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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
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終わりもあっけないもの


 木々の葉も落ち、寒々しい季節になった。そろそろマフラーを出してもいいかもしれない。肩をすくめながらなれた道を歩く。バス停に同じ制服の人が座っていた。

「良かったら一緒にどう」

 手にはコンビニのゼリーがぶら下がっていた。

 流れる景色も毎回少しずつ変わる。木が染まり、そして散る。そのうち白くなるだろう。秋があっという間に終わってそろそろ冬が来る。

「この間はごめん!」

 病室に入るなり、ベッドの上で土下座した立花さんに二人で駆けよる。

「こっちが悪いんだから、やまて!」

「体調悪くなったらどうするの!」

「でも私酷いこと言った。あの時ちょっと病んでて、メンタルが」

 申し訳なさそうに眉を下げる立花さんはやっぱり、前より痩せていた。ふと触れた肩が骨だけで、手を引っ込めそうになったのを、何とか耐える。

「いや、僕もちょっと思い詰めてて、つい言ってしまって。ほんとうにごめん」

 痩せたせいで一層きょろりとした目が瞬きをする。そしてちょっとだけ気まずそうにはにかんだ。

「じゃあおあいこかな」

 良かった。

 ちゃんと笑えるようになっている。いつもの、明るい立花さんに戻っていた。

「ねぇ、良かったら勉強教えてくれない?二人とも頭いいでしょ」

 ゼリーを食べている時、ふと彼女が言った。

「なんでまた」

「戻りたいから。学校に。あきらめないことにしたんだ。だから、すぐにでも勉強に追いつけるように教えてほしいの」

 彼女は親指を立ててぐっとつき出した。

 やっぱり、敵わないなぁと改めて思った。




 教室では、やっぱり僕は異分子だった。しかし前とは違う。嫌悪感や悪意は一切感じない。ただ、接しにくいのだろう。自分のやったことに自覚がある人はなおさら。そして、もう一つ前とは違うのは新しい仲間ができた。

「優太さ、なんで数学得意なのに物理苦手なの」

 目の前の椅子に逆向きに座って背もたれにもたれかかる神崎君だ。彼もまた、敬遠された。寧ろ彼のほうが避けられている気がする。神崎君は作り笑いをやめた。他人の目を気にせず、物を言うようになった。そのせいで今まで仲良かった人たちがほとんど離れていった。それでも彼は全く気にしていなかったし、正直僕はこっちのほうがいいと思う。

「いや、もう物理の領域は思考が複雑すぎる」

「似てるじゃん。俺文系の方が得意なんだけど」

 二人で立花さんへの問題を作ったり、ノートをまとめたりして過ごすことになった。

 結局親にはいじめられたことを言わなかった。今はそれほど苦じゃないし、死にたいと思うこともなくなった。それでも完全に戻ったわけじゃない。教室に入るのはちょっとだけ勇気がいるしドキドキする。菅野君たちとは未だにまともに会話できていない。こういうのはトラウマとして残っていくんだと思う。

「ありがとう」

 病院に向かう途中、少し前を歩く彼に言う。聞こえたのか振り返った。

「小野ときい痛いこと全部言ってくれてすっきりした。それに、結局自分じゃなんにもできなかった」

 神崎君がいたから今、学校に通えている。もしいなかったら、死んでいたかもしれない。そう考えると感謝しかなかった。

「ああいうのって、一人でどうにかできるもんじゃないでしょ。それに俺は言い足りないね」

 納得言ってないという風に眉を寄せた。本当にキャラが変わった。

「神崎君が言いたいこと全部言ったらみんながトラウマになりそう」

「えー、なればいいじゃん」

 二人で笑う。今日は珍しく風もなく暖かい日差しがさしていた。

 「ねぇ、ちょっと外に行かない?」

 勉強中だった。珍しく「飽きた」といったかと思うとそんなことを言い出した。

「二階のベランダ広くて花壇もあるんだよ」

 そこに行こうと言う。暖かいし大丈夫、と許可を得て車椅子に乗る。彼女はもうほとんど歩けなくなっていた。

「ひざ掛けちゃんとして、風邪引くよ」

「マフラーもあった方がいいんじゃない?」

 ベンチに僕らが、その隣に車椅子の立花さんが並んだ。

「二人ともお母さんみたい」

 くすくす、と楽しそうに笑った。神崎君と顔を見つめあって、また彼女を見る。

「男にそれはないよ」

「ごめんごめん。こんなに面倒見いいとは」

 ツボなのかしばらく笑っていた。

 ぼうっと空を見る。空は真っ青で平和に鳥が飛んでいる。太陽の光が当たって心地いい。

「どうして普通に生きれないのかな」

 彼女がぽつりと言った。

 答えが見つからなかった。鳥の鳴き声が遠くでする。

「普通って何かな」

 神崎君が言った。

 普通って、何だろう。立花さんのように大きな病気を患うのはかなり特殊だと思う。でも、神崎君の虐待だって、僕のいじめだって、普通ではないと思う。

「普通に生きれたら幸せだったかな」

「そうじゃないと思うよ」

 目の前のプランターには花が何もなく、小さな雑草が芽を出していた。

「普通に生きてたら、普通な生活が幸せだって気づかないと思うよ」

 一年前の今頃の自分を思い出す。ただ学校に行って適当に勉強して、適当に部活して、遊んで。両親がいて、平和だった。それを幸せとは感じたことが一度もなかった。それはあまりにも当たり前すぎた。

「確かに、病気になってから生きてるってそれだけですごいことだと思った」

「でも、幸せを感じるために苦しい思いしなきゃならないのも嫌だね」

 そう、苦しい思いなんてしたくない。今回のことでたくさん学んだし大切な友人とか人生とか考えることができた。絶対成長できたって胸を張って言える。でも、もう一度同じ経験をしたいかと問われたら断る。

 もうあんな思いはこりごりだ。

「生きるのって難しいねぇ」

 しみじみとした声だった。

 それから数週間後、彼女は天国に旅立った。

 通夜はクラス全員と吹奏楽部の全員が出席した。すんすんと、鼻をすする音が耳に着く湿っぽい式だった。

「泣いてる自分優しいアピールきついなぁ」

「言い方」

 申し訳ないけど神崎君の言葉を否定することはできなかった。結局、彼女の病室に最期まで足を運んだのは僕らと吹奏楽部の数人だった。少し立花さんと話すだけで八つ当たりしてきた菅野君は別の彼女を作っていた。

 幸せだっただろうか。

 病気になって苦しいこともたくさんあっただろう。それでも彼女は最後まで笑顔を絶やさなかった。がりがりになって、肌の色が黄色がかったり、青白くなったり、どんなにやつれても彼女はひまわりの様にまぶしかった。

 病気になったから不幸だとも思ってない。病気じゃなくても不幸な人もいる。

 生きるのは難しい。この言葉にすべての気持ちがつまっていた。勝手に成人して就職して大人になれると思ったのに、そうはいかなかった。

 でも、みんなそうなんだと思う。

 悩んでない人なんていなくて、苦しくてもがいている人なんていっぱいいる。僕ら子供だってそう。そして、多分大人になってからもそう。

 一生何かあるたび悩んで傷ついて苦しんで生きていくんだろう。

「進路決めた?」

「まだ悩み中」

「だよね。どこにしようかな」

 吐く息が白くなった。

 どんなに辛かろうと、生きているうちは前に進まなきゃいけない。

 それは楽なことじゃない。だから人は何てことのないものに幸せを見出していくのかもしれない。

 ふと、目の前を白いものが通過する。

「雪だ」

 厚い雲に覆われた重い空から真っ白な結晶がちらほら落ちてきた。

 本格的な冬の始まりを告げていた。


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