アベリアとリラ姫
エリカがいないことに気がつきます。
「おい! 姫さん!」
「ひゃっ! 何事!」
診療室の長椅子で至福の昼寝をしていたらいきなり野太い男の声で起こされた。
リラは寝ぼけ眼で男を見るとすぐさま嫌悪の表情で男を怒鳴った。
「は!! アベリア何故お前がここにいる! 誰の許しを得てこの部屋へ入ったのか!」
リラは長椅子で寝るこの時間をとても愛している。
それを恋のライバル、オーガのアベリアに邪魔されて天国から地獄へ落とされたリラは、アベリアを噛み殺さんばかりに威嚇した。
「フン、俺はエリカに会いに来ただけで姫さんに用はねえ。だが、診療所の何処にもエリカの姿が見当たらねえから、姫さんならエリカの居所を知っているかと思って起こしたんだ」
リラ姫の気迫に押されながら、アベリアはエリカがこの診療所内にいないと告げた。
「……エリカがいない?」
リラ姫は部屋中を眺めまわした。
日当たりいい部屋の中央に長椅子と椅子が1脚づつ置かれ、部屋の隅には机が置いてあるだけ。
隠れようもない質素な部屋の中で、いつもなら姫の隣の椅子に座っているエリカの姿がない。
「はあ!! エリカがいないじゃない!」
「あいつ誘拐されたのか」
アベリアは凄い能力がある癖に危機感ゼロのエリカが攫われるのは至極当然の事だと思っている。
だがリラ姫は首を振りアベリアのエリカ誘拐説を否定した。
「……いいえ、違うと思う。
この場所でエリカを攫おうとすれば直ぐに治癒士や負傷者に見つかるもの、、エリカの身を隠してここから連れ去るのは無理よ」
診療所は人目が多くて、ただでさえエリカはここで最高の治癒魔法が使える娘と注目を集める存在。
そして王族の保護を受ける特別な女性。もしもエリカに手を出せば極刑に処されるし、逆にエリカが危険な目にあっているのを助ければ褒賞があると思われ、周囲の兵や傭兵がエリカを助けるはずなのだ。
人目の多い診療所内で注目を浴びているエリカに接触して連れ出そうなんて絶対に無理だわ。
だから多分、エリカは一人で人目を避けてここから抜け出したんだ。
あれほど1人で行動しないように毎日注意していたのに、エリカったらわたしが寝ている時に出て行ったのね。
エリカの目的は分かっている。このわたしの目の前にいる大男に会いたくて危険な戦場に行ったんだ。
何でなのよ!
わたしはエリカが好きでエリカが傷つかないように真剣に想って守っていたのに、エリカはわたしに何も言わずこんなゴツイ美しくないオーガに会いたいなんて!
酷い酷いわエリカ!
リラは自分の気持ちがエリカに届いていないと悔しくて体を震わせた。
「その様子じゃあ、姫さんもエリカの居場所を知らないという事か?」
アベリアは内心エリカの事がすごく心配で焦っていたが、エリカが居なくなった理由が分からずに何処を探してよいのか迷った。
闇雲に走ってもエリカは見つけられないだろう。
エリカは何か目的を持ってここを1人で出たのだろうから、その目的が分かればエリカに正しく繋がるはずだ。
「ふふふ……」
アベリアが考えているとリラ姫が長椅子から下りて笑った。
「もしかしたらとこういう状況を想定して、エリカが黙ってわたしの元を離れた時に、わたしが彼女を探せるようにエリカに匂いを付けておいたの」
そう、わたしの鼻に嗅ぎやすい匂い成分の入った香水。それを毎日エリカにつけさせていた。
エリカが例えわたしと両想いにならなくてもわたしはエリカを逃す気はない。
スンッ……
リラ姫は空気中に漂うエリカの香りを嗅いだ。
香りはゆったりとエリカの動いた方向へ流れている。リラ姫は一番匂いが濃くて近い時間の香りを嗅ぎ分けて走り出した。
アベリアはリラ姫の後を追う。
リラは走りながらエリカが自分1人でこの診療所から出たのを確信した。エリカの香りに同行するような匂いが無いのと匂いの消え方がエリカの歩く速度と同じくらいだからだ。
エリカはわたしの好みの外見なんだけれど、わたしが貴女を好きなのは他にも理由があるのよ。
エリカはわたしを姫様扱いして一線ひいた態度を取らない。わたしを友人のように側に居させてくれる。
わたしに一番親しい存在なのよ。
わたしが間違っている時には注意をしてくれるし、わたしが昼寝をするといつもブランケットをかけてくれたり、いつも優しく私を見つめてくれた。わたしがエリカに1人にならないように言っていたのは、本当はわたしが1人になりたくないという気持ちがあったから。
リラ姫は虎族の俊敏さでエリカの向かった先へ駆ける。その後方を距離を離さずにアベリアが追っていた。
リラはチラッとアベリアを見た。
あいつ、わたしの俊足に軽々と付いて来ている……生意気だわ。
リラは眉を下げて片口を上げた。
恋は人をおかしくする。
エリカは基本、他人に言われたことを守る行儀の良い人間だ。城にいた時、彼女が城の規則を破った事は無かった。レンギョウに言われた事を忠実に守り大人しく暮らしていた。
そんなエリカがアベリアへの気持ちを押さえられず危険な戦場へたった1人で向かった。
普段のエリカの行動からは想像出来ない行動力。
……それほどエリカがアベリアを好きだというのなら、わたしも考え直さないといけないのかしら……
「姫さん、どうした止まって?」
リラ姫は陣営へ続く道の途中で急に止まり、鼻をつまみ肩を震わせた。
「くっしゅん! くしゃん! ここ凄くキツイ香水の匂いだらけだわ!」
と、急にくしゃみを連発してリラは鼻を押さえながら涙目になる。
アベリアも香水の残り香が鼻につくのが分かった。
「……おかしいわ。くっしゅん!
エリカここまでは1人だったはず、くしゅ……ここで誰か……ううん、複数人と会った?
ここでエリカの臭いが消されてて、くっしゃ!……この先は分からない……くっしゅん!」
リラ姫は止まらぬくしゃみで顔をしかめその場に座り込んでしまった。
リラ姫は香水の刺激で目から涙が溢れ鼻も効かなくなった。
アベリアは地面にある足跡と轍を見つけて状況を判断した後、姫を片手で抱え上げる。
「くっしゅ! くっしゅん! 何す……くっしゅ! 離……くっしゅ!」
「姫さん、エリカを追うから少しこのまま我慢しな」
そう言うとアベリアは荷車の車輪後を辿り、リラ姫を両腕に抱いて走る。
太陽は少しづつ夕日へと変わっていた。
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