表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
20/23

完全に折れる


 電車で揺られている間、ずっと外を見ていた。班全員が座ってトランプをしている。当たり前のように誘われなかった。席を前後させ仲良さげに一見見える。

「楽しそうだな。どうした、伊藤はしないのか?」

「なんか酔ったみたいで」

 菅野君は息を吐くように嘘をついた。別に、お前と遊ぶくらいなら寝てた方がまし。

 イヤホンを指して目を閉じる。曲の合間に賑やかな声が聞こえる。最悪のイベントの始まりだった。

 教室での居場所のない僕にとって、クラス行動は苦行だった。列のできるだけ最後に、ひっそりと後をついて行く。清水寺を見て投身自殺出来たらな、と思ってしまう自分はもう駄目だった。

 ほかにも集団から一歩引いている人は何人かいる。それでも彼らは嫌われているわけじゃない。その違いが心に与える影響を大きくする。

「うわ、ぼっちかわいそ」

 他のクラスとすれ違う時にささやかれた。笑い声がする。僕じゃないかもしれない。でも絶対に僕に言われた自信があった。なんで自分に対する悪口はこんなに聞こえるんだろうか。

 どうせなら先生に聞こえるくらい大きな声で言えばいいのに。内心ため息を吐く。寺院とかどうでもよかった。その日見たものをほとんど覚えていなかった。

「疲れてるね」

 ホテルの部屋に着いたらどっと疲れが出た。ベッドに横になって起き上がれない。

「いやなら言い返せばいいじゃん。君は悪い事してないんだから」

 出来たらやってるよ、そんなセリフでさえ言うのが億劫だった。

「先生には言わないの」

「言った」

 ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまってはっとしたが気にしていないようで、驚きと興奮が混ざったような声を上げた。

「んで、先生は?」

「気のせいだって」

「うわ。大人って本当に生徒のこと見てないよね」

 期待してないけど本当にクズだ、と大層楽しそうに言う。何が楽しいのかさっぱりわからなかった。

「何が最悪って全く気付いてないんだよね、冗談だよって心から言ってるところがもう終わり」

 そう、本当に気づいてないんだ。今時いじめなんて暴力じゃない。ちょっとした言葉や空気で簡単に起こる。そして、ちょっとずつ追い詰められていた精神は時に、ひょんなことで崩壊する。

 その事実を全く理解できていないんだ。そもそも教師になりたいと夢を持って、憧れを持っている先生こそそうだ。自分が学生時代にそういう経験がないから教育現場に希望が見れる。僕からしたら学校なんて汚いヘドロが渦巻くドブ沼だ。

 それが彼らには夢や希望を持った子供が汗水たらして頑張るキラキラと輝く場所に見えるんだろう。そもそも彼らとは違う人間だ。分かり合えるわけがない。

 その日は本当にシャワーを浴びてすぐに寝てしまった。



 一日グループ行動は一層苦痛だった。一挙手一投足舐めるような、刺すよな嫌な視線にさらされ続けた。痛む胃を抑えるために胃薬が欠かせなかった。

 それでも、神崎君は変に話しかけず、ずっと彼と話してくれていたからまだ楽だった。

 そして問題は三日目に起こった。

 午前はクラス行動で、午後は自由行動だった。僕は小田と約束をしている、彼のクラスは遠いから迎えに行くと連絡が来た。スマホを見ながら待っていると肩を軽くたたかれた。

「ごめん、遅くなった」

 全クラスが集まるホテルのロビーはごった返している。これくらい仕方ないし、寧ろ来てもらって申し訳ない。

「全然。取り合えずゆっくりお土産見に行く?」

「小物見てもいい?妹と姉ちゃんに頼まれてんだ」

 小田は三人兄弟の真ん中だった。前後が女の子だからか一番権力がないらしい。一人じゃ入る勇気ないからついて来て、と泣きまねする小田に笑っているとふわ、と最近時々嗅ぐ香りが鼻腔をくすぐった。

「ねぇ、よかったら俺も一緒じゃダメかな」

「は」

 ほとんど息の声が漏れた。

 神崎君が人当たりのいい笑顔を浮かべている。「何言ってんだよ神崎」と怒ったような橋本君たちの声がする。

「俺は神崎暁人、って知ってるか。虐待のだよ」

「あぁ、知ってるよ。学年一女子に人気の神崎君だ」

 小田は一瞬驚いた顔をしたが瞬時にうまく返す。するとそんな返事が来ると思わなかったのか神崎君が驚く番だった。

「面白いね君」

「お、お気に召した?俺は小田伊織。女みたいっしょ」

「おしゃれな名前じゃん」

 二人は早速仲良くなっていた。小田はさておき、神崎君がこの視線に気がつかないわけない。射殺さんばかりの悪意のこもった視線。

「伊藤とこれから雑貨とか売ってる店行くんだけどどう?」

「いいね。行こう行こう」

「待てって。こんな奴らとじゃなくて俺らと回ろうぜ」

 こんな奴ら、というところに眉をピクリと震わせるが小田は黙って菅野君たちを見つめる。僕はもう顔を上げることなんてできなかった。心臓がどくどくとなり、胃から朝食べた朝食が上がってこようとする。

「ごめん、君たちより彼らとのほうが楽しそうだから」

 悪気が全くない笑顔に見えるだろう。彼の得意の造り笑顔だ。この笑顔は人受けがいいが実際は拒絶の意味。それを知ってるのは多分僕だけだ。

 やんわりと断っているつもりらしいがそうはいかなかった。

 雑貨屋に入ると、ちょっと視界に入るくらいに彼らがいた。ずっとこっちをチラチラ見てこそこそと呟いている。

「ねぇ、これなんか立花さんに似合うんじゃない」

 かわいい和柄の鏡だった。うさぎが跳ねているいかにも女の子が好きそうなものだった。

「ごめん、お土産一緒に見ようと思ったんだけど思ったより目つけられた」

 その顔は本当に申し訳なさそうだった。そんなこと言われると、もう責めることはできない。

 立花さんと約束したのは僕たちで、それを菅野君には知られたくなかったから仕方のないことだったんだ。

「いいよ」

 そう言うのが精いっぱいだった。気にしなければいいんだ。そう思いこむ以外に方法はなかった。

 ずっと彼らが付きまとってきた。レストランに行くのもどこにも、ずっと視界の端にいた。

「伊藤、具合悪い?」

 小田が眉を寄せる。やっぱり、いつもみたいにうまく笑えてないのか。もうこれが限界だった。でも、いじめられていることがばれたくない。様子がおかしいとは思ってもここまで追い詰められているとは思っていないだろう。それだけはばれたくない

 自殺願望があるなんて知ったら軽蔑して離れていかもしれない。彼に拒絶されるのは、想像しただけで辛い。

「大丈夫」

 ちゃんと笑えただろうか。

 大丈夫。明日はほとんど帰るだけ。今日を乗り切ればもう修学旅行も終わり。

 思ったよりあっという間、もう少し。 

 心の中で何度も唱えた。




 胃がキリキリと痛む。食欲なんて全然なかった。

 ホテルはビュッフェ形式でクラスごとに座っている。班が関係ないということで神崎君と二人で端に座った。そこでも鋭い視線を投げられる。

 見ないふりして食べ物を取りに行く。

 今日一日なんだったんだ。行きたい場所もあっただろうにわざわざ追いかけてきて、暇なのか。自分たちも楽しめばいいのに。神崎君がいないと行動さえできないのかよ。

 声を出さずに悪態をつきながらさらに胃に優しそうなものを取っていく。スープとかにしよう。揚げ物やお肉は到底食べる気にならなかった。

 戻ろうとしたとき思い切り足を踏まれた。出そうと思ってた足が動かずつんのめる。

 ガラスの割れる音、女子の悲鳴、僕が倒れる鈍い音が響く。

「大丈夫ですか」

 ホテルの方や先生が寄ってくる。

 床にはきれいにぶちまけられた食事。

「だっさ」

「ちょっと、汚れた。最悪」

「あぁあ、やっちゃった」

 こそこそと、とどこからともなく聞こえる。

「大丈夫?」

 神崎君が素手でこぼれた料理をさらに戻していく。

 ありがとう。そんなこと、言えなかった。

 必死に食堂を出てトイレに駆け込む。

 後ろから、先生が呼ぶ声と笑い声がした。

 必死に便器にしがみつく。胃が痙攣したようにぎゅ、と痛む。

 もう、だめだ。

 死にたい。

 このホテルから飛び降りたら死ねるかな。

 十階近くあるこのホテルの屋上からなら、確実だろう。

 修学旅行中に自殺なんて大問題だろう。メディアにも取り上げられるかもしれない。そしたらいじめのこともより公になるかもしれない。遺書を書こう。あいつらの名前も全部書こう。

 エレベータに乗り込んで最上階のボタンを押そうとしたとき、それは妨げられた。

「どこ行く気」

 答える気力もなかった。ただ、神崎君をぼんやりと見つめる。後ろめたさも、何もかも、感情がどこかに行ってしまった。何も感じない。もう頭にあるのは死ぬことだけ。

「こっちでしょ」

 僕らが泊っている階を押す。

 すぐについて手を引かれる。手早く鍵を開けると部屋に放り込まれた。がちゃり、とドアが閉まる。オートロックだからここから出るのは容易い。

「今日は見張ってるから。変な気を起こさないように」

 変な気って何。死にたいってそんなにおかしいの。

 どうして許されないの。苦しみ続けて、まだ我慢しなきゃいけないの。

 抵抗する気力も、もうなかった。

 またできなかった。

 ベッドに潜って頭まで布団をかぶる。

 死ねなかった。もう無理。限界。

 死にたい死にたい死にたい。

 その時、ふと母さんがよぎった。初公判は一緒に行く約束をしていた。

 ごめんなさい。

 こんな弱い人間で、迷惑ばっかりかけて。

 ごめんなさい。

 涙があふれた。もう、どうしたらいいのかわからない。

 必死に嗚咽を噛み殺し、シーツを握り締めて過ごした。




 気づけば寝ていたらしく、朝だった。

「おはよう」

 本当に見張っていたのか、彼はすでに起きていた。

「朝ご飯はどうする?」

「食欲ないから」

「そう、なら体調悪いってことにしておく」

 そう言うと彼は制服を着て出ていった。

 虚無感と脱力感にベッドに横になる。こんな鬱屈とした気持ちとは裏腹にまぶしい朝日が窓から差し込んでいた。

 あとは帰るだけだった。昨日のことでやりすぎたと思ったのか、彼らはあまり近づいてこなかった。席が自由ということで、適当に座ると隣に神崎君が乗ってきた。

 一言もしゃべらなかった。持ってきたマスクをして、イヤホンをして目を閉じる。

 担任が心配そうに話しかけてきたがなんて返したか覚えてない。

 顔もみたくなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ