でも、試合は運もある。それがあの人は分かっていないのだ。

「だけどさ、ちょっとだけ、俺が部長で伊藤が副部長だったらな、なんて思ったよ」

 前を歩く小田の顔は見えなかった。でも、少し寂し気に聞こえた。

 空はもう日が暮れようとしていた。



 体力は徐々に戻りつつあったが、一度落ちるとこんなにも苦労するものなのかと改めて実感した。

「休憩!」

 張り切っている関の声に座り込む。部内での対戦形式の練習で一二年合わせて正直あまり良くない戦歴だった。

「落ち込むなって。体力さえ戻ればいけるって」

 スポーツドリンクを小田から受け取る。成績は壁際のホワイトボードに記されており、小田は全勝だった。それに対して席は六勝四敗、あまりいい結果とは言えなかった。

「関、焦ってんな」

 声を潜めて小田が言う。あからさまにイライラしている。成績が良くて部長になった手前気まずいのだろう。まぁ、僕は負けてるから何も言えないけど。

「それより竹内うまくなったね」

 一年の竹内が小田に続いて好成績だった。

「それね、竹内もともと運動神経いからなぁ」

「天賦の才か。それは勝てない」

「いやいや、勝つために頑張れよ」

 ははは、と笑って休憩が過ぎていった。



 最近、関さんうざくない?

 部室から聞こえた後輩の声に足を止めた。

「わかる、超偉そう。命令系がむかつく」

「対して強くもないくせにな」

 恐れていたこと、と言うよりも、分かり切っていたことが起こってしまった。日に日に関の言い方がきつくなり、部活で孤立していった。同級生には仲のいい奴もいるが、後輩には点で人気がなかった。そして、先輩からもそうだった。勉強の合間に練習に付き合ってくれる先輩は無意識だろうが小田と、そして近くにいる僕とよく話すことが多かった。先輩方は優しいから、僕の家のこと今でも心配してくれるし、だから構ってくれるんだろう。それが、彼は気に入らないのだ。

「息上がんの早い。なまけんな!」

「小田も気を抜かない」

「一年ダラダラしない」

「準備が遅い」

 挙げればきりがないほど、きつい言葉を聞いてきた。だから、言いたいことも分かる。それでも、部室で先輩の悪口はだめだろう。現に、僕の後ろには関がいて、多分、聞こえている。

「顔洗ってくる」

 関が背を向けていく。

 残った同級生で困ったように顔を合わせるしかなかった。



 次の日、関は大丈夫だろうかと見ると目が合った瞬間逸らされた。やっぱり教室ではしゃべらないんだな、くだらない、と内心ため息をつきつつも、いつもと変わらない態度に安心していた。

「実験道具を後ろから持って来て、準備してください」

 化学の授業は、憂鬱なものの一つだった。隣同士が向かい合ってしまうので菅野君と向かい合う羽目になる。揺れる足が視界に入るだけで気分が悪い。重い気分を無視するように器具を取りに行けば誰かとぶつかった。

「ごめん」

「チっ」

 舌打ちで返ってきた。ぶつかった相手は確か、関と仲のいい木村君だった。

「ぶつかってきたんだけど」

「最悪」

「あいつ部活で調子乗ってるらしいよ」

「うわ、教室での反省してる態度はポーズだけかよ」

「最悪」

 ひそひそと僕にだけ聞こえてくる声に真っ暗になった。

「大丈夫?具合悪い?」

 立花さんだった。

「平気」

 何とか笑ったけど、上手く笑えていただろうか。

 今まで、傍観に徹していた奴らが敵になっていた。関を見ると嫌らしい笑顔を浮かべていた。その目はひどく冷たく、全身を震わせた。




「伊藤遅い!」

 部活では関が相変わらずだった。しかし、標的が僕だけになった。

「練習さぼんな」

「ペナルティ、もう一周」

「ちょっと、やりすぎじゃない」 

 小田が口を出せば、細い目でぎろりとにらんだ。

「なに、口答えすんの。部長は俺なんだけど」

「だったらちゃんと部員のこと見ろって」

「部長面やめてくれる。成れなかったからって僻んでんの」

「そんなわけ」

「ちょっとまって」

 険悪な空気が広がってく。一年生は嫌そうに目を背け、同学年も気まずそうに眉を寄せた。

「体力落ちたのは事実だから。走ってくるからそれでいいだろ」

 小田が心配そうに見てくる。別にさぼっているわけでもない。怠けているわけでもなく至極まっとうにやってこれなのだ。一度体力が落ちて、それからも精神的に学校がきつくなっては休んでたから二週に一回くらいは休んでいた。

 その調子では、体力が戻っていかないのも納得だったし、文句も言えなかった。

 終わる頃には、足は棒のように動かず呼吸も苦しくて起きてられなかった。


 そういえば、と母さんが始めた。久しぶりの休みだった。

「コンビニにね、時々怪我だらけの子が来るのよ。顔にもいっぱいあって、今時の子って喧嘩するの?」

「さあ」

 不良とかはするかもしれないけど、普通はもうそんなことしない。相手を攻撃しようにもいくらでも方法がある。そう例えば精神的に。

 殴り合いで済むならそれでよかった。正直精神的に痛めつけれられる方がきつい。

 母さんは不思議ねぇ、いじめかしら、と首をひねっている。今時いじめでも直接的な暴力はない。

 頭の中であいつらの顔を片っ端から殴る。菅野、橋本、渡辺、関、木村、他にも。

 本当にこんなことができればいいのに、と思いながらちょっぴりスカッとした。



 

 大丈夫。まだやれる。

「パス!パス!」

 体育のサッカーは試合になっていた。走っても走っても回ってこないボール。

 相手の班の人がカットして軌道が変わったボールがこっちにキタが急すぎて取り損なう。

「んだよ、役立たずが!」

「おーい、怖いぞ菅野―」

 からかうような見学班の声と容赦ない憎悪。

「はい、じゃあ隣同士向かい合って音読しましょう」

 英語の時間。その一言で大きくなる貧乏ゆすりと飛んでくる舌打ち。

「くさ。何あいつ、くっさいんだけど」

「犯罪者だからガス止められて風呂入れねぇんじゃないの」

「かわいいそう」

 ゲラゲラ。 

 いっそ、殴ってくれればいいのに。殴って、蹴って、ボロボロにしてくれれば、証拠ができるのに。いじめられてるんだ、暴力を振られてるんだ、助けて、そう言えるのに。彼らは馬鹿じゃなかった。証拠を残すような、直接手を下すことはなかった。

 もう駄目だ。




 正直、限界だった。そもそも、僕が悪い事をしたわけじゃない。確かに、父さんのことは後ろ指を指されるだろうと覚悟していたけど、なんでこんな思いしなきゃいけないんだ。僕が犯罪犯したならまだしも、後ろめたいことは何もない。それにもう、ここまでくるとストレスのはけ口にしているとしか思えない。

「気のせいじゃないかな。菅野君たちも冗談のつもりとか、その程度だと思うよ」

 一気に頭が冷めていく。あぁ、全部無駄だった。どんな思いで担任に言ったと思ってるんだ。何を知っていて冗談なんて言えるんだ。見たことないだろう、あの冷たい憎悪に満ちた目を。あのわざと醸し出す嫌悪感を感じたこともないくせに、何を言ってるんだ。

「ストレスたまってるのかな」

 変に心配そうな担任が、気持ち悪くて、顔を伏せた。

「なんでもないです」

 学校に味方なんていない。頼れる人だってどこにもいない。あと一年以上この生活なんて無理だ。

『死にたい』

 誰もいない家でただ一人、指がそう動いていた。






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