冬の陽だまり
初出:00/11/06
生まれてはじめて形にした小説です。細かいところは修正していますが、本文は当時のままです。
彼らが太陽と疎遠になってから、もう数十世紀が過ぎた。栄華の絶頂にあった銀色の砦は、最初の数世紀の間にそれまで彼らにとって恩恵であったはずの、そして彼らのほとんどを死に追いやった日光と水に、次の数世紀の間は灰色の氷に覆われて、その骸を横たえていた。
彼らは、太陽に追われてなお、生きていた。春の来ない、冬を。
彼は思う。おれたちが今生きているのは、呪いの所為だ。
今ここにいるものは、みんな呪われている。
「なあ、じいさん」
少年は部屋の奥に座っている、生きているのか死んでいるのかよくわからない、
古ぼけたマントに覆われている老人に声をかける。
「タイヨウ……って、知ってるか?」
老人が半眼に目をすがめると、枯木となった十本の指が記憶の糸を手繰ってもぞもぞと動く。
それに合わせるように、 老人の側頭部から後頭部にかけて、白髪の代わりに生えている灰色のケーブルが微かに音を立てる。
しばらくして、ようやく老人が口を開く。
「我々は、タイヨウの目を……逃れるために、地面の下に潜っているのだよ……。タイヨウを見る事など、叶わないのだよ」
老人が深い息をつく。しばしの沈黙。今度は少年が口を開く。
「見たいんだ、タイヨウを。あんたなら知ってるだろ? 地上に出る方法を!」
老人は黙っている。代わりにケーブルがざわめき、蠢く。
「同じだ! みんな! ……おれはここを出る!」
いらだたしげな足音を残して、少年は部屋を出て行く。
少年が出ていったのを見届けてから、老人のひげとケーブルに覆われた口元から呟きがもれた。
「そうだ。行け。お前は救われる」
少年はその夜のうちに、集落を出た。
自分が生まれ育った場所だが、未練は全くなかった。
この薄暗い穴ぐらから出ようとするわけでもなく、ただ生きているだけの集落の連中に、 彼は殺意に近い軽蔑心を持っていた。
だから彼は、振り返ることもなく去る事ができた。
彼は、地上に出てから後のことは考える必要がなかった。
彼の目的はタイヨウを見ることで、地上で暮らすことではなかったからだ。
しかし、目的を果たすまでは生きていなければならない。
そのため、彼の雑嚢の中には自動小銃とマチェットが入っている。
不思議と彼は死ぬことがなかった。もちろん危険な目には今までの3倍ぐらい遭った。
一度は廃棄階層のオートガードが偶然生きていて、弾幕の嵐を浴びせ掛けられたこともあったし、数十mの高さのパイプをよじ登っていて落ちたこともあった。今思い返すとずいぶん無茶をやったものだ。
弾薬がいつ頃尽きたのかも覚えていない。それでも彼は生きていた。
「もうすぐだ。おれはもうすぐ目的を達成できる」
彼には奇妙な確信があった。彼が今まで生きていたものそのためかもしれない。
何十年か前には華々しく活躍していたであろう巨大な戦車の装甲板の隙間から光が漏れているのを、彼はしばし呆然となって見ていた。
彼は我に帰ると、そばに落ちていた鉄パイプで無我夢中に装甲板を引き剥がしはじめた。
最後の一枚を取り除くのももどかしく、彼は装甲板で隔てられていた小部屋に転り込んだ。
彼は光を目にした。部屋の天井から一直線に光が差している。
「フユノヒダマリ」
聞き覚えのない言葉が、彼の脳裏にぼんやりと浮かぶ。彼は動くことも出来ない。
「……あ……」
吐息が彼の喉から漏れた。
次の瞬間、 彼のからだは四散した。
血の代わりに潤滑油を、
肉の代わりにチタン殻を、
骨の代わりに金属の骨格を撒き散らして。
「おい、はぐれアンドロイドがまたいたぜ」
「もういいかげんいなくなってたと思ってたんだがなあ」
地上の監視塔のモニタールームで、二人の男がカメラからの映像を見ながら億劫そうに腰を上げる。
「まァた薄暗い穴の中に行く羽目になるとはな」
「仕方ないだろ、こっち側には大して資源も残ってないんだからよ。文句言ってないでさっさと回収の準備しとけよ」
二人の男はモニタールームを後にした。カメラはまだ、映像を写している。
この哀れな被造物が救われたのかどうかは、誰も知らないし、誰にも分からないし、誰も気にはしない。