西通りの守護金庫
ドロッとして、それでいて特徴的な機械油の臭い。
なにか得体の知れない、複雑な臭いが入り混じった異臭。
この街を象徴するこの臭いは、よそ者にとっては悪臭としか思えないこの臭いも、街の住人である者達にとってはなじみ深い、おふくろの味のようなもの。
普通じゃない臭いを漂わせるこの街には、色々な物が流れ着く。
犯罪者、奇人、変人、天才、マッドサイエンティスト……そして流れ着くのは、"人"だけとは限らない。
都会の闇夜、電灯のか細い光が辺りを照らす中。
その少女は走っていた。
白いワンピースに、金髪のふわふわ髪が特徴なお嬢様みたいな恰好の彼女は、鬼すらビビッて逃げ出すほどの猛烈な勢いで走っていた。
持っていた小さめの鞄をグルングルンと回しながら、人生初と言って良いほどの勢いで。
「うおりやあああああああああああああああっ!」
おおよそ普通だったら、絶対に口にしないような口調にて、白いワンピースのお嬢様(?)は必死の必死の形相で逃げていた。
そんなお嬢様が逃げている相手は、犬。黒っぽい犬であったが、その犬はこの世のものではなかった。
少なくとも、"頭だけで動いている"獣など、自然界に存在するはずがない。
「「「わうわうっ、がうがう!」」」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ! まだ追ってくりゅうううううううううううううううう!」
物凄い勢いで迫って来る、3匹の、頭だけ犬。それに対してお嬢様さんは火事場の馬鹿力的な勢いで逃げ惑っていたが、それも長くは続かなかった。
何故ならば、彼女が逃げ込んだ先が袋小路だったからである。
「ひぃぃぃぃっぃいっ! 逃げられないいいいいいいいいいいいいいっ!? どうしよ、どしよどしよどしよっ!?」
「「「わうわうっ! ぎゃうぎゃうっ!」」」
「なっ、なんで襲って来るの? わっ、わたしが何かしたのっ?!
近寄らないで! 近寄ったら、唇かんじゃうからね! 痛いんだから、ねっ! ねっ!」
イーッ、と舌を出して唇を噛む準備を始めるお嬢様に対して、3匹の頭だけ犬はジリジリと近寄ってきて――――
「まったく、《犬神》かよ。素人に向ける呪術じゃねえよ」
ぽんっ、と急に現れたその男の人は、3匹の頭だけ犬を蹴り飛ばしていた。
襟を立てたワインレッドのシャツに、フォーマルな黒い長ズボンを履いたその男は、ネクタイをしっかりとしめながら服装を正していた。
「……ふっ、大丈夫だったかい? お嬢さん?
この俺に任せれば、あんな呪いの3つや4つ、軽々と祓ってご覧に入れましょう。全てはこの紳士である私に任せなさいよ」
「ばっ、ばけものぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
お嬢様風の彼女は、自分を助け出された男の姿を見て、悲鳴をあげる。
それもそのはず、何故ならその男の頭は、"金庫"という異形頭だったからだ。
神谷ネコ丸さんからのアイデアで、
「ヒューマンドラマ、ハーフボイルド系」の作品を考えました。
妖怪要素もリクエストにありましたので、
お嬢様が頭だけの犬――"犬神"に襲われるという所から始めさせていただきました。
窮地から助け出してくれた紳士が、金庫の異形頭の紳士って良いと思いませんか?