ダンジョン盗賊の黙示録
ダンジョンを舞台に活躍する、盗賊さんの作品を書きたかったです
----ガタガタガタッ!
壊れてるのかもと思いそうなほど、大きくぐらつきながら発せられるその音に、馬車の中の2人は恐怖していた。
いつか、この馬車は壊れるんじゃないか? そんな風に思っていたくらいだ。
「大丈夫かなぁ、ミナぁ~。この馬車、次の道で壊れたりしないかなぁ?」
「大丈夫よ、ハナ。ギルドが用意してくれた馬車だし、そんなに悪いとかはないと思うし……」
2人で手を繋ぎあいながら、馬車の中で2人の少女はお互いを励ましあう。
背中にボロボロの銅の槍を背負った、軽薄そうな印象の黒髪の少女、ハナ。そしてガラス玉のような小さい水晶が付けられた杖を持つ、清楚な小柄な少女、ミナ。
ハナとミナ。似たような名前を持つこの2人は、ここより遥か遠くのナルカ村と呼ばれる村で育った幼馴染である。
ただの"村人の女"として一生を終えるはずだった2人が、何故馬車に、それも人々が集う大陸最大の都市である王都に向かう馬車に乗っているかと言われれば、それは彼女達がそうだから。
冒険者として、ダンジョンの中から財宝を持ち帰る生活を、彼女達は選ばれたから。
15歳を迎えた者達に訪れる、大人になる日。
それが"才能の儀"。
人は、なにかしらの才能と共に生まれてくる。その才能が"力が強い"だの、"足が速い"だの、そういった才能だったならば、分かるかもしれないけれども、それ以外の目に見えない才能だった場合はどうするか。
その才能を教えてもらえる日というのが、"才能の儀"である。
多くの者が自分や親などの想定内の才能を発現させる中で、ハナは"槍の英雄の一歩"、ミナは"魔導士の卵"という才能を発現させた。
人々を救う英雄に、魔法を極めし魔導士。どちらも片田舎の村で腐らせるような才能ではなかった。
故に、王都から誘いが、ダンジョンを潜って英雄となる道が用意された。
そうして、彼女達はこうして、王都行きの馬車にゆらゆらと乗せられているという訳、である。
「まったくっ! どうしてこの俺様が、こんな芋臭い奴らなんかと一緒に居るんだよ、全くよぉ」
そんな2人の対面の席、そこにいる全身鎧の大男が手に持っている酒瓶を豪快に傾けながら、ゴクリゴクリと飲んでいた。
彼の名はアーサー。相手の攻撃を防いで仲間を守る【盾職】という職業で、彼女達と同じく王都で冒険者を目指す者である。
そんな彼は、自分よりも年若い女が、自分と同じように王都の冒険者になることが気にくわなかった。
「俺様はよぉ、努力の男だぜぇ? 神様から【盾職】としての才能があるとは言われたが、それで喜び勇んで、ワンちゃんのように貪るのではなく、自分の田舎で必死に努力した、努力の塊みたいな男だぜぇ。それなのに、こんなガキ臭いガキ共と一緒とはよぉ」
「なんだよぉ、おっさん! すぐに王都に行くのがそんなに悪いのかよぉ?」
「少し、嫌味な感じがします」
ハナとミナの2人が難癖付けるアーサーに対してそう言うと、アーサーの横に居た男が「まぁまぁ……」と止めに入る。
「自分の実力をしっかりと、見定めて修行をした男。一方で自分達の可能性をかけて、王都へ行くことを決意した少女達と私。どちらも素晴らしいと思いますが?」
そう言って、アーサーの隣で彼らの喧嘩を止めようとしている、ハナとミナと同じくらいの年の細い少年。
上が黒、下が白という色が地味目なこの男は、カゲロー。【盗賊】と呼ばれる、罠の解除や魔物から物を盗むなど、戦闘以外で活躍する事が多いこの男は、ヘラヘラと覇気のない顔で笑っていた。
「おぅおぅ、何だい、お前さんはよぉ。俺様が、努力に努力を重ねたこの俺様がよぉ、こぉんな小便臭ぇガキ共と同じだとぉ?」
「いえいえ、決してそのような心持はなかったりするんですよ? 私は、ほら、【盗賊】ですのでねぇ。自分で相手を倒すというのが、どうしてもあなた達のような戦闘職と比べると苦手でしてねぇ。だから、このような場であなた様達のような、優秀な人と一緒になれるだなんて、嬉しくて」
「……ちっ、おべっか野郎が」
イライラした様子で会話を途切れさせて、酒を飲む作業に移るアーサー。
「嫌われちゃいましたよぉ~」と、ヘラヘラと笑いながらカゲローは2人の少女に話しかける。
「おべっかだなんてねぇ、私は本気でそう思ってますのに。勿論、私と同じ年くらいながらも、才覚溢れるあなた方も素晴らしい活躍をしていただけて、そのサポートが出来たらなぁって思ってますので、今後ともご贔屓に」
「おっ! 分かってんじゃん!」
「こら、ハナ……。あんまり気を許さないで、この人は【盗賊】なんだから」
ヘラヘラと笑いながら幼馴染と距離を詰めるこの男に、ミナは警戒の色を露わにしていた。
この男が同じ馬車で、王都の冒険者になると話したとき、ハナは同じ仲間が出来たと喜んでいたが、ミナの頭の中には警戒心しかなかった。
「(だって、こいつは【盗賊】なんだから)」
鍵開けや罠外し、聞き耳など"ダンジョン攻略の専門家"的な側面を持つとも言えるが、結局は【盗賊】。
他人の持っている武器やアイテムを"盗む"だなんて、悪者に決まっている。
そう、ミナの中では【盗賊】とはそういう印象しかないのである。
「じとぉぉぉぉ……」
「えっ、えっと、ちょっとミナさん? なんでそんな険しい目でこちらを見てるんですかねぇ? ちょっと、怖いんですけど」
ミナは、じぃーっと見つめていた。
おどけた態度をしながらも、横に座っているアーサー。
その懐から金貨を"盗っている"のを。
‐‐‐‐やはり、【盗賊】は信用できない。ミナの想いはそう強くなっていた。
「あっ! ミナっ、ミナっ! 窓の外を見て!」
じとぉぉぉぉぉ、ミナが【盗賊】のカゲローを見つめる中で、外を見ていたハナが大きな声で中にいる者達を呼ぶ。
幼馴染の声にびっくりして慌てて窓の外を見るミナ、酔いつぶれて寝ていたが大きな声で起き出したアーサー、その横でサッと金貨を返すカゲロー。
「あれが王都! そして、ダンジョンの塔……」
窓の外を見るミナとハナの瞳の先、そこには大きな塔が立っていた。
人間が作り出したとは思えないような、山よりも巨大な石の塔。その石の塔をぐるりと大きな大樹の幹が取り囲み、その塔の足元には活気がある街が広がっている。
「ミナ、ミナ! あれがダンジョンなんだよね! 神様が私達のために作った、お宝いっぱいの塔!」
「だいたい、合ってるわ。けどハナ、ダンジョンの中にはモンスターが居るのも忘れずに‐‐‐‐」
キラキラと瞳を輝かせるハナを、冷静に押さえつけようとするミナ。
けどそれよりも、ハナの横で、ハナよりも瞳をキラキラとさせて見ているカゲローの姿に、ちょっと面食らってしまっていた。
「(なんなの、あの綺麗なキラキラとした瞳。【盗賊】は盗みをする悪い人、って村での常識だったけど、そうでもないのかしら?)」
魔法使いとしての素養が認められる者は、大して魔法と言う学問を学ぶ門徒。
総じて勉強家気質が多いのだが、ミナもまた例外ではなかった。
だからこそ頭空っぽで槍で遊んでばかりいたハナとは違い、【盗賊】の事も本で勉強して警戒していたのだが、やはり本と現実とでは違うみたいである。ミナはそう理解した。
「(そうよ、ね。あのおっさんはともかく、この人もまた同じ年くらいでしょ?
でもまぁ、おっさんの金貨を盗んでたし……うーん……)」
ミナがそうやって評価で悩む中、当の本人であるカゲローは、あの大きなダンジョンを見ながらこう思っていた。
「(あぁ、素晴らしい大きなダンジョンっ! 実に、盗みがいのある獲物っ!)」
‐‐‐‐ミナの評価は、あながち間違いではなかった。
なにせ彼は、人のモノや素晴らしいモノを盗みたくて仕方がない、ただの【盗賊】なのだから。