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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
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加害者家族の苦悩

『昨夜、○市の交差で事故が発生しました。当時赤信号で止まっていた前方車両へ後ろから来た車が衝突し、前の車に乗っていた板橋愛子さん三十二歳、息子の学人ちゃん五歳が亡くなりました。警察は追突した車を運転していた伊藤忠さんを危険運転過失致死傷で逮捕する予定ということです。伊藤容疑者は当時飲酒していたとのことです』

 昨日、どうやって帰ってきたのかはわからない。部屋に戻って気づいたらベッドで寝ていた。リビングに行くとテレビを見ながら涙を流す母がいた。テレビでは事故現場となったここから車で二十分ほどの見覚えのある交差点が映っている。

 まさか、こんな身近な場所で事故が起こるなんて思わなかった。ましてや父親が犯人になるなんて。

『被害者の板橋さんは家族三人で実家へ遊びに行った帰りでした。父親の彰さんが運転し、亡くなった愛子さん、学人ちゃんは後部座席に座っておりそこへ車が突っ込んできたとのことです。現場にはかなりたくさんの破片が落ちていることから事故の激しさがみて取れます』

 カメラには他の局のアナウンサーやカメラが映り込んでいた。思ったよりたくさんの報道陣が来ている。そんな時家の呼び鈴が鳴った。

 ふらりとおぼつかない足取りで母さんが玄関に向かう。ばあちゃんじいちゃんあたりだろうか。 

 その考えは甘かった。

「伊藤さん、テレビ局のものですが、お話聞かせていただけませんか」

 呼吸が止まった。

 リビングまで響く男の声。

 もう、家がばれている。マスコミがここまで来たのだ。

「伊藤さん!居るんでしょう!一言お願いします」

「二人も亡くなられましたが何も思わないんですか?」

 伊藤さん。

 伊藤さん。

 男、女、様々な声が混じった。

「母さん!」

 急いで玄関に向かうと母さんが立っていた。ただ、涙を流しながら固まっていた。

「いいから!戻ろう」

 答える必要なんかない。今はそんなことできる状態じゃない。

 引きずるようにリビングに母さんを連れ戻しソファに座らせる。すると必然的に僕が母さんを見下ろす形になった。上から見る母さんはひどくやつれていた。皺も多く目の下や頬がたるんでいる。こんなに、老けていただろうか。そういえばまじまじと母さんの顔を見たのはいつぶりだっただろう。会話は全くないわけではないがこの年になると気恥ずかしくなる。愛想のない僕の態度に男の子だから仕方ないのかしら、と笑っていた母と目の前の人は本当に同一人物なのだろうか。こういう時他の人ならどうするのだろうか。気の利く言葉でも書けるのだろうか。何が正解か全くわからない。所在なくなり少し間を空け隣に腰を下ろした。まだ、テレビでは昨日の事故をやっていた。スタジオでは明るいセットとは対照的にお通夜のような顔をしたコメンテーターたちが並んでいる。幼い子供のいるママタレントは涙を流している。

『ここで被害者の旦那さんがインタビューの映像です』

『昨日は息子のランドセルを買いに行ったんです。父と母が、初めての孫にプレゼントしたいと言っていたので。この前まであんなに小さかった息子ももう小学生か、と思っていたらこんなことに』

『昨日は学人ちゃんのランドセルを買っていて外出していたんですね。事故は深夜でしたがなぜその時間に帰宅されていたのでしょう』

『夕飯をみんなで食べたら外出して疲れたのか娘たちが寝てしまって。僕もつかれていたので仮眠を取ってから祖父母の家を出ることになりました。居眠り運転をするわけにはいかないので』

『なるほど。奥様と息子さんはどのような人でしたか』

『愛子は明るくいつも笑顔で、息子も愛子に似たのか、とてもよく笑う子で、幼稚園でも友達が多くて。それなのに、どうして』

 時々声が震え、ぽつりぽつりと呟かれる声が最後には嗚咽に変わってしまった。テレビに映る男の人は父さんよりも若い。でも、げっそりとやつれている。目が真っ赤に染まり痛ましくて見ていられない。きっと一晩中泣いたのだろう。

 父さんは壊してしまったんだ。未来のある家庭を。一瞬にして。

『犯人をどう思いますか』

『許せません。罪を償ったとしても、何度謝罪されても、許せません。もう、戻ってこないんですよ』

 ふり絞るような悲痛な声がリビングに響いた。チャンネルを変えようとも思ったがどこもこの事件を取り扱っていた。見なければいいのかもしれないが見なければいけない気がした。関係者として、加害者家族として。

 映像はすぐスタジオに戻りまたコメンテーターとアナウンサーが話し始めた。それでもさっきの男性の声が耳から離れなかった。知っていたのだ。この人の声を僕は聞いたことがある。昨日、病院で泣いていたのはこの人だ。きっと、いや、絶対。父さんと無事を喜んだ横で彼らは永遠の別れを迎えていたのだ。







 「お腹、空いたでしょう」

 固定電話の受話器を置いた母は言った。さっきまで実家に電話していた。父さんのではなく母さんのほうだ。母さんの声が震え、とぎれとぎれに何か言葉を振り絞っているが聞きたくなくてテレビの音量を上げた。ちょうど昼の情報バラエティー番組が流れていた。

 キッチンに向かい程なくして包丁の音がした。

「簡単でごめんね」

 そう言って出てきたのはうどんだった。温かい湯気を上らせ優しい香りを振りまいている。

「いただきます」

 いつもより控えめな母さんの声に続いて箸を取る。今日、起きてから何も口にしていないというのに空腹はあまり感じなかった。それでも食べ物を目の前にすると自然に唾液が増えだす。単純な生き物だ。

 一口、口に入れるとちょうどいい醤油の味が口いっぱいに広がる。二口、三口と止まらなかった。お腹は減っていたらしい。気づけば汁まで無くなり満足感があとからやってきた。 美味しかった。

「こんな時でも、おなかって空くのね」

 そういう母さんのどんぶりもカラになっていた。

「亡くなった子達はもう食べれないのね」 

 自分で言ってまた涙ぐんだ。最高においしかったうどんは最高に後味が悪かった。






 しばらく学校を休んでいいことになった。今朝母さんが電話したらしい。外にはまだマスコミがいるから正直助かった。もし、この状態で学校に行くなんてことになれば地獄だっただろう。普通の状況ならもっと喜んだはずだった。勉強しなくていいし、怠い授業も受けなくてもいい。ちょっとだけ微熱があった日なんて喜んで休んでベッドの中でゲームを飽きるまでするのだ。

 うれしいはずなのに、いざ、休みになったら何をしたらいいのかわからなかった。

 つい癖で、ゲーム機を手に取ってはベッドに放り投げることを何度も繰り返す。こんな状況で、ゲームなんてしちゃだめだ。そう言い聞かせて天井を見つめる。

 リビングにいるのは限界だった。ずっと、ニュースでは父の事故が報道され、母のすすり泣く声だけが響いていて、頭がおかしくなりそうだった。必要以上自分の部屋から出ていくことはなく、ただ、ひたすらベッドの中でスマートフォンをいじって過ごした。ただ、動画サイトで流行りの局を聞いたりアプリを開いたり、いろいろしてみたが、全く気が乗らない。それでも何かしていないと、あの日、病院で聞いた男の人の叫び声が頭によぎって苦しかった。

 母は、日に日にこけていった。もともと、明るくて社交的だったのに、しゃべらなくなった。化粧もしなくなり、一日のほとんどを泣いて過ごした。正直、母が泣いているところを始めてみたが、こんなにも気分が悪くなるものだとは思わなかった。鉛でも飲み込んだみたいに重く、息の苦しいこの家で何日も過ごすと思うと地獄の様だった。

 すこし、変化が現れたのは家に弁護士さんが現れた時だった。

 大勢の報道陣を押しのけてやってきたのは中年の男の人とまだ若い女性だった。

「蜂谷法律事務所の蜂谷誠二と申します。こちらが今回旦那さんを担当する三浦詩織弁護士です」

「初めまして。三浦と申します。この度は大変でしょうが、サポートさせていただきますのでよろしくお願いします」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 母が、すでに泣きそうな声で深く頭を下げた。

 それから、数日おきに三浦さんは家に来てくれるようになった。まだ若いが熱心な人で、いつも外出できない僕たちのために欲しいものはないか聞いて、買ってきてくれた。そして、話を聞いてくれる人ができて気持ちが軽くなったのか、少しずつ、母が元気を取り戻していった。

「お父さんに会いに行かない?」

 事故から既に一週間以上たっていた。もう面会できる期間だとは知っていたけど、マスコミが酷くて家を出れなかったのだが、最近になって家の周りからマスコミがいなくなった。

「弁護士の三浦さんがね、お父さんも会いたがってるって」

 悲しいのか、うれしいのか、わからない顔をしていた。

 会って、何を話せばいいのかもわからなかったけど頷いていた。



 父さんのいる場所は、とても無機質なところだった。夏が始まろうという暖かい気温にもかかわらずどこか寒々しさを感じる。

「それでは中に入ってお待ちください」

 母も緊張しているのか、しきりにあたりを見回したり、そわそわしている。そういう僕も落ち着かなかった。ただ、付き添いの三浦さんがいるということが心強かった。

 ガチャ、と扉の音がして、透明な壁越しに父さんが入ってきた。その姿に瞬きを忘れた。頬はやせこけ、ひげはだらしなく生えており、とても、自分の父親だとは思えなかった。

「あなた」

 母さんが震える声で呼ぶ。

「すまなかった。本当に、おれは、なんてことを」

「本当よ、どうして、こんなことに」

 二人して、ボロボロ泣いていた。涙は出てこなかった。心のどこかで、まだ信じたくな自分がいたのかもしれない。

「お酒を飲んでいたから、運転はできないと言ったんだ」

 落ち着いてくると、ぽつぽつ話し始めた。

「あの日、結構酔っていて、とても運転できる状態じゃなかった」

「じゃあどうして」

「命令されたんだ。上司の林原に」

「なんで断らなかったのよ」

「断れなかったんだ」

 その姿は、懺悔しているようだった。

「無理やり運転席に押し詰められ、運転しろ、と何度も怒鳴られ。やらないと、クビだ、って」

 何も言えなかった。父さんはそういう人だった。自分から、悪い事をするような人じゃない。それでも気が弱く強く言われると断れない人だった。

 帰りの車の中での会話はなかった。僕にも謝られたが、正直なんて言ったらいいかわからなかった。父さんは悪くないよ、いや、父さんは結局人を殺してしまっているんだから悪いよ。ちゃんと反省してよ、もう十分反省しているように見えた。

 ただ、父親のあのやつれた姿にやるせない悲壮感だけが心に残った。




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