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望まれていない強さを武器に  作者: Kan-Ten
1章 捩れた世界
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対峙

 昔、世界は並べて平和だった。

 局地的な戦争や小競り合いこそ時折起こったものの、戦場でもない街中で殺し合いなど滅多に起こらず、人間はほどほどに道徳的な繁栄を享受していた。



 誰かと衝突することがあれば、まずは話し合おう。

 どうしても譲れないならば、流れる血が少ない形で勝負を。あるいは、彼彼女から距離をとって折り合いをつけよう。



 今では考えられないことだった。



 少しずつ、人々は争いを解決するために、言葉ではなく武器を好んで用いるようになった。世界には徐々に緊張感が満ち、それでもまだ踏みとどまっていたといえる。クヴァエレとの戦争が始まるまでは。

 戦争に費やされた時代の中で、人類は急激に変質した。



 表面上は以前と変わっていないだろう。しかし自らの望みを叶えるために、目の前の人間を殺めるのは今や当たり前の選択肢。小さな敵意が攻撃に直結するようになった。暴力に抵抗がなくなった人間で世が溢れかえれば、その先に平穏があるはずもない。

 日常の些細な衝突が、安易に命を奪った。それを含めた日々を日常と呼ぶことになった。個人でも、集団でも、気に入らない者を殺すのは全くの自由。



 かつての人類は、しぶとく生き残っている極一部の例外を除き、皆死に絶えた。彼らは生前訝しんだ。

 人の変化は、対クヴァエレ戦争の何によるものか?



 誰もがその変容を異常だと感じながらも、確たる原因はとうとう突き止められなかった。自分たちと異質な若者たちを目の当たりにした彼らは、心臓が止まるその日まで憂えたものだ。



 自分以外の誰かと生きていくには、寛容と忍耐が要る。どうしてわからないのか。



 当然のごとく、新しい世代の人類は親密な交流というものを持てなかった。彼らは友情も愛情もある程度感じることができる。が、深く育むことは困難だった。

 同性の付き合いですら、親しくなれば相手に不満を持つことや衝突することが多くなる。その度に殺しあっていたら命がいくつあっても足りない。ましてや、男女が一つ屋根の下に暮らそうとすれば。



 無数の悲劇を経て、人間の友情愛情は随分と淡泊なものになった。特定の異性を気に入り体を重ねることはあっても、共に生きていく誓いがなされることはなくなった。想い人がこの世を去っても、せいぜい二、三日感傷に浸る程度。



 そんな精神の変調も影響したのだろうか。彼らは子を儲けることが、できなくなっていた。生物学的な異常に違いないのに、原因は例によって不明。仮に作れたとしても、現生人類が育てることは不可能に違いなかったが。



 寿命がなくなった人類は、戦争に膨大な数投入されるだけでなく、日常的に殺しあっている。今や人口は、各地に建設された人間の工場が辛うじて支えていた。



 現生人類とは、こんなもの。

 自らが邪魔と知覚した何もかもに対して、激しい敵意と害意を叩きつける。

 そして、相手を食らうのだ。



 ところでここにいるのは、そんな世にあって生き続ける数少ない旧人類であり、今でも夫婦を続ける二人の片割れである。






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 ゼライは夕食の準備を大方終え、宙に展開したウィンドウで各地のニュースに目を通していた。左腕は再生し、日常に支障ない程度に回復している。



 彼が読んでいた記事には、戦地から遠く離れた行政区の反乱について記されていた。

 クヴァエレから奪回した領域には、兵站線の維持、汚染の浄化、人的資源の確保などの為に、人間の居住地が点在する。それらは地方行政区が統治しているが、未だ各種資源の生産量が十分でなく、膨大な物資を生み出す帝都からの供給に依存している。それを不足とみるか、あるいは自治性の向上のためか、ともかく何かにつけて自治区間で、固有の資源や領域を奪い合う内紛が頻発していた。加えて時折、今回のように中央に対する敵対行動も生じる。

 


 基幹国軍は、大半が対クヴァエレ戦のため西部に動員されている一方で、各行政区にも一部が駐留している。どんな事案でも彼らが内紛の主力だった。では一般住民は大人しく避難するのかといえば、そんなことはあり得ない。

 クヴァエレと無縁な地においても、血みどろの戦いがついて回るのが現代だった。



 もっとも、中央へ楯突いた者たちが最終的に経験するのは、自分たちに対する血みどろの虐殺だが。



(今度はどれだけ粛清されるのやら)






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 ゼライがため息をついたその時、私室のドアが開いた。私室といっても、将校用の小さな住宅のようなもの。玄関にあたる入り口付近は、部屋の奥から見えないつくりになっている。



 それでも、開け方だけで入ってきた人物を言い当てられる。



 入り口側に背を向けウィンドウに目を向けたまま、第一声を決めかねるゼライ。ここに至るまでにいくつも考えていたが、結局決められていなかった。と、そんなことは知る由もないその人物が先に口を開く。



「なんかいい香りが……貝のお味噌汁か何か?」

「…ああ、あと焼き魚と、葉物のお浸し。売ってたやつで適当に」

「へー、まだ料理作れるの。やるじゃない」

「待機日はなるべく作っていた。忘れたら、教えた奴が拗ねるからな」

「まあ二度と教えることはないでしょうね」



 声が笑っている彼女は、あまりにも平然とした調子で近づいてくる。どんな再会になるかと気を揉んでいた自分が馬鹿らしくなり、ゼライは彼女の方を向く。



 背丈はゼライより僅かに小さい。

 前を開けたコートの下に覗く制服は細めで、体のラインを際立たせている。贅肉がついておらず、華奢な肢体を持ちながらも出るところが出ている体形。

 目鼻立ちの整った顔は静かに微笑んでいる。艶のある黒髪は手入れが行き届いており、後ろ髪はポニーテールにまとめていた。大きな目に明るい緑の瞳が光る。



 大人の女性とも少女ともつかないその人物はしばしの間、ゼライをじっと見ていた。そしてふと我に返ってクスクスと笑い、



「え何、どうしたのポカンとして」

「いや……あのアイサ・レクサニーツにまた会えたんだと思うと、感慨深くてな」

「時々通信で顔を合わせてたじゃない、大げさね」

「それでも生で再会できたのは。この百年弱で俺もお前も、何度死にかけたことか――」

「四回」

「数えんな」



 真顔で即答するアイサに、ゼライが呆れる。



「てか少ねえ……。俺の方は数え切れねえわ」

「何を弱気な。あなたが死ぬわけないでしょうに。こっちはなぁんの心配もなく、ちょっと長い単身赴任が終わったくらいの気分なんだけど?」



 鼻で笑うアイサ。

 ゼドは実力、生存能力に比例して危険な役割を担うのが常だった。国家最高戦力の二人がこの時まで生き抜いてきたのは、決して当然の成り行きではない。

 ……と、思っているゼライは、もの凄い温度差に、呆れる風を装いながらも動揺を隠せない。



「お前は強気すぎるし軽すぎる……じゃあ何だ、感極まってるのは俺だけか。最初に言う言葉もずっと悩んでたってのに」

「ごめんねぇ、晩御飯の献立にさせちゃって」

「笑うな、笑うなって! 恥ずかしくなってきた」

「一生忘れないわ。百年ぶりに会ってかけてくれた、感動の言葉。"あと焼き魚と、葉物のお浸し"」

「くそ、なんでこんな雑な空気に……」



 脱力しながらゼライが立ち上がると、ニヤつきながら背中を向けたアイサのコートを脱がせる。彼女こそ、雰囲気も挙動も、最後にあった日から何一つ変わっていない。



(こんなやりとりも、久しぶりだな。……っ)



 ゼライがコートをハンガーにかけ収納に入れると、不意に背後から抱きしめられた。彼はすぐには振り返らず、背中に懐かしい体温を感じる。



「……」

「……ごめん、やっぱり私も、少しだけはしゃいでいい?」

「ん」



 前に回された腕に、そっと手を添える。きついくらいに締め付けられた。



「ああ……また会えて、よかった…………」



 少ししてから振り返って、はにかむ彼女を正面から抱く。



「俺も会えて嬉しいよ。お互い、よく頑張ったよな」

「ええ。おつかれ」



 そのまましばらく抱き合い、相手の存在を確かめて離れる。ゼライは咳払いを一つして尋ねる。



「身体は浄化してるみたいだが、先に飯にするか?」

「そうするわ。お風呂は後で一緒に入りましょ」

「最初は別々にしよう。入り直す時にな」



 ゼライは鍋を火にかけ、魚を焼いて皿に夕食を盛り付けていく。その間にアイサは彼の荷物を片付けていく。二人は空白の時間を感じさせないほど息が合っていた。






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 久しぶりに夫婦で食べる夕食。

 食べながら、離れ離れになっている間の出来事について語る二人。本当に時々、お互いに手が空いた僅かな時間に通信したりもしていたので、一緒に思い出話をするような形になった。



「でもあれよ。こうして再会してみると、帝都で別れたのが昨日の事みたいに思えるわ」

「まあ、累計で言えば一緒にいた時間の方が長いわけだしな」



 人類の反撃が始まるまで、国家は完全にクヴァエレに包囲され、国丸ごと"籠城戦"をしているような状況だった。特に追い詰められた時期には、領土は帝都とその周辺の一帯まで縮小していた。



 風前の灯となりながらも対抗するために、工場で大量生産される人的・物的資源を片っ端からつぎ込む日々。そんな時代はいくつかの条件が揃ったことで打開された。長らく一所で戦ってきたゼライとアイサは、それ以降異なる戦線に投入されたのだった。

 ゼライは同盟との領地接触を目指す東部戦線へ、

 アイサはクヴァエレの拠点に迫る西部戦線へ。

 それからは戦って、戦って、戦って……。



 お互いの話の中で、当時の共通の知人が次々と死んでいく。分かっていたが、とゼライの顔は少しずつ暗くなっていくも、対して整った笑顔を崩さないのがアイサ。



「なんだかんだで、最前線の私たちの中でも何人か残ってるの、すごくない?」

「……だな。激戦の西でも、お前以外にドミトガが生き残ってよかった」

「順当だけどね、あの子の実力だと。本人は相変わらずヘラヘラしてるけど」

「まだあの調子なのか。もうちょっと落ち着きもって欲しいんだがなあ」

「でもいつも陰気な顔してるあなたよりずっといいわ」

「なら俺ももっとニコニコしよう」

「やめて気色悪い」

「どうしろってんだ……」



 前線で生き残っている共通の友人は皆、同じ兵衛の所属。ただ、常に近況を把握できたわけではない。例えば東部戦線は、同盟の領地との間で繁殖していたクヴァエレを駆逐し、その後解散。兵士たちは分散して西部に転戦したため、ゼライにとってもしばらくぶりの面子がいる。



「東も、西よりましと言われつつ、当時の主力格はみんなくたばっちまった。今やダツウとシュテエテが第一線で身体張ってやがる。ダツウはここではどんな感じだ?」

「ここに来てからあまりしゃべる機会無いけれど、そうね、大体記憶通りだわ。具体的にいうと、いつ見てもお酒飲んでるところとか……」



 籠城戦時代が打開できた理由の一つは、それが可能になるほど強大なゼドを各陣営が蓄えたことだった。特に籠城戦時代終盤の国家では、包囲されているとはいえ、残存地方の防衛には過剰なほどゼドの層が厚くなった。

 そしてその中核には、ゼライとアイサが出撃の合間に鍛えた者たちが多くいた。その一部が健在なのはゼライにとって素直に嬉しいことだった。

 残りがいない事実は重くのしかかってくるけれど。






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






「……籠城戦時代に少しずつ揃った切り札たち。十年に一人なんて謳われた天才たちが、まだ三人も残ってる訳。上々ね」

「"三人だけ"じゃねえか。どいつもこいつもくたばりやがって。もっと訓練を受けさせていれば少しは……」



 空になった皿に視線を落とすゼライ。

 彼が知る限り、理論上無限に生き続けられるようになった人間の平均年齢は、戦前より低くなっていた。



「どうしようもないじゃない、戦争ってこういうものでしょ。基幹軍の兵士たちなんか、毎回山のように死人を出す。私たちもちょっと死ににくいだけで、結局同じ世界にいる」

「だからこそだ。こんなぞんざいに命を使う世界しか知らねえのは、なあ」

「それに」



 アイサが少しだけ、悲しげな顔をする。



「現生人類は、クヴァエレとの戦争が無くたって、きっとあちこちで殺しあって死にまくってるわ」

「……」

「あの子たちは、もう、これでいいのよ」



 ゼライは少しの間、黙ってグラスを見る。暗く濁った水面に自分の表情は移らない。



「一部の連中は、別の世界を……平和ってのも見てみたいと言ってくれた。興味本位だとしても、現生人類なのにだ」

「……」

「生きて戦い続ければ、きっと、人間をもとに戻す方法も見つかるはずなんだ。なにせクヴァエレと戦いだしてからなんだからな、おかしくなったのは。解決する時まで、せめてあいつらくらいは、生きていてほしかった」



 酒を飲みたくなってきたゼライだったが、飲んでは料理を余韻まで味わえない。代わりに茶を一気に飲む。



「もうそんな奴らほとんど残ってねえ。典型的な現生人類ってのは最期まで、戦いと敵意に憑りつかれて死んでいく」

「それがあの子らの性分よ」

「それだけの話なのかもしれねえ。飯を食ったり仲間と話したりするよりも、敵を多く滅ぼすことに拘って、最後はそのせいで死ぬのが……」

「……相変わらず、寂しいわけね」

「俺は、みんなが家族や仲間と、笑って暮らせる世界を取り戻したい。戦争だけで一生を終える奴を減らしたい。と思った。それは人間がおかしくなってからも変わらないんだが」



 そっとゼライのコップに茶を継ぐアイサ。ゼライが小さくこぼす。



「今となってはほとんど、ただの独り善がりなんだろうな」



 長く息を吐く。しばしの沈黙。アイサは目を細めてゼライを眺め、静寂を破る。



「何億もの人間が生きるこの時代に、平和を本気で望んでいる人はたった数人だけ。それに付き合ってくれる子も、もう数えられるほど」



 既に食事はひと段落している。彼女は立ち上がると向かいのゼライの隣に座り、彼の頭を引き寄せて軽く頭突きする。抱き寄せ、頭を撫でながら言う。



「もう、意固地にならなくてもいいんじゃない? 今の世界と暮らしを受け入れたら、それはそれで楽しいわよ?」



 ゼライは一瞬顔を歪め、その後歯を食いしばる。一呼吸置いて、アイサを振りほどくと静かに首を振る。



「……まあ、今だって何も楽しくないわけじゃねえ。お前や仲間といると、少しは笑ってられる」

「……」

「けれど、満面の笑みなんて浮かべたことねえよ。俺も、あいつらも。殺すの殺しただの、毎日聞くことのない環境が、どうしてもいる。諦めねえぞ」

「……そう」

「まだついてきてくれる奴もいるしな。なにより、世界を元通りにしなけりゃ幸せになれそうにない困った奴が、ほんの少しだが自分以外にもいる。だろ?」

「そうね…………そうだったわね」



 困った顔で笑うアイサを睨むゼライ。余人が理解する余地のない感情のやり取りを数瞬経て、ゼライはアイサの目を見て言う。



「クヴァエレとの戦争を終わらせて、人間が発狂している原因も突き止めて解消する。全部やるのに、流石にここからさらに何百年もかかったりしねえだろ」

「……きっと」



 ほとんど誰も見向きしない大義名分を傲慢に掲げ続ける。それはとても虚しく、にもかかわらず決して折れない、投げ出すことをしない。その原動力はもはや個人的なわがままになり果てている。

 不安と無力感に苛まれながら、尚も前を向く男の頑固さに、彼女は優しく笑って答える。



「……大丈夫。まだ、みんなの価値が敵意と攻撃だけ(・・)になったわけじゃないんだから。きっと元に戻せる。大丈夫」

「……」

「それに、私も傍にいるから……」

「……ありがとう」



 ゼライの表情は、兵衛の一員として見せる不遜な笑みとは異なる、自然で控え目な笑みだった。

 再びアイサはゼライに抱き寄せて、頬にキスしてくすくすと笑う。



「くくっ……べらべらと弱音吐いたかと思ったら、素直に笑ったりして」

「しょうがねえだろ。この百年弱、思い返しても愚痴と溜息しか出ねえ」

「でも、吐き出してちょっとは楽になった?」

「おかげさまでな。お前は、平気なのか」

「薄情なもので。私の性格は、よく知ってるでしょ?」



 アイサが口の端をつりあげる。

 それを見た途端、ゼライの表情に陰が差した。

 一瞬の膠着。

 しかし双方すぐに、柔らかい表情に戻る。



「まあ、なんだ。俺たち色々あるけど、俺の方だって、お前のことが大事なのも本心なんだ。弱った時は、無理しないで言ってくれよ?」

「勿論昔通りに甘えるわ、覚悟しといて。それにしても……お互い面倒くさい男女よねぇ」

「いい年した爺婆(じじばば)とは思えねえ」

「そりゃ私お婆ちゃんじゃないし。お肌ぴちぴちの女の子だし」

「……………………」

「…………ごめん。流石に自分でもキツかったわ」



 不審者を見る目で体を少し遠ざけるゼライ。引きながら彼自身も、真剣な話を続ける気がなくなっていたので、話題を変える。



「もう今日は疲れた。少しは明るい話題も考えるわ」

「おっ、なんかある?」

「……あー……えー……」

「十秒以内に思いつかなかったら一発芸。いーち」

「ちょ、ちょっと待て。……そうだ、ほかの勢力だ。反撃戦の後期から俺は同盟、アイサは連合に、そこそこ知り合いできただろ? お前とは時々通信していたが、そのあたりの話は詳しくしていなかった」

「ああ確かに、あの子たちはあまり死にそうにないから気兼ねなく話せるわ。じゃあ私から話していい? 連合の切り札二機なんだけど、正体は気弱な女の子と高身長の男前で――」



 二人の話はしばらく続いた。やがて立ち上がり、ゼライはアイサが入浴すると食器を片付け、ベッドを整え、入れ替わりで自身も風呂に入る。両者が避けた話題のことを考えながら。






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 深夜の薄暗闇で。

 荒い息をして覆い被さるアイサの髪に指を滑らせ、ゼライが口を開く。



「髪、だいぶ伸ばしてるんだな」

「……えぇ?」

「髪伸ばしてるんだなって」

「あぁ、これ……。会ってからあなたに切ってもらおうと思ってたら、伸びすぎちゃった。明日じゃなくていいから、今度切って」

「気が進まねえ」

「なんで」

「お前ああしろこうしろって、無限に注文つけてくるじゃねえか。あれヘタな戦闘よりきついわ」

「大丈夫よ、仮に気に入らなくても、現生人類みたいに殺したりしないから」

「なんて優しいんだ」

「ねぇいいでしょ。替わりに私も、またあなたの髪整えたげるから」

「とんでもない頭にされた恨み、何百年経とうが消えはしない」

「一度だけじゃないの。あれはゴメンって」

「半笑いで謝るんじゃねえ。……出撃ペースがまだわからねえが、二人同時に待機日になったら。結構時間とるぞ」

「ありがと」



 しばらくそうしていた後、微妙に空気が変化した。



「いつかまた、あの子の髪も切ってあげてね」

「…………ああ。そうだな」



 アイサが身を起こし、手を繋いで下のゼライをまっすぐ見据える。



「全ての戦いを終わらせることができたら、ちゃんと話し合いましょ」

「……どうすりゃ、三人とも笑っていられるんだろうな」

「さあね。でも、あなたならできるんでしょう?」

「それができなきゃ、ここまで生きてきた意味がない」



 沈黙。互いの目を覗き込む。

 アイサをゆっくり引いて隣に寝かせ、抱き合って互いの顔が見えなくなる。耳元で囁きを交わす。



「ここまで来れたんだ、最後までやりきる」

「楽しみだわ。……ねえ」

「うん?」

「今日徹夜していいって言ったら、してくれる?」

「する。泣いてもやめない」



 この一瞬だけ切り取って見れば、昔どこにでもいた夫婦と変わらない。けれど二人は、それになれない事情を抱え。彼らは彼らの着地点を探していた。

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