治療所のエリカ
せっかくアベリアに会えたというのに、何も話せぬまま離れてしまったエリカ。
「痛みは取れましたか? 少し動かしてみて下さい」
「……おお、ありがとう。腕の傷がウソのように消えた」
兵士の腕を治すと兵士は喜んで私に近づいた。
「ストップ! 傷が治ったなら席を立って出て行きなさい。エリカは忙しいの」
リラ姫の一喝でエリカの手を握ろうとした兵士の動きは封じられ、彼は渋々椅子から立ち上がると部屋を出た。
う~ん、リラの言葉が少しきついけれど負傷者を治した後、私に触れようとしてくるから困る。
傷を治された感動からか自然と手を伸ばしてくる人もいるけれど、さっきの人みたいに鼻の下を伸ばして触ろうとしてくる人が多いなあ。
アベリアが再び戦場へ戻り早10日。
負傷したお城の兵士や傭兵に治癒をして、戦いが終わりアベリアが戻って来るのを待つ事に決めた。
私が治すのは早急に戦場へ戻らなければいけない上官や強い兵士、それに重傷者を治癒している。
限られた人達を治しているはずが、1日に2〜5人くらい治癒をかけているからか治癒士としての私の存在が兵士や傭兵達に周知されてきている。
建物の中を歩いていると、軽傷の人に治癒を頼まれるくらい顔が知れ渡ってしまった……大丈夫なのかな。
私の治癒能力の高さに目を付けて、私を攫ったり自分の物にしようと襲おうとする兵士や傭兵がいないとは限らないらしい。
ここに来ている兵士はシャクナゲ国で地位を持っていて、自分の権力を少しでも高くしようと考えている野心家が多いから、私を自分の女にして利用しようと考える下衆な奴がいるらしいし、傭兵は血の気が荒い人が多くて戦いの興奮状態を引きづり、そのはけ口に女を求める人が多いらしい。
その為に戦場陣営近くには兵士や傭兵を癒すため、慰安所が設けられていてアハ~ンでウフ~ンな獣人の色っぽい女性が沢山いて兵士や傭兵相手に春を売っている。だから、私に性欲を向けるのは勘弁してほしいよ。
それに近頃、負傷者たちの中では私とリラ姫はカップルだという噂まで流れていて、私とリラの性的行為を想像して興奮している変態までいて、正直アベリアに再会できたのは嬉しいけれどこの場所は落ち着けない。
この世界って文化レベルが低くて一般には騎士道精神や武士道精神は普及していない。
極々一部の位の高い人は女性への敬意や戦いへの崇高な志を持っているみたいだ。
私の身が危険にさらされないように、私を守るためにリラ姫が同行して兵士や傭兵が必要以上に私に近づかないように目を光らせてくれている。
しかし、リラ自体が私にべったりとくっ付いてくるからちょっと面倒くさい。
治癒が終わると花のような笑顔を見せて私に抱きついてくるリラは可愛いと言えば可愛い。
リラは私よりも5歳年下で小柄で華奢な美少女。薄い紫の柔らかい髪にピンクの光輝く大きな瞳をしている。
普通に異性からモテるらしく求婚者が沢山いるのにリラは男性に見向きもしない。
初恋が乳母の牛族の女性だとリラは確信しているから自分の好みがブレたりしないらしい。
16歳の少女なのに好きな対象がハッキリとしている。それは良い事の様に思えるのだけれど、リラが好きなのが私だというのはとても困るのよね。
「エリカお疲れ様っていうか、凄く疲れた顔をしているけれど大丈夫?」
私のボインに顔を挟んで私を見上げながら心配をしてくるリラ。
もう何度も他人のおっぱいに顔を埋めてはいけないと、注意をしてもきかないリラに諦めてため息を吐いた。
「……ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「一緒について行こうか?」
「ううん、一人で行ってくるわ」
お手洗いは一人でないと落ち着かないと言って聞かせて、さすがにリラもトイレには無理に付いて来なくなった。
この世界に来てリラは私の唯一の友人だから彼女の好意を無下にはしたくはない。
でも、私は私でアベリアの事が好きだし、多分私は同性に恋に落ちるタイプではない。
リラがどんなに想ってくれてもその気持ちに私は応える事は出来ない。
治療所は大きな建物が3つあってその周りに小さなテントが5個くらい張られ、敷地の端の方にトイレが設置されていた。
私が来てから重傷者はいなくなり、怪我が治った兵達は直ぐに戦場に復帰する為、治療所内は治療士の魔法使い達が数人チラホラ見かけるだけ。動ける軽傷な兵士や傭兵は建物内での行動を制限されているから、私が1人でも歩いてトイレに行ける。
それに兵士や傭兵は私を見ても基本は声をかけてこない。
私がリラ姫つまり王族の保護を受けているのを知っている人が多いから。無断で私に近付く兵士や傭兵には気短なリラが即刻処罰を下したからだ。
それでも私1人で歩くのは少し怖い。兵士や傭兵は屈強で厳つい獣人が多いから。
心細くて急いで女子トイレへ入った。トイレは当然水洗ではなく汲み取り式だけれど、毎日しっかり清掃されているのでそれ程抵抗なく使用できる。
「はあ、無事にミッションクリアね」
たかがトイレされどトイレ。男所帯で女性が暮らすって本当に神経すり減るわ。
急いででリラの所へ帰ろう。
「あ~失礼」
トイレから出て敷地内を足早に移動していたら急に声をかけられた。
聞こえなかったフリして通り過ぎようかな。
「君、もしかしてオーガのアベリアの知り合いかい?」
「え!?」
アベリアの名前を出されて驚いた。私とアベリアの事を知っている人がいるの?
声の主を見ると身長はとても高いけれど他には特徴のない男が立っている。
というかこの人、人間だわ。耳が肌色で尻尾がない。獣人が多いこの国で珍しい私と同じ人間だわ。
「…いや…そんな見つめられると照れるな。
俺はシモツケという者なんだが、アベリアの知り合いで。君が彼奴の話に出て来た女性かなと思って声をかけたんだ」
初対面の男性をジロジロ見てしまい赤面する私。
アベリアの知り合いだという細面で背の高い人間の男性は、傭兵とは思えない穏やかな微笑みで私を見下ろしていた。
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