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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
4/23

始まる地獄

 事件の終息にはまだまだかかるが、徐々に家の前に集まる人がいなくなっていった時だった。

「そろそろ働こうと思うの」

 夕食の時、母さんが言い出した。

「いつまでもくよくよしてられないでしょ。お父さんのことも支えなきゃいけないし、今はお母さんが頑張らなきゃ」

 夕飯の豚汁をテーブルに置きながら言った。少し前から、ひっそりと買い物など外出するようになっていた。数日前はカップ麺などが多かった食卓もいつの間にか元に戻っている。

顔色も、いくらか良いようだ。

「だから、優太もそろそろ学校に行ったらどうかと思って」

 学校の先生もいいって言ってくれてるし、と母は笑った。

 事件から、一か月は経っていた。先生が届けてくれる課題を家でこなし、あとはダラダラと過ごす生活が正直苦痛だった。二つ返事で頷いた。久しぶりの会話だった。

 久しぶりの外はものすごくまぶしかった。そういえば、ずっと窓とカーテンを閉めて生活していた。毎日通っていた学校までの道のりも随分久しぶりで新鮮だった。

 学校が近づくにつれて同じ制服の人が増えていく。相対的に、視線の数も増えていった。勿論、覚悟はしている。全国放送で度々放送されるくらいだし、隣町にある高校に通っている僕の情報なんて筒抜けだろう。全然知らない人もチラチラとこっちを見てくる。

 速足で教室に入ると久しぶりの自分の席に座る。見慣れた、と言ってもまだ六月、クラス替えから二か月しか経っていないのでクラスにも少し仲のいい人がいる、程度だ。 なんとなく、僕が教室に入ったら空気が重くなった気がする。でも、仕方ない。父親が事故を起こしたなんて、正直驚くだろうし声もかけにくいだろう。すっと、息を吸ってゆっくり吐く。大丈夫、覚悟している。

 言い聞かせた時、隣に人が来た。

「おはよう」

「うっわ。来てっし」

 全身が硬直した。悪意のこもった声に冷たい目、頭が真っ白になった。

 隣の菅野君は鞄を置くとすぐ友だちの席に行った。視線を向けなくても感じる視線に、どうしたらいいかわからず授業の準備をしているふりをして過ごす。少し離れてても聞こえてくる陰口。

「犯罪者の息子と隣り合わせとか、ほんとキツ。かわいそ」

「ほんと最悪」

 ちょうど聞こえてくるくらいの声に、頭がしびれるような、血の気が引く感じがする。

 覚悟はしていた。大丈夫。

 速まった心臓をなだめる様にゆっくり呼吸をした。



 予鈴がなると菅野君は隣の席に戻ってきた。ガタ、と大きな音を立てて座ったかと思えば大袈裟なほどのため息を吐いた。そして、ガタガタと貧乏ゆすりをし始めた。ホームルームの間ずっと、先生の声よりそっちばかり気になる。

「伊藤、ちょっとホームルーム終わったら来なさい」

 自分の名前に反射するように顔を上げると久しぶりに見た担任と目が合った。

「大丈夫か。家でも、大変だったろ」

 廊下に出ると開口一番にそう言われた。

 担任の鈴原先生は四十代の先生だ。比較的温厚で穏やかそうな見た目で、あまり個別で話したことはないが、いい人そうな人だ。

 その、鈴原先生が困ったように眉を下げている。

「大丈夫です。だいぶ落ち着いたので」

 そう言えば、分かりやすく安堵した表情になった。

「そうか。他の教科の先生には一応伝えておいてあるから」

「ありがとうございます」

 頭を下げれば思ったより強く肩を叩かれた。

「好奇の目にさらされるかもしれないけど伊藤君は悪いことしたわけじゃないし、堂々としてればいいから」

 なんだろう。何かがこみ上げてくる感じがした。

 口を堅く結んで下を向く。そうでもしないと泣いてしまいそうな気がした。

 大丈夫。ちゃんとわかってくれる人もいる。

 軽くなった気持ちでまた教室に戻った。さっきまで苦しかった視線も、少し気にならなくなった気がした。



 一限目は数学だった。毎回宿題が出て、大抵出席番号の人から順に当てられる。

「じゃあ今日は六月三十日だから渡辺から、最後まで行って一番の阿部、新井、荒川、五十嵐、伊藤、と伊藤は前回いなかったから柏木」

 ちょっとだけ変な空気になりつつも、数学の先生が誤魔化してくれた。ちゃんと鈴原先生が伝えておいてくれたおかげだろう。それに、数学の江藤先生もわざとさらっと流してくれた。優しい心遣いに、ふ、と小さく息を吐いた時だった。

「ずっる」

 僕にだけ聞こえるような小さな声でつぶやかれた。

 一瞬にして体が固まった。

 板書の音が遠ざかっていく。隣を見ることができなかった。もし、芽があってしまったら、どんな顔をしていいのか、わからなかった。気づけば、板書も終わり解説に入っていた。そこでやっと、手を動かし、黒板を写すことに集中することにした。それでも、ノートを書いているだけなのに変に心臓がバクバクとなっていた。



 授業が始まれば特に何もなかった。気づけば授業前の菅野君の言葉なんて忘れていた。特にしばらく授業に出ていなかったから必死だったことも幸いして、いつも以上に集中できた。

 そして、授業が終わればすぐに机の前に人が現れた。

「久しぶり伊藤君。これ、いない時の板書、よかったら使わない?」

 クラス委員の立花朝日さんだった。彼女は明るく、面倒見のいい性格で誰からも好かれている。長い黒髪に大きな瞳の可愛らしい顔で男子からも人気があり、そんな彼女とは小学生のころからの同級生だった。昔は朝日ちゃんなんて呼んでいたりもしたが、高校生になって気まずくて苗字呼びに変えたら、彼女も自然と合わせてくれた。そういう気が利くところも人として好きだった。

 そんな彼女が動けば自然と目立つ。一気に集まった視線と静寂に気まずい気持ちをあえて気にしないように、平気なふりをしてノートを受け取った。

「ありがとう。本当に助かる」

「いやいや。本当は授業の前に渡したかったんだけどさ、先生に呼び出されてたじゃん」

 言葉を返そうとしたときだった。会話に割り込んできた声に心臓がドクン、と大きくなった。

「別にそんな奴の世話なんかしなくていいだろ」

「ちょっと、そんな言い方ないじゃない」

「だって、親犯罪者だろ」

「やめろって」

 菅野と同じ、サッカー部の橋本が冗談交じりに行っている。

 顔を、上げれば、菅野と目が合った。口は笑っているのに、目が全く笑っていない。嫌悪のようなものがその視線でぶつけられる。

「ちょっと、冗談でもそういうことは良くないよ」

「これだから優等生は。ちょっとからかってるだけじゃんか、なぁ」

「そうそう。変によそよそしくする方がかわいそうだろ」

 まぁ、それもそうだけど、と納得いかないように彼女は言った。

 ちょっとからかっただけ、なんて嘘だ。

 でも、父親が人を殺めたことに変わりはないし、家族なのだから、これくらいの目に合うことは仕方ないのかもしれない。そう、覚悟してたじゃないか。

 大丈夫。

「立花さんありがとう。コピーして返すから」

 そう言うと一方的に話しを切って席に座った。彼女がいなくなると、盛大な舌打ちが飛んできた。もう、知らないふりをするしかなかった。

 次の授業は英語だった。まだ、二十代の若い先生で、何とか生徒の成績を上げようと一生懸命な人で、授業にも工夫を凝らされていた。例えば、授業前の小テストやペアで音読。すべて隣同士で行うものだった。決められたことだから、仕方ないから、と意を決して隣を見れば全くこちらに視線を向けることはなく、一人で採点を始めた。先生は生徒の間を歩きながら答えを発表している。ちょうど、ここは先生の視界に入らない場所だった。

 完全な拒絶だった。

 別に、この人に好かれようとも思ってないし、嫌われたって他に話してくれる人がいればいい。

 わざと教科書を菅野の反対側に寄せて起き、大袈裟に彼に背を向けて、息苦しさをごまかした。

 授業がひときわ長く感じた。休みの間は自分で好きな時に勉強できたから、時間を決められて強制的に勉強するのはこんなにもきつかったっけ、と現実逃避しながら、凝った肩をほぐす。

 昼食だ。僕の学校は弁当なので基本的に席は自由に食べる。大体仲のいい奴らが固まって食べており、僕は同じ卓球部の関とご飯を食べていた。特に仲がいいわけでもないが、悪いわけでもない。たまたま同じクラスになって、席が斜め向かいだったからだ。

 声をかけようとして振り返ったときだった。関と目が合ったと思ったら、次の瞬間思い切り逸らされた。

 動けなかった。関はそそくさと弁当を持って違う席に行った。自分の席に座りながら、鞄から弁当を出している間、心臓がうるさかった。ひそひそと、声がする中に笑い声も混じっていた。笑われている。一人でかわいそう、誰もあいつと飯なんて食いたくないだろ、と聞きたくない彼らの声もする。ここまで来てやっと、自分の置かれた状況に気がついた。

 もう、味方はほとんどいないのだ。

 放課後になれば、菅野はそそくさと部活に行った。サッカー部は県大会でも上位を取っていて、取り柄のないうちの高校の中では花形の部活だ。彼がいなくなると、一気に呼吸が楽になった。

 気づけばあっという間に人がいなくなっていった。部活の人は部活に行き、無い人は帰る。授業終わりの教室は一瞬にして会話の花が咲き、そして声が散っていく。いつも練習している体育館に向かって行くと既に着替えている人がちらほらいた。

「失礼します」

 卓球部の部室に入れば同じクラスの関が着替えおわって部室出ていくところだった。目が合って、一瞬顔をこわばらせてから笑った。

「あ、ごめん。なんか用あると思って先来てた」

 へら、とだらしなく笑うと急いで出ていく関に、靄っとしたものが広がる。

 でも、普通に話しかけてくれたし、教室では話しかけにくい空気になってただけ。僕自身が嫌われているわけじゃないならよかった、とすこし軽くなる気持ちもあった。

「お、伊藤。久しぶりだな。今日から頑張れよ」

 部室の奥には部長の河本さんがほぼ準備が整った状態で立っていた。

「あ、え、と」

「先行ってるぞ」

「はい」

 普通だった。

 その、普通が何よりうれしかった。本来ならば、後輩の僕が早く着替えて準備しなければいけない。だから、急いで着替えていけば準備も終わり全員揃っていた。全員の視線が突き刺さる。ひっそりと端に並ぶとどこからともなく、ひそひそと声がする。その時トントン、と肩を叩かれれば去年同じクラスで部活でも仲のいい小田がいた。こそっと、手を上げて挨拶のようなものをしている。こちらも手を上げて返せばうれしそうに笑った。そのとき手を叩く音がして前を向く。列の先頭には部長が立っていた。

「よし、今日から伊藤も参加するが久しぶりだから無理はするなよ」

「はい」

 もう、部員の意識はこっちになかった。

 今日は外周の日だった。体育館は使える日が限られているからいろんな部活が交互に使う。今日は卓球部の日ではないから学校の周りを走ったり、筋トレをする日だった。久しぶりの運動だと、喜んでいられたのは最初だけだった。

 少し走った程度なのに息が上がる。前まではこんなにすぐばてることはなかったのに。

 思い起こせば、休んでいる間、本当にずっとベッドに横になっていた。これじゃあ体力が落ちるのも仕方ない。だからと言って、休むこともできず足を動かす。

 体が鉛のように重くなっていく。息も吸っているのに全然入ってこないのか楽にならない。視界がぼやけてきた。そろそろやばいかも、と思った時、隣で大きな声がした。

「先生、伊藤が体調悪そうなんで休ませてください」

 多分、小田の声だった。

 もう視界がほとんど見えずに確認することはできなかったが、顧問の先生らしき手と小田らしき手に支えられて木陰に寝ころばせられた。

「伊藤も休めばよくなるだろう。小田は練習に戻れ」

「はい」

 軽快な足音が離れていく。

「運動久しぶりか」

 何とか頷くと、そうか、と低い声が返ってきた。しばらく横になっていると、呼吸も落ち着いて視界も見えるようになった。

 大丈夫か、と心配する先生に返事をすれば、先生も大丈夫と判断したのか練習のほうに戻っていった。今日のところは帰ったらどうだ、という先生の言葉に頷いた。本当は、やります、と言った方がいいんだろうけど、この後のメニューをこなせる自信もなかった。

 汗も引き落ち着いたころ、一人で岐路に着いた。この中途半端な時間に帰る生徒はほとんどいない。そういえば小田に何もお礼出来なかった。でも、戻るのもおかしいし、練習でないのに待ってるのも変だし。明日会えるだろうか。

 一人になると、ふと今日あったいろんなことが脳裏によぎる。全部忘れたくてイヤホンを耳に刺し、最近話題のロックバンドの曲を大きめで流した。

 頭上には重苦しい曇天が広がっていた。



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