貸出切札
「ハミルトン基地の救援?」
「そうだ。ネルイェン基地へは、代わりに第三特殊支援戦隊が向かう」
ゼライは会議室の前で、飛び出してきたリァシクからいきなり駐機場に向かうよう命じられた。事情が分からないまま兵衛の輸送機に詰め込まれ、同乗した彼から出撃先の変更を伝えられているところである。
昨日より集中攻撃を受けている同盟の一基地が、限界を迎えつつある。そんな報せがたった今入り、そこへ救援に迎えとのこと。スクリーンに映し出される諸情報に目を通す。
「三支戦か。まあ、この状況なら大丈夫か」
「ああ、今回のお前の分は穴埋めできる。通常戦力も優秀な部隊を送れる。長期戦だがネルイェンの心配はいらん。それよりもハミルトン基地だ」
機内ディスプレイに表示されている情報は、一見して窮状がわかる悲惨なものだった。ゼド以外からなる通常戦力の損耗が大きく、まともに戦線が維持できる水準にない。
突出した個人が勝敗の決め手になりうる現代戦とはいえ、戦域の制圧や防衛ラインの維持、敵の漸減などの場面では大規模な兵力が不可欠だった。その点で通常戦力はゼドに劣らない重要な要素だが、件の基地ではそれが大変に寂しいことになっている。あまりの惨状にゼライが他人事のように笑う。
「おいおい嘘だろ、こいつはひでえや」
「そのひでえ場所に今から突っ込まれるのがお前だ、覚悟しろ」
「くそったれめぇ……」
唯一の救いは、クヴァエレが常と同じく、人類への接近を避けていることだった。彼らは殲滅を目的に侵攻してくるのに、何故か自身の占領地と人類の活動領域の間に、常に広大な空白地帯を設けていた。そのお蔭で人類はクヴァエレの接近を早期に察知することができる上、一度の侵攻群を撃破すれば戦闘はひとまず収束する。
しかし今回、同盟は防衛に多くの戦力を消費し過ぎた。一時後退した敵残存部隊が再攻撃を仕掛けてくると予想される一方で、それを防ぐ人手が足りない。
他の基地からまとまった兵力を送るのが間に合わないので、展開の速い少数精鋭で賄いたい。そうした理由で国家のゼドを呼びつける運びとなったらしい。
「ここまで苦戦した理由はなんだ? 今、国家の方もてこずっているらしいが」
「幾つもの群れが立て続けにきている。それとテウダアテ前方での戦闘を国家が分析した結果、敵のセンサー類と射撃管制周りが一斉にアップデートされたと見られる。同盟も同様の結論に達した」
「距離があるうちからバカスカ撃たれているわけか。昨日俺が出たときにはそんな様子はなかったぜ」
「夜以降に現れた増援に関するものだ。高度なステルスを使用する者もかなり正確に撃たれている。状況の変化に対応しきれなかった結果が、これだ」
リァシクが鼻を鳴らす。どっしりした体格はゼライ同様二十歳程度に見える。一方で掘りの深い顔には幾筋もの皺が刻まれ、彼よりも老けて見えた。リァシクと会った者が彼に抱く第一印象はたいてい同じだった。こいつは苦労人に違いないと。
「ゼドも疲労が溜まっている。今や援軍を送っては昏倒させての繰り返しだ。英雄様は健在だが」
「できる男は違うなあ。……待て。見た限り敵も残り少ない、俺を貸すほどの作戦か。それこそ三支戦をこっちに送れば十分だろう」
「向こうから名指しで要望されたのだ。少々引っかかるが、諸事情を勘案し受諾した。ゼド同士のパイプも意識している」
「ほいほい貸し出しやがって。年々安く見られている気がしてならねえ」
「お前は便利なんだ、どこにとっても。付き合ってやるから我慢しろ」
私もたまにはお前の世話以外の仕事がしたいよ。そうリァシクがぼやく。兵衛をなす部隊のうち広域打撃部隊は、一人のゼドと対応するオペレータが中核となって構成される。オペレータは部隊長としてゼドの出撃計画を管理しており、ゼライ属する第二広域打撃部隊の場合はリァシクがこれを担う。
「お前実際は俺の指揮と作戦打ち合わせ以外、部下に投げているだろうが」
「それとお前に代わって頭を下げて回る役だ。忘れるな」
「そんなに嫌ならダメ元で転属願いを出せよ。運動不足だろ? 前線送りにしてもらえ」
「私は快適な後方で指図するのが性に合っている。だから我慢してやろうじゃないか。ともかくお前は彼と協同し、ほどほどに活躍してこい。そして作戦終了後に世間話でもしてこい」
「了解了解」
その後は具体的な予定の確認が続く。リァシクが投影された地図を指す。クヴァエレ最後の占領地域『拠点領域』を囲む広大な包囲網の、北部。
「作戦領域はハミルトン基地の南東、ロンダール丘陵から南側。この地帯の塹壕類は、どれも寸断されて使い物にならん。敵は丘から九十km弱の位置にある都市跡で体制を立て直しつつある。
敵側の残存兵力は乏しいが、こちらも弱っていることは承知らしい。大規模な群れを編成する時間を惜しんで、強引に攻めてくるようだ。これを退ければ基地はひとまず体制を立て直せる」
「交戦タイミングは?」
「丘から四十五kmの位置、ポイントDに敵群前部が到達するか、敵の進軍が止まった時。役に立つ乗り物はもう品切れなので、飛べる者を中心に足の速い兵たちで直接吶喊してもらう。お前の主目標は敵の砲撃部隊の撃破だ」
「敵は今回目がいいってことだが、なのにこんな射界が開けた場所を? 国家が大好きなあの戦法を勧めてみたらどうだ」
「既に向こうで持ち上がって上に却下されたらしい。このあたりの塹壕類は凝ったものが多いそうでな。後のことを考えて、これ以上復旧が遠のくような損害を出したくないんだと」
「この調子なら後なんざないぜ」
ゼライが情報を睨みながら唸る。同乗している補助要員たちも、一緒になって状況把握に努める。
輸送機内にいる人間で直接戦闘するのはゼライ一人だが、彼のオペレータ兼指揮官であるリァシクのほかに、そのサポートの為に数人の隊員が乗り合わせていた。全員ゼライにとってそれなりに付き合いの長いスタッフだった。
作戦領域は国家の基地から大きく離れているため、彼らも移動する必要があった。突発的な事態が起こっても"他所の後方要員から"身を守れるよう、彼らは同盟の指揮所から離れたこの機内で任務にあたる。
「もっと丘の近くまで引き付けるのは……無理か」
「ああ。乏しい火力を効果的に投射するためであっても、無闇に近づくことはない。こちらが飛び掛かってくるのをクヴァエレは嫌というほど知っている。奴らから見た場合に、砲撃の有効性とこちらの突撃への対応能力が拮抗するのが、ポイントDだ」
「遠いな。なら、敵がここに来た時すぐに向かえるよう、突撃部隊だけ丘の陰で待機か?」
「そうだ。軍の配置は丘と平行に二層。丘側がお前を含む切り込み隊、基地側は後詰の突撃要員が待機しつつ、同時に曲射攻撃、空挺部隊への対策を行う」
戦闘に必要な兵科は一通り揃っている。数は全てにおいて不足している。
「交戦後には基地側や、場合によっては基地そのものにも砲撃が降り注ぐ。被害を抑えるためにお前たちは、速やかに敵の飛び道具を破壊しなければならない」
「この規模の敵群が被害を出すなら。……砲撃で前線と基地を削りつつ、捨て身の空挺部隊でハミルトン基地まで突破、破壊。もっと度胸があれば、ハミルトンも素通りして……。どっちにしろ、こちらは人手が足りず空挺部隊を素通りさせかねない……あー、そこでも?」
「そうだ。閃鉄とカレンデュラの出番だ」
「俺たちが空挺部隊の上位個体もやれと」
「お前たちならすれ違った輸送機にも追いついて落とせるだろう」
戦争相手としてのクヴァエレの特徴は二つ。人類のものよりも距離減衰の緩やかな魔力と、人類のゼドにあたる『上位個体』だった。
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魔力はいくつかの指標で特徴付けられ、各値は個々人で異なる。これを"スペクトルが異なる"と言うのは本来研究者の表現だが、昔から一般人もそう言い表してきた。そして、人類とクヴァエレの魔力は根本的に異なるスペクトルを持ち、その性質さえも違っている。
人類の場合は、高密度の魔力ほど距離減衰が激しい。兵器の実際の威力や効果が、攻撃側と防御側の魔力強度の差により決まる関係で、これは長距離攻撃に強い制限を課していた。
対照的に、近接攻撃はそのような制約に囚われない。結果として殆どの状況下で射撃・砲撃攻撃よりも、近接攻撃の方が有効になるのが常識だった。
他方クヴァエレの魔力は、高密度であろうとあまり減衰せず、遠距離攻撃を主体とした戦術で人類を圧倒してきた。銃火器の性能が人類のものと物質的に同水準でも、離れたところから打ち合えば必ず彼らが勝つ。それをわかっているのだろう、彼らの銃や砲の技術は、近年では人類を上回っている。
さらにクヴァエレは、人類への一つの有効な対策を生み出している。それが『上位個体』。極めて強力な魔力を有し、ゼドとも渡り合える個体だった。個体間で性能に差こそあれ、射撃戦にも格闘戦にも対応できる点では一致している。彼らが数体でもゼドのいない陣地に浸透すれば多大な被害を生じる。
それらクヴァエレの脅威に対抗するために定着した基本戦術は、地形や壕などを利用して数重に展開し、最前部は可能な限り接近した後突撃、敵群の只中に雪崩れ込むというものだった。
ゼドに課される役目は、友軍の突撃を阻む敵の砲撃能力を奪うことだけでなく、上位個体に対処することも含む。その状況は、両者の接触部での衝突、そこをすり抜けて進行してきた個体の撃破、敵群の護衛を担当する個体群の殲滅等多岐にわたる。
「お前はロンダール丘陵東部から、中央のカレンデュラ、西部のメテオールと並行して突撃。それぞれに通常戦力の精鋭が追従する。お前にはこちらの四〇八大隊第二中隊がつく」
リァシクが機の側面を親指で示す。その延長線上、機から離れた場所を飛ぶ輸送機には、要請が来た時点で出撃準備を済ませていた基幹軍の精鋭が乗っている。
「まずはお前たちが先行し、空挺部隊が現れた場合それを叩け。そこから湧いてきた上位個体を撃破してもらうが、弱い個体が一、二体後ろに抜けても許される。それは防衛線で始末する。終わり次第、敵本隊へ突入し、情報収集と並行して強襲しろ。一斉吶喊の障害となる敵長距離攻撃能力を奪え」
「流れは了解。だが今回の敵本隊は、俺とカレンデュラだけでも全滅させられるはずだ。場合によってはターゲットの優先順位を変えるぜ」
「今回は先方の指示を可能な限り尊重してほしい。今関係を悪化させたくない、独断は禁止だ。いいな?」
「なるほどわかった善処しよう」
「お前の善処は拒否の言い換えな気がしてならん」
リァシクがくたびれた顔で笑う。
彼はいつでも外部との間に生じる摩擦の犠牲者であった。摩擦の原因はゼライであったり相手側であったり。ゼライは時折、実はリァシクの方が強いと笑いながら嘯くが、それは半分本気だった。
国家の頂点擁する組織である上、構成員はゼド以外も物理的に強い。通常なら何らかの形で引責する――殺害されるのとほぼ同義――ようなトラブルでも、構成員は外部から比較的手にかけられにくい。しかしそれでも、基幹軍の多数の部隊から敵と看做されていては活動に支障が出る。
兵衛は、文字通り無敵でなければならない。
リァシクや他の兵衛部隊長は駆け引きによって、部隊の立場を維持している。お蔭で現場や各司令部に、あからさまに敵対されずに済んでいる。兵衛に反感や不信感を抱く者は多いが、それだけで済んでいるともいえるのだ。
特にリァシクはゼライの影響もあり、穏当な立ち回りでトラブルを切り抜けることが多い。今生きている人間の中では稀有な才能だった。この手腕が評価されて、彼は第二広域打撃部隊の長を任され続け、前線送りを免れてきた。
そして神経をすり減らし続けている。
「戦闘中、もしくは直後に敵増援の進軍が確認された場合は?」
「お前をいつまで貸し出すかは、これから同盟と協議する。こちらにも都合があるからな。長くとも日付が変わるころまでで、首を縦に振らせる。それ以上は、お前と入れ替わる形でほかのゼドを送る」
他にいくつかの確認を行い、いつもであればブリーフィングを終えるタイミングでリァシクが付け加える。
「最後に、今回と以降の作戦に関する連絡だ。帝都の近衛から警告が来た。いずれかの勢力が、我々の脅威となる未確認兵器を保有している可能性が高い」
「なんだそりゃ。人間側から狙われるってのか。どうして?」
「詳細はまだわからん。が、潜在的な敵の存在は常に想定せねばならない。最悪の場合として、友軍からその兵器を向けられる可能性があることを、留意しておくように」
「なら今俺が呼び出されてんのは、それ絡みの罠じゃねえのか?」
「かもしれん」
「わざと罠に突っ込まれるほどお前に嫌われていたのか」
ゼライが口の端を釣り上げてもリァシクは動じない。落ち着き払って答える。
「要請を受諾した理由はいくつかある。一番大きいのは、同盟がお前を指名した理由が表向き通る文言であったことだ。下手に突っぱねて、こちらの警戒心を問題の勢力に気取られたくない……同盟かどうかはさておいても。そして、情報網を逆算されるのはもっと避けたい」
「何も知らず、後手に回っているふりか」
「情報が集まれば対策も見えてくるだろう。近衛は次の戦計委で詳細を報告するそうだ。それに先立ち第一報が来た形だ」
「まあ、会議までにぶっ放されたらシャレにならねえ。警戒するだけでも違うか」
「あまり驚いていないな」
「さつき、ドのつく馬鹿が思わせぶりなことを言っててな」
二人のやり取りを他の隊員は黙って聞いていた。リァシクの言葉は一貫して全体へも聞かせるものだが、最初から口を挟む者はあまりいない。作戦の肝となる部分は大抵リァシクとゼライの問答で過不足なく抑えられるからだった。二人が、それを意識して会話しているお蔭でもある。ひと段落してから質疑を行いだす。
「質問、よろしいですか」
「どうぞ、リーリ」
「仮に閃鉄でなく友軍がその兵器に狙われているとわかった場合、対象に警報を送りますか?」
「兵衛所属であれば即座に発報することにする。それ以外であれば原則無視だ。従って今回は何もしなくてよい。兵器確認後もこちらが察知していることは漏らさないように」
「承知しました」
リァシクがゼライを一瞥しながら答える。勝手に助けようとしないでくれよ、リァシクとついでにリーリも向けた視線に籠ったその意思に、ゼライは肩をすくめて返した。これは了承と受け取ってよいと、リァシクは長年の付き合いから判断する。
「作戦全体のことでもいい、他に質問は?」
「僕からも質問を」
「いいぞキシフ」
「センサー関連で。同盟軍との情報共有は対外標準規約の――」
いくつか技術上、手続き上の質問が交わされて解散となる。
「他には無いか? ……よし、なら各自急いで準備に掛れ、到着まで時間がない」
「いつも通りだ、頼りにしてるぜ諸君」
「お任せください」
一斉にスタッフが立ち上がり、指揮所も兼ねる輸送機の各所に移る。それぞれ入隊時には一戦ごとに気をもんでいた彼らも、今では誰一人としてゼライの苦戦を懸念する様子がない。
いつもと変わらない、ある意味で雑な信頼を寄せられていることに満足しつつ、彼はハッチの有る格納ブロックへ向かう。