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男なんていらない

俺とお前の出会い

作者: 柚子胡椒
掲載日:2015/09/18

あれ、なんか長くなってしまった…。

最後までお付き合いいただけると、黒いのが懐きます。

たくさんの人が、俺を見ている。

薄いガラスを隔てた中と外。

誰も、俺を連れ出してはくれない。



生まれて暫くすると、俺は自分の境遇を知った。

同年代のコロコロとした子供がひとつひとつ別の部屋に入れられ、その前をたくさんの人が通っていく。

部屋のガラスの片隅には小さな紙が貼り付けてある。

それが、俺についている値札だと知ったのはいつだったろうか。

俺は、生まれた時から売られる身。

ジロジロと部屋の中を覗き込まれて、奴らはガラスをガツガツ叩いてくる。

初めの頃、俺にはそれが怖くて堪らなかった。

ガラスにベタリと張り付く大きな手が、得体の知れない危険物体に見えていたんだ。


その手は、他の部屋に入っている子供を片手で持ち上げ外に出していく。

また中に戻る奴もいれば、そのまま帰って来ない奴もいた。


焦りと不安。

あの手に連れて行かれる奴はみんな小さくて可愛らしい奴ばかりだった。

俺より年長の奴は、ある日を境に部屋を出された。

外ではなく、更に、中に。

売れなかった奴。売る価値も無くなった奴。

お前らは…どこへ行ったんだ。


この部屋にいるのに、俺は大きくなりすぎた。

部屋の中にいる奴の中で最年長は、ついに俺。

いつ、どこかも知れぬ更に奥地へ連れて行かれるのか、不安で仕方がない。

誰か、誰か、俺を連れ出してくれ。



「あら、この子大きいですね」


ある日、俺の部屋の前に若い女性が立っていた。

チラリと盗み見ると、とても美しく思わず頭を上げた。

彼女は部屋に近づきすぎることなく適度な距離を置いて立っていて、俺に気づくとその場で少し腰を折る。


「素敵な瞳ね」


そんなこと、初めて言われた。

鈴の音のような彼女の言葉が、胸にじんと響く。

男のくせに瞳を褒められて嬉しがるなんて。

彼女は俺をじっと見つめることはせず、やや伏し目がちで微笑んでいた。

俺の瞳を褒めてくれた美しいお前は、どんな瞳の色をしているんだ?

早る鼓動を押し込んで、じれったいほどゆっくり起き上がる。

大抵の人は、すぐに他の部屋を覗きに行ってしまうが、彼女はまだいてくれる。


ガラスに鼻が付くぐらい彼女に近づくと、彼女もゆっくり視線を合わせてくれた。

大きくて少し潤んだ、吸い込まれそうになる綺麗な黒目。

俺の、体と、同じ色。

スッと細められたその黒目は優しさに溢れ、美しく、手を伸ばして縋りたくなった。

ああ、お前の元へ行きたい。


ちらっと彼女の視線が動く。

俺の隣の部屋、今1番人からの視線を集めている奴へ。

ダメだ!!!そっちを見るな!!俺を見ろ!!

中からガラスを叩く。初めての行為。


「ふふ。目移りしちゃダメなの?嫉妬深い子ね」


俺を見て。俺だけを見て。もっと近くで。俺に触って。

その手が欲しい。初めての想い。


「いいわ。この子に決めた」


この狭い部屋の中から俺を連れ出したのは、細くて柔らかい、優しい香りのする手だった。

気持ちが良くて目がとろけていく。

外に出してもらえる嬉しさよりも、彼女に買われた喜びの方が何倍にもなって俺を包み込む。



「私はこのみ。こっちは拓っていうの。これからよろしくね」


彼女の…このみの腕に抱かれながら入った部屋には、既に俺みたいな奴がいた。

俺だけじゃないのかよ!!

先住のそいつ、拓は礼儀正しく玄関でお迎えをしていて、このみに満面の笑みを向けた後、ゆっくりゆっくり視線を俺に下げた。

驚いたような、邪魔者を見るような…兎に角ショッキングな表情だった。

俺は「朔」という名前をつけられ、晴れてこのみの家族となった。



《このみさんの迷惑になることは決してしないで下さい。万が一、壁に傷を付けるなんてまかり間違えば…分かっていますね?》


拓の有無を言わさぬ言い方に軽く尻込みしてしまうが、ここで負けては男が廃る。

お前に言われなくても、このみに迷惑なんてかけない。

あの部屋から俺を助けてくれたのはこのみだ。

今度は俺が、このみを守ってやる。


…とは言いつつ、俺は生まれてこの方あの部屋を出たことがなかったもので、このみの部屋の中では色々と勝手の分からないことが多かった。

見たこともないものに嗅いだことのない臭い。

今まで押し鎮めていた好奇心が爆発して、俺は毎日探検気分だった。


小さなヘマは拓がさりげなくフォローしてくれる。

このみに迷惑がかからず、俺自身も怪我をしないよう常に気を配ってくれているのが分かる。

こいつ、いい奴だな。

少しばかり年長の拓が、やけに頼もしい兄のように思えてくる。


しかしこいつは俺に負けず劣らずのこのみ好きで、静かなるこのみ争奪戦はその後長く果てしなく続いたのだ。



このみは毎日仕事が忙しいみたいで、いつもたくさんの資料を持って帰ってくる。

もちろん、その大事な資料には触らない。

このみの邪魔はしない。

邪魔はしないがこのみの近くにいたい俺は、いつも彼女の後ろをついて回った。

本当は構って欲しい。抱きしめて欲しい。

でも、今は我慢。


トトトっと彼女の後ろを追えば、行き着いたのは風呂場だった。

正直、水は苦手だ。

特にこれといったトラウマ的なものは何も無いが、どうも濡れるのは好きじゃ無い。

でもこのみは風呂が好きなようで、どんなに遅く帰ってきてもちゃんと入浴して、めちゃくちゃいい香りに包まれながら眠りにつく。

あの香りは好きだ。いや、あの香りがするこのみはいつもに増して好きだ。


香りを思い出してニマニマ笑っていると、顔面に衝撃を受けた。


「あ!!朔!!!」


いつの間にか風呂の中にまで付いてきてしまっていた俺は、知らずに風呂掃除をしていたこのみに不注意で顔に水をぶっかけられてしまった。

…水!!

―バシンッ


「……いっ…てて」


ダメだ!と自分自身を制止するより早く、俺は反射的にこのみの手を叩き落としていた。

彼女の白く滑らかな手には、俺が付けたであろう傷が出来ていて、じわりと血が滲んでいた。


あ…。

このみ…、ちがっ…違うんだ!

ごめん!ごめん、俺…。


異変に気付いた拓が小走りにやって来て、すぐさまこのみに寄り添った。


「朔、ごめんね。そこにいるの気付かなくて。ビックリしたよね…。ごめん。拓も、来てくれてありがとう。私は大丈夫だよ」


謝るのは俺の方なのに、このみは本当に申し訳なさそうに眉を下げてごめんと言ってきた。

手の傷は浅く、絆創膏でなんとかなりそうだったが、このみを傷つけてしまったという事実が俺の胸を深くえぐった。

守るとか言っておいて、このみを傷つけた。


翌日、改めて謝ろうとこのみに近づくと、彼女はにこやかに俺を傍に置いた。

彼女は俺を叱り付けることなく、穏やかに俺の頭を撫でる。

絆創膏の辺りに口を寄せるとくすぐったそうに笑った。

俺の全てを受け入れてくれるこのみ。優しく抱きしめてくれるこのみ。

好きになるな、という方が無理。

愛しい。好きだ。

このみに対する温かい気持ちは俺の中にストンと落ちてきて、そう思うことが当たり前のように定着した。

もう二度とこのみを傷つけない。

今度こそ、このみを守る男になる。



このみと拓との幸せな生活にまどろんでいたある日、このみが俺みたいな奴を連れてきた。

白くて小さくて、消えてしまいそうなくらい華奢なそいつは、俺と正反対の存在だった。

このみは優しいから、きっとこいつのことを放って置けなかったんだろうことはすぐに想像が付く。

ただでさえ拓という強烈なライバルがいるのに、更に増えるのかともやもやした気持ちが膨らんでいったが、このみの温かい笑顔を見ると許してしまう自分がいる。

彼女が喜ぶなら、彼女が笑ってくれるのなら、少しくらい我慢してやってもいい。



その日、このみは朝早くから自棄に気合を入れて着飾っていた。

緩く纏め上げられた髪やそこから覗く真っ白いうなじに、いつもと違うこのみの色気を感じてしまう。

キラキラしたワンピースをふわりと着こなす彼女は、どこかのお姫様のようで俺も、拓も、白いちっこい奴も揃って見惚れていた。


「友達の結婚式なの。私がこんなにめかしこんでもしょうがないってわかってるけどね」


そう呟くこのみは何だか浮かない顔で。

お前は綺麗だ。きっと男たちがこぞって振り返る。変な虫がつかないか心配だ。

なのに、どうしてお前はそんな顔をするんだ。

このみは俺たちの頭を順番に優しく撫で、そのまま静かに出かけて行った。

何事も無く、いつもと変わらない笑顔で帰ってきてくれることを祈った。


そんな俺のささやかな祈りをぶった切って、このみは泣きながら帰ってきた。

重たそうな荷物を玄関に投げ出し、細いヒールのパンプスを脱ぎ捨てて、真っ直ぐリビングに駆け込んで来る。

俺たちを揃って抱きしめ、胸に顔を埋めて涙を零す。

なんだ。どうした。何があった。

俺はうろたえた。

こんなこのみを、初めて見た。


「もういい!私にはいらない!男なんていらないの!私には…あなたたちがいてくれたらそれでいいの」


真っ黒で綺麗な瞳から溢れ出る大粒の涙は止めどなく流れ、嗚咽をもらす彼女が痛々しい。

誰が泣かせた。

このみに何をした。

誰が、俺のこのみを、傷つけた。


ひどく泣く彼女を前に俺たちはどうすることも出来ず、ただただ寄り添うしかなかった。

抱きしめたい。

いつもこのみがしてくれるように、その柔らかい髪を撫でて安心させたい。

それなのに…。



何故、このみが悲しんでいる。



何故、俺は彼女の涙を拭ってやれないのか。



何故…。




何故、俺は、猫なんだ。




俺が人間なら、このみを抱きしめてやれる。

俺が人間なら、そもそも泣かせたりなんてしない。

俺が人間なら、このみがよそ見する暇も無いくらい愛してやる。



それなのに、何故、どうして、俺は猫なんだ。



俺を、人間に。

俺を、人間にしてくれ。

このみの涙を止め、笑顔にさせる術を俺に。



「あなたが…あなたたちが、人間だったら、いいのに…!!」

「俺を…人間に…人間にしてくれ…!!」




ーー

ーーー

ーーーーーーー



「…く…さく…朔ってば」


優しい香り。温かい。

春の日差しが差し込むソファで、俺はうたた寝をしていたみたいだ。

昔の夢を見ていた気がする。


俺の愛してやまない女は、今も俺の隣で柔らかく微笑む。

俺の望んだ幸せ。俺が守るべき幸せ。

楽しそうにニコニコと俺を覗き込んでくる彼女に腕を伸ばす。


俺はもう、何も出来ない猫じゃない。


俺の手に自然と重ねられるこのみの白く美しい手。

そのままグッと引き寄せれば彼女は簡単に俺のところへ落ちてくる。

抱きしめて首筋に鼻先を埋めると、くすぐったそうに笑う彼女。

大切で、愛おしくて、何にも変えがたい俺の宝物。



俺は、このみを守れる、人間になった。




「愛してるよ、このみ」

お読みいただき、ありがとうございました。

シリーズ第二巻です。

ヘタレなのか男前なのか、どちらに傾けようか迷います。

甘えん坊気質なのは、確定です。

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