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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
6/23

揺れ動く気持ち

 学校に行きたくない。

 そう思うようになって、初めて自分は意外と学校と言うものが嫌いじゃなかったことに気がついた。顔を洗ったり、ご飯を食べたりするのと同じくらい、学校に行くことが当たり前だと思っていた。

 毎朝、体が重い。

「早く起きなさい!お母さん仕事行ってくるから」

 耳に刺さる大きな声に顔をしかめながら下に下りれば、テーブルに弁当が置いてあった。母さんは結局、昼はスーパーのパート、夜はコンビニでバイトを始めた。いつ寝ているのかわからない。それなのに一度も弁当を欠かすことはなかった。昔から、完璧主義なところはあったけど、たまには手を抜けばいいのに、と思う。

 重い足を引きずるように身支度を整えて学校に向かう。鞄に入れた弁当が一層重く感じた。



 季節は、夏に差し掛かっていた。この時期にある大きなイベントと言えば、高校総体だ。卓球部は団体戦に先輩方、個人戦に全員出場が決まっていた。学校とは違う体育館での時間につい、気を抜いてしまう。

「お疲れ、おわった?」

 肩を叩いてきたのは小田だった。

「おわった」

 正直うちの高校は強豪じゃない。斯くいう僕も決して強いわけじゃなく、二回戦敗退だ。おれもおれも、と小田が笑う。

「うちの学年じゃ関だけ残ってるみたいだぞ」

「へぇ、珍しい」

 正直強い印象は全くなかった。

「まあ、トーナメントの運もあるからな」

 飯食おうぜ、と言いながら弁当を出した。体育館中、たくさんの人が往来しにぎわっているが、皆、他人事だった。自分のことで手いっぱいで人を見る余裕もないからか、僕らを気に留める人などいなかった。その空気がこんなにも楽なんて、大きく息を吸った。体育館独特の埃っぽさや制汗スプレーの香りが鼻腔に着く。

「午後は応援かなぁ。んで、明日は団体、と。ぶっちゃけ、厳しいよなぁ」

 初戦はそこそこの学校だが、勝ち進むと二回戦に県内優勝候補と対戦することになる。勿論先輩を応援するし、勝ってほしいと思うけど、無理なんじゃないかと言う気持ちは消せなかった。

「なんかさ、まだまだな気がしてたんだけど、もう先輩引退の時期なんだな」 

「あっという間だったな」

 ちょっと前に入学したと思ってたのに、気づけばもう最高学年へ近づこうとしている。

 感傷に浸っていると足音が近づいてきた。

「あ、関」

「お疲れ、二人は終わり?」

「まぁね。これからでしょ、頑張って」

「ありがとう。小田は二回戦の相手が悪かったよな。よりによってあいつとか、って感じ。優勝候補だろ?伊藤は、まぁ、ブランクあるから仕方ないよ」

 どこか鼻に着く偉そうな言い方に黙る。

 別に関は強いわけじゃない。もともとどっこいどっこいの勝率だし実力で言えば小田の方が上だ。それでも、今この場では、彼が上に立っていた。それが心地よくて仕方ないのだろう。

「ま、そんなこともあるよね。それより準備は?」

「あぁ、そろそろだ。ちょっと何か食べたかったけどそんな時間もなさそうだ」

 じゃあ、と手を上げながら意気揚々と去っていった。教室ではあんなに人目を気にして生きてるくせに、今日は随分と居心地よさそうで。まるで水を得た魚だった。

 結局、先輩たちは二回戦敗退という結果に終わった。



 高校総体の後の教室は一層憂鬱だった。ずっと部活ならいいのに、なんて叶うはずもなく学校へ歩く。歩くたびに後ろ指さされ、こそこそ噂されることはなくなった。他学年の人の興味が薄れたが、同学年はうまくいかなかった。

「うわ、来た」

 そりぁあ、生徒だからね。

「飲酒運転とかさ、マジ最悪じゃない」

 僕もそう思うよ。

「死んだ子についてどう思ってんだろうね」

 申し訳なさでいっぱいだよ。でも、もう何もしてあげられることはないじゃん。

「良く平気な顔して学校来れるよ」

 平気なわけないだろ。でも、学校に行かなきゃいけないんだよ。

 学校は、コミュニケーションを学ぶ場とは言うけど、コミュニケーションとは複雑だ。

「ねぇ、英語の課題だして」

 係の渡辺君が片方の手を突っ込んだまま貧乏ゆすりしてる。

「ごめん、イヤホンしてて」

「ほんっとくそだな」

 こっちが必死に取り繕って空元気出しても向こうから拒絶されればコミュニケーションは取ることができない。やるだけ損した、とイヤホンを耳に戻す。

 学校は、勉強するところだ。母親が必死に働いてくれてるし、大学に行って勉強して、いい所に就職して、ここにいる奴らを見返してやればいい。

 背中を丸め、参考書にかじりついた。


 家に帰ると女性もののきれいなパンプスが並んでいた。これには見覚えがある。

「あら、おかえり」

「おかえりなさい、優太君」

 弁護士の三浦さんだった。ばっちりと化粧をした女性らしい人で、一見弁護士には見えない穏やかな雰囲気を持っていた。

「学校どうだった?」

「普通」

「いっつもこんな感じで」

「年頃の子はみんなそうですよ」

 母さんはこの人が来ているときは一層明るくなる。小さく会釈をして自分の部屋に向かうと時折笑い声が聞こえた。

 勉強し始めたものの、のどが渇いたことに気づき階段を降りると二人の会話が聞こえてきた。

「賠償金なんですが、向こうのご家族はかなり悲しんでいまして、二人合わせて一億円を超える可能性があります」

「いちおく、そんな」

 うって変わって真剣な声に足を止めた。

「奥様は働いていらっしゃいませんからそこまで高くないのですが、息子の学人君が人生これからと言う時期に無くなってしまったので。それくらいは妥当だ、と向こうの意見です。勿論、忠さんの減軽を目指して頑張らせていただきます!」

 母がすすり泣く声がする。

 一億、桁が大きすぎてさっぱりわからない。でも、父さんだって運転するはずだから自動車保険には入っているはずだ。そこからどれくらいのお金が出るのか、いまいちわからないが、母さんのリアクションを見る限り足りないのだろう。

 母さんは昼夜構わず働いている。それでも、到底返せそうにない。ゆっくり、音を立てないように自分に戻った。

『大学 学費免除』

 検索すると、たくさんのサイトが出てきた。学校や県で行う奨学金もあるらしく、多すぎてよくわからない。でも、学費を考えると国立か、公立だろう。やっぱり、勉強しなきゃ。行きつくところは一つだった。



 もう慣れた。

 学校に行くようになってから感じる空気や視線が当たり前になった。そして、家を出るときから大音量で音楽を聴くのもすでに習慣になっていた。

「おはよう!」

 パン、と軽快に肩を叩かれて視界にさらりとした黒髪が揺れた。

「立花さん」

「何の曲聞いてるの」

 耳をトントン、と指で叩きながら聞いてくる彼女に、スマホの画面を見せれば、ぱっと顔が華やいだ。

「知ってる!最近流行ってるよね。今度部活で演奏するよ」

 彼女は昔からピアノをやっており、今は吹奏楽部でサックスをしている。何度か文化祭などのイベントで彼女を見たことがあったが、なかなか似合っていた記憶がある。

「個人的には流行ってる曲よりちょっと前に発売された曲のほうが好きかも」

「へぇ、なんてタイトル?」

 聞いてみよ、と言う彼女と歩いているとあっという間に学校についていた。

「あ、私日直だから職員室寄っていくね」

 そういう彼女と下駄箱で別れて階段を上っている時だった。後ろからすごい衝撃が走って前につんのめった。脛を階段の端に強打した衝撃で悶絶していると、上から声が降ってきた。

「邪魔」

 舌打ちと共に聞こえた声の正体は、もう見なくても分かった。

 何とか歩けるまで痛みが引いて歩いていけば教室に入るなり鋭い視線が突き刺さる。まだ、時間が早いからか人もまばらで、菅野君も自分の席にいた。一瞬、止まりそうになった足を何とか動かす。自分が、少しでも気にしていると思われたくなかった。虚勢を張るように、お前のことを気にしてないと、涼しい顔をして自分の席に行けば入れ替わるように彼が席を立った。

 ガン、と派手な音を立てて椅子と机がぶつかる。息が止まった。咄嗟に身体が強張った。心臓がバクバクと、うるさく鳴った。打った脛がジンジンと痛くて、泣きそうだった。




 体育の時、改めて脛を見るとすごい色をしていた。赤紫に変色し腫れあがっている。仕方なく長ズボンを履いて、外に出る。

「今日からサッカーをする。班分けは出席番号順に一番からA、B、C、Dに分かれろ。同じアルファベットの人が同じ班だぞ」

 体育は二クラス合同で男女別れて行われる。ざわざわと、賑やかになる中、自分のチームの所に行けばばっちり目が合った。

「うわ、菅野どんまいじゃん」

「マジ無理なんだけど」

 からかうような橋本君の声に吐き捨てるように大声を出した。それでも、グラウンドの準備をしている先生には何も聞こえていない。他にも隣のクラスの人数人と同じクラスの人が何人かいたがだれ一人目が合うことはなかった。

 最悪、こっちが言いたいよ。

 言えるわけもない言葉を飲み込んで口を閉じる。パス練から、と各々別れサッカー部を中心にパス練習が始まった。体育の授業だし、軽くボールが回っていく。特に順番もなく、適当に蹴って、自分の所に来たら蹴り飛ばす、そんな簡単な練習のはずだった。突然スピードの速いボールが来て反応が遅れてしまった。蹴ったのは菅野君だった。急いで追いかける時に使えない、と声が聞こえた。

 なんかもう、疲れてしまった。どうせ教室行っても舌打ちされて、授業中は貧乏ゆすりされて。考えるだけでお腹が痛くなってきた。

「すいません。体調悪くて」

 その日、初めて授業をさぼった。部活を休んで帰ると夜の仕事に行く母と鉢合わせした。

「あれ、どうしたの、早いわね」

「あぁ、うん」

「お母さん仕事行ってくるね。ごはん冷蔵庫に入ってるから」

 忙しそうにバタバタと出ていく母さんは随分疲れた顔をしていた。それもそのはず、昼夜休まず働いて家事までするなんて、体を壊さない方がおかしいのだ。

 それでも、僕を大学に入れるために、不自由させないために、頑張ってくれているんだ。 

 学校に行きたくない。

 うちのクラスにもあまり学校に来ない人がいる。その子みたいに不登校になれたらどれだけいいだろう。でも、これ以上、母親に負担をかけるわけにはいかなかった。

 大学に入ろう。そこまで行けば何も文句言ってくる奴もいなくなる。あいつらとも別れられる。あと一年半の辛抱だ。言い聞かせて眠りについた。



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