アベリア⑩
傭兵になったアベリアのお話です。
カルミア王子も出ます。
ヴォゥオオオゥ、ヴォオオオオオ。
「魔法使い火球を放て! 奴らの翼を火で焼き、地上へ落とすのだ!」
戦場の指揮を執るのはシャクナゲ国第一王子カルミア。
虎の獣人の王子は兵の中でも一際立派な体躯で大刀を振るい、兵士を鼓舞しながら自ら怪物へ向かっていた。
この国の王子さん、すげえな。
アベリアは好戦的な王子の戦いぶりに呆れた。しかし、あの王子さんなら俺の願いを聞いてくれそうだと、口の端を上げる。
ここは西の戦場。
今、シャクナゲ国の兵士達が戦っているのはワイバーンだ。
大きな口に鋭い牙、蝙蝠のような大きな羽を広げて空を飛ぶ怪物。鏃のような尻尾には毒を持ち、黒くて硬い鱗が全身を覆っている。空から大きな後ろ脚の鍵爪で獲物を捕獲する。
この数年シャクナゲ国の西側で1番増えた怪物ワイバーン。討伐隊はここ数日ほぼ毎日殺り合っているがワイバーンの数は一向に減る気配が無い。
討伐隊は城兵と傭兵で合わせて60名ほどの屈強な男たちで編成されているが、すでに半数は戦えない負傷者や亡くなった者もいる。
城兵はよく鍛えられた獣人が多く、傭兵はアベリアのように戦場経験のあるオーガや人間、魔法力の強いエルフで結成されている。
討伐隊は決して弱くはない。むしろ強者が多いがそれ以上に怪物の数が上回っているのだ。
アベリアは剣をワイバーンの首に力いっぱい落とした。
この戦いは楽ではないが今の俺には希望と戦う目的がある。ワイバーンの首から上がる血しぶきを浴びながら、奴隷時代主人からの命令で意に添わぬ戦いをさせられていた時には感じた事の無い充足感に満たされていた。
「……ほう、あのオーガの男。なかなか強いな」
カルミア王子は自分の近く、戦いの前線にいるオーガの男を見ながら呟いた。
カルミア王子の周囲には逞しい歴戦の猛者が多くいるが、今回の激戦で既に怪我をして一線から退いている者が少なくない。
王子は唇を噛みながら空飛ぶワイバーンの群れを睨みつけた。
魔法使いの攻撃魔法だけではワイバーンを殺し倒す事が出来ないため、魔法でワイバーンの翼を焼き地上へ落してから、兵士が剣を振るいワイバーンの首を切って殺す戦法を取っている。
1体のワイバーンに対して約3人の兵士で挑み、やっと倒すのが現状だ。
これ程の数のワイバーンを相手にするには、今の倍の数の兵士が必要だ。連日の戦いで怪我を負う負傷者が多く出て剣を振るう兵の数が少なくなってきていた。
せめてもう少し負傷者を治す魔法使いがいれば良いのだが、魔法使いは火球などの攻撃魔法に魔力を使わせているため、負傷者兵を治癒させる為の魔法使いは最低限の人数しか回せない。
……あの女……、レンギョウが連れて来た俺の体を治した女に負傷兵を治癒させたいが、レンギョウが女神との約束であの女を戦場へ連れ出せないと言う。
くそ、腹立たしい。
あの女がいればここの怪我人はかなり助かり戦場へ復帰できて、この戦況はもっと楽になるはずなのだ。
「カルミア様、横です!」
「フンッ!」
カルミアは側近の若い獣人の声に反応し、翼を焼かれ自分へ牙をむいてきたワイバーンの首を刎一撃ではねた。
やはりレンギョウにあの治癒の女をここへ連れてくることを同意させよう。それはシャクナゲ国の国防へつながるのだから、レンギョウも認めるしかないだろう。
「ワイバーン生存数あと2体です!」
部下の叫びが聞こえた。
漸くしてワイバーンの数が減り先が見えたと思ったその時、ワイバーンが2体揃って上空から急降下しカルミア王子目掛けて体当たりをしてきた。
王子側近の部下たちはワイバーンの速い攻撃に対応できず動けずにいる。
カルミア王子はワイバーン2体に怯まず剣を構え1体の眉間へ剣を突き倒したが、残りの1体がカルミア王子の背後より襲い掛かり、後ろ脚の鋭い爪で王子の肩から腰までを大きく切り裂いた。
「グワア!!」
カルミア王子が膝をつくとワイバーンは王子の背中を両足で強く掴み空へ上がろうとする。
魔法使いは攻撃魔法を唱えるも魔法が王子に当たるのを恐れて放てず、数人の側近が剣でワイバーンを切ろうと走りよったが既に剣のとどかぬ空中へワイバーンはカルミア王子を掴み飛んでいた。
「く、あ、離せ! この怪物が!」
カルミア王子は背中から血を流しワイバーンの爪を体に食い込ませながら暴れる。
王子が力いっぱい暴れるので、さすがのワイバーンも思うようには飛べない。
側近たちが王子に武器が当たるのを恐れどう手を出してよいのか戸惑っていると、オーガの男が倒れている兵士の剣を拾いワイバーンの翼へ投げた。
剣はワイバーンの翼を破り、バランスを崩したワイバーンと王子は地上へ落ちる。
「グ、ウウ!」
「ヴォゥオゥ」
地面に当たった衝撃で叫ぶ2体。
オーガと側近たちはすぐさまワイバーンへ向かい剣を突き立て、カルミア王子を救った。
「傭兵! なんと荒い手段をした!」
側近の1人がオーガを攻め立てだしたが、カルミア王子が止めた。
「……やめ……い。……あの……状況……仕方ない……」
王子は背中を引き裂かれた傷と脇腹に爪の食い込んだ傷、落下の衝撃で何本か骨が折れている重体だ。
アベリアはカルミア王子の態度に感服した。
あのままワイバーンに空へ連れていかれれば、王子は高い上空から落とされ死んでいただろう。そしてワイバーンの巣で王子の死体は食われていた。それに比べれば今の状態はやむえないとカルミア王子は理解しているのだ。
王子という高位な身分でこの状況の判断。俺を裁かないとはこのカルミア王子は良い君主だ。
ヴォゥオオオゥ、ヴォオオオオオ!
王子を救い、ワイバーンを全て倒したと安堵した空気の中、討伐隊の上空に5体のワイバーンが現れた。
「……」
長い戦いを終えたと疲労困憊の兵士や傭兵は現れたワイバーンを見上げ言葉を失うしかなかった。
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