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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
22/23

きっかけは案外単純

 父の初公判は世間でも注目の的だった。

『今年の〇月〇日に起きた飲酒運転による人身事故で逮捕された伊藤容疑者の初公判が本日行われます。裁判所前には多くの報道陣が押し寄せ、世間がどれほど関心があるのかがうかがえます』

 朝のニュースはこの話ばっかりだった。

『遺族の板橋さんが昨日、カメラに向かって心境を語ってくれました』

『明日裁判が行われますが今はどのような気持ちでしょうか』

『もう、妻や息子は帰ってきませんが、同じような被害者を出さないように、正しい判決が下ることをただ祈っています』

『相手に伝えたいことはありますか』

『一生、許すつもりはありません。一生、運転してほしくありません。これからもずっと、妻と息子の命を奪った責任を背負って、生きてほしいと思っています』

 テレビを消した。

「母さん、行こう」

 そろそろ時間だった。

 神崎君が一緒に行きたいと伝えた時、母さんは喜んでいいと言ったし、席を用意してもらえるように頼んでいた。母さん自身が神崎君を心配して会いたかったのもあるし、神崎君のためになるならという気持ちもあったからだろう。

 神崎君と二人、後部座席に座って裁判所まで向かう。その間顔を合わせることもなかった。

 帽子をかぶって傍聴席に座ると一番前に写真を持った男の人が座っていた。今朝テレビで見た被害者遺族の人だった。

 顔を合わせることもできず、端にひっそりと座る。

 裁判はドラマで見るよりも何倍も緊張感があって、恐ろしく感じた。ここで人の人生が変わる。扉から、父さんが入ってきた時、何故だか泣きそうになった。

 本当に、こんな場所に立ってる父さんは見たくなかった。

 物々しい空気の中、裁判官の男の人の声が響く。裁判員制度により選ばれた一般の人が居心地悪そうに顔をこわばらせ座っているのが良く見えた。

 父さんの罪が検察側から言い渡される。飲酒運転の中でも、かなり重いものだった。

「伊藤さんはあの日、大量のアルコールを摂取し、酔っ払っていました。元からお酒に弱い彼は酔いやすく、飲んだ後とても運転できる状態ではないと自覚していました。だからいつも飲み会の日は電車で出勤し、車は家に置いていくと決めていたのです。そしてその日もそうしていました。彼に運転する意思はなく、上司に強要され、断り切れず運転させられたのです。だから伊藤さんの減軽を要求します」 

 傍聴席がざわつく。

 そこから、裁判は熱を増していった。

「あの日は本当に酔っていて、運転はできませんと断ったんです。それなのに無理やり運転席に座らされ、運転しないとクビだと言われました」

 証人として父さんの上司が現れた。

「別に強要はしていません。彼が自分ですると言ったんです!本当です!」

「それは違います!証拠品の提出を願います。これは彼の車のドライブレコーダーの音声です」

 流された音声に傍聴席は息をのんだ。

『お前が運転しろ!』

『むりです。お酒飲んでとても運転できません。代行呼びましょう』

『あ?俺を待たせんのか?お前の分際で、上司の俺を?ふざけんな』

 どが、と蹴飛ばすような鈍い音が何度か続く。

「この時、後部座席から、伊藤さんが乗った運転席のシートを何度も蹴飛ばされたそうです」

 続けます、と三浦さんが合図するとまた音声が流れ始めた。

 父さんの言ったとおりのことがしっかり記憶されていたし、思ったよりひどい上司の言動に皆黙り込んだ。

 張り詰めた空気が広がる。それを破って三浦さんは高らかに宣言した。

「また、彼の会社に聞き込みを行ったところ、日常的に部下に暴言を吐いたり物を投げるなどの行為があったという証言が複数ありました。部下は彼に逆らうことができない状態ができていた。この事故は単なる飲酒運転によって起きたものではありません。会社の日常的なパワハラが起こした人為的なものであると考えます。よって、伊藤さんは単なる加害者ではなく被害者でもあります。そのことを考慮していただきたい」

 いつもは明るい彼女が今日はとても逞しく感じた。

 一度、裁判官たちが退場したが空気が緩むことなかった。誰もしゃべらない。僕はただ手を握っているだけだった。

「判決を言い渡す」

 呼吸をするのを忘れた。

 凛と通る声で言われたものは最初より軽いもので、上司への罪が問われることになった。

「良かった」

 母さんが泣き崩れた。目の前では父さんも顔を覆って泣いている。その後ろで喜ぶ三浦さん達。そして、上司の男の人は頭を抱えていた。明暗が分かれた瞬間だった。

 呆然と見つめることしかできなかった。

 傍聴席の人がほとんどいなくなった時、やっと動くことができた。

「ありがとうございます」

 母はこれでもかと三浦さんに頭を下げた。

 それからは手のひらを反すようにリアクションが変わった。

『悪質なパワハラの実態』

『飲酒運転強要の新事実』

『日常的なパワハラを無視していいのか』

 論点がパワハラに完全に移り、父さんは罪を背負わされた被害者と言われるようになった。あんなに敵意むき出しで攻めてきたのに、今じゃ同情し、涙を誘おうとしてくる。

 何とも言えなかった。

 もちろん父さんの罪が軽くなったこと、真実が明るみに出たことはうれしい。でも釈然としない。

 次の日、教室に入ればいつもと空気が違った。言ってしまえば、神崎君が退院後始めて学校に来た時に似ていた。そう、かわいそうな被害者に対する同情と戸惑いが混じったような視線。そこに罪悪感が乗っていた。

 いつも通り、黙って席に着く。

 誰とも目を合わせなかった。今更同情なんてよかった。

「おはよう」

 神崎君だった。

「おはよう」

 敬遠して誰も近寄ってこないところに一人寄ってきた。まるでファーストペンギンだった。彼の後に続いて人が寄ってくる。

「伊藤君大変だったね」

「ほんとほんと。お父さんかわいそう」

「なんだよ、悪くなかったなら言えよな」

 みんな、みんな、陰口を言ってきた人だった。

「よく平気で話しかけれるね」

 騒ぎの中でも、神崎君の声は良く響いた。

「あんなに悪口言っておいて、自分のやったことなかったことにしてるの?」

 視線の先には菅野君たちもいた。

「君たち自分のやったことわかってないよね。彼の父親が逮捕されたからって軽蔑して無視して仲間外れにして。精神的に追い詰めてさ。見てみぬ振りした奴も一緒。お前らが作った空気が人を殺すところだったんだ。犯罪者の息子だ何だ騒いでたけどな、お前らが犯罪者なんだよ」

「神崎君」

 しんと静まり返った教室は世界から切り離されたように音を失っていた。その中で動いているのは神崎君と僕だけだった。

「もういいよ」

 茶色い瞳が僕を見る。

「へぇ、許すの」

 冷たい声だった。

「許さないよ。一生」

 こっちは自殺を本気で考えるほど悩んだんだ。ちょっとだけ切った手首に後もまだうっすら残っている。それ以上に心に負った傷は一生消えない。

「でも責めない」

 無言が続いた。一切動くことを禁止されたようだった。そして彼は息を吐いて「あ、そう」とそれだけ言って席に座った。

 異様な空気は一日中続いた。



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