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望まれていない強さを武器に  作者: Kan-Ten
1章 捩れた世界
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外出

 案内を終えたライカと別れ、ゼライは自室となる部屋の前で佇んでいた。

 深呼吸し、扉を開ける。彼の目に飛び込んできたのは、入り口付近に積まれた自分の荷物と、その奥に広がる落ち着いた空間だった。



 備え付けの味気ない家具には、淡い色のレースなどを使って控えめな柔らかい装飾が施されている。所々に置かれた調度品は、質素ながらも味わいのある趣がある。窓の下の幅の狭いスペースには、いつだったか二人で出かけた時に撮った写真が、フレームに入れられて飾られている。ディスプレイではない、写真を艶のある紙に出力したものだった。

 テーブルの上には小さな紙が置かれており、そこには丁寧な字で『連合に遊びに行ってきます』と書かれていた。



 メールではなくわざわざ紙を使う趣向は昔と変わっていないらしい。呆れ笑いを浮かべるゼライは、制服を脱いでハンガーを探す。一瞬躊躇ってから、クローゼットを開く。今更これくらいで怒ったりはしないだろうと。中には女物の衣類が入っていたがまだ空きがある。

 ハンガーを取り出して部屋に制服を吊るし、荷物を開いて私服に着替える。制服は魔力を用いて浄化する。この方法で衣類だけでなく体も清潔な状態に保てるが、そちらは戦闘直後に一度やっている。加えて、ゼライは時間が許す限り入浴を好んでいた。この私室には浴室もついていたが、今は入らない。



 アイサが出撃したのは夕暮れ間もない時とのことだった。習慣が以前と同じなら。彼は考える。



(あいつ、帰還後に自室で夕食をとるつもりだろうな。せっかくの再会だ、手料理でも振舞ってやろう)






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 保存庫の中の食材をチェックした後、早速市街地へ買い出しに行くべく外出手続きをとるゼライ。通常の兵士と顔を合わせる機会が少なく、また素性を示すものを一切身に着けていないおかげで、通路ですれ違う兵士は誰も注意を払わない。

 対クヴァエレ戦では人間を湯水のごとく消費する。必然基地内の人間の入れ替わりは戦闘要員を中心に激しく、見知らぬ人間が歩き回っているのは自然なことだった。

 心地よい無関心に満足していると、遠くから大柄な男がゼライの名を大声で呼ぶ。



「おうゼライ! 来たのか!」



 その途端、周囲の兵士――ゼライの顔をまだ知らなった多くの者が、一斉に彼を見る。背筋が伸びた者までいた。急に静まりかえった空気が張り詰める。

 集中する視線の先でゼライはというと、近づいてきた大男の胸倉を掴んで睨みつけた。



「よおダツウ、会って早々嫌がらせか。俺が目立つの嫌いなのは知ってるよな?」

「あん? お前普段から威張ってやがるし、実は特別扱いが好きなんじゃねえのか。なんなら顔写真を掲示して回ってやろうかと」

「俺は畏まるのが苦手なだけだ……ってお前大分飲んでるな。四六時中飲むのはやめろっつってんだろ。……あー、お前ら、俺のことは気はしないでくれ。そこのお前ら、敬礼もするな。で、じろじろ見るな俺はシャイなんだ」



 追い払うように手を払うゼライ。彼に睨みつけられ、その場に居合わせた兵士たちが散っていく。数呼吸のうちに喧騒が戻ってくる。しかし暇な一部は、立ち話しながら遠巻きに二人の様子を窺っている。

 ゼライとダツウの間にあった険悪な気配は一瞬で霧散した。ゼライは感慨深げに目を細めながらダツウを見る。



「東部戦線解散後はあまり会わなかったが、結局くたばらなかったなあ。ダツウ・グレビース」

「死ぬのに都合いい日が見つからなくてな。それはお互い様か」

「だな。何かと忙しい、のんびり死んでる場合じゃねえ。兵衛の連中はもう揃ったか?」

「まだ全員じゃない。俺と三支戦は元々一昨年の暮れからここにいる。アイサは先月からここで戦ってるが今はお出かけ中、ドミトガは明日来るはずだ。シュテエテと一、二支戦はさっきここに回収されてきた、全員ボロボロだ」

「そうだ、昼の向こうでの陽動作戦な、奴らが撃破されたせいで俺がえらい目に遭った。今度みっちり稽古をつけてやらなきゃならねえ」

「厳しいな。ただ一支戦の二人は瀕死で、今医療区画で修復中だ。魔力が臨界ぎりぎりまで減ってたらしい、助かるかは微妙だとよ」

「そんなに弱ったのか」

「今の支援戦隊じゃ俺たちみたいにゃいかんだろ。それに聞いた話じゃ結構よくやったらしいじゃねえか、褒めてやれ」

「それで奴らが生き延びられるんならな」



 肩を竦めるゼライに対し、ダツウは大きな口を歪めて笑う。鋭い犬歯が覗く野性的な笑顔は、何を考えているのか判断がつきかねた。



「冷徹気取ってるところ悪いが、心配が顔に出てるぜ? ま、死ぬようならしょうがない。生き残ってるやつら同士で仲良くやろうや。せっかくこの基地に集められているんだからよ」

「さっき司令とも話した。兵衛が皆ここってのは、もう奇襲の心配がないとはいえ不安だ……」

「包囲網上にある国家の基地は、ここ以外中小規模の基地だ。包囲網を管轄しているのはどの基地にも救援を送れるこの基地で、重要戦力の兵衛と司令部は密に連携を取らなきゃならない。って感じの判断だろ?」

「ああそうらしい。迎撃が遅れるより俺たちから目を離すほうが危険だと。ひでえ話だ。俺が来たからには全員お行儀良くしてもらう……って、お前に言ってもなあ」

「俺は昔からお前の味方だろ。説教は嬉々として問題起こす奴らにしてやれ。特に女連中」

「あいつら俺の話聞かねえ。お前がやれ」

「嫌だね。俺は長生きしてえ」



 ゼライにせよダツウにせよ、旧知の古参は分散して戦場に駆り出されていた。各戦線の情報や通信会議を通じて互いの安否は把握していたものの、直接会うのが久方振りになると一種の安心感がある。これからは握手でもハイタッチでも拳でも銃弾でも好きなだけ交わすことができる。






 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢






 ダツウとの会話もそこそこに、ゼライは市街地へ繰り出した。一緒に街を練り歩こうというダツウの誘いは断った。支度を済ませて如才なく妻を迎えるために、早々に食材を買って帰ってこなければ。ぶっきらぼうな雰囲気とは裏腹に思考が主夫のそれであったが、ゼライに自覚はない。



 要塞都市テウダアテ。崩壊したクヴァエレの基地施設の跡地に、膨大な資源と技術を投じて短期間に作られた街並みは、地方都市としても大仰なものだった。

 縦横に走る街路は複数車線の大きなものもあれば、細く入り組んだ裏路地まで様々にある。四、五階の建物が並ぶ中、十階を超す建築物も少なくない。それらはまだ兵士になっていない市民たちの住居であったり、兵士を客として見込む商業施設であったり、基地の予備物資の保管庫であったり。非常時に市民に武器を提供する集配所もある。



 ところどころの建物間には空中回廊が渡されており、立体的な景観を生んでいる。大通りに沿って遠くを見れば、街の外縁部に、高架に支えられた構造物が街の反対側まで伸びている。軍用の搬入路。その先にはこの地域の物資供給の要、大型輸送列車のプラットホームがある。

 雑多に見えて無機的な雰囲気もある街は今、暗い夜空の下で街灯や信号、看板などを多彩に光らせている。雑踏特有の雑音に紛れて、様々な音が聞こえてくる。自動車の駆動音、空調などの機械が唸る音。遠く銃声や剣戟音、怒号、悲鳴。広告ディスプレイの音声は、夜だからか控えめだった。



 ゼライが向かったのは安価な合成食材を扱う総合市ではなく、ダツウから聞いた自然食材を揃える裏路地の店だった。高給取りの士官が多いからであろうか、自然食材は高価であるのに店が複数存在していた。彼は死体に群がる集団を横目に携帯端末を取り出し、基地に一番近い店への道のりを再確認する。



 店に着くと、ゼライはてきぱきと商品を品定めしていく。内地であるにもかかわらず海産物の種類が豊富なのは珍しい。どれも保存処理が施されている。床に延びていた血だまりを避けながら、彼は棚をのぞき込む。



(今日は魚を使おう、道具で工夫すれば時間はかからない。種類は……あと副菜は根菜を使って……)



 食材を集めて会計所に持っていくゼライ。支払いは携帯している端末の操作で済ませられるが、安全上の問題から、多くの店は昔と変わらず人が直接応対していた。



 掃除用具で血だまりを処理していた男が、手を止めて向かってくる。恰幅のいいその店主らしき人物が商品を確認しているときに、ゼライは会計所の奥にあるものに目をとめた。



「いやあ、聞いた話じゃこの街に軍人が大増員されるんだって? うちとしちゃ、お得意様が増えてありがてえこった」

「他の新参共々、これから世話になる。しかし住民同士の争いにはあまり関与できねえから、そこんところは悪く思わんでくれ」

「わかってるとも。そっちへの対処は自己責任でなんとかなるから。庶民も日頃努力しているんだよ」

「そこに転がってるのも、努力の結果か?」



 ゼライが顎をしゃくって奥を指す。店主は振り返ってそちらを一瞥し、得意気な表情になる。



「そんなところだよ。ついさっき商品を強奪しようとしてきてね。うちで片付けるし、掃除屋を呼ぶ必要はないよ。肉は食べきれない分を売りに出すから、よかったら明日も来てくれ。まけておくよ」

「そりゃどうも。考えておく」



 吐き気を催していることを悟られないよう努めつつ、店主に別れを告げて、いそいそと基地に引き返すゼライ。道中で白い作業着の一団に出くわす。その者たちは道に散らばった死体――骨に僅かな肉の切れ端がへばりついているだけの残骸を要領よく片付け、道を清掃していた。保安隊の公衆衛生班。同様の組織はどの都市にも存在する。



(あいつら、骨くらいしかちょろまかせねえな)



 道行く人々は殺しの現場に関心を示さず、一瞥しただけで通り過ぎていく。この都市の規模なら衛生環境の維持にどれくらいの掃除屋が必要になるのか。ゼライは冷めた頭に皮肉が浮かんだあと、益体もないことを考え始めた。

 これが今の世界の日常なのだった。彼はその光景を振り切り、基地へ急ぐ。







 クヴァエレとの戦争を百年単位で続けてきた人類。

 彼らは発狂していた。

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