アベリア⑧
酒と男と友情?みたいなアベリアのお話です。
「……お前、こんな所で何をやってんだ?」
「……」
薄暗いバーのカウンター。客は荒くれ者の冒険者や犯罪者が多くいる非合法地帯のような危険な場所だが、金を払えば客だと認めてくれる差別のない飲み屋。
「おい、親父。俺にも酒くれ」
厳ついオーガのマスターにサンザシは明るく声をかける。
マスターは無言でサンザシの前に置いたグラスに琥珀色の酒を注いだ。
サンザシは一口酒を口に入れて明るい笑顔で
「上手い」
と言い、自分の隣にいる昔馴染のオーガに話しかける。
「何だ。アベリア。今日はやけに暗いな」
アベリアはサンザシの言葉に無反応のまま、目の前のグラスの酒を見つめていた。
サンザシはアベリアの様子などお構いなしに酒をぐいぐい飲みながら話す。
「あ、そういやお前。4日前に冒険者達に追いかけまわされていただろう?」
ぴくっとアベリアの肩が揺れた。
「俺、たまたま外にいて見たんだよ。
あの時はフードを被っていたから直ぐにお前だって気が付かなかったが、爆風でコートが破れ髪が見えた時に分かったんだ。あれお前だろう?」
サンザシは凄く陽気にアベリアに話ながらマスターに2杯目の酒を注いでもらう。
「アベリア胸に女の子を抱えていたようだが、何だあれ、お前の主人か? 噂じゃあ城から特別手配されていたらしいが、あの女は何者だ?」
サンザシは黒い前髪から覗く金の瞳を輝かせてアベリアの顔を覗き込んだ。
「……サンザシお前はつくづく俺の気を考えず話してくるな」
アベリアはサンザシに呆れながら答えた。コイツは昔っから自分のペースで話をしてくる。
「ここは飲み屋のカウンターだ。酒を飲みながら世間話する場所だろ? 怒んなよ」
アベリアはふ―と長く息を吐き酒を飲んだ。
「そんで特別手配の女はどうしたんだ?」
「城に保護されたよ」
「保護? 何でその女は城に保護なんてされんだよ?」
「……特別な女だからだ」
アベリアは本当にエリカは特別な存在だったと思い出して口の端を上げた。
「はあー? 特別ってどういう意味だ?」
「……」
「まただんまりかよ。教えてくんねえのかよ」
「ああ、あの女の事は話さん」
俺の大切な思い出を軽々しく他人に話して聞かせる気にはならん。
「ちぇー、つまらん……ん?おま……お前その首? 首輪はどうした?」
サンザシはアベリアの首に隷属の輪が無い事に気が付いた。
「俺は奴隷から解放された。お前と同じ一市民になったんだ」
正直言って今俺は隷属の輪が首から外れた事を素直に喜んでいない。
服の内側に首輪の割れた片方を持ってきた。
もう片方はエリカが持っている。
ずっと捨てたかった銀の金具なのに、エリカが片方を持ち去った時俺はエリカとの繋がりを諦めきれず隷属の輪の片割れを拾っていた。
「はあ? どうやって奴隷から抜け出せたんだよ?」
「お前には言わん」
「はあ? はあ? はあ?」
段々サンザシは酒が回ってきたのか目が座り絡んできた。
こいつ酒に強くないくせに自分の許容量以上に飲むから、酒を飲むとうっとうしくなるのは昔から変らんな。
「アベリア、じゃあお前本当に自由になったのかよ! くっそ、羨ましいぜ」
サンザシは悔しそうに口を曲げてアベリアに言った。
「サンザシはもう何年も前から自由だろう」
「はあ? お前だって知ってんだろ。
俺が奴隷から足を洗えたのは今の女が金を払ってくれたからだ。
俺は隷属関係ではなくなったが女との目には見えない主従関係はあるんだよ。
だがら今の女に俺は頭が上がらない立場でそんなの自由っていえないだろうが。今日だって女の仕事を手伝ってて、やっと今が自分の自由時間なんだからな」
サンザシはグラスの酒を一気に飲み干しまた酒をお替りする。
「今の俺はお前が羨ましいな」
俺も奴隷を解かれた後もエリカに必要にされたかったそんな気がする。
サンザシはアベリアの言葉を聞いて馬鹿かとアベリアを見て言うのを止めた。
アベリアの目の端に光るものが見えたからだ。
「……お前、もしかして……その女に本気で惚れていたのか?」
エリカに惚れていたかと聞かれると、惚れるとはどういう事なのかよく分からないが、エリカと一緒にいると楽しく温かい気持ちになれて安らげた。
自分にとってエリカは本心から守るべき者だったのだ。
「ああ、大切な女だった」
そう認めて、アベリアはグラスを空にして置いた。
「……」
サンザシは昔から女にモテた。妖艶な姿と饒舌な口で奴隷であっても女関係が途切れた事が無い。
そんなサンザシだって今までの人生で本気で女に惚れた事がある。失恋も経験済みだ。
恋愛経験豊富なサンザシから見てアベリアは自分の対極にいる存在だと思っていた。
同じ奴隷市場出身でもアベリアは戦闘奴隷として育った。アベリアに女経験がないわけではないが、アベリアのあの環境で本気で異性を好きになった事がサンザシには衝撃的だった。
「……マスター! 酒もう一杯ずつ注いでくれ!」
「サンザシ?」
「今夜は俺がお前におごってやるぜ」
アベリアが主人に食事を与えられず死にそうだった時、病に侵されていた時、戦闘で傷つき倒れていた時にもサンザシはアベリアに施しを与えた事は無かった。
長い付き合いで初めてサンザシはアベリアに酒を奢る。
失恋は男にとっても辛いものだから。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




