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廃棄魔族の鎖が、姫様の心を捕らえるまで -擬神魂装のニルヴァーナ-

良い感じにできた気がする

魔王軍を裏切り、自らの幸せを見つけようとする

そんな話を書きたかった

 真っ赤な2つの夕陽が窓の中から差し込み、大地をく、濃い赤色に染め上げる中。

 とある森深くに設けられた場所で、2人の魔族が向き合っていた。


 左を向いて立っている赤い肌の男は、オーガの大男。名はティタン。

 焼ける赤銅を思わせんばかりの赤い肌、常人の2倍はあろうかという恵まれた身体にはしっかりと筋肉が万遍なくついていた。

 頭から生える大きな一本角と共にしっかりと相手を見つめており、その手には身長と同じくらい大きな黒い金棒を手にしていた。


 右を向いて尻もちをついている白い肌の男は、人狼の小男。名はソラ。そう、僕の事。

 足跡一つない雪原を思わせるばかりの白いモコモコとした毛皮で全身を覆い、どこか柔らかい緊張感のないような笑みを彼に向けている。

 狼を思わせる耳と尻尾が特徴で、首にはじゃらじゃらと鎖が巻き付いている。


 どちらも魔界の百人隊長‐‐‐‐好戦的な魔族100人を束ねる隊長クラスの、実力者である。

 そして大きな身体と恵まれた筋肉を誇るオーガ族、その中でも特に大柄な武人であるティタンが、声を荒げる。


「ソラよ! 分かっていると思うが、これがどういう意味を持つか! 分からぬ貴様ではあるまい!」

「……あぁ、十分承知している。僕の負けだ」


 負けた、負けた、と軽々しく笑いつつ、人狼である僕は立ち上がって、毛皮についた砂埃を慣れた手つきで払っていく。

 僕も自分で言うのもなんだけど、百人隊長に選ばれるほどの実力者。半人半狼の身体から繰り出される連続攻撃は、幾多の敵を、障害を打ち崩してきた。


 だが、それでもティタンには勝てなかった。僕にとっては、それだけの事。

 軽々しく負けを認める僕に対し、勝利したはずのティタンは凄い不服そうな顔で相手を見つめていた。


「納得がいかぬ! もう一度、否、我が気が済むまで何度でも取り直しを要求するっ!」

「おいおい、ティタンさんよ。それはもう、言いがかりに近いんじゃないかな? それに、そういう台詞は自身の負けに納得できない者がいう台詞だ。勝者は堂々と、すべきだろう?」

「それでも、取り直せっ! ソラよ!」


 何度も再戦を求めるティタンに対して、ソラはキョトンとした様子で見ていた。


「何故だ、何故なんだ。オーガのティタンよ。勝者は、勝利の栄光を手にしたのは君なんだ。君はこれで、憧れである魔王様の親衛隊入りが決定したのだから」


 魔族にとって、"強さ"とは人間社会以上の意味を持つ。

 なにしろ、弱肉強食。強い者が利益を、栄光を、勝利を手に入れるというのが、魔族にとっての基本理念なのだから。


 そんな弱肉強食の世界の中、魔族の頂点に君臨せし者こそが‐‐‐‐魔王。

 魔族を率いる長である魔王、そんな魔王のそばで働ける名誉こそが、たった今、2人が争って、ティタンが勝利によって手にいれたモノだ。


「一対一の戦いに勝利した者が、魔王様の親衛隊という栄光を手にいれる。敗北した者は魔界から追放、二度と魔界に来ることもない」


 "たったそれだけ"。

 僕はそう語るが、そんな事ではないことはティタンが一番良く知っている。


 弱肉強食の社会なのだ、魔族は。

 勝者には栄光を与える代わりに、敗者には厳しい罰を与える。

 その栄光が素晴らしいモノであればあるほど、その罰は重くなる。


「分かっているのだろうっ! 魔界からの追放だぞっ! お前は、故郷を失ったということなのだぞ!

 しかも、お前は"魔王親衛隊入りを逃した敗北者"として、永久に歴史にその名を刻むこととなる!」

「そうですね、敗者に魔界での立場も、権利もない。引いて言えば、財産没収も免れませんね」

「そうだ! お前の行為は、敗北は、歴史に刻まれる!

 だからこそ、取り直せっ! 我が好敵手、人狼族のソラよ!」


 ティタンは力強く、そう宣言する。


 ティタンと僕は、戦闘スタイルも、種族も、女の好みも違っていたが、僕らは同期である。

 同じ時期に魔王軍の扉を叩き、軍への道を志し、同じ時期に百人隊長の地位を手にいれた。

 会う機会はそれほど多くはなかったが、互いに意識し、競い合う仲だった。


「そんな、お前との戦いでっ! 同期で、我と同じ百人隊長への地位まで上り詰めた男との戦いでっ!

 "武器を持たないお前を倒した男"、"自身の肩書である武器を出さずに負けた者を倒した男"などと不名誉な称号はいらん! 今一度、再戦を要求するっ!」

「……だろうねぇ~」


 ティタンの言い草に、僕はがっくりとしながらも納得したように声を出す。


 結局、これだ。

 同期でも、同じ時期に百人隊長に選ばれたという偶然があっても、結局はこれなのだ。

 人間が持つという同情心や仲間意識など、欠片もない社会。これが魔族の、弱肉強食の社会なのだ。


「(だから(・・・)、僕はこの魔族の社会から抜け出したいだけなんだけどねぇ)」


 武器を使えば、ティタンといい勝負になったかもしれない。

 けれども、勝ったからと言って、どうなる?

 自分の強さにしか興味がない部下共が勝手に推薦して、それで仕えたくもない魔王なんかを守る盾となって、結局、何もできずに死んでいくだけ。

 そんな人生に、何の意味がある?


 ‐‐‐‐だから、意図的に負けたというのに。

 ‐‐‐‐ティタンは、僕に敗け方すら選ばせてくれないと言うのか。


 本当に、改めて、心底、この魔族社会と言うのが嫌になった。


 ……そうだ、どうせ追放されるのだ。

 最後くらい、好きにして良いだろう。


 首から伸びる鎖を強く握りしめつつ、ティタンの方を振り向く。


「正直に言えば、だが……」

「あぁん?」

「ティタン、僕は君の事を尊敬していた。同じ同期として、誇らしく思っていたんだ」


 彼が敵の砦を落とした。

 彼が暴れ狂うドラゴンの正気を取り戻した。

 戦で、何百人と言う人間を殺した。


 そういう同期(ティタン)の武勲を聞くたびに、僕の毛深い毛の下にある心は燃え(たぎ)った。

 自分も負けじと、多くの武勲を上げてきた。


 競い合う(ライバル)として、ティタンの存在を好ましく思っていた。


 ……そう、ついさっきまで。

 ついさっきまで、心の底からティタンの事を好ましく思っていたのだ。


「だから、僕は鎖を、僕の武器を使うのを止めていたんだ。

 これは殺しの武器だ。君の金棒とは違い、僕の武器では君を‐‐‐‐"殺してしまう"」


 スッと、目線を下げて今までのヘラヘラとした笑みから一転させて、冷たい目で睨みつける。視線だけで人を殺す、それはこういう目つきだろうというくらい、冷たい目だった。

 しかしその視線を受けた当人、ティタンは憤慨する。


「(我の自慢の金棒では無理でも、お前の持つその鎖でなら、殺せる?

 ふざけやがって! こっちが本気を出さずにいたら、その態度とは! 良いだろう、お望み通り殺してや

るっ!)」


 金棒をぶるんぶるんっ、と風を切るような音が聞こえそうなくらいの勢いで振り回しながら、ティタンは僕の前に立つ。


「(あの世で、我、そして我の相棒の武具を馬鹿にしたことを後悔して、死んでゆけっ! この狼野郎!)」


 金棒を大きく振り上げて、そのままソラの頭上へと掲げ、一気に叩きつけるように、落とすっ。

 勢いは殺さず、惨たらしく死ねと言う意識を向けて、ティタンは金棒を叩きつけた。


「‐‐‐‐」


 一方で、僕の方の抵抗は簡単なものだった。

 ただ頭の上に防ぐように、鎖を持って構える。


 鎖は細く軽そうで、金棒は太く重い。


「(‐‐‐‐その鎖で、我の金棒が防げるモノか!)」


 ティタンはニヤリと笑っていたが、金棒と鎖がぶつかり合い、金棒が反動で腕ごと自分の背後へと戻ってくるのを見て、驚いた。

 鎖が引き千切れなかったからだ、それどころかゴムのように弾性で戻ってくることも思ってなかったからだ。


「鎖を武器に使う人狼の百人隊長……噂は聞いていたが、実際に戦ったことはないので、驚いたぞっ! 我の力なら、そんな鎖など容易いと思っていたが‐‐‐‐なるほど。実に硬く、そして柔軟だ!

 そうだ、それでいいっ! さっきのゴブリンの巣穴のような生温さではない、真の戦いという心地だ! その鎖の強さ、もっと見せるが良い!」

「なら、遠慮なく」


 ソラは、戦いに喜びなど求めなかった。

 鎖と金棒の硬さ比べなどに興味はなかった、故に鎖を屈強な筋肉で守られているティタンの身体へと放っていた。


「馬鹿めっ! 我が鍛え上げし鋼の肉体が、そのような鎖なぞに破られるモノか!」


 敢えて受けよう、我が肉体はそのような武具なぞには負けないのだから。

 そのような武人としての粋のために、ティタンは敢えて防御姿勢を取らなかった。


「その油断が、命とりだぞ」


 言葉の通り、ティタンは恐るべき体験をする。

 ソラが操る鎖が自分の身体の中に入ってくるのだ。それも、まるで泥水の中に入っていくかのようにドボドボと、血も出ないまま、入っていく。


「鎖が、我が肉体に入ってくる! しかも痛みもなく、血も出ずにっ!

 魔術が施されし武具、魔武器の類か! おのれっ!」


 速く、この鎖を抜かなくてはならない。

 金棒を捨て、鎖を引き抜くために両手で鎖を手に取る。


 そう、手に取ろうとした。


 ‐‐‐‐するり。


 しかし、鎖はティタンの手には絡みつかず、逆に彼の肉体にさらに深く、入り込んでいく。


「鎖がっ、掴めないっ!」

「当たり前だ、こちとらそういう手合いも何度も相手にして来た。それだから、鎖を引き抜こうとした相手に、どうすれば鎖を掴ませずに済むかなんて、対策済みに決まっているだろう。

 それと、もう1つ。重要なことがある。それは僕と、ティタンの地位は、同じ百人隊長だったという事。同じ百人隊長だから、こうしてどちらが親衛隊に相応しいかを選ぶために戦わされた。まぁ、僕は敗けて百人隊長ではなくなったんだけど」


 百人隊長が2人居る、そのうち魔王軍の親衛隊に入れる枠はたった1つ。

 だからこそ、どちらを採用すべきか迷って、同じ百人隊長なら強い方を、勝った方を採用しよう。

 それだけの理由で、ティタンとソラは戦わされたのだ。


「だが、同じ百人隊長であっても、強さには差が出る。何故だか分かるか?」

「どういう、意味、なんだ……?」


 自分の肉体に沈んでいく鎖を見ながら、ティタンは質問に質問で返す。

 その様子に、「どの百人、と言う点」と答えた。


「僕達は百人隊長、つまり部隊の者百人を率いるだけの力。またはそれだけの力があると認められて、ここに来ている。つまりは、僕達の実力は、その部隊の者一人がどれくらいの強さなのかにも寄る」


 まぁ、給金はそんなに変わらないが。

 おおよそ、1.5倍とか、その辺だろうか?


「ティタン、君が所属しているのは怪力部隊だったか。どれだけ力が強いのか、それだけを重視するような部隊、だったか。確かどれだけ大きな岩を持ち上げられたとか、それだけの部隊だったか。

 いやぁ、とってもうるさくて、うるさくて、良く覚えてるよ。で、君はその怪力部隊の百人隊長。実際にはどうかは分からないが、君は怪力部隊の中でも一番力が強い。百人隊長だから、単純に100倍とかにはならないだろう」


 まぁ、こんなのはただのたとえ話。

 実際に100人分の力があるならば、僕なんか邂逅したらすぐにゴミクズにされていただろう。

 これはあくまでも、ただの例え話なのだから。


「そして、僕の所属していた部隊は‐‐‐‐"暗殺部隊"。

 怪力なんてどうでも良い、僕達はただ相手をいかに殺すかを求める部隊。お前らのような、怪力馬鹿とかは違うのですよ」


 そして、ティタンの胸元に刺さった鎖。あれこそが、僕の切り札。

 触れる事もできなく、それでいて相手の身体の中に直接入る、僕の鎖。


「身体の中に入っているんだ、ここから身体の各器官を潰すのだって簡単だ」

「……! まっ、待て! 我は百人隊長! 怪力部隊一番の、百人隊長!

 そんな我が対戦において、手も足も出せずに負けるなどっ! あってはならぬっ!」


 まぁ、そりゃあそうだろう。

 こいつらにとっては、『戦わずに殺される』という事態こそが、一番避けたい事態だろうし。


「安心してくれよ、僕は君を"殺さない"。

 なにせ、親衛隊入りが決まっている君を殺すと、魔王様に何をされるか分かったものじゃないからね」


 ソラの言葉に、ティタンは安どしたような、ホッとしたような表情を見せる。


 ……おいおい、ダメだろう。ダメだろう、それは。

 戦場において、自身の生死を握っている敵に対し、そのような安どの表情を見せるだなんて、これが実戦ならば死んでいるところだ。


「だから、殺しはしない。その代わりに、"生かしはしない"」





 その翌日、魔王軍の親衛隊に新たな仲間がやって来た。

 百人隊長同士のバトルと言う、魔王の暇つぶしによって勝ち上がった幸運野郎。オーガのティタンだ。

 親衛隊の面々は新たな仲間を歓迎した、彼らにとっては新たなおもちゃが来たのと同義だから。


 いっぱい可愛がってやろう。

 ど突きまわして、泣かせてやろう。

 果たして何日持つか、賭けをしよう。


 そんな風に思いながら、新たな仲間を受け入れた。


「はじめましてわれティタンよろしくね」


 新たな仲間は、既にボロボロだった。

 目はうつろ、口から出るのは正気を失ったとしか思えないような戯言ばかり。

 おおよそ、まともな人材とは言えない代物だった。


 そして、彼らは興味を持った。

 このような事をしでかしたのは、恐らくティタンが親衛隊の座を争った、もう1人の百人隊長の仕業だ、と。


 そんな者を追放してしまったのは、少しばかり惜しい事をしてしまった、くらいには。

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