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  作者: K
5/26

正体

巧がマンションに毎日戻るようになって数日が過ぎた。

帰ってくると言っても、巧が家にもとめるものは、就寝の為だけだというスタンスは変わらず、仕事のあとは、どうやら同僚と外食し、バイクで出社しない日は、飲んで帰ってくる。

大学の授業が終わったあと、バイトに行き、深夜に帰ることの多くなった爽とは、やはり絡む時間は少ない。

けれども、爽がバイトから帰ってくると、玄関に靴が脱ぎっぱなしになっていて、電気がつけっぱなしになっていて、冷蔵庫に、ビールやミネラルウオーターやらが入ってる。

巧は、リビングにいることも少なく、自室にこもって、たいてい寝ている。

けれども、リビングに残る人の気配に、残っている人の温もりのあとに、爽は、不思議な思いを感じていた。

この一年、実家を出て、孤独を感じることは多かった。

元々は、一人暮らしをするつもりだった。

ずっと離れていた巧に何かを期待したこともない。

大学でも、バイトでも友人はできた。

けれども、一人で住むには広いこのマンションの、ひんやりした暗い部屋に帰ってくる爽は、あの祖母の葬式のあとから自身が感じるようになった激しい孤独感を、更に強くかみしめていた。

どんなひどい家族であれ、家族という単位は、自分の基盤だった。

長期療養中の父が居る。祖母にこき使われながらも自分をいつくしんでくれている母がいる。ほとんど話すことはないけど、血を分けた兄がいる。そして、圧倒的な絶対君主であり爽を溺愛していた初枝がいる。

歪んだ家族ではあったが、それは、間違いなく爽の生きている基盤だった。

けれども、祖母の死後、その基盤がゆらいでしまった。

家族という、自分の拠り所、ポジションが無くなってしまった、そんな気持ちが、孤独感に更に拍車をかけていた。

自分を溺愛し、そしてがんじがらめに拘束していた初枝がいなくなった。

そして、いつも、そっと自分を応援してくれていた、優しい母も…。

爽には帰る場所がない。

それは、巧も同じだったのだと、爽は、改めて思う。

離れていた兄が、どれだけの想いで、この東京で、たった一人で、家族と会うこともなく暮らしていたのか、それを考えると、巧の気持ちと孤独が、少しは理解できるような気もしていた。

けれども、今、自宅マンションに帰れば、その兄がいる。

この感じが、爽には不思議だった。

その場にいなくても、ドアを隔てた部屋の向こうで、家族が寝ている。

妙な感じだった。

毎日の生活の中で、身内が一緒にいるという実感が、家族が一緒だという実感が、どこか、不安定な爽の気持ちを、心なしか温めてくれるような気がする。

気がしているだけなのだろうと思ってはいても、底冷えのするような孤独感が、いつの間にか少し薄らいでいた。

どこが一人じゃないんだ?と、ほとんど顔を見ることもない状態で、一緒に暮らしている実感は、皆無に等しいくせにと、自嘲する自分もいるが、それでも、同じ家にいる感じが、誰かがいるという感覚が、爽に、久しぶりのほのかな温もりを感じさせてくれたいた。

しかし、爽には、どうしても、見逃せない気にかかることがあった。


爽がバイトから帰ってくると、珍しく巧がダイニングテーブルに座っている。

朝食は食べない。昼食、夕食はほぼ外食の巧にしては珍しく、テーブルにいくつかの惣菜が並んでいた。

けれども、どれも、つついただけで、食べているという感じではなかった。

帰宅した爽に気が付くと、

「食うか?」

と聞く。

バイトの賄いを済ませた爽が

「食べてきた」

と言うと、巧は箸をテーブルに投げ出した。

「風邪でもひいた?」

「そうかもな。」

巧は、大きなため息をついて、立ち上がると、自室にこもっていった。

その後ろ姿を爽は凝視する。

黒い影は、まだそこにいた。

それどころか、人の形になっている。

巧の身体にすがりつくように存在している人の姿が見える。

爽は、背筋がすっと寒くなるのを感じた。

あの霊は、生きている。


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