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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
18/23

太陽が消える

 二日休んでしまい、結局土日をはさみ、四日も休んだ状態での学校は、いつも以上に気分が重い。イヤホンをして歩けばいつも通りの日常が流れていた。

 靴を履き替えたところで肩が何かにぶつかる。追い越していったのは橋本君だった。わざわざぶつかるように追い越したんだろう。壁にぶつけた肩が痛い。朝から最悪の気分で教室に入れば一気に視線が集まった。そして、変に見ちゃいけないと気まずそうに大半が目をそらす。忌々しそうに見ているのはカースト上位と席とその仲間くらいだ。その空気を換えたのが彼の登場だった。

「神崎君!」

 女子の中でも派手な三上さん、高橋さんがきゃあ、と声を上げる。そういえば退院したって言ってたっけ、と思いながら席に座る。神崎君はたくさんの人に囲まれていた。横目で見ると顔の怪我はだいぶ良くなったように見える。

「痛そう」

「かわいそう」

 曲の合間に甲高い声が聞こえる。それを無視するように教科書を開く。今日は隣の菅野君も神崎くんの所に行っている。隣がいないだけで何倍も気分が楽なのに、どうしても集中ができなかった。

「立花さんがしばらく入院することになりました」

 ざわざわと動揺が広がる。やっぱり、あれは人違いでも何でもなく、立花さんだったんだ。

「何があったんだろう」

「お見舞い行ってみようよ」

 先生がいなくなると女子が楽しそうに話し始める。放課後にマックに行くみたいなノリだった。当事者以外はその程度なんだろうがそのノリの軽さは苦手だ。

 しかし、彼女はクラス委員であり、また誰とでも仲良く人気者であるがゆえに衝撃は大きかった。どこか、何時もより教室が暗い気がする。

 一時間目の古文の授業は一層静かだった。ただでさえ、つまらない授業がもはやお葬式だ。カリカリとノートを書く音と、パシ、パシ、とペンまわしをする音、チョークの音、それだけ。

 先生の声をBGMに外を眺める。秋にもかかわらず強い日差しが頬を指す。それでも風は冷たく、木々を騒めかせている。

 授業の合間にトイレに行くとまた誰かにぶつかられた。

「邪魔」

 違うクラスの人だった。

「何で端歩いてんのに邪魔なんだよ、とか思ってたりして」

「わ、なんだ。驚かせないでくれる」

 突然耳元でつぶやいたのは神崎君だった。珍しく一人、嫌らしい顔で笑っている。

 一瞬、図星をつかれてヒヤッとした。

「ねぇ、立花さんのお見舞い行かないの」

 何を言うかと思ったら、彼も他の生徒と同じことを考えていたのか。行きたくないわけじゃない。寧ろ、ノート借りたり世話になったから、行きたい。

「他に人いると気まずいでしょ」

「まぁね。彼氏ならまだしもね」

「冗談でもやめてよ」

 辺りを見回す。誰もいなかった。菅野君やその仲間がいたらどうなっていたことか。本当に心臓に悪い。

「大変だね、君も」

 ため息のように言うとなぜか戻っていった。何をしに来たのかわからなかった。




 『入院したって聞いた。大丈夫?』

『お、メールありがとう。思ったより元気!』

『お見舞いたくさんいると思って行かなかったけど母さんも心配してた』

『おばさんとしばらく会ってないなぁ。お仕事忙しそうだって聞いたよ』

 そんな会話が続いた。時々返信が遅くなるのは誰かが来ていたからだろう。彼女は人気者だから、病室も騒がしそうだ。

 勉強の合間、スマホばかりが気になって全然進まなかった。その時、ドアをノックする音がして振り向くと母さんが入ってきた。

「勉強中ごめんね。今、弁護士の三浦さんから連絡があって初公判の日にちが決まったんですって。お母さんは行くけど、優太はどうする?」

 聞かれて言葉に詰まる。正直、見たくない気持ちもある。父親があそこに立っているところを見ると余計犯罪者だって実感するだろう。それでも、見届けないといけない気がした。

「行くよ」

「そう!」

 母さんの顔がぱっと明るくなる。本当は、不安だったのかもしれない。全然気づいてあげられずに申し訳なくなる。

 スマホを開いて検索する。

 自動者運転過失運転致死傷罪

 必要な注意を怠って人を死傷させた人身事故の場合、七年以下の懲役または禁錮/百万円以下の罰金

 危険運転致死傷罪

 アルコールの影響が大きい、酩酊運転の場合に人身事故を起こした場合、相手が負傷すれば十五年以下の懲役、死亡の場合一年以上の有期懲役

 問題は損害賠償の金額もある。正直家は貧乏でもないし、ものすごくお金に困っているわけじゃないけど、何千万はすぐに用意できない。

 重いため息がこぼれた。大学に行かないで働いた方がいいんじゃないか。でも、今時高卒だと、碌な仕事に着ける気もしない。給料だってよくないだろう。高卒でうまくいってるのは芸能人とか特殊な職業の人だけだ。

「奨学金か」

 誰もいない部屋にむなしく響いた。



 

 肌寒くなってきて、修学旅行が近づいていた。この学校は三年生になると受験で忙しくなるため、秋に行くことになっている。京都に三泊四日のスケジュールでクラス行動と班行動自由行動がある。その班での最終打ち合わせに入っていた。既に話にはついていけておらず、日程も行く場所も知らない。そもそも、行くつもりがなかった。さっさと死んでぶち壊してやろうと思ってたのに、何もできないでいる。情けなさでまた、死にたくなる。班のメンバーで集まると余計息が苦しくなった。

「ホテルの部屋分け俺と神崎でいいっしょ」

 菅野君に反対する人はいなかった。彼以外に。

「俺は伊藤と同じ部屋にするよ」

「はぁ」

 どすの効いた声に肩が震える。神崎君は何言ってるんだ。もともと仲いいのは菅野君なんだから彼と同じ班でいいじゃんか。

「他に彼と組みたい人いる?」

 そんなの誰も手を上げるわけない。

 じゃあ決まり、と一人満足そうに笑う。

「待てって。なんであいつなんだよ」

「んー、気分?別に菅野は誰とでもいいでしょ」

 ニコニコと、有無を言わせない笑顔だった。

 菅野君がすごい顔でこっちを見ていた。必死に顔をそらすが居心地が悪くなるだけだった。結局、何故か神崎君は僕の同じ部屋を譲らず、残った人は適当に部屋割りをしていた。

「なんであいつと同じ部屋なわけ」

「仲良かったっけ」

「いや元から良くはないだろ」

「じゃあ脅されてるとか?」

「うわ、最悪じゃん。本当にクズ」

 神崎君が職員室に呼ばれた瞬間こうだった。前から悪口を言う時は立花さんがいない時を狙っていたが、彼女は今入院中。絶好のチャンスだった。

「修学旅行中あいつの顔見るとか最悪だよ」

「財布とられないように気を付けろよ」

「まじそれな」

 平気な顔して図書館へ向かう。傷ついているリアクションをすれば負けな気がした。小さな意地で必死に顔を作る。今はマスクをしてるからあんまり表情が見えなくてよかった。

「何なのあいつ」

「きも」

 教室を出る間、舐めるような視線の後、背中に聞こえた。

 死にたい。

 小さくつぶやいた声はマスクに吸収されて消える。

 図書館で読もうと思った参考書の内容も全く入ってこなかった。




 「しょっちゅう休まれると困るんだけど」

 部活に行ったら行ったでこうだった。確かに休みすぎなのは分かるけど、この間は本気で風邪ひいてたし、体調が悪いから休んでるんじゃないか。

「やる気あんの。ダラダラして、来ても休憩ばっか。士気が下がるからやめてくれない」

 随分熱血になったらしい。先生が来る前、後輩がネットや台を準備する間、ずっとねちねち文句を言ってくる。

「そもそも大して強くもないのに練習もしないでさ、恥ずかしくないの。後輩にも負けて」

 今日は小田が日直でまだ来ていなかった。

「別に恥ずかしくないならいいけどさ、周りに迷惑かけるくらいならやめてくれる?」

「わかった」

 もう、どうでもよかった。小田とか、他の同級生とはそこそこよくやれていたし、楽しかったけど今はもうどうでもいい。無理して続けるのが馬鹿らしくなった。

 関は驚いたように目を開いた。

 何今更。自分でやめろって言ったくせに。

「迷惑かけてごめん。退部する」

 しん、と静まり返る。他の部活がいるから、音がしないわけじゃないのに、卓球部の場所だけ空気が無くなったかのように静けさが広がった。

 え、あ、と声を出す関に背を向けて職員室に向かう。顧問に言えば退部届をもらえるだろう。別に本気でやってたわけじゃない。それに死にたいと思ってたし、どうせ部活はやめるから今やめても一緒だ。

 少しだけ、すっきりしたような、でもどことなく鉛を飲み込んだような、複雑な気持ちだった。




 その日の夜だった。部活には戻ることなく退部届を提出して帰ってきて勉強していた。

 スマートフォンが通知を知らせた。

『部活辞めたの?!なんで?!』

 小田からだった。ずっと仲良くしてくれた小田に何も言わずに辞めてしまったことは本当に申し訳ないとは思う。だけど、もう部活に行きたいと思えなかった。

『これから父親のことでも大変だし。金銭的にも時間的にも難しいかなって思ってたんだ』

 これはあながち嘘じゃないし、顧問にもそう言っていた。だから、ちょうどよかった。

『そっか。残念だけど仕方ない・・・。あ、話変わるけど修学旅行の自由行動一緒に回らない?』

 小田らしい返事だった。いつも明るくてムードメーカーで、でも距離が近すぎずちゃんと引いてくれるところが好きだった。勿論、打とうとして、手が止まった。

 修学旅行、どうしよう。正直行きたくない。その前に死ぬつもりだった。どうやってとかそういうことは考えてないけど、三泊四日も菅野君と一緒にいるとか耐えられる自信がない。

 死にたい。

 でも、数週間後に初公判がある。それは母さんと行く予定だから死ねない。その後、となると修学旅行までに週間を切ってくる。時間は迫っていた。

『勿論!』

 送信ボタンを押した。

 早く死ななきゃ、修学旅行の前にテストも迫っていたが全然集中することができなかった。




 朝、学校には人一倍早く行くことにしている。理由は人が少ないから。人がたくさんいる教室に入るのが気まずいから。

 今日も早く学校に行けば教室に一人人がいた。

「やっぱり早いね」

「そっちこそ」

 良く見れば腕のギプスが外れていた。顔の痣もほとんど綺麗になっている。

「腕良くなったんだ」

「そう。昨日やっと外れたんだ」

 良かったと自分の席に座ればなぜか前の席に座った。

「昨日立花さんに会ったんだけど思ったより元気そうだったよ」

 立花さんの言葉に一瞬動きが止まる。それを見逃してくれるほど優しくなかった。

「気になってんじゃないの?」

「小学生から一緒なだけで、そこまで仲いいわけじゃないし」

 へぇ、と含んだ言い方をする。本当に何がしたいかわからない。

「週末会いに行ってみれば?」

「週末は用があるから」

 そう言えば、部活?と聞いてきた。

「弁護士の先生が来るんだ。もうすぐ初公判だから」

 言わないほうが良かったかもしれない。でも、なんとなく神崎君はこの手の話題でからかう人じゃない気がした。

 す、と真顔になる。そして口を開いた。

「ね、それ俺も行っちゃダメ?」

「そっれて裁判?なんで」

「予行練習」

 神崎君のお父さんも裁判があるか。もしそうなら、被害者は神崎君だ。神崎君は傍聴じゃなくあの場に参加しなければいけない。その様子を、少し見てみたいということだろう。

「母さんか弁護士さんに聞いてみるよ」

 そう言えばうれしそうに笑った。ちょどその時廊下の方で声がしてきた。彼は無言で立ち上がり自分の席に座る。僕も教科書を開いて自習に取り掛かった。


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