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  作者: K
9/26

決意

巧が昼過ぎに帰ってきた。

爽は、休講で、マンションにいたが、巧は、早退して帰ってきたようだ。

病気知らずの巧には、めずらしいことだ。

顔を歪ませながら倒れこむようにソファに沈み込む巧。

「どこか、悪いの?」

爽は、巧のそばに存在してる白衣の男を見る。

巧の方は、どうやら、激しい頭痛に襲われている様子だった。

こいつが原因か?

爽が、そいつを睨みつけていると、不意にそいつが、振り返った。

「?」

爽は、そいつが消える直前に、確かに自分と目があったと感じた。

「兄貴?」

「ん…」

「まだ、調子悪い?」

「…」

巧は、抱えていた頭から手を離し、何度か瞬いた。

「いや…」

気分は、まだ悪そうだが、さっきまでの強い痛みは消えたらしい。

しばらくして、巧は、爽に質問する。

「お前が何かしたのか?」

「何かって?」

「その…除霊とか…」

巧から、その手の話が出たのは初めてだった。

ちょっと言いにくそうなのは、巧自身もその話をタブーとしていたからだとわかる。

「それが出来たらいいんだけど…僕が手を出せるものじゃないんだ。」

「?」

「霊障だと、兄貴は思ってるの?」

巧は、ゆっくり起き上がった。

「ここんとこ、体調が悪いのを知ってて、病院を勧めないから、もしかしたらと思ってた。」

巧がそんなことを考えていたとは…

爽は、不思議な思いで巧を見た。

「兄貴は、霊を信じるの?」

祖母の初枝の事件の時も、結局、話すことはなかった。

小さい頃、巧とその友達に嘘つき呼ばわりされたことが、トラウマになり、爽は、自分の見えるものについて、巧と話をしたことがなかったのだ。

巧は、大きくため息をついた。

「俺には、見えないんだ。盲目的に信じろというのは、無理な話だ。」

「…」

「だが、俺は、実家で、皿が勝手に飛ぶのを見た。電球が勝手に割れるのも、包丁が勝手に飛んでいくのも見た。これは事実だ。」

「…」

「勿論、科学的な理由をつけることもできるかもしれないが、俺が見えないというだけで、全て否定するのは間違いだと思う。」

「…」

初江の事件のことについて、巧と話をしたのは初めてだった。

当時の巧が、何を思い、何を考えて、何も言わずに東京に戻ったのか、爽には、考える余裕もなかった。

母のしたことにもショックを受けたが、それ以降の母麻由美の、爽に対する怯え方の方が、爽を落ち込ませた。

麻由美は、爽の傍にいることを怖がっていた。

母親として、食事の支度や、大学進学についての話など、一緒にしないといけないことは多かったのに、目も合わしてくれない毎日に、母親に怯えられる毎日に耐え兼ねて、爽は、東京での進学を決めた。

「兄貴は、母さんに、聞いたんだね。」

巧は、まっすぐ爽を見て言った。

「全部、聞いた。」

爽は、項垂れた。

「それで…」

「それで?」

オウム返しに聞く巧に、爽は、ふりしぼるような声で聞いた。

「兄貴は、僕のこと、怖くないの?」

ずっと、聞きたくて、聞けなかった質問だった。

大好きだった母親から、怯えて、避けられるというショックを受け、東京に離れることを決めた爽だったが、巧が同居することに同意した理由がわからなかった。

「何で、そう思う?」

「母さんが…」

絶句した。

お前のことを怖がっているのかとは、巧は言わなかった。

「母さんのことは、気にするな。お前のせいじゃない。」

「僕は、人の心が読めるわけじゃないよ。」

「わかってる。」

「あの時、ばあちゃんが見えた。怒り狂っているばあちゃんが、皿を飛びまわしていたんだ。」

巧は、フンと鼻先で笑った。

「死んでまでも、とんでもないばばあだったな。」

「その後、ばあちゃんが何故こんなことをするのか、ばあちゃんとコンタクトをとろうとしたとき、何故か、ばあちゃんの記憶の中に入ったんだ。」

「記憶?」

「多分。」

「ばあちゃんの目から見えた。いろんなことが。死ぬまでのことが。」

「へえ。」

巧は、むしろ面白そうだった。

「まあ、俺は遠慮したいけどな。ばばあとは、お互い嫌いなままで良かった。どんな死に方をしても、同情すらおきない。」

唇を歪める巧を、爽は、少し哀しそうに見た。

爽は、その件で、麻由美を責めたことはない。

麻由美のこれまでの、初江からのひどい仕打ちを考えると、そこまで追い込まれていた麻由美に同情さえしていた。

「母さんは、誰からもいい人だと言われる善人だ。自分でもそう思っていたのに、自分の中にあった悪魔の部分を見てしまった。お前の傍にいたら、そういう汚い自分を見透かされてしまうようで怖いんだと。でも、それは、あくまでも母さんの問題だ。時間をかけて、母さん自身が解決するしかない。」

「…」

「お前は、気長に待ってろ。」

巧がこんな風に考えていてくれたなんて、爽は、思ってもみなかった。

「僕は、兄貴に避けられてると思ってた…」

巧は、軽く吐息をついて、苦笑した。

「怖がってたら、一緒に住むなんて言わないだろ?」

「でも、母さんの頼みなら、兄貴は断らないだろ?」

それを聞くと、巧は、ムッとしたように眉を寄せた。

「お前も、俺をマザコンだと?」

「お前も?」

「いや、何でもない。」

巧はすぐに否定したが、美咲さんにでも、指摘されたのかもしれない。

一緒に暮らし始めて、1年半あまり。

はじめて、爽は、巧の本音を聞くことができた。

もっと、早く聞くこともできたけど、爽が、怖かったのだ。

兄の巧にも、怖がられたり、嫌われているんじゃないかと思うことが。


巧は、爽を怖がっていなかった。

嫌ってもいなかった。

そして、爽が見たものを、爽が感じたことを、信じていてもくれた。

あの事件以来、ずっと冷たかった部分に、ぽっと灯りがともったような気がした。

爽の心に、ほんのり明るく、ほんのり暖かいものが、生まれた。

そして、母の勘の正しいことも気づいていた。

巧には、爽のような感受性はない。

が、元々持ち合わせるオーラの強さゆえか、基本的には、そういうものを受け付けない。

巧自身の持つ光のようなものが明るすぎて、眩しすぎて、霊が近づくことができないというイメージだ。

跳ね返すような強さを持っている。


巧が東京に行ってしまったあと、爽の感受性は、更に高まった。

人には言わなかったが、実家のベッドの上で、霊に捕まり、死ぬような思いをしたことも、一度や二度じゃない。

そんな経験が、東京に来てから激減していた。

麻由美に頼まれていたとはいえ、自分のことで手いっぱいの巧は、最初の1年は、ほとんどマンションによりつかなかった。

けれども、巧の持つ跳ね返す力は本物で、巧がいるだけで、感受性が強すぎる爽のそばに、悪霊のようなものは寄ってこなかった。

巧と同居することが、爽を守ることになることなど、霊に対する感受性のない巧にも、もちろん麻由美にもわかるはずはなかったが、それは、やはり、母の本能的な勘なのかもしれなかった。

遠かった兄と母との距離がぐっと近くなったことを感じた。


だから、今度は、僕が兄貴を守らなければ…

爽は、静かに決意した。


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