第一章 第一話 仏間で
この小説は、ある漫画家に書いて貰う為に、書き下ろしたものですが、あちらの、スケジュールが合わなかった事から、作品が、世に出ない事に、悲しくなって、このサイトに投稿しました、ですから、誤字脱字など結構あったりして恥かしいですが、軽く読んでください。ご指摘があり次第直していきます。
新潟市川端町、信濃川沿い、萬代橋と八千代橋が、よく見え、四月は、桜で咲き乱れ、五月になると沢山の鯉のぼりが、風で泳ぎ、八月の第二日曜日には、新潟まつりの最終日、目の前で花火が上がり 特設スタジオからは、花火の実況が、聞こえて、かなり、賑やかで 終わるとゴミの山が残り、祭りで触発された若者たちが、深夜第二次花火大会が、始まり、近所の人の、通報で、警察官が来る騒ぎとなる、そんな、土手は、年中市民のジョギングや、散歩のコースになっている。
周囲には、マンションやホテル、そして空手道場があった。
八月のお盆前の朝、道場で気合のかかった掛け声と、床板の軋みが、響き渡り、十数人の男女が、練習に励んでいる。
「終わり!次は、移動稽古始め!」
一人の、黒帯を付けた、三〇代後半の男性が、皆の前に立ち、腕を組み鋭い眼光で見つめ、声を張り上げていた。
「ハイ!」と、練習生が、気合の入った声で、一斉に移動稽古を始めた。
その時、威圧感を只寄せて一人の男性が、一礼をして道場に入ってくる。
口元、顎には、白髭を蓄え、大柄な六十過ぎの男性が、ドッシリ構え腕を組み、目を閉じて、道場に漂う気を感じていた。先程、号令を出した男性が、側によって来て、崇敬するかのように、一礼をした。
「朝霧先生、おはようございます。」
「おはよう」と、言って、「若松君、そろそろ、組手稽古中心に、やってくれないか試合も近いし」と、朝霧師範は、指示を出して、「解りました」と、若松は、同時に会釈した。
道場の、天井は高く、戸 窓等解き放されて、空気の流は良いのだが、練習生の体温と、今朝の大雨のせいで、湿度が高くなっていた為に、汗だくで、稽古をしている。
庭には、松や、竹、梅の木の葉が、夏の風に揺られ、池の水は、風で波が経ち、鹿威しが、軽快に鳴り響いていた。その同じ敷地内には、自宅が、あって門札には、『朝霧寓』と、書かれている。
庭の梅の木にしがみ付いた蝉の声が、煩い昼近くに、祖父に頼まれて、仏間の吐き出し窓を解放ち掃除をしている龍哉がいた。
起きたばかりなのか、髪は、寝癖がおもいっきり付いていて、髪を意識しながら、一生懸命手で押さえ、天井の小さな蜘蛛の糸を伸縮自在のモップで取っていた。洒落っ気が無い、無地の白いTシャツと、白い短パンを着ている姿は、学校の体操着を思わせ、傍から見ると、学校活動にしか見えない、龍哉曰く、家に居る時ぐらいは、ラフで十分と言って、夏は、寝巻代わりに白と黒のTシャツ短パンを交互で着ている。
そんな彼も、髪の毛をセットする時は、気合が入る、自分の天然パーマを呪いながら、ドライヤーで、髪の毛を痛めつけ、ダメージが、ある事を考えないで、熱風で毛を軽く焦がし、匂いを漂いさせ、無理やり真直ぐに、しようと努力している。しかし、暫くすると元に戻ってしまうから、達が悪い。
龍哉は、昨夜まであった、夏期講習の疲れなのか、眠そうにしていたが、その割には、黙々と、一人で、手馴れた手つきで掃除をこなしていた。
毎年お盆になると飾りつけをして、先祖の霊を迎える準備をしなければならない。明日は、親戚一同来るので 仏間続きの座敷も、窓や戸を全開にして、空気の流れを良くしながら、隅々まで掃除機をかけて 畳に軽く、濡れタオルで拭き、最後に仏壇の位牌や仏像を取り出し乾いた布で拭く 普通は、逆からだと思うだろうが、汚れた部屋で 位牌や、仏像を取り出し拭くことが、失礼だということで、昔からこのような方法で掃除をしてきたらしい。
仏壇の周りを乾拭きしている最中、裏を覗き込むと、暗くてよく見えないが、何か、本みたいなものが、真ん中に在るのに気付く、取り出そうと思って手を入れ様とするが、壁と仏壇の間は、僅か四センチぐらいで、入らない、動かそうにも龍哉の背丈ほどあるので、かなり重いし、無理に動かすと畳が、傷つく恐れがあるので、試行錯誤している。ふと、さっきまで使用していた、伸縮自在のモップが、目に止まり、これだと、出すことが、出来るのでは、と考えた龍哉は、慎重に、モップの柄を短くして使い、苦労しながらも、出す事に成功する。それは、ボロボロの日記だった、表紙には、『DIARY』と印刷されていて、その下に、『紀元二千五百六十六年』『明治三十九年』『巳之吉』と書かれていた、端に四箇所、穴が、開けてあり太めな紐で、結ばれて、かなりの厚みがある だいたい七〇〇ページ位あるのでは、ないかと思う 慎重に読まないとすぐ、破けてしまいそうで、所々虫食いにやられていたところもあり ダメージも大きい
巳之吉って誰だと思い、気になり、部屋の中央で正座をし、日記を畳に直に置き、表紙に書かれている「巳之吉」と言う名を暫く眺めていた。
〈十年前に亡くなった曾祖父ちゃんは、松司、爺ちゃんの名前は、達彦で、弟の政彦、利也、邦子大叔母さんの旦那さんは、一樹だし、親父は、宏樹、叔父さんたちは、次男の康樹に、三男の晴輝 誰も該当する人がいないなー、本家の神谷家の方かな?それとも、曾祖母ちゃん方の縁者は、よく知らないし 婆ちゃんの方の縁者は、松浜に居る賢治叔父さん夫婦と、豊栄に住んでいる純一叔父さん夫婦しかいないし、お袋の方も、和馬叔父さんしかいないし やはり、巳之吉という名に心当たりがないなー〉と、身の回りの知っている限りの、名前を一人、一人、確認していた。
先程言っていた、本家の神谷家とは、曽祖父松司の実家の苗字で、本来は、神谷と名乗る筈だったのだが、朝霧は、曽祖父の母方の実家の苗字で、跡を継ぐ者が、いないという理由と、この屋敷を護る為に曽祖父、松司が継いだらしい。
龍哉は、悩んでいた、何故見ず知らずの人の日記が、我が家の仏壇の裏にあるのか疑問もあるし、好奇心で読んでみたいという衝動にかられてしまっていた。
周囲を気にし、さっきまで、掃除の為に開けていた窓や仏間の引き戸を閉め、あれだけ煩く鳴いていた蝉の声が、一瞬聞こえなくなった。
表紙を捲ると、隅の方が、黄ばんだ昔の新潟の地図が、描かれていて 処々に赤い点が付いていた。龍哉は、何のマークだろうと思いながら、次を捲る、七月十三日と書かれたページから崩し文字で、書かれ、達筆すぎて読めない パラパラと一気に捲り確認したいが破けそうなので、一ページずつ、慎重に捲る、やはり、読めない。
龍哉は、考えていた、誰か読める人が、いないかと、学校の国語の先生に聞いてみようとか、塾の国語古文担当の先生に聞いてみようとか、近所の書道をしているお年寄りに聞いてみようとか、色々な人が、頭の中で巡らしていた。
祖母か居るだろう居間から物音が聞こえたので、慌てて、日記を隠した、これ以上このままにしていると、誰かに見つかるといけないと思い、元あった場所に戻した。仏壇の過去帳が、目に入ったので気に為って、覗きみたが、巳之吉という名は、無かった。
掃除が、終わり、二階の自分の部屋に、戻ろうとした時に、居間に居る、祖母が、顔を出し
「龍哉くん、終わった?」と、声を掛けてきた。
「う、うん、終わったよ」龍哉は、驚きながらも、平然とした振りをしながら、答える。
「そう、ごくろうさま、そうめん茹でたから、食べる?」と、聞いてきたので、
「まだ、眠いから、後で」と、龍哉は、言って、自分の部屋に戻った。部屋は、男の子らしく整理されてなく、勉強机の上は、大学受験の参考書や、パソコンが、乱雑していて、壁には、ご当地アイドルのカレンダーが、無造作に飾られていた。他の部屋は、綺麗にするのだが、自分の部屋に為るとやる気が出なく、男友達が来ても、気にしないで、よくこの部屋で、雑談しているが、異性が来たら、綺麗にすると友人たちに、話をしていたが、いままで、身内以外の女性が入った為しがない。
龍哉は、勉強机の上にある、パソコンを立ち上げて、ネットで、崩し字を検索した、やはり、書き方が、色々あって難しいこれは、難解だと思って ベッドに寝転がって、目を閉じて、考えているうちに何時の間にか眠ってしまった。
翌日の昼、家族四人で墓参りに行く 夕方六時には、親戚の皆が、来るので、それまでの間に帰ってこなければいけない 墓のある場所は、江口という地区にあって、そこは、自宅の信濃川沿いから、萬代橋を渡り、栗ノ木バイパスを通って亀田鵜ノ子インターで降りてから、阿賀野川方面に走る 龍哉の母親、景子の車で、白のホンダエリシオンを運転して、約三十分の所にある。助手席には、龍哉が座り、後部座席では、祖父母の達彦、華が、座って話をしていた。車内は、FMラジオから、流れてくる山下達郎の「RIDE ON TIME」が、軽快に流れていて、景子は、右手の人差指で、リズムを取りながら、鼻歌交じりで運転している。隣にいた龍哉は、外の流れる景色をただ、ぼんやり見ていた。
先に寺に寄り、車を敷地の中に止めようと入ったが、既に沢山の車と人で、止める場所が無く、祖父母を先に下ろして、少し離れた駐車場に止め、車の後部ハッチを開けて、
花と蝋燭、線香の入った袋を出して、持って行く。景子は、墓参しに来た人たちが、桶を持っていたので、桶に水を入れて持って行こうと龍哉に、促していたが、多分祖父が既に持って行っているだろうと言って、持って行くのう止めた。墓には、先に降りた祖父母が、龍哉が思っていた徹り、水の入った桶を既に持って来ていた。昼間にも関らず沢山の人達が墓を、お参りしていた。夏の炎天下で尚且つ周りには、家に囲まれているせいで、無風だった為に周囲は、お線香の煙と香りで充満していた。
祖父達彦は、蝋燭、線香に火を点け、花を供えて、水を掛けながら、「熱かっただろう、喉乾いていないか?」と、声を掛け、御参りしていく、龍哉は、その背中を、唯、黙って見ているだけだった。
墓の参りを済ませて、本堂に赴く。本堂には、座布団が敷かれており、数名の僧侶たちによって、客に持成しをしていた、我々家族は、僧正様に、ご挨拶する為に、皆が、用意されていた座布団に、夫々座り、目の前に出された冷たい麦茶を 飲みながら、次の月命日や、檀家の集まりなどの日程を 聞いてから、本堂を後にした。
寺を出てから、二~三分の所に本家神谷家の墓がある。そこは、田んぼの真ん中にある為、蚊と格闘し、近くには、牛舎があるので、風向きで、独特の匂いが漂ってくる中、龍哉は、鼻声になってしまい、口で息を吸いながら、線香に火を付けるので煙が、ダイレクトに喉に入って咽てしまい、思わず鼻で息を吸うから、煙ったいのやら、臭いのやらで、苦労しながら、お参りし、龍哉は、早々に切り上げたかったが、他は、まだ、御参りをしていた。龍哉は、早くここから離れたいと無言で急かしていた。
墓から少し離れている本家は、車で、移動する。牛舎を横目にして、暫く走ると、到着する。敷地の中に 車を止めて、後部ハッチから、「暑中御伺(しょちゅうおうかがい」と書かれた、ビール箱を龍哉は、玄関先に運び、家に上がる前に、庭の片隅にある、小さな墓に、御参りをする。龍哉は、以前から気になっていた、この墓に誰が眠っているのか、一度、祖父達彦に聞いたことが、あったが、唯一知っていただろう、曾祖父の松司は、誰にも教えないまま、十年前に、突然亡くなった為に、誰一人知らないのである、そんな達彦は、この墓を、御参りする度に、
「親父は、何で、教えなかったのだろうなー」と、呟きながら、御参りをする。
墓参りが終わると家に上がって、玄関から直ぐの仏間続き部屋に、入って、田舎の立派な仏壇で、御参りをしていく、部屋の、太い梁には、神谷家の御先祖様たちの遺影が飾られていた、この家も結構古いので、色んな人が亡くなっている、戦争に行き亡くなった人、幼くして病気で亡くなった女の子 災害で亡くなった女性 満州に行って亡くなった家族等、大小関わらず十人位は、飾られていた。祖父達彦と祖母華、龍哉の母親の景子たちは、本家の人と、暫く世間話をしている間、龍哉は、高い天井を見上げて、太い梁や、柱を見ていた。
本家の人から沢山の御土産を貰ってから、母が運転する車に乗って家路に戻る。
自宅に帰る道中にあの小さなお墓に眠っているのが、巳之吉という人のお墓では、なかったのかと、ふと思った。