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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
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徐々に蝕まれていく

 「学校、どうだった?」

 その日の夜、母さんが何気なく聞いてきた。

 大して湧かない食欲と、一日変に神経張り巡らせて疲れたのかさっさと寝てしまいたかった。

「普通」 

 思ったより冷たい声が出てしまって、ヒヤッとしたが、気にしている様子が無くて息を吐いた。何もないならよかった、と深くは聞かないでくれた。

 父さんのことは全校生が知っているだろう。ちょっと居心地の悪い思いをするのは今だけだ。覚悟していたことだし、これぐらい我慢しなきゃいけない。

 事務的に白米を口に運んだ。

「母さん仕事増やそうかと思って」

 唐突に言い出した。

 母親は今、スーパーでパートの仕事をしている。元々やっていたが今回の件で少し休んでいて今日から復帰したばっかりだった。

「ほら、これからお金だってかかるでしょ。あなたの大学とか」

 何にしようかしら、とワークブックを見ている。

「そんなに働いて大丈夫なの」

 聞こえるかどうかの小さい声で言えば、きょとんとした顔の母さんと目が合った。そして、すぐに破顔した。

「なに?心配してくれてるの。大丈夫よこれくらい」 

 そう、としか言葉が出てこなかった。 



 ベッドに横になって今日のことを思い起こした。

 菅野君とはもともとあまり話したことはなかった。学校にはスクールカーストが存在する。そのカーストでも、僕は地味な方、中の下か、下の上。比べて彼は上、トップのほうに君臨していた。別にそれに対して劣等感とかなかったし、自分が平和ならそれでよかった。それなのに、なんであそこまで嫌われるのか。前はそんなに嫌われていないと思っていたのに。

 舌打ちや小言を思い起こして気分が悪くなる。

 その気持ちを紛らわそうと、スマホを開いた。そして一つのアイコンが目に留まった。誰でも好きなことを呟けるものでクラスの日とおほぼやっていた。そういえば、最近のらなくて全然やっていなかったが、久しぶりに見てみようとタップした。遠立ちの何気ない呟きの中に、友達がフォローしている人のつぶやきが出てきた。その文字に動けなくなった。

 あの飲酒運転二組の伊藤の親父らしい

 アカウント名は『sugano riku』明らかに菅野君だった。

 彼のアカウントのつぶやきを見るとすごい量のつぶやきと他人のつぶやきが見ることができた。

 『まじキモイ』『学校くんな』『人殺しの息子が隣とかないわ』『制裁下してやらねば』『あいつの親犯罪者とか、人は見かけによらない』『近寄るな、あいつも同じ殺人遺伝子持ってるぞ』

 一気に血の気が引いた。急いでアプリを閉じる。見るんじゃなかった。だって、そんなことになっているとは思わなかった。確かに、自分の父親が犯罪者だって情報は流れていると思ってたけど、制裁ってなんだよ。遺伝子ってなんだよ。僕は悪い事なんて一つもしてないじゃないか。

 なんで、ここまで。

 どくどくとうるさい心臓の音と屋根を叩く雨音が響く。

 だから、今日、あんなに態度が悪かったのか。

 でも、それならどうすればいい。だって僕が何か悪いことをして嫌われたわけじゃない。父親のことで制裁とか、いつまで続くの。何をしたらやめてもらえるの。

 言いようのない漠然とした不安で呼吸が苦しかった。





 なんとなく憂鬱な気持ちを見て見ぬふりをして学校に行けばやっぱり、ひそひそと小声が聞こえる。結局、あいつらもそのうち飽きるだろうと思いこむことにした。

 大丈夫、今だけだ。

 イヤホンをして周りを見ないようにして足早に教室に入る。一瞬、静かになる教室。足早に席に着いて教科書とノートを開いた。

 休んだ分、家で勉強してるとはいえわからないところも多い。着いていくためには勉強しないといけない。耳からは少しうるさいくらいの音が流れてきていた。

 コンコン、と机をたたく振動がして頭を上げると、ひまわりのように明るい笑顔の立花さんが立っていた。

「おはよう。朝から勉強なんて偉いね」

「あ、いや。遅れてるから。そうだ、ノート助かった」

 何冊ものノートとお礼にと思って買ったチョコを渡せば一層明るい表情になる。

「いいの?!なんか気を使わせちゃったね」

 これ食べたかったんだよね、と笑う彼女に微笑むと隣でガタ、とわざとらしい音を立てて椅子が鳴った。

「きも」

 彼女が去った後、放たれた言葉に一瞬にして凍り付く。

 別に、疚しい気持ちがあったわけじゃないし、ただノートを貸してくれたお礼だし。

 言い訳はたくさん浮かぶのに言葉にならなかった。



 

 休み時間、居心地の悪い教室を出ようと思って入口を見れば別のクラスの小田と目が合った。

「お!ちょうどいい。今日の部活休みだって」

「そっか。あ、昨日ありがとう。助かった」

 そういうと、小田はあぁ、破顔した。

「別気にすんなって。それより体調大丈夫なん?」

「体調って言うか、休みの間家出れなかったからめっちゃ体力落ちてたんだと思う」

「なるほどなぁ。そりゃぁ仕方ないな」

 ちょっと気まずそうに眼を泳がせ眉を下げた。

「なんかあったら言えよ。力になるから。あ、関にも伝えておいて」

 そう言うと小田は手を振って去っていった。学校で普通に話をしたのは久しぶりだった。小田は卓球部の中でも一段と明るくて人に愛される奴だった。それは小田の人柄の良さ故で、今でも僕に普通に接してくれるあたり、本当にいい奴だ。

「関」

 呼べばものすごく気まずそうな彼と目が合う。一緒に話していた陸上部の木村君も黙って目を伏せた。なんなの、目が合った呪われるとでも思ってるわけ。

 当てようのない怒りがわいた。

「今日部活休みだって」

「あ、そう」

 それだけだった。わざとらしく、さっきの話だけど、と話し始めた。教室を出れば話す癖に、菅野君たちの目が怖くて僕と話せない根性なしが。確かに関はコバンザメタイプで、強いものに跪く人種っぽい。別にこいつと仲良かったわけじゃないし、あまり関わるの止めよう。関に背を向けて教室を出た。




 数日すれば、きっとよくなると思ってた空気は一向に良くなることはなく、僕は日に日に異分子になっていった。授業中が一番楽だった。特に前までは一番嫌いだったただ教科書を読んで先生が解説していくだけのような、つまらない授業がこんなに快適だと思う日が来るなんて思わなかった。

「どうだ、そろそろ感覚戻ってきたかな」

 穏やかに微笑む鈴原先生に曖昧に微笑んだ。それを肯定と受け取ったのだろう。鈴原先生は笑みを深めた。職員室は学校の中でもまだ過ごしやすい場所だった。

 忙しそうに動く先生たちにとって僕は空気みたいなもので、嫌悪感が無いだけですさまじく呼吸が楽だった。

「あ、伊藤。二組の数学係だったよな」

 担任の鈴原先生と話している途中に入ってきたのは数学担当の先生だった。この学校では委員会のほかにも教科担当の生徒がいて、宿題を集めたり授業の準備を手伝う係がある。全員が何かしらの役職に就かなければならないのだが、僕は数学係だった。

「何人か課題だしてない奴がいるんだが、集めてきてくれないか」

「わかりました」

「出してないのは、林、三村、あと菅野だな」

 最後の名前に頭がすっと冷めるような感覚がした。途端に動悸が激しくなる。

 よろしくな、と言って数学の先生は自分の席に去っていった。

「お、仕事か。がんばれよ」

 係の仕事をするのは当たり前のことだから、日常生活に戻れたと思っているんだろう。うれしそうに笑う鈴原先生にうまく笑い返せた自信がなかった。

 わがままを言えるなら、やりたくない。教室に入れば菅野君はサッカー部の橋本君やバスケ部の渡辺君と談笑していた。

 所謂スクールカーストの最上位のメンツだ。そして、何より苦手なメンバーでもあった。

「林君、数学の課題だしてほしいんだけど」

 教室の隅で仲のいい阿部君と談笑していた林君に声をかければ二人ははっとして、一瞬の沈黙の後にノートを渡された。ひそひそと何か聞き取れない声で囁かれる。三村さんとはほとんど目が合わなかった。二つのノートを握り締めながら、ゆっくり、歩く。

 菅野君たちは僕が近づくと静かになった。

「あの、数学の課題だしてほしいんだけど」

 舌打ちと、痛いほどの視線が突き刺さった。

 明らかにイライラしてます、というように空いた机を蹴り飛ばさん勢いで自分の机に戻ると足早に戻ってきて投げてきた。落ちたノートを拾うと彼らに背を向ける。

「菅野怖すぎ」

「マジ最悪」

 廊下に出るとどっと冷や汗が湧いた。

「どうした、右手」

 職員室に戻り数学の先生のもとに行けばありがとうの次にそう言われた。見れば右手の手の甲をすりむき赤くなっている。思い当たる節はあった。

「なんでもありません」

 そうか、という先生に頭を下げて職員室を後にする。

 教室に戻る間、賑やかな廊下を足早に歩く。

「人殺し」

 違うクラスの知らない男子生徒だった。話したことは一度もない。既にすれ違って彼の姿は見えない。けれど、なんとなく顔を知っている。あれはサッカー部の人だった気がする。

 教室に戻ろうとしていた足を止めトイレに向かった。

 さっき食べたはずの弁当が全部出てきた。


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