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死にたい僕と殺したい君と  作者: 相良美斗
14/23

優しさとお節介

 体育も半そでじゃあ肌寒く、長そで長ズボンを着こむようになった。 

 今は別の班が試合をしている。僕たちの班は見学だが、僕の周りに人はいない。先生にばれないくらい、さりげなく、距離が空く。

 神崎君も試合に参加していた。休みが多い割には運動神経がいいのか結構動き回っている。彼の周りには人が集まっていく。見た目も相まって少女漫画に出てくる格好いい同級生っぽい。改めて、位が違うと実感する。怪我も治ったのか、よかった、そう思った時だった。相手が蹴ったボールが神崎君のお腹に直撃した。試合終了直後だった。顔をしかめる神崎君に誰も気がついていない。みんなビブスを外したり雑談している。そんなみんなの陰で、明らかに様子がおかしいのに、必死に取り繕おうとしている神崎君が目から離れなかった。

「次の試合準備しろ」

 次は僕たちの班だ。のろのろと歩いていく。

「あ、あの。すみません。お腹痛くて」

「お、伊藤。大丈夫か。保健室行けるか」

「ちょっと、厳しいかも」

 うまくいくかは賭けだった。

「じゃあ、二組の保健委員」

 何とか、表情を保った神崎君が手を上げる。

「伊藤が体調悪いらしいから保健室連れていってくれ」

 うわ、さぼりかよ。

 僕にだけ聞こえるように呟かれる声に本当に居がキリキリと痛む。もう、毎日のように感じる痛みだった。

「わかりました」

 そう言う小さな声と共に、細くて白い腕がまわされる。

「平気?」

 わざと、お腹を押さえながらかがんで歩く。グラウンドから靴置き場まで来るともう、向こうからはここは見えない。ゆっくり座ると息を吐いた。そんな俺に、本当に心配しているわけじゃない、感情のない声が降ってきた。

「そっちこそ」

 そう言いながらお腹を指せば、珍しく表情を変えた。そして、訝し気にしかめられる。

「なに、仮病なの」

「ボール当たったの見ちゃったから。休んだ方がいいんじゃない」

「随分おせっかいだな。仮病だってばらされたら大変じゃないの?いいの?」

 脅し、だろうか。

「まぁ、どうせ仮病だって思われてるし、何したって悪口言われるんだから、どうでもいいよ」

 どうせ、足掻いたって無駄だ。久しぶりの青空を見てれば、ワンテンポ遅れて、そう、とだけ返ってきた。本音を言うと、試合に出たくなかった気持ちもあった。どうせ疎外感を感じて、時々嫌がらせをされて、いい気分にはならないのは分かり切っていた。

「あのさ、病院とか、行かなくて本当に大丈夫なの」

「行けるわけないじゃん」

 そう言い放った。その声はとてつもなく冷たい。

 なんで、そこまでしてお父さんをかばうのかわからなかった。判別のつかない子供ならまだしも、この年で父親がやっていることは犯罪だってわかるだろうに。ましてや、自分が被害者で、こんなにも痛い思いしているのに何で守ろうとするんだろう。さっぱりわからなかった。 

 お互い、会話はなかった。決していい匂いじゃない下駄箱の前に座って、ただ外を眺めていた。



 放課後、人がまばらな教室。一人机に座って頬杖をついて空を眺める。出席番号順のこの席は菅野の隣が嫌だが窓際という素晴らしいオプションがついている。曇った空に寒そうに木々が揺れる。

 部活に行くなら、そろそろ動かなきゃいけない。でも、行ったところで文句を言われ、八つ当たりされるだけだ。部長はストレスたまるのかもしれないけどこっちに当たるなっての。小田は必死にフォローしてくれるが最近は後輩に付きっ切り。それに、小田の迷惑にもなりたくないから頼りたくない。

 辞めようかな。

 うちの学校は別に部活動は強制じゃない。ただ、結果を残すと内申書に載るからやっているだけだ。それに、ちょっと前まではそれなりに楽しかったし。ただ、今は違う。苦しい思いまでして、やる必要はあるのか。部活一実力がある人間ならまだしも、正直そこそこの僕が辞めたところで何も困る人はいない。寧ろ、やめたほうが、シューズ代とか部費とか払わなくていいから、得なんじゃないか。

 コンコン

 机が叩かれるかすかな振動がしてイヤホンを外せば関が立っていた。既に行ったと思ったらまだいたのか。もう、教室にはほとんど人がいなかった。

「部活は」

 明らかに不機嫌そうに言う。菅野たちがいなけりゃ教室でもしゃべりかけるんだ。本当に小さい奴。

「休む」

 なんか無性にイライラした。あいつの顔もみたくないし、今は同じ空間にもいたくなかった。

「さぼりかよ」

 面と向かって言えないのか、去り際に聞こえた。

 言いたいなら直接言えよ、根性なし。

 教室に一人になった。人がいないととても呼吸がしやすいが、でもやっぱり嫌いだ。この教室を見るだけで思い出したくもないことが頭に浮かんでは蝕む。

 死にたいなぁ。

 消えることのない感情が心に巣食っていた。


 『仕事休み。買い物行ってきます』

 ほとんど会うことのなくなった母とのコミュニケーション手段、ホワイトボードにそう書いてあった。居るのか、ちょっと気持ちが重くなる。いつもと変わらないふり、元気なふりをしなくてはと気合を入れ麦茶を飲み干す。

 そして帰ってきたと思ったら、思わぬものを連れてきた。

「なんで」

「覚えてる?ちょっと前に怪我の多い子見たって言ったでしょ?また見かけちゃって、声をかけたら今日家で一人だって言うもんだから連れてきたのよ。そしたら何、優太同じクラスなんだって?」

「さっきぶりだね」

 母の後ろに、買い物袋を持った神崎君がいた。きれいな笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。「荷物持つのも手伝ってくれて、助かったわ」鼻歌でも歌いだしそうな勢いでキッチンへ入っていった。

「なんかごめん」

「なんであの年の女性って強引なんだろうね」

 それは、永遠の疑問だと思う。大して仲の良くない同級生の家に行ってご飯を食べることがどれだけ気まずいか、分かっていない。

「すぐできるから待っててね」

「お構いなく」

 さわやかな笑顔に母さんは上機嫌だ。これだから顔のいい奴は得だよ。

「優しいお母さんだね」

『お母さん亡くなってるらしいよ。噂によると、自殺じゃないかって』

 隣の顔をそっと覗くと少し切なそうな顔をしているように見えた。

「なに?」

「いや、なんでも」

「君さ、お母さんに言ってないんだね」

 何のことだかわからず首をひねると、にや、と嫌らしく笑った。

「いじめられてること」

「ちょっと」

 ソファからいくら離れているとはいえオープンキッチン。聞こえたらどうするんだ。

「言ってたらこんなに笑ってられないだろうね。でも、こんなに優しくておせっかいなお母さんがいるのに何で相談しないの?言いにくいなら言ってあげようか?お宅の息子さん死にたがってますよって」

「ちょっと!やめてよ」

 いいおもちゃを見つけたと言わんばかりに楽しそうな神崎君に胃がキリキリする。

 本当に何でこの人を連れてきたんだ。

「本当に言わないで」

「なんで、あの人なら真剣に聞いてくれそうじゃん」

 そう、多分、母さんは真面目に聞いてくれるし心配してくれる。

 だから嫌なんだ。

「迷惑はかけたくないから」

「死ぬ方が迷惑でしょ」

「はい、簡単にだけどできたよ」

 神崎君は笑顔でテーブルに行った。母の声でかき消された冷たい声が耳から離れなかった。

 テーブルにはオムライスとスープがあった。

「なんでオムライス」

「久しぶりにいいかなぁって思って」

 オムライスなんて何年ぶりだろう。確かに小さいころは好きだったけど、最近はめったに食べない。何というか、子供っぽくて変な恥ずかしい。

「おいしそうですね。オムライス久しぶりです」

「あら、そう。良かった」

 仕方なく座って一口食べる。とても懐かしい味だった。

 食事中は基本的に二人がしゃべっていた。さすがと言うべきか、神崎君は外面がいい。

母が喜ぶ答えを知っているのだ。当たり障りのない会話が尽きることはなかった。

「じゃあそろそろお暇します」

「なら、送っていくわよ」

「いえ、そこまでしていただくわけには」

「いいのいいの。ちょっと遠いでしょう」

 ほら、車に乗って、となぜか僕まで車に押し込まれた。昔は、こんなに強引な人だっただろうか。やっぱり年を取るとみんなこうなるのか。後部座席には、少し機嫌の悪そうな神崎君と二人。申し訳なさと気まずさで顔を合わせることができなかった。車に乗ると十五分程度で大きな家に着いた。お金持ちとは聞いていたが本当だったんだ。白い壁は高くそびえ、品の良さが外からも分かる。庭もある家と言うのはここら辺では少ないだろう。

 その家に、電気がついていた。

「じゃあ、本当にもういいので。ありがとうございました」

「あら、ご家族の方に挨拶していこうかと思ったんだけど」

「いや、それは。仕事してるんで」

「でも電気ついてるでしょう」

 一瞬だが明らかに顔が曇った。

「同級生の親御さんだもの、ご挨拶しなくちゃ」

「いや、それは」

「母さんやめろって。今時そういうのしないんだって」

 止めに入ったときだった。神崎君の後ろから黒い影が伸びてきた。悲鳴を上げそうになって咄嗟に口を紡ぐ。現れたのは神崎君と同じくらい長身の男の人だった。僕と母さんを交互に見て、きれいな笑顔を作った。

「こんばんは。息子がお世話になったみたいで」

「あぁ、お父さんでしたか。いつも息子がお世話になってます。同じクラスの伊藤の母です」

「そうでしたか。突然友人の家に行くなんていうものですから、珍しいな、と思っていたんです」

「そうだったんですね。すみません、遅くなってしまって」

「いえいえ、こちらこそ送ってもらったようでありがとうございます」

 親同士普通に会話しているだけなのに、真っ暗な中、小さなランプにだけ照らされた状況が気味悪さを演出する。

 神崎君のお父さんはきっちりスーツを着ていて、穏やかな笑顔を浮かべている。『いい人』にしか見えなかった。

 しかし、肩を抱かれる神崎君はうつむいている。顔が暗くて見えないが、やっぱり、怖いんじゃないだろうか。

「それじゃあ、夜も遅いので、失礼しますね」

 帰るわよ、と言う母の声に車に乗る。走り出すとき、ライトに照らされた神崎君の顔は驚くほど表情がなかった。

 余計なことをしたんじゃないだろうか。

 いや、別に同級生の家でご飯を食べただけだし、特に何も変なことはしていない。母さんも普通のことしか言ってなかったし、大丈夫だろう。

「神崎君って、お母さんは何されてるの?」

 さっきとは違う、静かな声で聞く。突然なんだろう。

「聞いた話だと、亡くなったって」

 そう、と言うとまた黙った。

 そして、しばらく時間を置いて、また口を開いた。

「暴力、されてないよね」

 驚いて息が一瞬止まった。なんで、そんなこと気づいている素振りなんて見せなかったのに。

「一度、傷だらけの時に見たけど普通じゃなかったのよ。明らかに何か隠してるし。虐待じゃないかなぁって思ったんだけど」

「そんなこと」

「勿論勘よ。だけど、あんまり手料理食べたことないって言うし、お父さんも優しそうだったけど、そういう人って案外外面いいって言うじゃない」

 なんでこういう時だけ勘がいいんだ。

「もしかして、それを疑ってて家まで送ったの」

「そう。どんな親か見てみたくて」

 まじか。心の中でつぶやいた。母さんがそんなこと考えてると思わなかった。

 神崎君は母さんのいう通り暴力を振るわれている。誰からとは聞いてないけど、十中八九お父さんだろう。だからって、僕の口からは言えない。

「電話してみようかしら」

 家に着くと食器を片付けながら母さんがつぶやいた。

「電話って」

「児童虐待の相談にのってくれるところあるでしょう。当事者じゃなくても電話して相談していいらしいの。しかも匿名で向こうにばらさないでくれるらしいし」

「何言ってんの。証拠もないのに」

「証拠ないからって放っておいて何かあったらどうするの。この間だってまだ小さい子が虐待で亡くなったって話あったでしょう。あとから、そういえば変でしたとか言っても仕方ないじゃない。何もなければいいんだから」

「そうだけど」

 確かに、母さんの言っていることは間違いじゃない。でも、神崎君は嫌がるんじゃないだろうか。それに、無駄だと思う。あのお父さんは隠すのがうまそうだ。とても、ぼろを出しそうにない。

 それに、ちょっと、心配だった。放っておくとそのまま死んじゃいそうな、危うさと言うか儚さがあって怖かった。だから、やめたほうがいいとは言えなかった。



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