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望まれていない強さを武器に  作者: Kan-Ten
2章 今日も今日とて
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不定期開催『基地の窮地』

 同盟、ハミルトン基地南方。



 拠点領域包囲網の内、北部の一部を担っている同盟の前線基地。そこから出撃した軍勢が今、横に長い陣形を組み敵を待っている。



 数km前方の隆起した地形の手前には、大きく間隔を空けて疎らに人影がある。



 ゼド。人間離れした力を振るい、戦局を支配する強者たち。

 彼らは軍服のままで、ある者は静かに空を見上げ、ある者は傍に控える随伴部隊と言葉を交わしている。

 その中で軍勢中央の前に立つ男は、目を閉じて息を整え、作戦を脳内で反芻する。とそこに通信が入る。作戦を指揮する一団の長からの激励。



『全軍、聞け。諸君がこの一戦に敗れたならば、それはハミルトン基地の陥落、ひいては後方、アマースト基地にある重防御砲の破壊を意味する。その先には高高度防空力の喪失、包囲網の瓦解、あの暗黒の時代への退行が待っている。

 諸君の数は今や決して多くはないが、それは敵も同じだ。この一戦さえ切り抜ければ危機は脱せられる。そしてそれは、ここまで生き抜いた諸君ならば容易であると信じる。検討を祈る』



 言っていることは正しいけれど。男は思考する。クヴァエレ本隊は確かに少数で、これらの相手は突撃部隊だけでも何とかなりそうだった。最大の脅威は基地に向かってくる上位個体。そちらを殲滅する自分たちには、失敗は許されない。



 肩を回す男にさらに通信が入る。個人宛て、非公開のチャネル、送信元は戦列左端の男。



『疲れてんなら帰って寝てていいぜ、ヒューゴ。今のお前じゃ、大して役に立たねえんじゃねえか?』

『言ってろ。あんたこそ、援軍に来ておいて醜態晒すなよ』



 笑って言い返す男の顔はやつれている。これより始まる一戦の鍵は、間違いなくこの二人だった。



『コーテックスより全軍。敵群先頭、進行中。交戦準備』



 司令部からの通信を受け、ゼドが一斉に閃光を放つ。

 一瞬の後に現れたのは、装甲で覆われた人型。



 『鎧装体』。人間よりも二回りほど大柄なその肉体は、戦うために人間が変容した姿だった。クヴァエレとの戦闘が始まってしばらく後に、寿命の消失と同時に突如人類に備わった変身能力。後天的に様々な技術を組み込んで強化することもできる、生物の能力と呼ぶにはあまりに奇妙な形質。



 現代の兵士は、通常戦力に至るまで全員が鎧装体に"移行"する。具体的な形態は、兵士自身の素質と後付けの強化処置で決まる。ただ、すべての鎧装体は概ね人型であり、外皮にあたる金属質の装甲の下は、人間離れした化け物になっている。



 黒紺の鎧装を展開したゼライは特に、人間に近い姿をとっている。皮膚を直接鎧にすげ替えたような体。頭部だけは人間からかけ離れており、爬虫類と猛禽類をかけ合わせたかのごとき異相。細長い眼窩を覆う黄色のセンサーシールドは、生物でいえば瞬膜にあたるはずだが常に目を覆っている。



 ゼライは左手に巨大な機銃を実体化させる。水面の波紋に似た揺らめきが手の周囲に広がり、そこから浮かび上がるように、機銃が透明度を失って顕現する。自身の魔力を浸透させた兵器は非実体化し、平時よりいつでも使用できる状態になっていた。機銃から伸びた補助アームが前腕を掴む。



 ゼライが横を見やると、望遠機能を付加された鎧装の眼に先の会話相手が移る。ヒューゴと呼ばれたその男は、ゼライよりも僅かに大柄な鎧装体に変わっていた。甲冑を纏った人間といっても通じる外観。腰から伸びる数枚の装甲版や、端々の鋭角的な意匠、そして装甲が折り重なって目が隠れた頭部。同盟の英雄。識別名はカレンデュラ。

 樺色の装甲の所々に、亀裂や変形等の損傷が見受けられた。連戦で修復しきれないほど消耗しているが、実体化させた巨大な銃火器を握る手はぶれない。長く伸びた砲身は独立した三本の柱が円形に並ぶ構造で、ハンドガードには円筒型のモジュールが据え付けられている。携行型のプラズマカノン。



 二人は非実体化している他の兵装の状態を確認しながら、淡い燐光を纏い音もなく宙に浮く。背中から小さく、ぼやけた翼のような、あるいは噴射炎のような光がうっすらと伸びる。再び司令部からの通信。



『敵航空機群を確認。低空、重防御砲射角外で滞空。

 …………敵先頭に動き、曲射攻撃が始まる。後方部隊、対空砲火用意』



 ややあって、遥か彼方で幾条もの光と白線が、空に伸びる。丘越しに見えるクヴァエレの対地攻撃。まだ視認できないような砲弾も無数に飛んできているのだろう。中には丘を越えたあたりで落下角度を深め、垂直に落ちてくるものもあるはず。



 数秒の後、ゼライたちの後ろからも膨大な量の砲弾が撃ち上げられる。大地に轟音が響き渡った。威力の減衰が激しい射撃攻撃でも、撃墜距離一、二km程度の近距離対空防御であれば支障はない。兵士たちの上空が閃光と爆炎で埋め尽くされる。



 対空砲火をすり抜けて降ってくる攻撃が、突撃隊のいる丘の陰に着弾し始める。普段よりも距離があるうちからの攻撃。従来この距離でのクヴァエレは、散開して身を隠す突撃部隊の位置を特定できず、限りある弾薬を消費してまで攻撃してこない。今回はゼライがブリーフィングで聞いた通り、クヴァエレ側の補足能力が向上しているらしかった。既におおよその位置が暴かれている。



 そしてまた聞いた通り、クヴァエレの群れの規模は比較的小さいらしい。後方から迎撃砲火が上がっていることを加味しても、降ってくる曲射攻撃は多くはなく、回避は可能だった。

 しかし、人類側でしばしば運用される、シールドを展開する無人兵器――人間を加工した魔力ジェネレータを搭載する以上、元人間ともいえる――は今回一機もない。突撃隊の兵士たちは直撃を避けながら号令を待つが、一人また一人と死傷者が出始める。ゼライは傍に落下した砲弾の爆風と破片を浴びながら、焦れったい気分を隠さずリァシクに聞く。



『このしょぼい物量、敵の本命はやはり空挺部隊だ。早く相手しに向かった方がいいんじゃねえか?』

『だめだ待て。この距離だと、お前たちはともかく随伴がもたない』



 対クヴァエレ戦における最大の障害がこれだった。クヴァエレの長距離攻撃技術は、人類が直面してきた最大の壁といっても過言ではない。

 魔力が距離減衰する人類の砲撃兵器は――ごくいくつかの例外を除いて――敵にある程度接近しない限り、豆鉄砲も同然だった。射撃が有効な距離に移る、あるいは近接戦闘を挑むためには、遮蔽物から飛び出した後はひたすら突撃するしかない。開けた戦場では、クヴァエレに近づくまで一方的に撃たれ続けることになる。

 当然対抗技術もそれなりに発展してきているが、吶喊による被害を抑えるには敵をできるだけ引き付ける必要がある。



 幸いにも、クヴァエレは人類と違って自前の魔力で弾薬の生成や装備の修復ができない。特に弾薬は無尽蔵に生成できないのか、長距離から曲射弾や誘導弾を垂れ流すような戦術を長くは維持しない。殆ど迎撃されてしまうためだ。こちらの迎撃が追い付かなくなる距離までは、クヴァエレの方からも近づいてくる。



 そのときまで、補足されている人類は地形の陰でひたすら攻撃の雨を防がなければならない。






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 どれほどの時間が経ったか、遂に司令部から待ちに待った指示が飛ぶ。



『コーテックスより。敵、ポイントDに到達、進群停止。カレンデュラ、ティグリス、閃鉄及び各随行部隊は前進せよ』



 応答するや否や、ゼライは急加速し丘の向こうへ飛び出す。随行する部隊、基幹国軍四〇八大隊第七中隊も追随した。

 飛行を開始してまもなく、無数の攻撃に晒される。始めは高速ミサイル等の推進機関を持つ火力が、接近するにつれて大口径徹甲弾、中口径機関砲弾、ビームパルス……。多様な攻撃からなる弾幕を、地表すれすれを飛びながらかいくぐっていく。



 突撃する兵士たちは皆、『ステルス』と呼ばれる機能を有している。これのためにクヴァエレは突っ込んでくる人類を遠くからは認識できず、感知しても正確に照準を合わせられない。可視光まで攪乱する機構から考えるに、クヴァエレから見た人類は、近づくまでは広がった灰色のノイズのように見えるのだろう。

 それでも限定的な情報から人間の位置を割り出し、多くの突撃要員を粉微塵にするのだから手強い。



 前方目掛けて飛び続けるゼライは漠然とした不快な気配を感じ始め、リァシクの通信に意識を向ける。最前部にいるゼドが収集したデータの多くは自身では精密に認識できず、オペレータたちが処理して、本人の鎧装体に組み込まれた器官に送信する。

 レーダーに敵影が表示される。彼のほぼ前方と、戦線中央より右側、計二つの塊がある。



『上位個体群を乗せた航空機が接近。お前は真正面にいるI群をやれ。五体中反応の強い三体を優先して撃破しろ』

『了解。後ろはちゃんとついてきているか』

『四〇八はまだ一人減っ――訂正二人減っただけだ。

 ……ん? I群が減速し始めた。航空機、全上位個体を投下、後方に離脱する。……?』

『確認する、全部か』

『そうだ』

『囮か』

『他の上位個体は戦域に確認できない。そいつらを排除しろ』

『了解』



 情報通り、今回のクヴァエレの射撃はこれまでよりも正確だった。まだ敵本隊まで距離があるにもかかわらず、たびたび直撃かそれに近いコースの攻撃が飛んでくる。

 通常の飛行も不規則な蛇行を交えたものだったが、ゼライは加えて、魔力を用いて瞬時に大量の推力を得る『スラスト』を駆使して砲撃を躱していく。慣性制御と同時に眩い光を一方向に放射し、とてつもない急加速を実現する戦闘機動。



 周囲の気流制御なども併せて行わなければならないそれを、常時連発できるほどの魔力と集中力を持つ者はらゼドの中でも非常に限られている。他の兵より格段に生還する見込みがある彼らはだからこそ、突出して砲撃を引き付ける役目を担っていた。

 誘導兵器類は、ぎりぎりまで引き付けてからスラストで切り返し回避。それで捌ききれそうにないときは、背後にミサイルを顕現させて射出、迎撃。実体化する前に起動し緒元入力、点火しつつ実体化することで、発射装置無しに運用していた。



『I群の五体はすべてお前たちに向かっている。進行方向、示した通りにずらせ。四〇八は弱い二体を相手する。万一強力なのがそちらに行ったら合流』

『了解』



 ゼライと後続の部隊の進路の違いが明確になっていく。それに応じて上位個体の群れも二手に分かれる。反応の強い三体は全員ゼライの側に向かってきている。同じタイミングで、同盟のゼド二機の交戦が公開チャネルで知らされる。



『こちらカレンデュラ。中央、右翼攻撃隊はともにJ群と交戦。……二体基地側に向かう』

『司令部了解。ツァンジェン、ゲール隊、要撃準備。指定エリアの対空部隊は退避開始』



 砲撃の嵐が落ち着き始め、代わりに個人武装からと思しき射撃が飛んでくる。遠方から接近してくる人影が視界に入った。



 クヴァエレの上位個体。



 外観は人類の鎧装と比べ、さらに完全な人型。また、装備の規格化が進んでいるようで、十数タイプしか確認されていないのも特徴だった。

 今ゼライが相対しているのは、標準型に分類されるものだった。背部には飛行するための小さなバーニアを備え、両肩付近にあるウェポンベイにはミサイルポッドと、折り畳み式の滑腔砲が据え付けられている。手にはライフルの類を構え、一方で腰には近接戦用のブレードを帯びている。



 攻撃対象を目にしたゼライの敵意はいよいよ膨れ上がる。脳をチリチリと焼くような不快感。旧人類である彼ですら抑制に努力を要する攻撃衝動は、人類の本能に根差したものだとか。



『閃鉄、交戦する』



 上位個体からの攻撃を躱し、ゼライは自身の攻撃の射程内にそれらを収める。ようやくだ。機動戦に移行。片手に持った機銃が唸り弾丸を吐き出す。クヴァエレたちは一斉に散開し、回避しながら応戦してくる。ゼドのスラストと同様の動作を交えながらの、複雑な回避機動。



 ゼライと三体は位置関係を激しく変えながら撃ち合い、少しずつ被弾していく。機を窺って敵の一体にスラストで急接近し、同時に自らの得物を空いている手に実体化させる。切先諸刃の黒い曲刀。横凪に振るった初撃は、敵が抜き放ったブレードで阻まれる。魔力の衝撃波も干渉されて敵まで届かない。高速の白兵戦が展開される。



 スラストも活用して斬撃や格闘攻撃の応酬を繰り広げ、体勢次第で距離をとって再び射撃戦に移る。距離が離れ過ぎると、先ほどよりも精度の高い攻撃が遠く離れたクヴァエレ本隊から飛んでくる。上位個体とリンクしているのか。



 一対三なれどそこは国家最強。自身は最小限の損害で確実に三体を傷つけていく。人類は魔力に余裕がある限り、肉体を大きく損傷しても修復できる。鎧装体であっても。同様に武器も修復可能だった。



 強力な魔力が込められた攻撃を受けると、自身の魔力が大きく減少し、限界を迎えれば死んでしまう。しかしゼライであれば、一度や二度体を切り裂かれたり、砲弾で吹き飛ばされたりする程度では作戦に支障をきたさない。

 他方のクヴァエレは、装甲が非常に頑丈にできている。特に上位個体は、皆ゼライが近接攻撃を数度浴びせても破壊できないほど堅牢だった。しかし、それだけだ。



 数度目の近接戦で、ゼライは斬撃をクヴァエレの一体に放ちながら、背後からミサイルを実体化させ別の個体に浴びせる。

 不意を突かれてミサイルの直撃を受けた個体に瞬時に接近。銃を虚空に格納しながら既に損傷していた脚部を斬りつけ、反撃を許さず頭部を殴りつける。装甲が大きく変形し、幾筋もの亀裂が入る。そのクヴァエレは頭部センサー類が破損したのか、仲間の支援を受け大きく距離をとった後、装甲を脱離し中身を顕わにする。



 彼らの装甲が鎧装体と異なる最大の点は、それが本来の肉体を覆う強化外骨格に過ぎないことだった。

 顕わになった生身の頭部は、砕けた装甲に圧迫され傷ついていた。額から左こめかみにかけて特に大きな裂傷があり、唇が半ば剥がれた口は歯を食いしばっている。女性型と思しきその個体は血で髪が張り付いた顔を歪め、片方が赤く染まった目でゼライを睨む。



 完全に援護射撃に回ったその個体はしかし、今や彼の障害たり得なかった。クヴァエレは、例え強力な魔力が込められていない攻撃であっても、それで肉体的急所を傷つけられると致命傷になる。魔力で補強されただけの頭部を晒している個体など、いつでも即死させられる。






 魔力を消耗せずとも、一度頭が胴から離れただけで死ぬ。

 しかも自力では肉体を修復することも、弾薬を生成することもできない。

 クヴァエレは生物として、人間よりも遥かに脆弱な存在だった。






 射撃のみでは決定打に欠けると判断しているのか、上位個体側からも積極的に接近戦を挑んでくる。ゼライは胸部装甲が砕けている一体を刺突で串刺しにするも、差し違える形で脇腹を切り裂かれる。ブレードが深く切り込んで止まる。慣れたいつもの激痛。



 強引に刀を振るい、心臓を切り裂きながらクヴァエレを弾き飛ばす。その勢いを利用して体を回し、先の傷ついた個体に機銃を取り出し掃射する。ゼライの脇腹にできた装甲の裂け目から赤い肉が覗き、鮮血が噴き出す。

 敵は運悪く頭に銃弾を浴びて転がった。まだ完全には死んでいないだろう。動きの止まったそれの頭部を踏み潰す。



 至るところに受けたダメージを回復させつつ、ゼライは残る一体の処理を考える。そのクヴァエレは彼に射撃しながら、自身らの本隊の方向へ全速で撤退している。ゼライならば追いつけるが――



『もうあの個体は消耗が激しい、以後実質無害だ。追撃より弾薬生成と鎧装修復を優先しろ』

『了解。四〇八は……まだ七割ほどいるか』

『二体とも撃破した、問題ない。敵本隊の攻撃に向かえ』

『ある程度先行しておくか』

『弾薬はミサイルを優先して補充しろ。カレンデュラの方も直に上位個体を狩り終わる』



 控えめになっていた敵の砲撃が再開される。ゼライはそれを回避し、速度を調整してレーダーに図示された場所に向かう。

 破損した装甲とその下の肉体が淡く光り、煙のようなものを上げて再生していく。弾薬の生成が一区切りついた時点で加速、クヴァエレ群の本隊が陣取る一帯に接近する。






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 果たして視認できたその部隊は、基地に侵攻するにはあまりにも小さな群れだった。砲を備えた戦車や装甲車、弾薬を搭載した補給車が各数十台規模で、それに携行型の砲を扱う兵が数百人から千人ほど。これらがクヴァエレ本隊であるようだった。

 各火器は瞬間火力、総火力ともに強大だが、ゼライに対抗できるような戦力は存在しない。上位個体は先の航空機に乗っていた者たちで全てだったらしい。



(これなら俺たちだけで全滅させられるが……)



 ゼライは当初の指示通り、友軍の突撃を可能にするための砲兵器破壊を形式的に行うが、すぐに司令部から本隊殲滅を命じられる。勢いを落とさずそのままクヴァエレを攻撃し続け、四〇八もそれに加わる。そこに、別の場所で戦っていたカレンデュラが到着する。



『待たせたな』

『遅いわ、もう終わりかけだぞ。ティグリスは?』

『まだ上位個体の一体と遊んでいる』

『ちっ……まあいても出番はなさそうだ』



 手際よくクヴァエレを殺し続ける一行。通常のクヴァエレは装甲服を着込んではいるが、上位個体のように全身を外骨格で覆われているわけではない。剣で斬り裂けばたいてい、綺麗に切れるのではなく衝撃で飛び散る。スラストで加速して軽い車両を蹴りつければ、車体はひしゃげて大地を滑り、巻き込まれたクヴァエレの歩兵が何体も磨り潰される。

 先ほどゼライから逃れた瀕死の上位個体は、腹にカレンデュラの拳を受けて吹き飛んだ。外骨格は原型を留めているが、内側は悲惨なことになっているだろう。



 結局、後詰の突撃隊は不要で、クヴァエレ本隊が丸ごとこの世から消えるのに大した時間はかからなかった。



 全てが順調だった。不自然なほどに。



『敵本隊の全滅を確認。よくやった。基地側防衛線の上位個体もツァンジェンらが排除、被害は二割に満たない。その場で待機し、司令部からの連絡を待て』

『……なあおい、何かおかしくねえか?』



 一瞬の沈黙を挟み、リァシクが声の調子を落とす。



『……お前の考えを聞かせろ』

『向こうがこんな貧相な群れで無理に攻めてきたのは、同盟側の余力もないと踏んだからだろう。なら一か八かで、上位個体を基地に送り込むのに力を入れるべきじゃねえか。なんだって俺やカレンデュラに全部の上位個体をぶつけて、まともに相手したんだ?』

『私も腑に落ちん。お前たちを撃退できたとしても、ただでは済まないのだから基地を攻略する余力がなくなる。それではわざわざ後続を待たず向かってくる意味がない』

『俺たちを殺すところまでいけるなら意味もあったが……無理だろ、あの程度じゃ』



 ゼライはクヴァエレが進群してきた方向を睨む。彼らが体制を立て直したという都市跡はさらに数十km先であり、鎧装の目でも今いる位置からは見えない。横に目を向けると、四〇八隊の生き残り、カレンデュラ、その随伴部隊が待機している。カレンデュラも疑念を持っているのか、都市跡の方向を向いて佇んでいる。やがて入った司令部からの通信は、作戦終了を告げるものではなかった。



『コーテックスより攻撃隊。追加任務を割り当てる。そこからさらに前進し、敵が居留した都市跡を調査せよ』

『閃鉄、任務受領』

『ティグリスは消耗が大きい、スパロー隊とともに撤退せよ。ほか全軍はその場で待機。戦闘態勢を維持』



 リァシクが返答すると同時、ゼライは飛翔を開始する。司令部にも今回の一戦を不審に思った者がいるらしい。これまでに幾度も感じた覚えのある、嫌な予感を抱えて都市跡を目指す。

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