躯の姿で描かれている聖母の肖像画
穏やかな風が吹く、落ち着いた雰囲気のする中世のとある田舎。
村に住む人々は誰もが優しく、村の郊外で取れた作物をみんなで喜び、そして分け合い。
戦争とは無縁の世界。
そんな村でも昔は戦火に巻き込まれ、この土地でも多くの人々が此処で命を散らした時代がありました。
その戦火の時代から村には、不気味な絵とこの土地で起こった昔話が人々によって伝えれています。
不気味な絵が飾られているのは、村から少し離れた郊外にある平原。
そこに佇む一つの教会の中にある、シスター達が宿泊するための部屋にその絵が飾られている。
その不気味な絵とは、聖母の服を着た女の人が戦火に命を散らした人の亡き骸を優しく抱き留めているのですが、その聖母の顔は髑髏によって描かれ、薄く青白い炎で書かれた目は、薄暗い部屋だというのに薄っすらと明かりがと灯っているように見える。
何故この絵がこんな風に書かれているのかは、これから語る昔話にその意味があります。
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平和で穏やかなこの土地も戦火の巻き込まれ多くの血がこの土地でも流れていた時代。
郊外にある教会は、戦場でケガをした人や亡くなった人たちがここに集められていました。
何度も続く戦争は、人々から笑顔と幸せを奪い、たくさんの悲しみがこの村にも溢れていました。
そんな悲しみの中、傷ついた人々を癒し、悲しみに暮れた心も癒す、まるで聖母のようなシスターがこの教会にいました。
そのシスター誰よりも優しく傷ついた人を抱きしめ、寝る間も惜しんでケガの看病と戦火に焼かれた心を癒し続けました。
聖母のように振る舞うシスターを村人や兵士はとても大切にしました。
看病する姿に感動し、シスターを慕うようになった村人たちはシスターの看病の手伝いを始めました。
村人たちがシスターの手伝いをするようになり、村人と仲良くなったシスターは、彼女がどこから来たのか、それから家族が居て大事な息子も戦争に駆り出されていることを村人に話してくれました。
シスターは村人に言いました。私の大事な息子が戦争に行き、無事に生きて帰ってくるのか心配で堪らなく、戦場に一番近いこの村に居れば、もし息子がケガをしてこの場所にくることがあるならば、私自身で看病したい。
誰よりも早く息子を抱きしめたい、そんな思いを胸にこの土地まで来たのだと。
それに彼女の他にも、大事な家族を戦争に駆り出されて、今でも心配している人たちの代わりに、傷ついた兵士達を我が息子のように優しく抱きしめたいと。
シスターの話を聞いた村人たちは、彼女の内に秘めた悲しみを知りました。
それから村人たちは、シスターが傷ついた兵士を優しく抱きしめ看病したように、村人たちも同じように傷ついた兵士を優しく抱きしめ看病しました。
痛みにもがき苦しむ兵士たちが一人一人眠りにつくまで傍にいて、起き上がれない重症の兵士達は苦しんでいる間、そっと優しく手を握った。
シスターと村人の看病も虚しく、苦しみの果てに亡くなってしまう兵士たちもいた。
兵士が亡くなってしまう度に、村人たちは自分達のしていることに意味が在るのかと疑問を感じてしまうのでした。
でもシスターは言いました。一人寂しく死んでしまうのは、兵士達にはとても辛いことです。帰りたい家もあり、会いたい家族だっているでしょう。誰にも会えず死んでしまうのはとても後悔します。だからこそこの場所は兵士たちの家であり、私たちは家族なのです。家族を待ち続ける私達が悲しい顔をしていたら、ここに帰ってくる兵士達も悲しくなってしまいます。
私達は家族が悲しまないよう、優しく笑顔で迎えてあげなければなりません。頑張ってきた家族には褒めてあげたり、辛い話なら親身にその話を聞いてあげたい。
ケガの痛みに苦しむなら、少しでもその苦痛を知ってあげたい。
私はケガをした兵士みんな、私の息子のように愛しています。
だから手を握り、私は優しく抱きしめるのです。
村人たちはシスターの言葉に感動し涙を流しました。
それから村人たちはあきらめずに傷ついた兵士たちを看病し続けました。
シスターがケガをした兵士を自分の家族のように愛していたように、村人たちもまたケガをした兵士達へ家族のように接し、そして家族ように愛しました。
何度も続く戦争は、教会に多くの傷ついた兵士が運び込まれ、何人も亡くなりましたが、兵士が息を引き取る前、傍にいてくれてありがとう、と言ってくれたのは村人たちの励みになりました。
中にはケガが無事に治り、歩けるまで回復した兵士たちは村人たちに感謝の言葉を言って、愛する家族に会うためこの村を去って行きました。
その姿をみたシスターと村人たちは自分たちがしてきた事が決して無駄ではなかったと実感しました。
それにこの場所がきっかけで、兵士と村人に恋が生まれ、新しい命が芽吹きました。
その新しい命は、戦火に心と体を焼かれた兵士と村人にとって希望になり、村人たちはこの出会いと新しい命とここにいてくれるシスターを深く愛し、そして大切にしていきました。
それから数年後、村に一人の女騎士が来ました、どうやらシスターに会いに来たようです。
シスターはその女騎士としばらく話した後、悲しい顔をして涙を流していました。
女騎士とシスターは、しばらく肩を抱き合いながら泣いていました。
それからシスターは村の誰とも話さなくなり、只々悲しい顔するだけになりました。
シスターの事を心配した村人たちは、まだ村に滞在していた女騎士にシスターの涙の訳を問い詰めました。
女騎士は涙ながら、自分の身分と、シスターの関係について村人たちに話してくれました。
女騎士は元々貴族令嬢で、自分とは身分の違う平民の男性と恋をしていました。
その平民の男性とはシスターの息子でした。
戦争に行った恋人の便りがいつまでも届かず、恋人の事を心配し、待つことに耐えられなかった彼女は騎士に志願し、戦場で恋人のことを捜しました。
幾度となく戦場を駆け巡り、やっと恋人の事を知っている人物に会えたけど。
彼は数か月前、戦場でその命を散らしていた。
戦場の混乱で遺体も遺品も回収出来ず、ただ彼は家族や恋人のいない土地で亡くなっていたのだと。
彼の事を家族に話すため、女騎士はシスターに会いに来たと村人たちに話ました。
女騎士が村にきて次の日、シスターが村からいなくなっていたのです。
村人はシスターの事が心配で村中を捜し、郊外も捜したけどシスターの姿はどこにも見つかりませんでした。
最愛のシスターが村からいなくなってしまったことに村人たちは酷く悲しみました。
悲しみの中でも、教会には変わらずケガをした兵士達が運ばれてきます。兵士達に悲しい顔を見せない為に村人たちは、悲しみを胸に秘めて。シスターが愛していたように、村人たちは新しい家族を優しく愛し、迎えてあげることをみんなで誓いました。
シスターが居なくなって数年、村人達はシスターが村に居た時と変わらず、傷ついた兵士を看病し続けました。
この時から兵士達から奇妙な話を聞くようになりました。
戦場跡でシスターの服を着て白骨化した遺体が戦場で亡くなった兵士達を抱きしめている姿を目撃するようになったことです。
村人は最初、その話を聞いた時は、村に居たシスターではないのかと思いましたが、兵士たちの話によりと、その姿を見たのは一つだけではないらしいのです。
不思議なことに、他の戦場跡でもその姿を目撃していて、それも一つではなくいくつもそのシスターの姿があると。
一体どういうことなのだろか、村人達は理解ができませんでした。
村に居たシスターではなかったらいったい誰なのだろうかと。
それからも次々に教会に運ばれる、兵士達からシスターの服を着た白骨化した遺体の目撃情報が絶えませんでした。
その目撃情報も、ただそれだけなら気味が悪い話だけど、兵士達の間ではその姿を見かけると戦場から生きて帰れると言う迷信みたいな話が広がっていました。
村人たちはその話を聞いて、やはりこの村に居たシスターではないのだろうかと思うようになりました。
きっとここに運ばれた兵士達はシスターの願いによってこの教会まで来れたのだと。
この場所にたどり着けずに戦場で息を引き取った兵士達はこの村に居たシスターによって優しく抱きしめているのだと。
その後、戦争が終わり。村に傷ついた兵士たちが教会に運ばれることは無くなりました。
村に平穏と静けさが戻ました。
しかし教会で亡くなった兵士たちの悲しみは、いつまでも村に残っていました。
そして兵士達を看病する聖母のようなシスターもいつまでも村人たちの心に残っています。
村人たちは最愛のシスターと、彼女が愛した家族を忘れない為に、一枚の絵とこの話を残していくことにしました。
教会に飾られている絵の意味は、この場所に深い悲しみがあったこと、そして傷ついた家族を愛し続けたシスターの姿なのです。
目のあたりに薄い青白い炎は、多くの悲しみと戦場で命を散らせここにたどりつけなかった家族が道に迷わないように願いを込めて描かれています。
これが教会に描かれた絵の意味です。だからこの話を知ったあと絵を見ることがあるのならば、この話を思い出してほしいのです。この村で亡くなった家族のことを、そして家族を愛していたシスターの事を。
最後まで読んでいただきありがとうございます。