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  作者: K
6/26

人でないもの

翌朝、爽は、いつもより早く起きた。

巧に確かめたいことがあったからだ。

朝食を食べない巧の準備は、時間がかからない。

爽は、自分でパンなどを買っておくこともあったが、近くの喫茶店でモーニングを食べることも多い。

今日も、行きつけの喫茶店に行くつもりだった。

巧が、あっという間に支度をし終えて、ジャケットを羽織りながら、玄関に向かうところで、爽は呼び止めた。


「兄貴の職場に、背の高い眉の太い人っている?」

「?」

巧は、あからさまに形の良い眉をひそめる。

「何だ?いきなり。」

「いや、もしかしたら、大学時代の友達か、病院のスタッフなのかもしれないけど…」

「お前、俺の薬局に来たことあったっけ?」

「いや…。」

「?」

口ごもる爽を、不思議そうに見つめる。

そして

「うちの薬剤師に、一人、そんなのがいるな。」

と答えて、探るように爽を見る。

しかし、時間がなかったのか、時計を見ると、すぐに慌てたように出て行った。


爽は、巧の怪訝そうな顔を思い出しながら、少し悩む。

巧は、霊の存在を信じていなかった。

もし、このことを巧に告げたとしても、巧は一笑にするかもしれない。


けれども、爽には、何となくわかるのだ。

祖母の初枝が死んだあとに起こした事件のせいだった。

初江の暴走を、爽が止めた。

何故止められたのか、どうやって止めたのか、正直に言って、よくわからない。

けれども、自分の背後にいる、おそらく指導霊や守護霊のようなものから、爽は、助けられ、導かれたような気がしている。

わからないなりに、あの時、感情の暴走する初枝の霊を、爽は浄霊したのだ。


母の麻由美と巧は、その場にいた。

電化製品から火花が散り、電球が割れ、皿が飛び、包丁が飛んできた。

その現場に、麻由美も巧もいた。


どう解釈したのか、巧とは話をしていない。

爽から、話すことができないように、巧からも話すことがタブーだと思っているのか、とにかく話にのぼることがなかった。

それは、東京に来てからもずっとだった。


巧が、いったい、あのことをどう思っているのか、そして、自分をどう思っているのか、爽は、怖くて、聞けない自分に気がついている。


あの事件のあとの麻由美の目に、爽は、深く傷ついていた。

短い時間だけど、今は普通に接している巧が、麻由美と同じ目で自分を見るのを、想像するのが怖かった。


けれども、巧により寄り添っているものは、少なくとも巧を不調にし、巧の周りの空気をよどませている。

もともとのパワーは強いはずの巧より、遥かに強いものを持つその霊は、生きている。


爽にはわかるのだ。

そのソースが生きている人間だということが。

巧に憑りついているものは、おそらく、巧に何か感情的な執着を持つ生霊なのだ。


死霊であれば、何とかできる。

あの時のことを覚えていなくても、その場になれば、きっと浄霊できるという確信がある。


けれども、生霊となれば、話は別だ。

生きていた時に執着していた死霊、つまり意識の一部は、いわば、本の切れ端のようなもの。

そのワンピースのみと、生きている人間の無限のエネルギーを供給されつづける生霊では、ものが違う。


どう見ても、巧にとっていい状態ではないその状況に、爽は、どう対処していいのかわからない。

ネットで調べてみると、想像通り、生きている人間の執着が、生霊をとばすとある。

それは、いきすぎた愛情であったり、ストーカー的な執着であったり、恨みであったり、嫉妬であったり、とにかく生きている人間本体の、巧に対する、過度な方向性を持つ感情の塊だ。


もしかしたら、生霊に対してもっと詳しいエキスパートが、どこかにいるのかもしれないが、少なくとも、ネットで、ざっと見る限り、生霊のスペシャリストという存在にはいきつかない。

そして、ことごとく厄介だと書かれてある。

生霊をとばしている人間に、執着を持たないよう説得したり、謝ったりする方法くらいしか書かれていない。

自分が生霊をとばしているという自覚を持つ人間は、ほとんどいないのだ。

自覚のない人間を説得するのも困難な問題だが、その姿が見えている爽には、さらなる危惧がある。


巧に寄り添う生霊は、白衣を着ていたのだ。


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